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78 モリマとキリシ

 地下から抜け出したときには、既に屋根の輪郭が消失していた。

 ラスティの案内で人目の付かない路地に出たのだが、その時点で街が変貌していることを感じ取れた。繋がる大通りが騒がしく、霧を透かす光がここまで漏れてきている。


「リア、聞こえるか。悪ぃ、立て込んで連絡するに出来なかった」


〈カズマサくんにミィナさんも一緒かい? 心配したんだよ〉


 ガルシアがしらばっくれた応答を始めると、会話そのものは僕ら全員に繋がった。


〈大丈夫だったのかい〉


「ヘーキだ、俺達を何だと思ってやがる。ならず者相手に後れを取るかよ」


「それに逃げられたのは遅れじゃないのか」


 僕が冗談を言うと思ってなかったのか、二人とも少し吃驚したような反応を向けてきた。


〈いいや、幸運だったと思うよ、カズくん。何せ相手は名の知れた集団だったんだし〉


「名の知れた? どういうことだ」


〈応援にきたポリスから聞いたんだ。今回の件は『不死者たち』って呼んでるグループの犯行らしい。確認できてる悪党でもかなり厄介な相手らしいんだ〉


「だろうな」


〈やっぱり知ってたのかい?〉


「あっ、いやいやいや! 合点がいったんだよ合点が! 『不死者』ってところに!」


 会話を行いながら、僕らは人通りのある道へと出る。

 霧は幾らか晴れても消えはせず、道行く人の顔はすれ違うほどの距離でようやく子細を確認できる程度だった。が……どう言う訳だろう、これまでよりも更に異世界的というか、異質な場所に立っているのだという認識が強まった。


 沈鬱な天候ではあるが、街並みにはそれなりの活気が戻っていた。その快活な雰囲気の中枢である人々、彼等の外見はミクサマルの頃よりもずっと僕らに近い――――近しい外見のはずなのだが――――より強い違和感が、疎外感が胸の内を強張らせてくる。


 ……単に近くを通った人々が揃って顔をしかめているからだろうか。


「ま、ひとまず戻る。ホテルに居るのか?」


〈そうだけど……ミィナさん、来たらまず支配人に謝っといた方が良いと思うよ〉


「うん? どうして?」


〈あのよく分からない生き物、色んな人にじゃれつこうとしてて……客が怖がって仕方ないって。なんとか建物の裏側に匿わせておいたけど、結構不味い空気になっちゃってる〉


「……ボクが暴れ回ってたから釣られて興奮しちゃったのかも。ごめんなさい」


 しまった、という顔をしながらミィナは言った。あの化け物もまたミィナと言えるのならば、彼女の一人がしでかしてしまったことに違いはないと言えるだろうが……制御は当人の意識に任せているのだとしたら、その個体の知能指数はそれなりに問題となりそうだ。


〈……現場から君達が出てきたって報告はないんだけど、道は分かるのかい?〉


「それは大丈夫だ。ミィナがもうそっちに行ってるんだろ?」


 なら道は分かるだろとガルシアはミィナに尋ね、彼女は彼に頷き返した。


〈えっ? ミィナさんはもう来てるの?〉


「来てるって言うか……その子がボクって言うか」


 無線の向こう側が沈黙に包まれ、街路の喧騒にその身を隠してしまった。







 アストラリアの言ったとおり、目的地の雰囲気は宜しくなかった。

 建物のエントランスにその人と門衛は立っていたのだが、その周辺が少しばかり破損している様子だった。石畳には陥没とヒビが目立ち、鉄柵の一部が軽くひしゃげている。軽い喧嘩沙汰があった、と言い訳するにはあまりに規模が大きく、目立つ損傷だ。当分は噂のネタになるだろうことは僕でも分かった。


「お帰り、大丈夫だっ……」


 僕らの人影を認めて近寄ってくるが、その足をある距離でぴたりと止め、信じられないと言いたげな顔をした後に僕らから逸らし、そして鼻を手で覆った。


「やっぱ臭うか」


 ガルシアがさも当然のように言う――――ここまでの人々の表情を見れば分かることだったが、地下のあらゆる悪臭を着こなした三人組だ。このままでは間違いなく二度目の迷惑を吹っ掛けることになってしまうだろう。


「地下で何が……うぇ、あったんだい」


「これって事はなかった……逃げられたことぐらいか」


「そうかい……取り敢えず身体を洗ってきた方が良いね。待ってて、鍵を取ってくる。部屋に設備は整ってるらしいから、直行した方がいざこざがなくて済むからね……」


 逃げるようにアストラリアが去るのとほぼ同時に、ミィナが体中を擦り始めた。

 何をしているのかと尋ねようとしたとき、何処か嗅ぎ慣れたような匂いが漂い始めたことに気付いた。柔軟剤の匂いのような――――少なくとも、鼻をつまみたくなるものではない。


 建物の裏から大きな影が飛び上がったのを視界の端に捉え、それに視線を向けたときには目の前にふわりと着陸していた。周囲から生命の危機であるかのような悲鳴が上がる。


「……うん、匂いはこれで良いかな。服はどうしようもないから……」


 他でもない自分自身の胸元の荷物から替えの衣服を取り出し、人目を憚らずにさっさか着替え始めた――――流石に化け物(ミィナ)が翼を広げて視界を遮ってはいるが。


「カズくん、ボクの側に来て」


「何で」


「臭いままじゃ不味いでしょ? 良いから良いから」


 先程の匂いのことを思い出しつつ、合わせる方も合わせる方なのだろうかとも考えながら翼の奥へと入り込む。僕に続いてガルシアも入ってくると、かなり狭苦しい上――――貞操感が狂っているような相手と共に居る事実そのものに危惧を覚えた。


「触れさせてくれる?」


 ミィナはそう言って両手を伸ばす。手の平は何かしらで濡れて光っていて、ほんわりと柔らかく甘い匂いがそこから漂っていることに気がつく。


 気が進まないが、話も進まないと諦めると――――予想通りに彼女は僕を撫で回し始める。特に邪念は感じられない手つきであることに一応の安堵を覚える。


「何だ、これ」


「石鹸って言うか……消毒液代わり?」


「君の……その、体液がか?」


「石鹸だって動物とか植物由来でしょ、大して違わない違わない」


 着衣していることにも構わず、手の突っ込める範囲全てに入り込んでくる。生温かい液体は確かに清涼感があり、揮発性も高い――――確かに消毒液のそれと同等なぐらいだ。


「やっぱ筋肉質だよね。抱き締めて貰いたい」


 何とでも言え、というのが僕の心境だった。無闇に反応するのは愚かしいというものだ。


「はい、両手出して。残りの部分は触られたくないでしょ」


 ありったけの潤滑剤のような体液を器となった両手に塗りつけると、ミィナはガルシアにも同じようなことを行い始めた。そちらは手慣れた者同士ということで、軽口を叩き合いながら楽しそうに行為へ及んでいる。


 何処かで嗅いだことのあるような匂いだ。イリアのそれにも似ているが――――もっと奥深くの、記憶全てに干渉するような覚えのある、だが実態は掴めない匂い。明らかに僕の周囲にあるはずのない匂いなのだが、こちらに来て最も身近な匂いに触れたかも知れない。そう思わせるものだった。


「…………カズマサ君たち?」


 翼の向こうでアストラリアの声が聞こえたのと、僕らが着替えたのとは同時だった。欠伸と共に化け物(ミィナ)が翼を畳むと、彼の背後にそれなりの人集りが出来ているのが目に入ってきた――――彼の顔は複雑そのものだった。


「騒ぎや面倒事は起こしてない……よね。大丈夫だよね?」


「暴れてなければ良いって事でもないけど……あれ」


 彼が変化に気付いたのは距離を詰めてからで、鼻を曲げるような悪臭が消え去ったことを受け入れるのに暫く要した。


「エチケットは守らないとな」と白々しくガルシアが言う。「正しい身なり、正しい振る舞い、誠実な態度。ドレスコードに問題は?」


「……頭が痛いよ」


 それには同感だと鍵を渡してくるアストラリアに同情する。自己中心的かは決めかねるが、しでかす行動がどれもこれも常識から外れている――――能力がそうなのだから当然かつ致し方ないことではあろうけども――――その上で周囲を振り回すような過程を踏むために厄介なことになるのだ。


「そんでだが、リア。訊きたいことがあるんだ」


「なんだい。知ってることは少ないけど」


「さっき言ってたことだ。不死者たち云々かんぬん」


 そっち関連の情報を訊きたいんだ、とガルシアは言った。好奇心からか何かの目的があってか――――裏のグループと通じてることを隠すためか、彼等の状態を知るためか。


「僕に訊くよりポリスに行った方が良い」


「アポがねぇだろ。突然行ってギフテッドですってのは向こうも迷惑に違いない」


「そこら辺はちゃんとしてるんだね。分かった、付き合うよ」


 この子はまた裏に連れて行っておいてねとアストラリアが言うが早いか、彼女は来たときと同様の跳躍と姿勢制御を群衆へ見せつけて姿を消してしまった。


「……そう言えば、あの子もミィナさん――――貴女だって言ってたけど、どういうことだい?」


「どう言うことって言うか、ほんとそのまま。見せた方が速いよね」


 ミィナの右手がしゅるりと蛇に変わって、すぐさま元通りになる。変化は一瞬であり、偶然注視してしまっていた哀れな人を除けば――――先述した状況からしてほぼ周囲に居る全員ではあるのだが――――被害はなかったと言えるだろうか。


「……お掃除屋さんって、ちょっと過小評価な二つ名じゃないかなぁ」


「ボクは気に入ってるんだけどね。可愛いし」


 事実は全くといって良いほどに恐ろしいと、僕とアストラリアではきっと共通の解を得ていることだろう――――そんな化け物を引き連れた騎士が街道を行く。陽は完全に沈んでいて、街の騒がしさは霧の裏で反響していた。



 そういや、とガルシアが切り出す。


「あの人は元気か? 猫っぽい姫騎士さんは」


「姫騎士?」


「お前がここに来てるって事は、あの街はその人が守ってるって事なんだろ? ほら……テレサ・アスランだっけか?」


「テレシア。テレシア・アズラストだ……」


 隠そうとしているが、表情が崩れたのを僕も、恐らくはガルシアも見逃さなかった。ミィナは霧に隠れる街並みを見回すことにさっきからご執心だ。


「……正義感の厚い、騎士の手本のような人のようで、騎士団の中じゃ変わった方に入る人だった。僕みたいな『毛無し』にも偏見無しに応対するような人なんだ」


「あぁ、知ってるさ」


 ガルシアの答えにアストラリアは不思議そうな顔をした。


「悪い。言いたくないなら言わんで良いんだ。何かあったのは分かった」


「…………何か気を遣わせちゃったね。ごめん」


 言わずとも知れる、という雰囲気だった。

 流石にまだ思い出せる。そこまで関わった訳でも無いが、見送りの際に握手を交わして――――僕らしくもない軽い抱擁までした。僕のことを知っている数少ない人物の一人で、僕の知っているこの世界の住人の一人だった。


 何か言葉を掛けたかったが、その言葉は終ぞ思いつけなかった。

 僕はガルシアのように思いやれるほどに行動的ではないし、ミィナのように寄り添えることが出来るほど優しくも、必要とされる要素もない。



 どこか心に小さな穴が開いたような、奇妙な涼しさを感じた。






 それはそれにしても、とここに来て思うことがあった。

 僕自身に向けられているわけではないが、こうも悪意というか、良く思われていない視線を向けられるのは何時振りのことだろう。過ぎていく制服のヒューマリア――――これがまたひとくくりに出来ないほどに種類があることを認識するのにそう時間は掛からなかった――――の誰も彼もが、エントランスホールを兼ねた待合室にいる僕らを睨め付けていくのだ。


 アストラリアが用件を受付に伝えている時に「ギフテッドだ」とガルシアが口走ったのが発端だった。応対していた受付人は表情を崩さず業務に当たっていたが、エントランスに居た、彼の言葉が聞き取れた人物全てが反応したようなのだ。


「歓迎されてねぇな」と騒ぎの張本人が小声で漏らす。口の中で転がすような声量で、無線機で繋がった僕らにしか聞こえないものだった。


「ただでさえピリピリした空気になってる上、ギフテッドとなれば尚更かもね」


「分からないんだよなぁ、どうしてギフテッドってだけで嫌がられるんだろう」


 不満げにミィナが漏らすが、そこは僕も少し気になるところだった。

 おおよそは察することも出来る。過ぎた力を持つ個人というものがどれだけ厄介かは、多少違えど独裁者や自爆テロ犯を考えてみれば容易に理解できる。

 現に――――少なくとも二人、国を麻痺させることの出来る力を秘めたギフテッドがいて、一人は実績持ちと来ているのだ。そんなのが来たら警戒せずには居られないのも道理だとしか言えないだろう。


 だがそこで新しい疑問だ。もし恐れているのだとしたら――――わざわざ敵愾心を煽るような対応をしてくるものだろうか? しないと気が済まない状況なのかも知れない、何か事情があるようだと思わせんばかりに、ここの連中は血気盛んだ。


「まぁ、色々あるんだよ。共和国と聖王国自体、元からあまりいい仲じゃなかった」


 方向性の違いだ、とアストラリアが言った。先駆文明に依存している聖王国と袂を別った人々の造った国家だからこそ、その派生であろう僕たち(ギフテッド)のことも気に食わないのかもしれない、ということだった。


「皇国が脅威を増してこなかったら、共同作戦なんて実現しなかっただろうね」


「ふーん……なんか難しいね」とミィナは思考を投げ出した。


「でも、今だけはカズくんが羨ましいや。見えないんだもん」


「……見えないなりに苦悩するところはあるぞ」


「そうだろうけどさぁ……むぅ」


 ミィナが腹立たしげに僕へしがみついてちょっかいを駆けようとした矢先、一人の人物が明らかに僕らへ向かってきているのが見えた。ヒューマリアの中でもかなり大柄だ――――微かに緑がかった肌、アニマリアのものとは別ベクトルで鋭く、野性味のある両眼、力勝負を持ちかける気概を事前に砕くような両腕の筋肉は、衣服越しでも分かる。


「ミスター、アストラリアだな?」


 その男は――――僕の限りある常識から言えば、指輪物語のトロルが最も似ていた。映像で見たよりずっと小さく、知的で、理性的ではあるが。


「モリマ・ヴァルディ。特別治安維持任務三班の指揮を担当している」


「初めまして、モリマ氏。お時間を取って頂いて有難うございます」


「フン……こっちだ。付いてこい」


 無愛想な指示の元、僕らは席を立った。モリマが目立つのも相まって、僕らを見ていない人が居ないぐらいで――――ミィナの言うとおり、注目されないことは大いに嬉しいことだった。


 古風だが堅実な作りの廊下を進み、曇りガラスの填まったドアを幾つも通り過ぎて、半開きになっている一室へと僕らを案内する。内装はこの街の外観と同じく、蒸気機関が活躍を始めた頃のような――――語弊を厭わなければ、どこか西部開拓時代の頃の趣があった。


 どうやら彼のオフィスであるらしく、この部屋の主が居るべきであろう位置、デスクと組になった大量生産品らしい椅子にモリマはどかりと腰を下ろした。彼に相対するよう置かれた革張りのソファーは、残念なことに四人が座れるほどの余裕がなかった。


〈悪いなカズ、このソファーは三人用だ〉


「言ってろ」


〈カズくん、ボクの上に座る?〉


「良い、重いだろう」


〈構わないのに……逆は怪しまれるでしょ? じゃあボクが立ってるから……〉


「だから良いって。ミィナが立ってる方が訝しがられる」


 僕を除いた全員が座るまでにそんなやり取りをして、僕は壁の一部分に居場所を見出した。背を預けても軋むことがなく――――気付いたときには手遅れなのだが――――その頑丈さにひと安心した。


「それで、最近ウロツキ回ってるクズ共の情報だったかぁ?」


 尊大な態度でモリマが尋ねると、アストラリアが代表して頷いた。


「教えて俺に何の得があるんだか……ったく」


「損得勘定を大事にするんだな」


 挑発するようにガルシアが言う。もうしでかすのかコイツは。


「あぁ? ワリぃな、何つったんだ」


「いや、交渉しやすい相手だと思ってな。気にせず続けてくれ」


 分かりやすい答えを返すと、恐らくは彼の望み通りに相手が乗ってきた。


「なら訊くぞ余所者(ギフテッド)、どうしてこんなことに首突っ込もうとしてんだ? クズ野郎共のコウセイジンシュやら人数やら、しでかしてる悪行やらをグダグダ聞いて、何をしようってコンタンなんだ、あぁ!?」


 モリマが書類の束をデスクへ二度叩き付ける。どうしてこの男は厄介な方向へ事を進めるのが好きなんだか……理解に達しないが、僕が介入できる立場にないことだけは分かっている。

 この行動のせいで状況が悪化することもあるだろうが、今の所はこの男の思惑通りに行かなかった方が少ない。それだけは事実だった。


「言っておくがなぁ、手前らの助けなんざゴメンこうむるぜ。どうせ付け入って金を貰おうってサンダンなんだろ? 薄汚ぇタチが見えてんだよ、こちとらよぉ」


「懸賞金があるのか?」とガルシアが尋ねる。


 この件は僕らにとって初耳のことだったが、先程からの態度があるからか、モリマの腹立たしそうな態度からしてどうにもからかってるように捉えられたらしい。何を分かり切ったことを、と言うように顔をしかめ――――どうやらそれに類するものはあるらしい。



「本当に知らなかったんだよ――――なぁ、この目を見てくれ。信じてくれよモリマさん」


「何を……ナニ――――」


 言葉が鈍り、それ以上に行動は緩やかになった。魅入られている、と言う表現が一番正しいぐらいにモリマとガルシアの視線が繋がり――――ガルシアの方が気難しい顔をし、その少し後にモリマがぱちくりと恐ろしい眼を瞬きさせた。


「――――言い方はちと悪いが、あんまし頭が宜しくないな、コイツ」


「……あれ、ボク、ここどこ……?」


「……モリマ氏、ガルシア君?」


 モリマが自分の頭をコツコツ叩くのと、ガルシアが――――だった人物が我に返ったように不安がり始めるのを見て、アストラリアが明らかな動揺の色を見せた。ミィナや僕自身も特異な状態だが、ガルシアもかなり説明しづらい存在だとこうして再認識する……慣れは恐ろしいものだ。


「ソイツのことは気にすんな、って言うか……あれ、言ってなかったっけ?」


「何の話だい……?」


「能力のことさ。俺は取り憑く悪霊だって事」


 がさがさと手にした書類と机の上に積み重なったそれらを漁りながら、ざっくらばんに事情を説明する。その際に以前顔を合わせた場所――――シナ村からアストラリアの居た街の間でのガルシアの行動も明らかになった。


「あの時の分団長、君だったのか……」


「ちょっとしたサプライズと思ってな。俺のことに気付くかどうかのチキンレース」


 その時にちょっと知ったんだ、と苦虫を噛み潰したような顔。警察署までのやり取りの理由が少し窺い知れた。


「いい人だったよな。誰にでも優しいし、気高いし、何より……」


「何より……なんだい」


 情報を探っていたガルシアの手が何時しか止まっていた。横暴さと険悪さが滲み出ているような人相だが、何かしかを思い詰め迷うこの時だけは――――非常に差別的な表現ではあるが――――とても人間らしい、表情豊かな人物であるように見えた。


「……特にお前のことを気に掛けてた。生まれつきのもので人生を束縛され、常人の何倍もの不条理に遭ってきたのだろう、って感じだ。哀れんでた訳じゃない、むしろ尊敬に近くて……あぁ、伝えるかどうか迷ったってことは信じてくれ。他人の内情を喋るのが人に依っちゃ冒涜だってのを考えた上のことなんだ」


 こんな所で言うことじゃねぇよな、とらしからぬ声色で言い、作業に戻った。


「……なぁ、ガルシア君。本当だって誓えるかい」


「龍の御霊にだろうが、何にだろうが誓ってやる」


「何を誓うと言うんでしょうね?」


 唐突な他人の声に、アストラリアを除いた全員の背が跳ねた。声は間髪入れずに開かれた扉の向こう側から来ていて、声の持ち主は既に部屋の中に入った後だった。


 全ての印象が細いの一言に尽きるような男性だった。後ろで束ねられた真珠色の長髪に、異常に長い耳、にこやかな表情に見える糸のような目と微笑する口。ぱっと見では僕と同年代にも見えるが、漂わせる風格には間違いなく年期が籠もっていた。

 この人物も知られた知識から言えば、エルフに近かった。


「なっ、ヤベ……ゲホ、ゴホンッ!!」


 ガルシアも戻るに戻れなくなってしまい、初対面の知人相手に演技を強要されることになった。いつもならざまあ見ろと言いたくなるところだが、今ばかりは同情の念が湧き出てくる。どうも先程の雰囲気に流されてしまっているようだった。


「何の用だ、キリシ。手前の仕事はここにはねぇぞ」


「様子を見に来ただけですよ。ハンディーマンでもちゃんと説明できるか、とね」


「フン、俺達よりナガイキできるからって、プログラマーのハジサラシが」


 ハンディーマン、プログラマー。普通なら職業名とかだろうが……まさか種族名なのか?


「今日は冴えてますね、いつもよりもジョークが面白い」


「そりゃどうも。気に入ってくれて嬉しいよ。で?」


 モリマ・ガルシアがミィナ達に目配せすると、キリシと呼ばれた男も彼女らを一瞥する。


「話は通っていますよ。聖王国からはるばるとお越しした、お偉い方でしょう」


「アストラリア・ファル――――」


 立ち上がろうとしたアストラリアを片手で制止し、キリシは続きを口にした。


「――――バルト。代表諸侯の一族がよくおいでになりましたね」


「いえ、私は」


「その外見、随分苦労なさってるようですねぇ」


 丁寧な物腰に几帳面に隠された嫌味を、わざと透かしているような態度だ。

 気に入らない――――が、反撃できるようなものでもない。存在感のない僕が出来るのはこれまで通りに静観することで、現場を荒らすことでも秩序を乱すことでもない。


「私の名はキリシ・ノート・ドルトゥマ。彼の言うようにキリシとお呼びを……もうお会いすることもございませんでしょうがね」


「どうも、キリシ氏」


 アストラリアが礼儀上のみの握手を交わし、ミィナも立ってそれに倣う。元ガルシアもミィナと同じように行動したが、どうにもとろく、キリシは眉をひそめた。


「モリマ、客人に失礼の無いように。人一倍気を付けてくれたまえよ」


「ジブンの心配だけしてろ、スットコドッコイ」


「そうしますよ――――なんだか今日の貴方はいつもよりかは賢そうですし」


 捨て台詞のように言い残し、匂わせる気品に遜色ない足取りで出て行った。

 突然の登場といい、意図して見せているような質の悪さと良い、僅か二分にも満たない時間でも当分は忘れられそうにない人物だった。


「……カズ、行ったか?」


 小声で僕に漏らして確認させた後、モリマ・ガルシアは風の起こりそうな大きな溜息を吐いて脱力した。


「凄い人だったね」とミィナが釣られるように気を緩めて口にする。「あそこまで嫌味たっぷりに話す人なんて初めて見た。本当に居るんだねああいう人」


「特殊治安維持任務の一班と二班を指揮する奴だ。鼻高になるのは当然だろうよ」


 資料探しを再会したガルシアが説明を始める。


 今はガルシアのものである記憶からすると、ああいう態度を取れるほどには実力と人脈のある人物らしい。対するモリマは現場からの叩き上げで今の立場に立ったような人物で、どちらかと言えば所内からも良い扱いはされていない。

 人種における差異が起こす問題が、こういう場所でも起きていると言うことだ。


「識者達からすれば、腕っ節だけの人物が愚かしく見える。肉体労働を得意とする奴らからすれば、そいつらは口先だけの臆病者、怠け者に見えるってことだ」


 地球の人種以上に、その区分けに隔たる差異がある。分業という形が最も理想的な解決手段ではあるだろうが、そこにどれだけ個人の自由、無制限な要素が組み込めるかという試行の最中にこの警察署はあるのかもしれない。


「そう言えば、その特殊うんたらかんたらって?」


「この街を荒らしてる奴らをとっちめようと最近設立された統合チームのことだな。一班は住民から情報を集めて、二班がそれを整理してアーカイブ化したりだとか、まあそういうタイプの役割……コイツの頭がそういう風にしか認識してねぇんだ、もっと詳しくって顔しても無理だっつの」


「三班は?」


「実働部隊みたいなものだ。本来は各班がそれぞれの担当区域と勢力を持ってたらしいんだ。アニマリア、ヒューマリア、そんで……第三種族(人類)


 書類を幾つか抜き取り、別の所に纏め始める。


「だが、上の決定だかなんだかで全部一括りにしちまったらしくてよ。結果として先の通りさ。一班と二班はプログラマーが主勢力、三班はハンディーマン……派閥争いまで戦力差は均衡してない。多勢に無勢というくらいだ」


 コイツはそれに担ぎ上げられたってことだ、と言うところでガルシアの作業は終わったようだ。十数枚程度に厚みがある紙束だが、彼が持つと一枚のチラシのようにすら見える。


「カズ、スマホ持ってるよな?」


「あぁ、うん」


「撮っとけ。後で見返せるようにな」


 僕らの机の上に資料を広げる――――そこで一つ確信を持った。


「見返すって言っても、読めないぞ」


「大事だって、一つ一つはちゃんとした文章なんだ。じっくり読めば良いさ」


 言語は同じだ。だが触れたことのない文章の構成だった。

 報告書形式というのだろうか、僕が触れたことのある文章ではまずない。英語の資料を読んで理解しろと言われても、並の高校生が理解できるはずがないと思えた。


 ひとまず言われたとおりに写真を撮る。テンプレートだけは読み取れて、おおよそ三つのグループに大別され、纏められていることが分かった。


「うー、ダメダメ。ギブアップ」


 一枚を取り上げて睨めっこしていたミィナが音を上げた。アストラリアは当然のように目を通しているが、どこか心ここに在らずという表情だった。


「読めるけどこの量は無理だよ。日本語ならともかくさぁ……」


「だよなぁ。翻訳してくれりゃ楽に……翻訳……出来るかねぇ」


 ガルシアが僕の携帯を見つめて言った。そういう機能があれば万々歳だが。


「……カロさんに頼むって事?」


「まぁ、駄目元でさ。出来なかったらリアに読み上げて貰えば良いさ」


「僕が……?」


 ぼんやりとした声で反応する。どこか生彩を欠いてきているように見えた。


「…………撮り終わった」


「うし、じゃあ帰るか」


 モリマ・ガルシアが資料を戻し、椅子にまたどかりと座ると、気の抜けたような顔になる。


「――――あ、あぁ?」


「うーん……ふぅ。どうかしたかい、モリマさん」


 戻ってきたガルシアが白々しく辻褄を合わせ始める。


「俺は……チクショウ、疲れてるのか?」


「かもしれない。俺達は失礼した方が良いかな」


 ガルシアに合わせて全員が帰る支度を始めると、モリマが不可解そうに顔をしかめる。


「良いのか? クズ共の情報を知りたくて来たんじゃねえのか」


「あぁ、それならもう問題なくなったんで。手間を掛けてしまって申し訳ないが」


 ガルシアがジェスチャーで僕らの退出を促す。アストラリアも別段抗議するつもりは無いようだ。


「あと、頑張って下さいな。キリシとかいう奴に負けないよう、俺達も応援してますし……まぁ、必要なら手を貸さなくもないかもしれない」


「あ? ちょい待て、それは誰から聞いた」


「そんじゃあ、情報提供どうも!!」


 僕が出た後、勢いよく扉を閉めた。向こうから騒ぎ声とドカドカ走り寄ってくる音が聞こえてくる。


「うし! 怪しまれない程度に急いで帰るぞ!」


「押すな! クソ、どうしてこう穏便に出来ないんだ……!」


「別に良いじゃねぇかよ、誰も傷つけてやしないんだから」


「ボクもそう思う。あれ以上に良い誤魔化し方思いつかなかったし」


「完全に最後の言葉が余計だったと思うんだ、ガルシア君……」


 賛成一、反対二でガルシアの行動は非難された。結局の所はガルシアが再びモリマの内に入り込み、エントランスまで見送らせる、という体を取らせることになった。


 随分と他人を振り回す男だが、目を瞑れる程には貢献もしている。

 持つ能力は長所でも短所でもあり、この男はそれを自分の思うがままに使っているのだ。


 僕の周りには、つくづく此方側の人間で本当に良かったとそう思わせる人物ばかりだ。

 類は友を呼ぶ――――その言葉を思いついた瞬間に振り払った。僕はまだ常人のはずだ。

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