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91 「ノワール映画」作戦 九

「ハイお邪魔ァ! 手ェ上げて大人しくゥ!」


 鬱憤を声に、念頭に置くのは人差し指に籠める力だけ。

 最初こそ大真面目にやっていたが、回数がかさめば楽をしたくなるものだ。俺だってこんな七面倒くさいことをしたいがために生きている訳じゃあない。


 とはいえ、俺が提案した作戦である。言い出しっぺが投げ出していいはずがないので、こうして無実の、謂われのない人々を――――せめて楽しみ、有意義なものとして――――殺してきたのだ。ここで投げ出してしまえば、そいつらにも面目が立たなくなる。


「一回だけ訊くぞ、トウジンの制作者は居るかぁ、アァ!?」


 ()兵を前面に押し出して飛び込んだ部屋には二人居て、一方はここで一番人気の服装――――つまりは警護に来ているらしきポリスの一団――――だったので、腹癒せに一発ぶちかます。盲撃ちでも当たる距離ではあり、有り余るエネルギーを孕んだ鉛弾はそいつの下腹部を突き抜けて、背後の壁材の中に安息を見出したようだった。


「おい、一応訊くぞ? お前もトウジンの制作者じゃあねぇんだよなァ!?」


 呻き声がうるさかったもので、横たわった警官の脚にもう一発食らわせながら尋ねる。今更気付いたことだが、この警官の顔には見覚えがあった。今はどうでもいい。


 白衣の化学屋(ケミスト)の方は、腰を抜かして未だ呆然と俺のことを見ていた。どうにも眼前の状況が呑み込めていないようだが、にしても反応が鈍すぎる。


 外見だけで言えば、至極普通の三十路男だ。日に当たっていないのが目に見えて分かる白い肌、伸びた髪は後ろで纏めて雑に断ち切られている。髭剃りだけはまめにしているようで、「不健康そうだが不衛生じゃない」といった風貌だ。


「なぁ……おい、おい?」


 この時点までにある程度察しが付いていた。銃口を向けてみるが、逃れるような素振りどころか怖がる様子すら見せない。やはり妙だ。だがこの感覚は知ってる。


 差し迫った危機を理解できない、平和ボケとも言える危機意識の欠落。

 それに付け加えて、「至極普通」という言葉の意味するところ。これは俺にとっての「普通」である訳で、欧州住まいあたりが思い浮かべる「普通の男」ではない。


「……何だ、君は」


 ようやく口を開いたかと思えば、こんな口ぶり。もう確定したようなものだった。

 アジア顔、銃器の恐怖を誤認してる、そしてこの言葉。これで違ったらどうするべきだろうと悩むほどだ。


「日本人だな、お前」


「えっ?」


「だから、日本人だろ。これが何かお分かりになって?」


 目の前にしゃがみ込んで、蒸気銃を振り回す。やろうと思えば奪おうと組み付ける距離だが、やはりこの男は動かない。


「……どうして、私が、日本人だと?」


「ほー、やっぱそうか。そんな感じがしてたんだよ。名前は?」


「トウジ。渡良瀬藤治(ワタラセトウジ)だ、あっ、と申します。その……」男はこちらを申し訳なさげに見上げ、「貴方の、貴方も、日本人なんでしょうか?」


「さぁてな。で、トウジンを作ったのは誰か、知ってるか?」


「え、えぇ。私ですが」


「ほぉ……おぉ?」


 聞き流しかけ、一瞬固まってしまう。


「ですから、トウジンを作成したのは、私ですが」


「え……それマジ?」


「はい、必要なのであれば色々とお話しできます。原材料、精製方法、必要な機材や、発見経緯とかについて……あ、ほら、トウジンというのは、自分の名前から取ったものでして」


 トウジはトントン拍子に喋り始めた。脅迫されてることは理解しているようで、自分こそがトウジンの制作者であると証明することが生命の保証に繋がると考えてくれたようだ。


「あぁ……あんたが、作ったんで、間違いないんですな」


 同じ国の年上に敬語で語られると、性分としてくだけた口調が使いにくくなる。善かれ悪かれ、形而上の道徳観は身に沁みていると言うことになる。


「えぇ、それで、どうしてこのような……?」


「あぁっと、それはですね……えっと……」


 畜生、妙なことを考えるな。俺は俺だ。日本人だが、それは今関係なかろう。

 年上だとか年下だとか、肉体年齢がコロッコロ変わる今にそれを考えるか?


 クソ、この調子じゃカズの方が上手く喋れる。

 俺が得意なのは上下左右関係なく立ち回れる時の会話だ。形だけの表現で済む場合のやり取りはアイツの時の方が――――それしか出来ないとも言えるが――――得意だ。


「……止めだ、止め。もう止めだ」


 別段意識することじゃない。俺は俺で、彼は彼。アイツもアイツだ。

 俺は何だ。ありとあらゆる関係性のしがらみを越えた存在だろうが。


 後方で待機している死体達にハンドサインを送り、どかりと腰を下ろした。

 どちらにしろここで終わりだ。ここで馬鹿をしても全ては瓦礫の下、真実は知られぬまま埋葬されることになる。


「止め、ですか」


「あぁ、もう演技をするのは止めにする。無意味な人殺しはしないと決めてる」


 ワタラセが魂を抜かれたように口を開き、思い出したように視線を俺から外す。

 その先を追って、三発目を撃ち込んだ。


「これは意味ある人殺しだ。オーケー?」


「…………ッ」


 ミスター・キリシ。こいつはシナリオ上死ななきゃならないキャラクターだ。

 この死が因果応報のものとなるか、職務を全うした上での名誉と尊厳の死となるか、これまでは決まっていたが、それもどうなるか分からない。


「一つ訊きたいと思ってたんだ、ワタラセさんよ」


 俺が尋ねると、多少怯えて「何でしょう」と言ってきた。


「どうして覚醒剤なんぞを作ろうと?」


 単純に興味があるから訊いたことだった。目的は何か。金か、権力か、はたまた破滅か、それとも快楽に溺れる民衆を見て愉悦を覚えることか。わざわざ危険な薬物を作って蔓延させたからには、相応の目的や願望があって然るべきだろう。


「覚醒剤?」


「あぁ、トウジン。街中に溢れかえってるだろう。悪党共――――俺が忍び込んでる、まぁここに来た奴らのことな――――そいつらだって、ここにはそのおクスリを求めに来て……」


「待ってくれ、いや待って下さい。トウジンが覚醒剤と、そう仰りたいのですか?」


「あぁ、違うと?」


「何を仰いましょう、あれには甚大な副作用も、極度の依存性もありません!」


 言い訳か弁明だろうという考えは当たっていたようだった。

 だがしかし、そのあまりにも真っ直ぐに断言する様に、かねてあったひとつの疑問が水を得た魚のように浮かんでくるのもまた事実だった。


「……さて、どうだかなぁ」


「嘘じゃありません、コカインやアヘン、ヘロインのような麻薬とは全くと言って良いほど違うんです! 原材料も普通に流通しているものですし、用量さえ守れば健康にまったく問題ないんです!」


「その顔じゃあ、健康とは思えない」


「それは……この場所に何ヶ月も軟禁されてから言ってほしいものですよ。全く健康に宜しくない……分かってくれるでしょう?」


 自身の発言に全く迷いが無い。極端な言い方は、ラリってるとも誤解を解くために必死になってるとも取れる。


 さて、どちらなのだろう。関心は完全にこの話題に釘付けとなっていた。

 こんな風に思っているのは、自分が現在進行形で悪行を重ねているからだろう。薬物(トウジン)によるビジネスの独占もまた悪ではあるが、能力(贈り物)による独善的な支配なぞそれよりもっと最悪な所行に決まってる。


「……トウジンは安全なもの、と?」


「えぇ、間違いなく。どんな人でも、どんな時でも、等しい幸福と充足を感じられるものです。こう言うと怪しい代物に感じられると思いますが……用法さえ守れば不幸にはなりません。此方に来て様々な薬品を作ってきましたから、自信を持ってそう言えます」


「だが悪用だって出来るだろう。量を間違えりゃ中毒だって」


「どんなものでも摂りすぎれば毒ですよ。それに原材料はユリガラシという植物の実や葉でして、微量に含まれる成分を精製したものに過ぎません。それを言えばアヘンやコカインも同じ事が言えますがね、ユリガラシはこの国で普遍的に食される嗜好品ですから」


「……じゃあ耐性は? 麻薬だって耐性が付くことから服用量が増えていくんだ。そこから……」


「それも同じ事です。この部分だけは、服用者の理性と知性に任せるほかありませんが」


 馬鹿に付ける薬はこの世界でも作れそうにありませんからと、間違いなく勇気を振り絞った冗談を言われる。どういう理由からかは分からないが、円滑に進めたいという気持ちは理解できる。こちらも批判的な物言いばかりだ。


「それに、真に満ち足りていたり、幸福なときに『もっと幸せになりたい』なんてことは思わないでしょう?」


「そりゃ、まぁそうだろうけど……多分、信用の問題だよな」


「トウジンのですか?」


「いや、あんたに対する信用だ。ワタラセさんよ」


 何を信ずるべきか、というのは生きてれば常に付きまとう問題だ。

 判断のためには知識が必要で、その知識は能動的に手に入れてなきゃあならん。だが最も重要なのは……何を物差しに、何を基準とするかだ。


 俺はセラ(ファム・ファタール)の側に居る。此方側からはトウジンは完全な悪だ。住民を虜にして、奴隷とし、我々の支配を阻害する障壁。これは一方からの視点だ。


 対するであろう視点は、恐らくはこの男からのものだ。ルールを守れば、いつでもどこでも幸福で満ち足りた日々を送ることが出来る。これが相対するべき視点、対立するもうひとつの勢力。


 厄介なのは、絶対的な正義、悪というのはないことだ。

 本来は第三者である俺にとって、何を正義とするべきか。これはそうとうな難問だ。


「私の言うことは信用ならない、と言うことですか?」


「いや、これが色々厄介でな……あんたが思ってる以上にこの街は厄介な状況になっててな……あんたが悪い訳じゃないんだ。俺も信用できるならしたいものだが……」


 断りを入れてから、彼の隣に席を移す。会話が途切れたことで、籠もった暴力的な環境音が聞こえるようになる。ラスティの子分達は実に効率的で、悲劇の主人公が来るまでに一服分の余暇を取れるぐらいには楽が出来る。


「そう言えば、お名前をお伺いしていませんでした。貴方も日本人なのでしょうか?」


「え? あぁ……すっかり忘れてた」


 ワタラセが尋ねてきたとき、どう答えるかに迷った。ガルシアというのは貰った名前だし、ギナサーというのはアナグラムだ。どちらも本当の名前ではない。


 というか、「俺」という自我のみを指す元々の名前は一つもない。


「……カズって呼んでくれれば良い。元の名前はあんまし好きじゃなくてな」


 俺は嘘を吐いてこの場を凌ぐことにした。どちらにしろ重要なことではあるまい。


「カズさんですか。その、私を探していたようですが……何故?」


 案の定、単にどう呼ぶべきかを決めかねていただけのようだ。


「そうだな、じゃあ最初から。時間はまだあるだろう」


 俺は話すことに決めた。俺は俺自身の正義感で動くべきだ。結果的にトウジンを消すことが出来りゃ問題ないわけで、それなら無駄に人を殺すこともない。


「ある人から頼まれてな。トウジンってのは悪いクスリで、人を堕落させ、不幸な人々を産み出してるって。そういう訳で、生産設備と、あと制作者……あんたの抹殺を頼まれたって感じだ」


「貴方、そんなことを……?」


「ここは日本じゃあないし、何をしようと個人の自由だろ?」俺は言う。


「したことで罰を受けるんなら、喜んで受けるつもりさ。自分のしてることは分かってるつもりだ」


「…………」


「ちゃんと言っとくが、俺だって殺したくて殺してるんじゃあないさ。こんなことをしてるより、大切な奴と静かに過ごしたり、楽しい場所に連れて行って笑わせてやったり、そんな生活を過ごしたい。と言うか……実際はそういう風にしたかった」


「お言葉ですけど、先程はかなり楽しんでませんでしたか……?」


「そりゃ仕事だからさ。やりがいとか楽しみとか見つけてなきゃやってられないだろ?」


 言いたいことは分かるが理解したくない、と言いたげな困惑の表情を見せる。人殺しがいい顔されない行為だってのは分かってるが、そこまで拒絶することなのだろうか。


「あぁっと、それでだ。色々と仕組んで、こういうことになってるんだな」


「先程の人達は、貴方のお仲間なんですかね」


「いや、ありゃあこの街のギャングスタだ。軽く焚きつけたらこうなっちまった」


「えぇ?」


「下地はあったってことだ」俺は適当に続ける。口の動くまま、言葉の紡がれるままに。


「幸福なら幸福を求めないと言ってたけど、そうだと思うか?」


「そりゃ、そうでしょう。貴方だって満ち足りてるときに何かを得ようとはしないはずです」


「そこだけを見りゃ、確かにそうだ。俺だって幸せなら何もしない。けど……」


 自分自身を離しているようで、こういうのは少しばかり羞恥を感じてしまう。

 とはいえ、自分語りはそこそこ気分の良いものだ。理解される事への安堵と言えるが、こういうところはどう足掻いても人間という社会性の存在であることを思い知らされる。


「あんたの薬で幸福になってる、そこが基準になってしまったらどうだ?」


「……?」


「要するに、その幸せが当たり前になっちまったらって話だ」


 ワタラセは不可解そうな顔をする。どうやら比較的幸運な人生を歩んではいるらしい。


「………ほら、幸せとか不幸せってのは一種の状態だろ? で、基準になるのは、遠かれ近かれ、自分の人生のある一点、過去だ。この基準が現在の幸せを規定するっつっても間違いじゃあないはずだ、だろ?」


「はぁ、確かに言われてみれば……?」


「そんでもって、大抵の場合はその基準自体があやふやだ。だからおおよその平均値を基準点にする、分かるよな。並の人生、起伏の激しい人生、平坦な人生、どれだろうとおおよそは平均を上下するはずだ」


 まだ何を言いたいのか分かってくれていない様子。理解して欲しいわけじゃないので構わず続ける。


「そんなありふれた人生が、あんたの薬のお陰で一変する。どんなに辛いときでも気軽に忘れることが出来て、憂鬱な一時すら吹き飛ばすことが出来るようになる。するとどうなる? 不幸だった時が底上げされれば、平均値だって上がる羽目になる」


「良いことでしょう? それが一体、悪いことなんでしょうか?」


「そんじゃ、今ここが突然大爆発を起こしたとしよう」腰元に下げていた爆薬のひとつを、点火線をちぎって見せつける。「トウジンの精製施設は全損、開発者であるあんたも死ぬ。そうなると? トウジンが供給されなくなる」


 当たり前になった、当たり前だった幸福が無くなる。

 親や最愛の者の死、安定した生活の消失、エトセトラ、エトセトラ。手元の幸福は喪ったときに初めて気付くとはよく言われるものだが、ここではこういう形で、ありとあらゆる人に起きることになるわけだ。


 この人物の発言が真実なら、ほぼ全員が空虚な不幸に陥る。中毒性の麻薬だったとしたら尚更酷い光景が待ってることだろう。つくづくどうしようもない。


「分かってくれたみたいだが、どう思うよ。ワタラセさん」


 白熱灯の赤白い光に、その顔はいっそう青白く染められていた。


「……私は、そんなつもりで作っていたわけでは」


「だろうな、こういうのはあんた個人の責任じゃあない。あんたの薬を悪用した奴が悪いのさ……トバゴ商会ってのに聞き覚えは?」


「えぇ、私の研究資金を調達して下さっている企業です。トウジンに関していたく興味を持っていらして、無償で恵まれない方々にお配りしているともお聞きしてますが」


「ほぅ、そりゃ大義な。独占した幸せのクスリを自分のビジネスのために使うことを、まさかそんな風に言い換えられるとは思わなかった」


 確かに、商品の値段に薬の費用を組み込まなきゃ「無償」ではある。これは単純に商業でアドバンテージを得たかったからこその行為なのだろう。


「カズさん、それは……話じゃ、街から不幸な人は居なくなったって聞いてます」


「そりゃ、不幸な奴を締め出しゃ『居なくなる』だろうよ。他にもあんたの薬は色々と役立ってる。悪者を飼い慣らしてライバル相手に仕掛けることとか、そういった根回しを見逃して貰うために、警察にだって薬を個別に渡してるんだ」


 俺は傍の死体を見やった。「その責任を負ってたのがそいつさ、キリシって奴。トバゴの会長さんが根回しして出世させた、まさに『ハジサラシ』だ」


 この街を覆ってる支配の構造は、表面だけなら単純だった。

 だがしかし、俺達が引っかき回したお陰で、まさに糸が絡まったよう。色んな要素が混ざり合いすぎて、何が正義か悪かもさっぱりな状況になってしまった。


「俺も全部は知っちゃいないが、諸悪の根源はトバゴ商会にあり、ってことだな。幸福を求めてきたギャングたちも、そこのポリスも、もちろんあんたも被害者だ。俺もな」


 厳密には、トバゴもその他全員も「ファム・ファタール(セラ)」の被害者な訳だが。自分の手は汚さず、よくもまぁこれだけの混乱と不幸を生み出せる。「ノワール映画作戦」って命名もドンピシャだったな、これ。


「そんな訳で、あんたを殺すのは止めだ。殺さなきゃいけない奴じゃなくなった」


「はぁ……」


 久々に楽しい会話だと言えた。ここにはまだ二日しか滞在してない訳だが、こう文化的な会話というか、そういった有意義な時間というのがまったく取れていなかった。

 たとえ初対面の見知らぬギフテッドが相手だったとしても、こうやって話し合えるというのはとても幸せなことなのだ。


「…………」


「……あの、カズさん?」


「うん?」


「その、これからどうするおつもりで?」


「これから、まぁそうね……」


 放り投げた一個の爆薬を見てから、残りの爆薬に目を降ろす。


「本来なら、ここで施設もろとも自爆して、終わりだったな」


「へっ?」


「或いは、あんたに毒を飲ませて、俺も飲んで死ぬか」


 小瓶を取り出し、揺らして水音を立てる。


「えっ、毒?」


「良い毒だぞ、致死量はクソ少ないし、三十分もすれば寝るように死ぬ。あんた化学者だから、どんな毒か分かるんじゃないんかい?」


 ひょいと手渡すと、ワタラセは重そうに腰を上げ、理科室の一辺を貼り付けたようなデスクの上へと向かった。もう俺のことを脅威とは思っていないようだった。


〈ヘンリー、そちらに部隊が突入。待たせたな〉


「遅かったじゃないか。遊びは終わりか、ラム隊長」


 板に付いた実験器具の操作を眺めながら、通信文を聞く。


〈念のため伝えておくが、お前が居る場所には爆薬を仕掛けていない。どうするかは一任するが……馬鹿はもうしないでくれ、いいな〉


「アイアイサ。ところで一つ頼みたいんだけどよ」


〈…………なんだ〉


対象は居なかった(・・・・・・・・)、だが知ってる奴を確保してる」


 適当な嘘をでっち上げることにした。


「アイツの回収と一緒に頼めるか? 白衣を着た日本人だ」


〈……分かった。あんたの友人に期待しとくんだな〉


「あいよ」


 ようやくこの仕事も終わるのだ。そう思うと結構な安堵を覚える。

 静かになっていた屋内がまた騒がしくなりつつあった。アイツらが突っ込んできたに違いない。


「ワタラセさんよ、何かは分かったか?」


「えぇ、まぁ……多分。ランサムの神経毒を主体に、複数の毒素を複合したものですから、まず加工が施されているのは分かります。純度は低いですが……以前に試作した疑似麻酔薬に似てます」


「似てる?」


「えぇ、別にトウジンだけが自分の製作物ではありませんよ……えぇとですね」


 積まれた本のひとつを無造作にめくり、手書きの文面から何かを探している。


「あぁ、ありました。『バーメットの根、白潮(ホワイトタイド)から採取される一種のプランクトン、ランサムの麻痺成分からなる、麻酔薬に近い効能の薬物。致死性が酷く高いため、厳重な取り扱いが必要で――――』」


 彼の持っていた本が宙を舞った。それだけでなく、不安定な実験器具は漏れなく転げ落ち、自分自身も脚をすくわれて背中を強打する羽目になった。



 アイツらはもうそこまで来ていたらしい。予定の爆発では、この地下施設そのものが上の工場で押しつぶされることになってるが、ここは果たして無事に済むだろうか。祈るしかない。




 見上げていた天井が急に迫ってきた。


 あぁ、運がねぇ。

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