1.金を稼ぐぞ!
この話は「古家の新婚夫婦」の番外編で、本編のネタばれを含みます。シリアスな本編とは違い、コメディです。
「ねえ、祐二、やっぱりさあ、あたしどうしても一度北海道の実家へ帰りたい。旅費稼ぎにバイトするから祐二も手伝ってくれない?」
「バイトって? そう簡単に見つかるわけないだろう。俺は戸籍がないし、恵美だって、免許書とかも何にもないから俺達をやとってくれるところなんてない。おまえがどうしても金が欲しいって言うならさ、日雇いでも探してくる」
「祐二にそんな苦労はさせられない。あたし、名案を思いついた。祐二の協力がないとできないんだよね。祐二は服と道具をごみから拾って来てね。それが終わったら練習しよう」
「道具? 練習?」
「いいからっ。言う通りにして」
恵美と祐二がこういう会話を交わしたのは、ひと月ほど前。幸い、恵美の思い通りに事が運び、仕事の話を無事にとりつけた。その日、人の姿になった祐二は、『森神祐二』の名が書かれているザックに蛇姿の恵美を詰め込み、早朝から山を下り人里へ出て、長い距離を歩いていた。
文無しの二人は、交通費がないので、どこへ行くのも徒歩。揺れるザックの中の恵美が時折、ぶつぶつほざいているのが聞こえる。
「まだ着かないの? こんなに遠かった? 苦しいからもっと早く歩いてよ。酸欠で死にそうだよ」
「文句を言うな。重いんだからな。おまえが重いだけじゃなく……この商売道具がバカ重たい。こらっ、頭を出すな。人が変な目で見るだろう」
ザックを背負っている祐二の手には、大きな茶色い陶器の甕が抱えられていた。それは、二人が住もうとしていた古家から少し離れた場所にあった、崩れかけた廃屋から拾って来たものだ。ひとかかえもある大きな甕を運びながら、二時間ほど歩き続けると、ようやく目的地へ着いた。
そこはとある遊園地。春休みで、平日でもそこそこにぎわっている。その一角を陣取り、拾ってきたゴザの上に座り込んだ祐二。園から借りた黄色いジャンバーを着込んだ祐二の目の前には、苦労して運んできた大きな甕。甕の横には、口を全開にしたフルーツ缶づめの空き缶が一つ。祐二の手には、小学生が使うソプラノリコーダー。先が少しばかり欠けている。もちろんそれは、ごみから調達したものだ。
「さあさあ、世にも珍しい巨大白蛇のダンス、とくとご覧あれ!」
祐二はリコーダーをでたらめにピーピーと鳴らした。もとより学校など行っていない祐二がきちんと吹けるはずはなく、リコーダーは音が裏返り、ピャーッと鳴いて、遊園地内の楽しそうな音楽に雑音を混ぜる。
変な笛の音に、何が始まるのかと人が周りに集まって来ている。しかし、なかなか白蛇が出てこない。
「今日はお客さんの拍手がないから、恵美ちゃんが怒って出て来ないねぇ。みんなで手拍子!」
必死で客をあおる祐二だったが、まだ恵美は甕にこもったままだった。祐二の額に汗が滲み出る。
「みなさーん、白蛇の恵美ちゃん、呼んであげてね。せーのっ、えみちゃーん!」
客も乗ってくれて、呼び声が合わさった。甕の中に入っている恵美はそれでも姿を現さない。祐二は甕を上から覗き込んだ。
「おいっ、何やってんだよ。さっさと出てこないともたないじゃないか。恵美?」
甕の中の蛇姿の恵美は、ゆっくりと首をもたげた。
「祐二……なんだか……あたし……目が回ってる……」
「何でもいいから、早く出ろって!」
祐二は汗を袖で拭きながら、にこやかに客に向かって言った。
「恵美ちゃん、今日はとってもご機嫌が悪いって。出てこないから無理やり出しちゃうね! ほれっ!」
祐二は恵美の体をつかんでひきずりだした。現れた巨大な白蛇に、周りにいた親子づれから歓声があがる。
「うわー、すごーい! おっきいー」
子供たちの声をよそに、ぐてっとしている恵美に、祐二は客に聞こえない小声で怒鳴りつけた。
「どうしたんだよ。おまえがやるって言ったんじゃないか」
「あたし……酔っ払っちゃったみたい。この中の匂いが……お酒の……」
「なんでもいいから、その辺で動きまわれ!」
引き出された恵美は、ふらふらと不規則にその辺りを這いずり始めた。あわてて祐二がリコーダーを適当に鳴らす。
ぬうぅと蛇が近寄ると、大声で逃げる者や、立ちすくむ者などいて面白いが、酔っ払っている恵美を放っておくとどこまで行ってしまうかわからないので、祐二は恵美を這わせるのはほどほどにやめ、苦肉の策、おさわりコーナーに企画を変えた。
「さあ、恵美ちゃんを首に巻きたい人。ここへ並んでね。おとなしいから噛みつかないよ。毒もないからね。気に入ってくれたなら、恵美ちゃんのえさ代、そこへ入れてやって」
(チクショー、恵美のバカヤロウ……話が違うじゃないか。酔っ払いやがった……)
心の中でぶつぶつとぼやいていた祐二だったが、これが意外と大好評だった。こんな大きな白蛇をじかに触ることができる機会は珍しい上、縁起のいい白蛇、ということで子供だけでなく大人まで並んでくれた。
巨大な白蛇を首に巻いて、得意そうにVサインをして携帯で写真をとっている人々を見ながら、祐二はほっと肩の力を抜いた。その日が終わる頃には、恵美のえさ代入れとして置いていた空き缶は、小銭でいっぱいになっていた。
閉園後。ゴザなどの商売道具を園に置かせてもらい、恵美入りザックを背負って、祐二は帰途についた。すっかり夜になっているので、人のいない田舎道へ入ると、恵美の首だけ出してやった。
「ごめんね、祐二。あの甕、お酒臭くってさぁ。あたしアルコールはだめなもんだから……」
「いや、何がよかったかわからないな。どっさり小銭が集まったぜ。これでおまえのパンツも買ってやれる」
「パ、パンツ……そういうデリカシーのない言い方はねぇ……」
「おまえ、パンツがないから人前に出る役は嫌だって言っていたじゃないか。だから、蛇役の方選んだんだろう? ま、そんなことは今さら言っても何にもならないな。それよりもさあ、俺さ、ずっと困っていたんだけどさ……」
「重たいから、いいかげんに自分で歩けってこと?」
「違うよ、恵美を背負って歩くのはいいんだけど……その……俺のさ……パンツ、ゴムのびちまってる。油断するとさ、つるつるって下へ……今も、やばいんだ。ほとんど用をなしていないっていうか……ごもついて不愉快だから脱いでいいか?」
「いっ、いいかって……そんなことあたしに聞かないでよ。脱ぎたきゃどうぞ。誰も見てないところでやってよね」
「今日もショーの合間に必死でさりげなく引っ張り上げていたんだ。俺のパンツは『森神祐二』のザックに残されていた着替えの一品だから、もう何年も前のもので、ゴムが劣化してだめになるのは当たり前なんだけどさ。実はゴムだけじゃなくて、穴も開いている」
「……そんならそうと、家(※注釈……滝の上の洞窟のことです)を出る前に言えばあたしがパンツのゴムぐらい入れ換えてやったのに」
「どうやって?」
「あっ、そうか……そういえば、替えのゴムも、針も糸もなんもなかったね……」
「今日稼いだ金で新しいパンツ買おう」
「うん……」