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18.あの車は!

 ナメ子の姿が園へ消えると、恵美も祐二も、はぁぁぁー、と長いため息を出した。ナメ子と別れた恵美は、早足で歩いており、園からどんどん遠ざかっていたが、またナメ子の足音が聞こえそうな気がして、何度も振り返った。

 誰も追ってこない。恐ろしい社長は、運よく事務所内にも、出口ゲートのところにもいなかった。あの男は、今夜恵美が宿泊してくれないと知ったら、激怒するのだろうか。そんなことを思いながら、ひたすら帰路を歩き続ける。


(恵美、どこかで代わってもいいぞ。疲れただろう)

(あのねー、代われるわけないじゃないの。祐二の服、卵と一緒にナメ子に渡しちゃったよ)

(そうだった……裸で歩くわけにいかなかったな。じゃあ、恵美にがんばってもらおう。遠いから、疲れたら途中で休憩しろよ)

(うん。家は遠いけど、恐怖のナメ子館よりいい。まだ十キロぐらい距離があるかもしれないけど、気にならない。もう少しここから離れたら、園へ電話して、都合で明日からのスネークショーはとりやめにする、って言えばいいね。それで、全部おしまい。あの人たちとは永遠におさらば。ああ、さっき怖かったね。あたし、もうだめかと思った。まだドキドキしてるけど、遊園地からだいぶ離れたから、ちょっと落ち着いてきた。もう追ってこないよね?)

(まだ油断はできない。あいつらが簡単にあきらめてくれればいいが……)

(絶対に逃げきらなきゃ。とにかく逃げてしまえば、こっちのもの。祐二、巻き込んでごめん。やっぱり人の世は甘くはなかった)

 

 冷たい北風が髪の中まで入る。しかし、それすらも心地よく感じながら、恵美は、微笑を浮かべて歩いていた。



 一方、つぶれた卵の入った袋を受け取ったナメ子。いったん仕事場の出口ゲートの所に戻ったが、そこはもう暇そうなので、事務所へ入った。生卵を生ゴミに出そうと、湯沸し室の三角コーナーの中へ、割れた卵の殻を入れていると、廊下を通りかかった社長が覗いた。

「セーラ、何をしている」

「これ? ユウちゃんの餌用の卵だけど、矢内さんがころんでつぶしちゃったのよ。あ、そうそう。今日ユウちゃん、うちに泊まれないって」

「なんだと? せっかく今夜こそ、夕べの分までゆっくりと楽しもうと思っていたのに。矢内さんは自宅へ帰ったのか」

「違うのよ。シロちゃんのところへ行ったの。ユウちゃんね、今夜シロちゃんと、ンフンフですって。今夜は『シロちゃんから求める日』らしいわよ」

 社長は目を輝かせた。

「おお、そういうことなら、ぜひ見学に行きたい。場所はどこだ」

「それがね、矢内さんが教えてくれなかったの。森神さんってお宅らしいんだけど、その人がちょっと変な男で、急に知らない人がお邪魔すると怒り狂うらしいわ。私も行きたいって言ったのに、やめた方がいいって」

「凶暴な男か。それなら完全武装すればいい。どのあたりか、大まかにきいていないのか」

「駅までのシャトルバスには乗らずに、歩いて帰って行ったから、そう遠くないと思うけど、北の方向へ行った、ということぐらいしかわからない」

「すぐに車を出して矢内さんを探そう。気狂いの凶悪な男の家なら、まず、男の様子を確認してじわじわ距離を詰めればなんとかなるだろう。まさか、飛び道具はないと思うが、一応、防弾チョッキを身につけた方がいいな。おまえも一緒に行きたいなら、それなりのかっこうをしなさい」

「今すぐ矢内さんをつかまえに行くのね? 仕事は終わったの?」

「そんなものは後でいい。矢内さんを見つけないと、今夜のことが見られないだろう。明日はやらないかもしれないじゃないか。私は、ユウちゃんが女蛇と絡むのがどうしても見たい。将来、この園をつぶして蛇の繁殖施設をつくるために、どうしても必要な知識だ。どうしても、どうしてもだ」

 社長は、『どうしても』を連発すると、すぐにナメ子から離れ、恵美を追う準備にかかった。

「あなたぁ、私も行くぅ」

 ナメ子は、卵の袋を湯沸かし室の調理台の上へポイと放り出して、社長の後を追った。



 社長たちが恵美を追いかけることに決めた頃、歩き続けていた恵美は、喉が渇き、目についた電車の駅の隣にあるコンビニへ入った。小銭はあるので、ペットボトルぐらいなら買うことができる。久しぶりのコンビニ。人間をやめてから五年ほど経過。その間、立ち寄ったことはない。

 世間の情報は全く知らないので、女性雑誌を手にとった。ぱらぱらと立ち読みしたが、知らない芸能人ばかりで、つまらなくて本を閉じた。買い物を済ませ、コンビニから出ようとしたところで、あっ、と足が止まった。

 駅のロータリーでUターンしていた、見覚えのあるリムジン。運転している男はどうみても、ナメ子のおかかえ運転手。後ろに乗っている人物の顔は、スモークガラスで見えないが……

 恵美は、またコンビニの中へひっこんだ。身が震え、緊張に口の中がねばる。奥の弁当コーナーの前まで戻った。

(ゆ、ゆ、祐二!)

(どうした、恵美)

(いる)

(何が)

(恐怖の人たち)

(あいつらか)

(そうっぽい。あの高級車がそこにいる。ナメ子たちが乗っているかどうかは見えないけど、何でこんなところにいるんだろう)

(おまえの立っている場所、相手から見える位置か?)

(コンビニの奥だから見えないと思うけど、これじゃあ店から出られないよ。たまたま、あの車がそこにいるからって、別に気にせず外へ出ればいいんだけど、なんだかねぇ……)

(出ない方がいいな。隠れながら様子を見ていろ)

 恵美は、コンビニの雑誌コーナーの隙間から、外の様子をうかがった。開いた雑誌で、うつむきかげんの顔を隠し、眼だけ外へ向かって光らせる。外の人から見れば、気持ち悪いだろうが、危機が迫っているので、このさい仕方がない。車は駅のロータリーをゆっくりと回ったが、すぐに表通りに出て行って見えなくなった。恵美は、ほぅ、と息を吐いた。

(祐二、行ったよ。あたしには気がつかなかった。何やっているのか知らないけど、ここは駅の隣だから、誰かのお迎えかもしれないね)

(駅に人をお迎え? それは違うだろう。本当に誰かを迎えに来たのだったら、すぐに帰るはずがない。おまえを探しているに決まっている。歩いていては捕まるから、電車かバスに乗れ)

(やっぱりあたしを探しているのかな。じゃあ、お金使って電車で逃げるね。どうせ北海道まで行けないもん。切手代だけ残せばいいや)



 駅のロータリーでUターンした、リムジン内では、運転手とナメ子夫婦が、目をきょろつかせていた。それぞれに違う方向を見て、恵美の姿を探す。

「いない。ここは方向が違うかもしれない」

 後ろの座席に乗っているナメ子と社長は、どちらも、安全第一、と書かれた黄色いヘルメットをかぶり、防弾チョッキを身につけ、手には警備員が使用する警棒を握っている。

「矢内さん、どこまで行ったのかしら。シロちゃんの家にもう着いたのかしらね。どこにもいないわ。残念だけど戻りましょうか」

「まだだ。その辺にいるに決まっている。石川君、もう少し小道を通ってくれないか。大きい通りからはずれて歩いているかもしれない。大きなザックを背負った女をみかけたら、すぐに止めてくれ」

「かしこまりました。今朝お乗せした女性ですよね? 憶えております」

 運転手の石川は、すぐに車線を変更した。車は街路樹のある大通りを曲がり、細めの道を走りはじめた。

「セーラ、念のため、携帯電話の電源を切っておきなさい。突然鳴って、凶暴な男の気に障ったら、壊されてしまうかもしれない」

 ナメ子夫婦は、存在しない『凶暴な男、森神祐太』とのもみあいに備えて、表情をひしきめて携帯の電源を切った。


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