表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
99/215

98 次の手

 城壁の上からは、海を四割は埋めるのではと思える艦船と小舟、陸地と艦隊を往復する点々とした大鳥たちの群れがよく見えた。結局のところ、きっちり地雷処理された砂浜が使われたのはただの二度、僕らと第一陣の上陸にだけだった。


 大河と大海の合流点を中核に広がる港湾設備では、要塞の人々すらも手を貸しての荷下ろしが行われていた。外見の異なる者同士、当然ながら見えない壁は厚く……それを考慮すれば、随分と平和に穏健に、これといった衝突もなく作業は進んでいるように見えた。


 数え切れないほどの人間が一つの目的に動く様は、僕でも感銘を受けるほどに壮大だった。僕もその一員なのだと見下ろしていると、そこほかとなく安堵が思い浮かんでくる。




 そんなものらは、この閉所の何処にもなかった。


 連合軍、皇国軍――――厳密には「反乱軍」。双方の重鎮が肩を並べ、互いの兵を抑止力として背後に立たせ、さながら一触即発の懇親会と言ったような有様である。ほとんどが僕の全く知らない面子ではあるが、幾人かは――――と言うよりは、双方の最高位人物に関しては、比較的よく知るところだった。


「……君で最後かな? ならば始めようか」


 連合国側の席が全て埋まると、モーニンが発言した。


「まずは感謝の言葉を。この場に集まって頂いたこと……私の言葉を信頼して頂いたことをね。双方の流れる血が最小限で済んだことは、各々が喜べる事態だと私は思っている」


 彼を見る視線は複雑極まっていた。

 意図が読めず警戒する目。不可解な老人だと探る目。そして……どうしてこんな所に立ち会わせたのかという、決して届かない抗議の目。これは僕のものだ。


「改めて問いたい」と言ったのはバルト候、連合国の総司令。


「貴公ら……反乱軍、の目的。これは我々と戦線を共にし、戦争を終結させることか」


「まぁ、概ねはそんなところだね。犠牲が出なければ幾らでも続けて構わないのだが、そんなことはありもしない――――当然ね」


「故国に付くのを良しとせず、我々に寝返った理由は」


「フム、そうだね……」モーニンは一度机に視線を下げ、「公的な立場から言えば、無闇に部下を死なせたくなかったから。メタ的に――――個人的な立場から言ってしまえば、君達の手助けをした方が手っ取り早いし、理性的な対話、交渉が望めたからだね」


 本来ならば捕虜として拘束されるところが、こうして独立しての対話を行っている。これはモーニンが先手を打ったからこそ叶う状況であり、またこの展開を知らずに(・・・・・・・・・)打てる手でもないのは誰もが知ることだった。


 人命を救うために取った手段には違いないが、彼の取れる最善手をあらかじめ知っていた。誰もがそう思わざるを得ないほど、夜明け前に行われた工作作戦は上手く行きすぎていた。

 未来を知るものだという彼の言葉は、既に全員の内で事実と捉え始められているのだ。


「……それに、別段寝返った訳でも無いのだがね」


「と言うと?」


「皇国に忠を尽くしていたと言うわけじゃない、ということかな。私としては、帰属する国家の人命のみならず、アニマリア、ヒューマリア、そしてヒトの区別無く救いたいというところなのさ。莫迦みたいに尊大な願いだからね、それだけの力が要るし、集めるには国家単位の権力が必要にもなる……」


 モーニンは軽く此方を見た。長椅子の短辺、彼と相対するようにあるただ一つの席。


 どちら側でもない(・・・・・・・・)僕らギフテッド。代表として座る仮面の男を。


「……話が逸れてしまっているようだね。本題に入りたいが、他に話しておきたいことは?」


 モーニンは全員に問いかけたが、声は上がらなかった。


「よし、では本題……我々の今後の作戦方針を話し合おう」


 背後に立っている女性――――ラグナロッカに手仕草をすると、携えていた巻紙を机上に広げた。双方の幹部らも立ち上がり、その図面――――地図へと集い始めた。


「皇国の全土、重要拠点、輸送路、生産設備……私が知る限りの情報は詰めたはずだがね」


「信用できるのか?」


「君達が来なければ独力で攻め落とすつもりだったからね。自分が使うものに嘘を付く必要があるのかな?」


 アストラリアが漏らした小さな独り言に――――恐らく全員が持っていた疑念だったからだろう――――モーニンは丁寧に答えた。


「さて。私の記憶――――コホン、予想からして、君達はこう攻めようとしていたはずだ」


 机の隅に整列していた駒を取り、地図上に立てていく。


「ここを抑えた後は時間との勝負。皇国軍が反撃準備を整えられる前に皇都へ強襲を掛け、強引に降伏させる。兵站路の設置も、退却のための予備兵力も無し。道中の市街での補給――――もとい略奪をも視野に入れた、まさに片道特攻、規模は大きいが死出の旅だ」


 連合国の重鎮をねめつけるように見回すと、ほとんどが地図に顔を下げて苦そうにした。


「ここでの損害も考慮せず、彼らギフテッドの力頼り。高官と彼らの皇都到達のみを目的とするなど、作戦として破綻している。だが、決行しなければ数十万、いや数百万以上の犠牲が生まれかねない……苦渋の決断であることは私も承知しているさ。でなければここまで支えようとも思わない」


「……認めざるを得まい。我らに選べるほどの力は無いのだ」


「何、私とて同じ決断しか下せまい」とモーニンは首を振り、「責められる立場でもないさ。と言う訳で、これは私からの提案なのだがね……」


 モーニンは参棒で複数の地点を指す。


「最短距離からは外れるが……手近な所で、ここと、ここ。それらと前線までを繋ぐ鉄道路かな。兵站は戦のまさに生命線であるのは、まぁ専門家の前でするところでもないだろうかね」


「鉄道路……エネストラの路馬(ロバ)のようなものか。輸送の要であろうが……施設の子細は」


「生産施設、物資集積所と言ったところかねぇ」とモーニンはそれぞれを叩く。


「前者を制圧出来れば、戦争の継続が困難となる。講話も有利となるだろう。後者を占拠出来れば、皇国の侵攻を停滞させるに留まらず、今回の作戦行動に必要な物資のほとんどを賄うことすら可能さ。予測されるリストがある、見るかね?」


 ばさりと紙束が置かれると、どういう訳か両陣営共々回し読みを始めた。


「魅力的な算段ではあるが、目標に距離がありすぎる」と言ったのはアストラリアだった。


「我々の規模の大軍を動かせば、間違いなく敵方に侵攻が露見します。単純な距離だけならず、周辺の市街や鉄道網を見るに、片方を襲う内に防衛準備を整えられかねません」


「現状は私が漏洩を防いでいるに過ぎないからね。行動を起こせば間違いなく侵攻が伝わってしまう。彼の言うとおりだよ」


 更なる追及を避けるように、モーニンは発言した。


「対する回答としてだ。私としては、二正面作戦を提案したいのだがね」


「それこそ無謀というものだ」とラスティが食い気味に割り込んだ。


「俺達が居るにしても、避けられる戦闘は避け、皇都を急襲する方がローリスクに留まる。無闇に時間を取れば、それこそ犠牲が増えるだけだ」


「無論、叩かずとも戦争は終わる。だが最終的な犠牲がぐっと減るのは断言できる」


「何を根拠に」


「私自身が見てきたからさ」


 そんなもの――――と立ち上がろうとしたラスティを、モーニンは手の平で制止した。


「ラスティ君、君の意見は尤もだ。そもそもの話、私達という存在がイレギュラーで、君達にとっては予想だにできない幸運が降ってきたようなものだろう。それに頼ってしまえば、何が起きるか分からない……その気持ちはよく分かる」


 だがね、私からは違うのだよ。そう彼は断言する。

 その視線は穏やかに、しかし得体も知れない深みを持って場を統べた。


「私にとって、今なお見知った出来事しか起きていない。ここから先も、言わば一方へ開かれた分かれ道の分岐点に立っているようなものでね。その先の道もある程度は把握しているのだよ。この場の反発も、またね」


「言うことは誰にでも出来る……が、現に我々は貴公に丸め込まれてしまっている」


「それは有り難いお言葉だね。無礼を承知で言ってしまえば、貴方がそう言う事も知ってはいるのだが……いや、これは失言だね。失礼」


 バルト候の言葉に首を振って、モーニンは溜息を一つ吐く。


「信じるかは君達次第、信じて貰うのは私次第と言うことだよ。その点で私は誠実にならざるを得ず、ある意味で君等に服従していることに変わりない」冗談めかした笑みを作り、「頼み込んでる立場だからね、私達の側は。一人でも多く救うため、貴方たちの部下を戦地へ向かわせて下さいと言っているようなものだ」


「……決定は全てを聞いてからだ。話題が逸れてしまったが、貴公の案を聞かせ願えるだろうか」


 勿論だとも、とモーニンは駒をいそいそと準備し始める。


「私の作戦を採る上で懸念となるのは、その戦力配置であることは知っているよ」


 色の異なる駒たち――――本来は敵味方を識別するはずの色は、連合と反乱軍、そして僕らギフテッドを分けるものとなっていた。


「我々が持ちかける作戦である以上、先鋒は我々が受け持つ。詳細は後に語るとして、どちらの方面においても、初動における攻撃は我々と……彼らが行う」


 それぞれの地点の前に、二つの駒が並べられる。


「とはいえ、必要とされる力はそれぞれ別だ。非戦闘員が多く働く生産施設には……アサナギ君と、ガルシア君が適役だろう。逆に完全制圧、正面からの戦闘も視野に入る集積所においては、ラスティ君の部隊が実に有用となる。事の後に埋葬する必要も無くなるからね」


「……ボクは?」


「ミナセ君には伝令や、負傷兵の後方輸送、重要人物や民間人の護衛といったあたりを任せる方が様々な面で安心できるかな。君は一人であって、唯一ひとりではないギフテッド。酷な言い方になってしまうが――――大勢に降りかかる傷を代わって受けられるのは、君だけだからね。誰も君のように傷を癒やせはしないのだよ」


「そっか……確かに。そうですね」


 モーニンは改めて僕らの方を見た。僕は当然だが、他に異論はなさげだった。


「さて、我々の配置についてだが、貴方がたからご希望はあるかな?」


「……ならば、モーニン大佐。貴公には集積所への同行を願いたい」


 バルト候は静かに彼を見つめた。


「そうだね、ではアサナギ君たちの方には彼女を付けよう」


 モーニンはラグナロッカに視線を送り、彼女はただ此方へ精悍な目付きを向けた。


「貴方がたが保護していた弟、シキロフ君も同伴する。戦術眼と指揮の巧さは折り紙付きだよ、下手な芝居も打てない人柄なのは私が保証する」


 好き勝手言う老人に恨みがましい視線こそ送るものの、やはり口は開かない。


「さて、まとめるとこうなる」


 モーニンは駒を再びノルマンド要塞上へ戻し、最終確認を始める。


「一度部隊を二分、敵生産施設、もとい兵器工廠と物資集積所の確保。前者は工作による生産能力の剥奪及び有用な兵器の鹵獲、後者は完全制圧による備蓄物資の収奪を目的とする。君達の部隊配置については、私が知らない方が安心というものだろうから、ここでは聞かないことにするよ」


 二組の駒が器用に動かされ、ある地点にて合流を果たす。


「それぞれが役目を果たした後、この区域にて合流する。その後も何度か行動方針に口を挟ませて貰うから、その都度あれこれ思案をして貰いたいかな」


「他にも目標が?」


「腹の内を掻き回されて不快に思わぬ生物などおらんだろう?」モーニンは笑う。「こちらの脅威度を認識させればさせるほど、前線の攻勢を国内へ向けざるを得なくなる。何せまともな戦力はほとんど聖王国へ差し向けているんだからね」


 こちらに視線を釘付けにさせ、主戦力が到達する前に全ての行程を終わらせる。

 此方側に強力な手札があり、かつ喪失する可能性がほぼ無いからこそ取れる行動だった。


「まぁ、先の話をしすぎると目の前のことに集中できなくなってしまうのが本音さね。この作戦が――――『トラバサミ作戦』をきちんと完遂してからでなくては」


 不満はあれど、敢えて口にするほどでもない……といった雰囲気だった。

 主導権を取れないという点で、誰もこの老人に敵わないと思っているようだった。


 場を統べるとは、まさにこの景観を言うのだろう。

 立つ世界が異なるというか、世界の眺め方がまるで違うというか。


 未来が見えているのも、あながち間違いではないのかもしれない――――僕の認識はそういう風に上書きされていった。彼の言動、立ち振る舞いのみによって。


「これは君達の戦いでもあるが、私の戦いでもある」モーニンは締めくくるように言う。


「私が協力し、君達を支援するのは、ひとえにただ一人――――この惨禍を産み出した張本人の顔を見たいだけ、ただそれだけだからね」


 彼の目線は虚空を突き刺す。決して僕を見据えていないが、間違いなく「僕自身」を見ていた。


「…………この場に居る全員の奮闘が、結果として全てを救うと私は信じている」


 そこにある感情は――――間違いなく何かしらの感情があるとは分かるのだが――――結局、最後まで何か分からなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ