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80 密会 前編

 子供に案内され、古びた階段を上った先は、長らく人の手が入っていない古小屋の中のようだった。この子の言うには墓守の寝泊まりする場所だったようで、既に使われていないものなのだそうだが……。


「皆様、これを」


 子供――――判断に自信が無いが「少年」とする――――が、外套下げに吊された何組かのポンチョのような衣服を一つ取り、先駆けを司ったラスティへ手渡す。


「何故だ」


「あまり目立たないようにと言われてますので。暑苦しいとは思いますが、どうか」


 僕が持っているローブに近いが、より古臭く擦り切れていて、しかし放置されていた物品ではないことが窺い知れた。つまりは、使われている様子の無い小屋に、最近使われたのであろう衣類が提げられていることになるのだ。


「こういう時はお前が羨ましいな」


「その通りですね」


 ガルシアが僕に言った皮肉だったが、意外な人物が反応した。少年だ。


「……分かるの?」


「いえ、でもあるじ様から言われていまして。来客は四人だ、と」


「その一人が見えてないこともか」


「僕もご案内するまで、半信半疑ではありました」


 誠実な応答をしている内に、僕以外の全員が襤褸切れの外套もどきを羽織り終わった。墓守かその関係者だと言わんばかりの雰囲気だ。

 ガルシアとミィナはまだ――――子供らしい外見のお陰で――――ハロウィンの仮装のような、一種の道化感があるのだが、ラスティに至っては古典的な恐怖すら覚える出で立ちになっている。割れた華美な仮面に、年季の入ったローブ、屈強な体躯。斧でも持っていたら殺人鬼の有名どころに入れるんじゃなかろうか。


「お似合いです、皆様」


 同じ格好になった少年がにこやかに言うと、隙間風の行き来していた木製の扉を軋ませた。流れ込む空気は微かに冷え込んでいるような気がして、街中よりも少し爽やかであるように思える。


「うわ、本当に墓地だ」


 ミィナが素の勢いで呟くとおり、そこは西洋の墓地そのものだった。

 夜の墓地の静寂と一種の異界感――――これは日本だろうと海外だろうと差異はないだろう――――それをひしひしと感じる。有り得ないと分かっていても、墓の下から死体が這い出てきそうで、亡霊という概念が背後に付いてきていても可笑しくない空気感。非科学的ではあろうと、そう信じさせる何かで充ち満ちていた。


「うぅ、怖い……」


「俺で良いのか、カズじゃなくて」


「だって見えないもん、縋るに縋れないじゃんか」


 そんな空気をどうにかしようとするように、まるで肝試しであるかのような雰囲気を作る二人の片割れ、僕を視認できる唯一の人物が目で語りかけてくる。二人して僕をからかうつもりだと分かっていても、僕に対抗する気概は残っていない。変に張り合おうとする方が、彼らにとっては好都合なのだ……全く。


「……うぅ、見えてないからか、カズくんでも頼りない……」


「じゃあ戻ってくれ」


 貸した腕を引き抜こうとすると、がっしりと捕らえられた。羞恥心がないのか、幼い体躯ながら確かにある柔らかさを僕の輪郭に這わせるほどの力だ。


「ううん、こうして捕まえちゃえば怖くないもん。実質亡霊みたいなもんだし、お化けが出てきてもどうにか出来るでしょ」


「……クソ、どうしてこんな」


 人のある場所で、実に体の良い辱めだ。どうして僕を巻き込むんだ、勝手に二人でイチャついていてくれ。そう僕はうんざりしているのだが、しかし知人――――単に知っている人物という意味だ――――が密着していることの安堵があることを否定も出来なかった。

 人数が居るとは言え死人の住まう場所だ。僕がどんなに関わることが面倒な人種とは言え、必要なときにはこういう関わりが欲しいときもある。


「有り難いことです。かず? 様が何処に居るのか分かる方が、ご案内する身にとっても安心できます」


 フォローなのか知らないが、少年はそんなことを言った。

 少なくとも人目を気にする必要があるのか分からない空間を進んでいく。街の外縁ではあるようなのだが、星空どころか墓地の端すら分からない霧が隔たりを創っている。頼りになる灯りは一つも無く、足下にある道は、ただ人が通ることによる草のない野路のような有様だ。


「ねぇ、まーから? さんって人は……どんな人なの?」


 ミィナが耐えきれず少年に尋ねた。演技か本意かは知らないが、時折背を震わせている。


「僕たちを守ってくれる、とてもいい人です」と少年は答える。が、どこか本心ではないような――――用意されていたような答えであるように思えた。


「守ってくれる?」


「あるじ様のおかげで、行く当てのない僕みたいな子供や、色んな人が救われているんです。街の他の人みたいに、ものを盗んだり、壊したり、奪い合ったりすることなく」


「俺が代行しているからだ。物言わぬ死体が」


「存じてます、ラスティ様。あるじ様もいたく感謝しておられました」


「やっぱり死体だったんだ……」


「地上で食った仲間は、だ。俺と一緒に居たのはクライアントの人員だ」


「トレア、ギーニアス、ノイマン、アーライ。働けない僕たちの代わりに、危険なことを承知で頑張っていてくれた人達です。四人を殺したのは貴方ですよね、ミィナ様」


「……ッ」


 淡々と喋る少年の言葉に、怒りや悲しみ、憎しみのような――――と言うより、どんな感情の一つも籠もっていなかった。その変調のない言い様は返って事の大きさを彼女へ知らしめたようで、明らかな震えが腕を伝わってきた――――それだけに留まらず、僕と彼女の皮膚の境界すら無くなり始めているような感覚も這い上がってくる。


「ご心配なさらないで下さい。物的、及び身体的な権利を犯しは致しません」


「……?」


「少なくとも、その後始末、落とし前を話し合うためにいらしたのです。あるじ様に報いる意思があるのであれば、きっとご不幸は起こりませんよ」


 安心させるような言い草だったが、ラスティの視線が――――僕が気付けるほどには――――少年へすぐさま向いたあたり、一種の警告でもあるという感覚は間違ってないのかも知れない。

 つまりは、誠意ある対応をしないのであれば、相応の報いを受けさせると。


「あるじ様から前もってお伝えしておくように言われていましたので、今お話しした次第です。危うく忘れてしまうところでした」


 決して調子の変わらないまま、会話は終わった。この間に死人の居住地は抜けていたようだった。この場所と同じぐらい古びた柵と並行に伸びる道の先に、輪郭を持つ影が見えてくる。

 宗教に関連しそうな造形であることだけが読み取れるが、教会や聖堂のような重要度の高い建築物ではなさそうだった。感覚的な言い方でしかないが……学校や、公民館のような、ある程度の目的を持った公共施設の一種に思える。


「皆様、お食事はお済みですか?」


 ふと思い出したように、少年は尋ねてきた。


「要らん。仕事の話をしに来ただけだ」


 ラスティが即座に答えるが、少年は僕ら三人組の回答を知りたいようだった。


「軽く食ったぐらいだが……別に俺達も……」


「それは良かった、腕を振るってご用意した甲斐がありました」


「……ご馳走になるつもりはないんだが、まぁ……良いか」


 ガルシアが言いきっても、少年はにこやかなままだった。

 どうも自分の土俵に持って行けないと察したのか、ガルシアはそれ以上何も言わなかった。ミィナは先程の発言をまだ引きずっているようで沈黙を保っていて、僕はなるようになれというスタンスだった。なんとなくの雰囲気だが、この場合は用意したものを要らないというのも些か失礼に当たりそうな気がする。


 エネストラでの謁見とはまた違う緊張感と恐怖があった。雰囲気にやられているのは間違いない。霧の立ちこめる夜の墓場、相手方の領域、こちらに非のある状況。更に僕の存在が既に露呈しているのだ、気を緩められる要素が何一つない。



 少年がノックをすると、内部から開かれた。


 迎えに出てきた人物は、少年と同じく紅い瞳を持ち、耳が――――髪に覆われていて分からないと思っていたが、どうやら「切り落としている」ようだった。頭部の頭頂部の左右、イリアやアストラリアに耳がある箇所がぼさぼさと荒れていて、「ただいま」という少年の声に明らかな反応を示したのだ。


「アニマリア……」


 思わず漏らした言葉は、どうやら無線では無くスピーカーへ通ったようだった。その男が僕の方を一瞥し、しかし感情を顔には出さずに背を向けた。


〈ヤバかったな〉


 最初に続くラスティの背に付き、ガルシアが冷やかすように言ってくる。かなり不注意だったが――彼のような人物が居ることについて、あまり宜しくない仮説が浮かんできてしまう。


 元の用途は分からないが、現在のこの空間は共用スペースとして機能しているようだった。外観からは分からなかったが、それなりに規模の大きな建物の中央部という感じで、同一の机と長椅子が左右に規則正しく配置されている。


 ぱっと見でも三十人弱の多様な――――そして異常な――――人物が、思い思いの場所に座っていた。少年が尋ねたとおり、今の時間帯は夕食を取る頃合いなのだろう。誰もが来訪者に目をくれることもせず、黙々と貧相な食事を取っている。少年も彼らに声を掛けようとはしなかった。


 人数にも関わらず、生気も活気も感じられなかった。

 魂の無い人形、と言うほどではないが、地下で見たラスティの仲間よりも無感情な人々だった。どこか――――追い詰められていたときのイリアを思い出す。

 が、当時の彼女とはベクトルが違う。生きることに絶望しているようにも、苦痛を感じているようにも思えない。単純に自我を持っていないような、一種の人形であるかのような無機質さしか無かった。

 湧いた漠然とした情の念は雰囲気に飲まれて消えてしまうぐらいだった。


「……みんな、赤い目だね」


 ミィナが小声で僕に囁いてくる。一目で分かる彼らの同一性であり、異常だった。

 種族も性別も、恐らくは区別できるあらゆる特徴を度外視して、全員が紅い瞳をしているのだ。微かな蝋燭が照らすそのガラス体は、その光量以上に爛々と輝いているようにすら見えた。そして――――とにかく肌が白い。太陽に長らく当たっていないような、不健康な白さだ。


 そんな人々の居る空間から離れると、途端に暗くなった。屋内の廊下ではあるが、先程のように蝋燭が灯されてはいない。施設に入ったときから変わらないのだが、やはり不気味さ、気味の悪さは抜けきらない。人々が生活していることに違いは無いのだが、まるで死者の世界にまたがっているような――――止めておこう。空想はここまでだ。


「マーカラ様、お客様を連れて参りました」


 ラスティ達が来ていた墓守の装束を回収すると、少年が扉の一つをノックして伝える。「中に連れていらして」と聞こえてきた女性のその口調は落ち着き払っているが、何処か意図的な艶めかしさを感じさせた。相手を丸め込んでしまおうとするような――――それを知ってもなお受け入れてしまいそうな――――声色をしていた。


 部屋は随分と広い。必要最低限に近い光量では不明瞭だが、個室というにはあまりに広すぎるぐらいだ。

 奥にあるのはアンティークなベッド、衝立、僅かに反射を示す鏡などの家具一式が揃っているように見えた。半分露出した柱で間接的な境界線が引かれ、手前側に複数人が腰掛けられる椅子と長机が置かれ、本来は純粋な赤であろうテーブルクロスが蝋燭の火にどす黒い血溜まりのように照らされていた。


 目的の人物は、その上座に居た。


「ごきげんよう。先ずは座って、お疲れでしょう?」


 軽く頬杖をつき、微笑を崩さないその人物は、自らの左右へ僕らを誘う――――単純な言葉で言ってしまえば、実に美しい女性である。ブロンドの纏められた長髪に、彫りの深く、高潔さのある表情がよく似合う人物で、しかしこれまで見たどの瞳より深く燃える瞳は、彼女に残る悪戯っぽさを細く見せてくる。

 年齢は測りかねた。年上であることは断定できるのだが、まだ二十代の前半であるような溌剌さ、四十代以上であるかのような艶めかしさ、常人を遙かに超える年月を見てきたかのような、計り知れない振る舞い――――どれもが真実を隠しているようだ。


 美的な意味合いでも女性は惚れさせることが出来るのだ、という事実に僕自身が驚いていた。異性としてでは無く、一人の人間として……或いは生きている作品として、というべきか。

 同じ人間でありながら、ここまで美しいものが出来るものなのだと――――敬服とも、感心とも言える心境だった。


「ささやかですけど、食事は如何かしら。その方が会話も弾むでしょう?」


 彼女から見て右手側にガルシアとラスティ、左手側に僕とミィナと言った具合に、全員が席に着いたところで、その麗人は尋ねてきた。


「あの子にも言ったが、俺は――――」


「遠慮しないで宜しくてよ。客人をもてなすのは主人の務めだし、そちらのお三方は召し上がって頂けるのに、貴方にだけ出さない、というのは不公平というものよ」


「だが、ただ仕事の――――分かった。頂こう」


 対面する以前から否定的だったラスティがついに折れる。どことなく彼が会いたくないという理由が分かる気がした。この人に望む答えを吐かせることは難しいだろう――――当然、僕には到底無理だと言える。

 彼女が少年に給仕を支持すると、閉鎖空間には僕らだけとなった。この部屋には窓が無いことに気付くと、途端に息苦しさを覚えるようになった。


「それで、まず貴方。貴方がラスティのご友人でいいのよね?」


「え? あー……そう言えます、かな。こっちは私の友人のようなもので」


「そう、素晴らしいご友人ですわ。お三方とは初めてお会いしたわけだし、私から自己紹介をしなくてはね」


 ガルシアが後手に回っていることも珍しかったが、余計そうな言葉を言わなかったことの方が驚きだった。どんな相手にも狂言を振り回すような男だと思っていたのだが。


 彼女は組んだ両手を机に置き、軽く背を伸ばす。外見や雰囲気とは違う、着飾る様子の無い振る舞いではあるものの、とても好意的に捉えさせる。外見によるものか、ギャップによるものなのか……魅了されていると自覚するまでに時間が掛かるぐらいには、その影響力は大きく、危険なものだった。僕もやはり男なのだ。


「セラ・マーラカ。遠慮せずにセラとお呼びになって」


「セラ……あっ、えと、ミナセと言います。その……」


 ミィナが一番に反応を返した。自己紹介というからにはこちらも答えるのが礼儀だとは思っていたが、僕にはこんな返しは出来ないだろう。


 ミナセ。待て、ミナセ……?

 僕は彼女の名乗った姓を反芻した。呼び慣れたような、妙な親近感がある。


「へぇ、姓はミナセと言うのね。日本人かしら……? ねぇ、私も皆のように『ミィナ』と呼んで構わない?」


「えっ、はい。セラさん……あれ、どうしてそのことを知って」


「見ていたもの。ご友人さんの名がガルシア、そちらの……見えない御方は、カズと呼ばれていることも。本当のお名前をお伺いしても?」


「ッ、はい。朝凪です。朝凪和正。それで『カズ』と……」


 勝手に呼ばれている、という言葉を辛うじて飲み込んだ。

 慌てていたことも関係はしているだろうが――――僕とは思えないほど口が軽くなっているようだった。別にフルネームだけを言えばいい話の所を、僕がどう呼ばれているかなどと……関係の無いことまで。


「そう、不思議な御方ね。あの子達でもちゃんと認識できなかったんですもの」


 自分のことが話題に上がり、先の逡巡は急いで取りやめることにした。

 ミィナは姓から来た愛称なのだろう。きっと聞き慣れた気がしたのはそのせいだ。


「ええと、ミス、いや、マダム・セラ? 見ていたと言うには、あのコウモリが貴女によるものだと信じて良いんですかね」


「えぇ、ミスター・ガルシア。厳密には見ていたのではなく、あの子達に教えて貰っただけ」とセラはにこやかに答えた。「それと、変に敬称は付けなくて良いわ。気軽な方が好きだから」


「会話出来るんですか……?」


「言葉を理解し合えることを会話と呼ぶのなら。伝えるには少しばかり難しい話しになるわね。ちょっと自信が無いわ」


 紹介が有耶無耶になり、半ば雑談になりかけてきたところで、先程の少年が戻ってきた。どうやら前菜が運ばれてきたようであり、僕も含めた人数分がきちんと配膳された。

 これはそれなりに嬉しいことだった。僕のことを言う前に食事が用意されるのは初めてであり、その意味では僕の存在が先に知られていた点が良いものだと思えた。


「さて、お仕事の話は腹を満たしてからに致しませんこと?」


 セラの提案を足蹴に出来る人物は、少なくともこの部屋の中、建物の中には居ないようだった。



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