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08 ひとときの平穏


 二度目の目覚めの時には、イリアはもう起きていた。毛布が丁寧に自分だけに掛けられ、明け方の淡い窓枠に彼女はもたれかかっていた。身体を伸ばして疲労が無くなったことを確認しながら、床を軋ませイリアの隣に同じような体勢になる。

「……おはよう」

『オハヨウ』

 相変わらずの会話の手順だが、イリアは苦に思っていないようだった。


 二階からの視界は、決して広いとは言えなかった。全周を緑の壁に囲まれているようで、それを超えるような高さの家が無いように建てられているのだと分かる。ただでさえ人がやってくるかも分からない林の奥で、ここまでも周到な偽装にはどれほどの意味があるのだろうか。まるで何かを怖がるように、身を潜めて息を殺すようにこの村はある気がする。

「どう? いいところでしょ?」

 そんな僕の推察を知ってか知らずか、イリアがそう話しかけてくる。その声は最初に会った時の声に戻りつつあり、少しは傷が癒されたのだと思えた。とはいえ、もうしばらくは現実と向き合うために休息が必要だろう。本人が忘れられるまで触れないのが一番だ。


 窓枠にメモ帳を置き、会話をしやすくする。声が聞こえないというのは中々に不便だ。

『ウン、ココハイイトコロ』

「よかった、カズも気に入ってくれて」

 その声には本当に感情が込められていて、そんな言葉を掛けられたのは何時ぶりだろうと思ってしまう。

「……そうだ、カズにお礼しないと」

 思い出したようなイリアの言葉に、僕自身もすっかり忘れていたことに気づかされる。村にやって来てからもあれこれと落ち着く暇が無かったし、なんであれ人が居る場所に来れた時点で十分だとは思っていたのだが、彼女から言ってくるとは思いもしなかった。

「私に出来ることは少ないけど……何か、出来ないかな?」

 どう答えたものか、直ぐに決断は出来なかった。要求するしない以前の問題として、今の状態の彼女に何かをさせるのは気が引けるし、何を頼んだものかも分からないし、根本的な問題として僕が要求できる立場に無いことぐらい自分でも分かっている。

「…………」

 しかし、何も書かれる様子が無いメモ帳を見つめる彼女の表情が次第に落ち込んでいくのを見るとよく分からなくなる。人に何かをすることが苦痛では無いのか、或いは役立たなくてはいけないという義務感でもあるのか。

 イリアがどう思ってるのかを今考えても仕方が無いとして、もし何かを頼めるのであればお願いしても良いのだろうか。他人に苦労をさせるのは気が進まないが、このまま沈黙が続いたら悪影響になりかねない。

『コノセカイ、オシエテホシイ』

 その場しのぎの文字だったが、それを読む彼女はどこか嬉しそうにも見えた。他人はよく分からない。当然のことなのだろうが、周りの人はまるで分かっているかのような行動ばかりを取っていたのだから不思議でならない。

「この世界のことね、分かった! 私も一緒に頑張るよ!」

 そう言う彼女が空元気のようにみえて心配になる。変に気張らず休んでいた方が良いのでは無いだろうかと、きっと要らない配慮を考える。 

「その前に朝ご飯食べないとね」

 一緒に行こうと差し出された手を握り、二人して部屋から出ていった。





 イリアに手を引かれ案内された先は、まだ入ったことの無い部屋だった。長机に計六つの椅子が置かれ、うち五つに簡素ながら温かい食事が用意されていた。僕らが入ってきたときにはもう全員が集まっていたようで、サージャスとプシラム、初対面の男性の目がこちらに向いていた。

「イリア、おはよう」

 最初に彼女に声を掛けたのはプシラムで、準備が終わったところなのかエプロンを畳んでいるところだった。

「もう大丈夫なの? 辛かったら何でも言ってね」

「はい、ありがとうございます」

 昨日の彼女とメガロのやりとりよりもずっと安定した答えに、最悪の事態は避けられたと今一度確認できた。

「さぁさぁ、冷めないうちに」

 サージャスが促すままにイリアは席に着いた。僕を知る二人以外の目があるなか椅子を動かすのに躊躇していると、

「イリア、あの人は一緒じゃ無いのかい?」

「いいえ、一緒に来ましたけど……」

 そこでイリアも僕が座らないことを変に思ったらしく、僕を探すようにキョロキョロとし始めた。多分村長がそんなことを訊いた意図は汲み取れたはずだが、まだ決心は付かなかった。きっと大丈夫なのだが、まだ不安がある。

「安心しなされ、ここに居る者にはちゃんと説明しておる」

 そこまで聞いてやっと椅子を引くことが出来た。プシラムが信じられないような目つきで椅子を見つめるのを除けば、確かにこれといった騒ぎは起きなかった。



 朝食のメニューは、手のひらほどの黒パンが二つに、野菜が主体のスープ、小川のほとりでも食べたあの果実が数切れと言った具合だった。量に物足りなさがあるが贅沢は言えない。あるだけ幸せなのは重々承知だ。

「では、りゅうのみたまに」

「「りゅうのみたまに」」

 サージャスの声に続くように発せられた言葉はきっと食事前の挨拶なのだろう。

「みたまに……御魂に、なのかな?」

 竜信仰、ファンタジーの定番ではあるけれど。

 どの世界でも収束進化するのだろう、手作りの触感が伝わる匙を手にスープを啜る。具材も色味も既視感があるのだが、味は違和感しか無かった。変な味というわけでは無い。イメージと違う、品種の違う野菜を使ったような、それぐらいの違和感。調味料も最低限だからか、その違いがより克明に感じられた。

「あの、村長さん。一つお願いがあるんですけど」

 固い黒パンに齧り付いたところで、イリアが話を切り出した。

「む、何かね?」

「えっと、村長さんの本を何冊か借りても良いですか? その、歴史書とか、世界書とか……」

「……ああ、そうか。カズマサ殿が知りたいと」

「はい、教えて欲しいって」

「分かった。彼には恩もある、儂も手伝おう」

 サージャスがそう言ってくれたものの、感謝の言葉は耳に届かないのが面倒なものだ。タイミングを逃した感謝や謝罪というものはとてもしづらいし、僕が書く前にそれは過ぎ去ってしまう。

 と、僕の意識がとある人に向く。名前の知らない男性、その細い視線は僕を直視しようと躍起では無く、だからこそ僕を見ていると確信が持てたのかもしれない。

 彼の眼は品定めするように、きっと視界の端に僕を捉えている。机の中心を睨むそこに僕への警戒が込められているように思えた。

「…………」

 僕という存在のせいだろう、食卓はそこはかとない奇妙なもやがかかっていた。





 朝食の後、二人には少し待って貰って部屋に脱ぎ捨てたままのネクタイとブレザーを着込んできた。別に着る必要も無いのだろうが、人目のある中でだらしない格好と言うのは気分が悪くなる。例え見えていなくとも、着込んでいれば多少は安心するのだ。

「確か……あった。これと、これが良いかな」

 サージャスが二冊の本を引っ張り出し、机の上に並べる。一つは題字が書かれた見慣れた姿のもので、もう一つは手綴じの、何が書かれているのか知りようも無いものだった。前者は知ってる単語からして歴史書なのだろうが……固有名詞の発音が分からない。

「ねぇ村長さん、こっちは何が書いてあるの?」

 イリアが後者の本を取ってページをめくりながら尋ねた。中も手書きらしく――文明水準からすれば当然だろう――僕にはとうてい読めない代物だ。

「そっちはカズマサ殿の現状……お主も良くは分かっておらぬじゃろうから、その助けになるかと思うてな」

「確かに、カズって不思議だもんね。見えないんだもん」

 イリアの言葉に自分の異常さを改めて認識する。別の世界であるわけだからこういうこともあるのだろうと勝手に納得していたが、普通は可笑しいと思うものだ。

「説明ばかりで詰まらぬじゃろうが、構わぬか?」

『ダイジョウブ』

 サージャスの言葉に、あらかじめ用意されていたペンとインクを使って羊皮紙に答える。

「さて、先ずは何から話すか……」

 そう前置いてから、僕が知りたいことを質問しつつ、それに答える形で話は進んでいった。



 まず訊いたのは、自分についてだった。話の流れからそれが一番尋ねやすかったのもある。

「お主が何者かという問いは、この世界ならざるもの、と言うのが近いじゃろう」

 イリアから戻った手綴じ本をめくりつつ、サージャスが答える。

「この世界の人じゃ無いって、やっぱりお化けなの?」

「いいや、『この世界』であって、『この世』ではない……お主なら意味が分かるじゃろう、カズマサ殿?」

『ワカル』

 僕が異世界者というのはすでに分かっているらしい。別の世界があるって事が認知されているのだろうか。

「この世界ならざるもの、賢者によって遣わされ、そのものの意思によって世界を歩くとされる。あくまで伝承の一説なのじゃが、それに当て嵌まるような噂があちらこちらで昇るようになってな……不可思議な力を持つ者が難題を打ち負かしたとか、その道の達人を伏せたとか、そんな与太話が真となったような者等じゃ」

「カズもそのひとりだってこと?」

「大いに有り得ることじゃろう」

 サージャスが頷き、続きが始まる。

「一番最初に現れたのが……確か六年前になるじゃろうか。誰がそう呼び始めたのか、類い稀な才を持つ者等を『来訪者』や『ギフテッド』と呼称するようになった。自らの才をまだ知らぬ者を来訪者、知った者をギフテッドと呼び分けたりするが、基本的に同じものを差すのう」

 来訪者、ギフテッド。与えられた者。転じて天才の意。

 なるほど、天からの才とも書くしおおよそ合っているのかもしれない。

「ギフテッド……カズが与えられたのってなんなんだろう? 姿は見えないし、声も取られてるっぽいし……」

「もしかせんでも、それが与えられたものなのじゃろう」

 それには同意できる。見えない聞こえないの弊害は大きいが、利点も多くある。これまでの展開からしてそれは間違いない。見えないことで出来ることは想像するよりも多いと、そう断言できそうだ。

 でも引っかかる。賢者はなにをさせたくて能力を与えているのだろう。

 話からすれば僕ひとりじゃ無い。六年も前から何人も来ていることになるはずだ。もしかしたらそれ以上昔から。

「『ナゼ?』か……賢者の意思など誰にも解らん。ギフテッドは誰もが与えられた理由を知らぬし、それをどう使うかも、どう生きるかもそのもの次第。真相を探る者は多かれど、誰ひとり辿り着けないじゃろうな」

 そんなものだろうという答えが返ってきた。真相が分かれば苦労はしないし、自分もそうなりたいって思う人が躍起になって見つかる程度ならギフテッドなんて呼んだりしないということだろう。

「話が戻っちゃうけど、ここ以外の世界ってどこなの? 伝承録にもそんな場所書いてなかったよね?」

 イリアの疑問は、僕にとってはそうではないものだった。

「ギフテッドの住む世界は同じらしいが、何処にあるかは本人達も判らぬままらしい。これも共通することなのじゃが……彼等が気付いたときにはここにいた、らしい。そこに来た方法も判らぬまま、ここにいた、と」

「判らないけど、場所は同じなんだね」

「うむ。同じ世界から彼等はやって来ておる……と言うより『連れてこられた』と言うべきじゃな。賢者に連れられ、この地に放たれ、その後は自由と」

 聞きたいことがあるが、単語が分からない。これほどにもどかしいことがあるだろうか。目の前に答えがありながらそれを見れないのは、変に思われたくないという無駄であろう配慮のせいだ。

 賢者とは何者か、何が理由で連れてきたのか。動機が全くもって分からない。

「……小さい頃から良く聞いてたけど、やっぱり不思議。どうして賢者はそんなことをしているんだろう」

 イリアがお手上げとばかりに手綴じ本から離れ本棚にもたれかかった。彼女が聞いていたという伝承録はどんな物語で、何が綴られているのだろうか。

 しかし、伝承と言うには随分と最近のことに繋がる出来事が書かれているようだ。数十年前の旧いものが継がれてこその伝承なのだろうが、今の言い方だと都市伝説とかの類に近いように思える。

 それとも――それほどに昔から始まっていたりするのだろうか。

「ふむ、まぁ……これで一応の説明は済んだかのう。まだ気になることはあるか?」

 サージャスの言葉に、この議題は一先ずここまでにしようと決めた。

『コノセカイ』

 その単語に、彼はもう一冊に手を伸ばした。



「この世界、か。これも何から話すべきか」

 サージャスは数秒考え込み、決めたようだった。

「……そうじゃな。人種から話せば理解しやすいじゃろう」

 場所を暗記しているのか、迷うこと無く目的のページを開く。

「まず、この大陸には大別して二つの種族がおる」

 その面には、確かに二人の立ち絵が描かれていた。人と獣。その差異がある程度記載されているようだ。読めないが。

「儂等は『アニマリア』。こっちの方じゃな。数はこちらが多く、身体能力も秀でておる。血の濃さで獣の割合が変動し、姿は多種多様……ぐらいかのう。一応じゃが、イリアもアニマリアじゃ。ここまで薄いのも珍しいがな」

 イリアを見てみると、少し恥ずかしげに耳をいじくっていた。あれだけ人に近くてもアニマリアらしい。獣の特徴が最低でも出てくるものなのだろう。

「それに対するように『ヒューマリア』がある。アニマリアの容姿も血が薄くなるほどにこちらに近づいてくるが、こちらも種類は多くあるな」

 もう一方を指さす。姿はヒトそのものというよりも、ヒトの姿が残ったファンタジー種族と言うべきだろう。本のモデルは多分エルフとかだ。

「種の数は儂等に比べ少なく、身体能力の代わりに智に優れておる。こちらも多種多様な姿があり、特徴ある者の血が薄まればまたヒューマリアの基本的な姿に近づくのは変わりない」

 次のページにアニマリアとヒューマリアとが対極にある図が書かれてあった。中央に見慣れたヒトの姿があり、左右に分かれるにつれ双方の特徴が明確になっている。

 この世界は二種族。中間であるヒトは分類に入らないらしい。

「この二つが大陸二種族となるな。国家は基本的に一つの種族から成り立っていることが多い、これを基準に分類するのが手っ取り早いじゃろう」

 そのまま巻頭に戻り、見開きの簡易的な地図の場所を開いた。初めて見る地形で、見ようによってはユーラシアにも北アメリカにも見える。おおよそ平行四辺形の右側が丸くえぐられたような形だ。隅には大陸の名前らしき単語が書かれている。

「大陸中央部を広く治めているのがミクサマル聖王国、アニマリアの大国で、この村もここの領内じゃな。その東にトルニダート共和国、ここもミクサマルと同じくアニマリア。北にノーワイト公国、西にアロルド王国……この二国はヒューマリアが主体じゃ。南の大部分はラニカ連邦のもので、ここは例外的にアニマリア、ヒューマリア両方が混在しておる」

 次々に指が滑り国の名前を挙げていってくれるが、正直これだけで分かるとは思えない。国の数が両手で足りるだけ楽なのだろうが、国風が不明で印象が掴みづらい。

「最期に、北東のルダウ皇国。『異端者の国』とも呼ばれておる」

 そう指さしたのは、北東部の突き出た一帯の国だった。

「この国……というよりも地方は、何故かアニマリアでもヒューマリアでも無い中間の種が圧倒的に多い。身体能力が高いわけでも、頭が良いと言うわけでも無いのじゃが……」

 そこで言葉を濁らせたサージャスは、イリアを心配げに見ている。

「……まぁ、国境を面しているミクサマルとは度々いざこざが起きていてな。ここから発つにしても、この国には向かわん方が良いじゃろう」

 扉が静かにノックされた。

「……すまんが、席を外すぞ」

 歯切れの悪い話の切り方をして、何処かへと出て行ってしまった。



「ねぇカズ」

 イリアがこっちに来て話し出す。心の置き場が無いような不安定さがどことなくある。

「まだ分からないことってある? 私が教えられることなら教えるよ」

 言いながら重たそうに本を手に取り、会話の紙をじっと見つめてくる。会話の手段が手段なので当然なのだが、向き合わずに会話をする感覚はまだ慣れそうに無い。

 聞きたいことはあるが単語が分からないので、机の上に置いてあったものを使うことにした。手ほどの大きさのそれを開き、電源が付くことを確認する。村長の前ではともかく、イリアの前では変に気を使う必要もないだろう。

「わっ」

 イリアが小さく驚きの声を上げた。電子辞書はちゃんと使えるようなので、目的の単語を調べて紙に写し取る。

『通貨』

「……あっ。通貨ね、分かった!」

 目を取られていたのか、少し慌てた様子で探し始める。文字のカラクリは分かっているし電子辞書もあるので独力でもどうにかなりそうだが、彼女の頑張りを見ていると言い出すに言い出せない。

「えぇっと……ここだね」

 そう言って広げたページは、各国の流通貨幣をまとめた一覧らしかった。基本的には金貨や銀貨の貨幣が流通しているらしく、連邦と共和国は国内での経済にのみ紙幣があるらしい。

「ミクサマルのやつはこれだね。マテラ金貨、クヨミ銀貨、サノ銅貨の三種類」

 ページの左上、確かに三つのコインの模写がある。実寸なのかは定かじゃ無いが、もしそうなら金貨はかなりの大きさになりそうだった。五百円玉より大きい。

『読んデクれル?』

「うん、分かった」

 変に触れ合わないよう身を引きつつ、読み上げるイリアの傍に顔を近づける。

「……ミクサマルでの一般的な取引にはクヨミ銀貨とサノ銅貨が用いられ、マテラ金貨は貯蓄、区間や団体間の貿易や取引に出されることが殆どである。情勢にもよるが、金貨一枚にて一人が二月は生活できる価値があり、銀貨は二日から三日、銅貨は数十枚単位で平均的な一日の出費になる。金貨一枚で銀貨五十枚、銀貨一枚で銅貨百枚相当の価値である」

 だって、と顔を上げるがそこに僕はいない。反対だ。

『ありがトう』

 少しは逆さ文字にも適応してきたかもしれないなと思いつつ、この期に及んでやっと金銭面に全くのあてが無いことに思い至った。働こうにもこの身体じゃ居ない者扱いだ。


 と、少しだけ耳に不穏な音が届く。窓の外が幾らか騒がしくなったような、それぐらいしか分からないが、何かあったのだろうか。

 イリアも気付いたらしく、興味ありげに電子辞書を見つめていた眼を窓に向けた。

「どうしたんだろう……?」

 変にここから離れるのも色々と問題になりそうなので暫く外に意識を向けていると、にわかに扉が蹴破られるような音が響いた。中に慌ただしく駆け込んでくる足音が一つ、こちら側に向かってくる。

 反射的に構えて待っていると、知っている顔がまだ知らない表情をして入り込んできた。

「……ミリアスさん?」

 朝食の時に居た男だった。軽く肩を上下させているが乱れてはいない。

「イリアか……悪いが、今すぐにここを出る。急いで準備してくれ。もう一人にも伝えてくれるか?」

 それだけ言うと、答えも聞かずに姿を消した。騒ぎはますます大きくなっているらしく、わずかに聞き取れるようにもなった。

「え、っと、何が」

 困惑した様子のイリアは動く気配が無い。僕も決めあぐねているが、多分良いことは何一つ無いと彼の様子が教えてくれていた。

「カズ?」

 変に片付けられて無くて良かったと思いつつ鞄や携帯に手を伸ばす。必要最低限のものだけを手にペンを走らせる。

『行こウ』

「え、行くって?」

 面倒なので抱えていくことにした。半開きの扉を足でこじ開け、余計状況が飲み込めていないであろうイリアと一緒に二階に駆け上がる。彼女が何を持って行くかはともかく、僕はあれを手にしておくべきだろうと思ったからだ。備えあれば憂いなし、守る術はいくらあっても足りないぐらいだろう。

 イリアの部屋に彼女を下ろし、僕に割り当てられた部屋に置いてあったものを手にして戻る。そこに彼女の姿は無く、数十秒して部屋から出てきたその姿に差異は感じられなかった。 彼女の手をゆっくり握り、彼女のペースに合わせるように下に降りようとしたときだった。



「待て!」


 下から男の声が響いた。それに吃驚したイリアの足が急に止まり、そのはずみで手が離れてしまった。

 繋いで無くとも安全になったら付いてくるだろうと判断して、階下で何が起きているのかを確かめようと一人で階段を駆け下りる。







 男が、三人の兵士と対峙していた。

 ヒトと、獣が。



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