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81 密会 後編

 息が詰まりそうな晩餐の場だった。

 別に気まずいから、という訳ではない。セラは第一印象と違い、お喋りの好きな女性であるらしく、その点では和やかな、レストラン等で相席になった時のような雰囲気に近しくはあるのだろう。


 それ故に、なのである。

 僕以外の人物がどう思っているのかは知る由が無いが……僕は気が抜けずにいた。ガルシアやミィナと同じく、彼女が求める距離感をこちらに要求してくる――――そこは変わらないのだが、手口が容赦なく、対抗策もないに等しいものなのだ。

 相手の好意や損得、申し訳なさを利用してくる、と言えば簡潔だろうか。こういった駆け引きを得意としているようで、特に異性に対して顕著に有効な手段だろうと推察できた。

 彼女が出してくる好意に甘んじてしまうことの恐ろしさ――――良いように利用されることは恐怖でしか無い――――を理解していてもなお、それで構わないのでは無いか、とさえ思わせてくるのだ。魔性の女なんてものを表現できる――――或いは演じることの出来る女性がいることに、フィクションが現実に出てきてしまったかのような危機感、焦燥と不安感でなみなみ溢れそうな程だった。


「そろそろ仕事の話をしよう」


 だから、そんな風にラスティが切り出し、取り留めも無い――――だが確実に交友関係に付け入り、蝕んでくる――――雑談を止めてくれたことに安堵を覚えた。敵の敵というものが適用されるか曖昧だが、今はこの男の存在が有り難く、頼もしく見えていた。


「まず、今回の取得物と損失についてだ」


 ナイフを置き、懐から幾つかの小包を取り出す。


「そっちも分かっているとおり、今回の『運搬業者』と俺の駒が全損している。目的の『薬』についてはこれだけだ。二割は下水に溶けて、三割は件の騒ぎで回収不可になった」


 ミィナとガルシア、そして僕の方を軽く一瞥し、言葉に補足を加える。


「上々よ。人員を喪ったのは痛いし、悲しむことだけれども」


 小包を受け取ったセラは、淡々と言った。


「損害については……貴方の方が大きいわよね、ラスティ。だから私に、貴方の成果対して文句を言う権利はないわ」


「そうか、あんたが納得しているのならそれで構わないが」


 ラスティがミィナへ視線を流した。最初こそ遠慮していたものの――――よほど空腹を持て余していたのか、元から大食漢なのか――――お代わりの言葉すら臆すること無く言うようになった彼女が、その瞳に気付いた瞬間に動きを止めた。


 仕方の無いことではある。被害を出してしまった罪悪感にも加え、仮面を外したラスティの素顔は――――僕の傷がファッションのために入れられたものだと言えるほどに――――痛々しく、おぞましく、とても生者のそれだとは思うことの出来ない悲惨さに覆われていたからだった。

 火傷の痕が全体にわたり、皮膚が剥離し、筋肉の筋らしいものが見える部分が半分を超え、鼻の軟骨は八割方消失している。瞳だけは綺麗なままで、赤や黒に色彩を変える琥珀色だけが元の面影を思わせてくれる。

 墓場を引っかき回して集めた皮膚と筋肉で、精一杯の化粧をしたドクロ、というのがせめて好意的に捉えようと努力した言い回しになるだろう。


「大丈夫よ。気にしないで」


 安心させるような声色でセラは言う。


「埋め合わせるためにここへ来てくれた、それなら……渡る相手が変わっただけになるの。ラスティから、貴女へ。ね?」


「え、はい……」


「それに、有効利用してくれているみたいだから。お代わりは?」


「あ、お願いします。凄く美味しいです」


「そう、しっかり用意させておいた甲斐があったわ」


 完全に丸め込まれているようだ。ここまで他人に気を許せる度胸には感服するしかない――――或いはセラの、この短時間で信用される話術にだろうか。そう思っている時点で僕もまた彼女に都合の良い方向へ誘導されているのかもしれない。


「セラ、仕事の話をしたいんだが」


 ラスティが再び切り出し、話題を戻そうとする。


「全く……少しは会話を楽しむ余裕をお持ちになったら?」


「俺は楽しんでる。あんたらはあんたらで楽しめば良い……後でな」


 セラが少し呆れたように天井を見上げ、仕方ないと言いたげに肩をすくめた。


「確かに。そのためにいらしてくれたのだから、まずはそれを話すべきかしらね」


 でもするのは貴方、と彼女はラスティに丸投げした。私はそういうのは得意じゃ無いから、と。


「なら有り難い。話が短く済む」


「こちらからも頼むわ。手短にね。客を退屈させないうちに」


「要点に絞ろう。目的、障害、解決手段」


 ラスティが皿をどかし、両腕を置いた。


「彼女をこの街の支配者にする」


「荒唐無稽だな」


「障害は大きく二つ。裏側で抗争を繰り返すならず者(ギャング)に、表裏に流通する一つの薬――――もとい麻薬だ」


「どっちも社会の鼻つまみものだな」


「解決手段はあんたらそのものだ。情報と作戦さえ練られれば一晩で片が付く」


「夜が明ければそこは吸血鬼の支配する街でした、か。そりゃ最高」


 ガルシアの横槍を無視し、ラスティは全てを言い切った。


「あー、セラさん。何個か質問しても?」


「幾つでも、可愛い坊や(リトルボーイ)。答えられれば良いんだけど」


「何故この街を欲しがるんです?」


「欲しいからね。私はそういうものを欲しがる人間なの」


「……えぇ……そう、ですか。なるほど」


 ガルシアが尤もな疑問をぶつけると、そんな反論の出来ない答えが戻ってくる。

 奇妙な言い方でもあった。まるで自分自身が演じられる人物であるかのような、どこか客観的な言い回し。


「で、ギャングが障害ってのはまぁ分かるとして、どうして麻薬が?」


「私の言葉が届かなくなるのよ。折角私の血に触れても、目を覚ましてしまうの」


「……?」


 少し話が見えなくなった。比喩だろうが、そこにある意味が少し曖昧だ。


「最近までは、孤児院ここの子達みたいに、日光に当たりさえしなければ問題なかったの。可愛い僕達(コウモリ)に何度も繰り返し私の血を交わらせて、出来るなら私が直接交わらせるのよ。そうすれば皆、私の虜に……理解者になってくれるの」


「彼女曰く、上手くいけば一月で全員を服従させられるらしいが、それが流れ始めた」


 ラスティが包みを顎で指す。麻薬――――話を聞いた限りでは覚醒剤の方が意味合いが近い。言葉通りに「覚醒」する訳だ。


「『トウジン』って名称がある。セラの洗脳――――もとい『感染』を打ち消すだけじゃ無い。その感染の予防薬としての役割まで果たしている上、多少の興奮作用、鎮痛作用、結果的な思考鈍化の作用まである。低純度のものは労働者に『活動応援剤』として配布され、それを精製したか、高純度のものがそのまま裏に『覚醒剤』と『ワクチン』して使われている始末だ」


「お陰で治安も悪くなっちゃって。元から酷い有様だったけど」


「……覚醒剤がこの街に蔓延してるって事?」


「単なる薬として利用されるどころか、提供される食品にも混ぜ込まれている。流通元がこの街の大手食品製造社組合なのを考えれば妥当だ」


 食事の手を止め、ミィナが信じられないような顔をしてそれに目を落とした。


「大丈夫よ、食いしん坊さん。私が使わせないわ」


「だとしても、この街で『普通に』生活する内は毎日摂取する羽目になる。水、サワードゥーズ、出される料理全て……この街の住人は全員が中毒患者に近い」


「だからこそ高く売れるの。金や宝石、着飾るドレスや装飾品よりもね」


 セラがくすくすと笑って言う。ラスティにこの覚醒剤を集めさせているのは、この孤児院の運営資金のためらしい。自分はここに来る羽目になった哀れな人々を救い、そして彼らのためにもこの街を支配下に収めたいのだという。


「自分の支配を邪魔する薬を奪って、売って、また奪い、売り飛ばす。見事なマッチポンプだ」


「これさえ無ければ必要も無かったんだけれどもね。でも需要があるもの、使える手段は使うべきでしょう?」


「それには同意ですね。セラさん」


 強かな女性だった。やっていることはそれなりに非人道的なのだが、それを吟味させてなお魅力的に思わせることが出来る。


「成る程、つまり俺達がする仕事は概ね二つってことか。そのトウジンってヤクをこの街から無くすことと、治安を悪くする奴の数を減らすこと」


「その通り。やってくれる?」


「無論ですとも……と、言いたい所なんですが、ね」


 ガルシアが語尾を濁らせる。僕らにとっての本題に入るつもりだろう。


「セラさん。ラスティが今貴女と契約して、仕事をしているのはこちらも承知してます。ですがね、こちらのしようとしていることにもコイツの力量と能力が欲しいところなんですよ……」


 一旦切って様子を窺うが、セラはにこやかに続きを待つだけだ。


「……我々が協力するのは、コイツを次の仕事に就かせるためでもあるんです。貴女と禍根を残すようなやり方で持っていくのは、こちらとしても遺憾ですから」


「手伝うことへの報酬と、今日の埋め合わせを合わせて、それが望み?」


 セラの声色は変わらない。変わらないからこそ、奥底が知れない。

 ガルシアが頷き、ミィナも同じように首を縦に振る。僕に視線を向けたところで意思表示の選択肢は一つしか無く、十数分ぶりに声を出すことになった。


「良いわよ。こっちが引け目を感じるぐらいには好条件ね」


「へ?」


 ガルシアが気の抜けた声を出すぐらいには意外と思える回答と間だった。もっと悩んだり、あれこれと交渉が入るかと思っていた分、肩透かしと言って相違なかった。


「でも、聞いた限りじゃここに居るのは二日か三日と聞いているけれど。ちゃんと仕事をこなしてくれること、信用して良いのよね?」


「現時点でやることは決まっている。後は進捗の速さだ」


 ラスティが懸念に答える。今日中に情報の収集と作戦の立案、夜が明ける頃には実行を始めると断言したとき、セラが嬉しそうに口角を上げ、目を静かに細めた。


「私が手伝えることは?」


「これまで通りだ。必要な情報提供」


「変わらず、ね。私達にもそういうのがあると良いのだけれども」とセラがガルシアとミィナの耳を見て、「便利そうだし、貴方とももっと身近にお話しできる」とラスティへ視線を流す。


「私的利用はともかく、指揮を執る上では有用だろうな。調達は?」


「多分いける。と思うが……立場上、黒に近いグレーへ流すって事を考えると、五分か」


 ガルシアがアイコンタクトをしてくる。先の翻訳依頼と言い、こういう役割は僕がすることに決まったようだった。手持ち無沙汰の荷物扱いよりはマシか。


「そうね、だったらこうしましょう。もしも入手できたのなら、私の使いに預けてくれれば良いわ。あの子達、人語も分かる良い子だから」


「お利口さんなんですね。あっ、そういやボク、食べようと……」


「ふふふ、別に良いのよ。悪かったと思ってくれてる内はね」


 馬が合うのか、ミィナとは特に溶け合った言葉を交わすようになっていた。何処か通じるところがあるのか……ミィナの人懐こさを気に入ったのだろうか。


「話すことはこれぐらいか。食事も済んだ、お暇する」


「ラスティ、本当に連れないわね」


「時間の勝負だ。語らう相手が欲しいのなら別を当たれ」


「もう……まあ良いわよ。終わった後(・・・・・)にゆっくり過ごせばいいことよね」


 いつものものは入り口の子に持たせていることを伝えて、セラは僕らの先に立った。玄関先で再び墓守の装いに着替え、彼女の背後にある幾多もの紅い視線に見送られることになった。


「貴方のお仲間さんにも宜しく伝えておいて」


「伝えずとも皆あんたに感謝してるさ。夜の女王様」


 仮面を被り直し、粗雑な――――大の人間ひとりほどの大きさの――――麻袋を背負ったラスティが代表として挨拶を交わす。

 殺人鬼としての風格を増した男を筆頭にした異常者の一行が、少年に連れられて孤児院を後にする――――見られていたとしたら、とんでもない噂に昇華されそうなものだ。そう思うと少しばかり笑いがこみ上げてきた。こんな異常な集団の中に自分がいるのだ、可笑しくて仕方が無い。


「それでよ、ラスティ。何をどうするんだ」


 早速と言わんばかりにガルシアが口を開いた。こういう所は几帳面というか、総じて馬鹿みたいな策を打ち立てる人物が素直になるところを見ると背中がむずがゆい。


「他人に成り代わる狂人、他人を作れる化け物、完全なステルス迷彩持ちの兵士。全くもって夢物語みたいな世界だな」


 先ずは情報を集めること、それが重要なことだというのを簡潔に説明される。

 必要な情報はざっくりと三つ。トウジンの製造元の詳細、主要な流通ルート、ギャングが所持している可能性がある精製施設と原材料栽培施設の特定。セラの支配を阻害する一番の原因を排除するための情報になる。


「作ってるのは食品グループだっつってただろ」


「そこの何処が製造に関わっているのかは分かっていない。セラが監視できるのは公共オープンの場における個人の動向のみだ。工場や社内の閉鎖された(クローズドな)場所での行いにまで行き届いている訳ではない」


「そりゃコウモリはドアを開けられねぇや」


「お前にはそれをやってもらう。お前なら努力無しにCEOにもなれるからな。で、ミィナだったか、レディ」


「ぬぉ、レレ、レディ……?」


 慣れない扱いをされるとやはりこうなるのか、と思った。


「……本業は掃除屋だったな。生ゴミの処理をしたことは」


「食べられるものなら大体行けますよ……美味しくて栄養のある方が良いですけど」


「なら仕事の手伝いついでに技能試験だな。どれだけ働けるかを見極めたい」


「あの、人殺しはそこまで期待しないで下さいよ? ボクよりガルシア君やカズくんの方が上手ですから……」


 あれだけやっておいてよく言う。殺人じゃ無くて捕食行動だとでも言うつもりか――――いや、殺すために殺してない、と辛うじて言えるかも知れない。


「戦力になれば問題ない……単純な話だ。流通元が割れてもクリーンな方法で止められはしない。駒は多い方が良い上に、敵対勢力も弱らせられる。カズマサ、お前もだ」


「えぇ、出来ることなら」


 有ればの話だ。僕の能力自体、使いどころがきわめて狭い。見えなくなるのは本人に持ってる所有物だけ、壁を抜けることも出来ないし、一度存在が発覚すれば対応策を採られる。ガルシアとミィナに比べると、戦略的な価値は低い。


「ふと思ったんだが、ラスティ……と坊や」とガルシアが割り込んだ。


「あのセラ婦人、街を支配できりゃそれでいい話なんだろ?」


「はい。あるじ様は僕たちみたいな人々が差別されることなく暮らせる街にしたいんです」


「そうか、なら……提案があるんだ」


 ガルシアが少し自信ありげに――――見せているだけだろうが――――胸を張った。


「今現在、あんたのご主人とこの墓荒らしはお尋ね者みたいな扱いだよな。それが街を牛耳るとなれば、ポリス達が黙っちゃいなくなる訳だ」


「その通りです。だから全員があるじ様の下に――――」


「別のやり方でも付けることは出来る。その為の人員もここに居るって訳だ」


「中身のある言い方をしてくれ。何も分からん」


「いいか、シナリオはこうだ」とガルシアが指を一本立てる。


「まず、事の発端の動機だ。これは覚醒剤の利権を独占しようとしたギャングがだな……」


 帰り道で始まったこいつの物語じみた発案が、それなりに形を整えられた後に採用されることになるとは――――事が始まった今でも、あまり信じたくないことだった。

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