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75 再会

『クライアントからの依頼、支援物資、及び使用用途について


 *提供 火葬前の新鮮な死体、従軍経験なし、人間 五体

    同じく新鮮な死体、警察官、アニマリア 二体

    胴体への銃創:許容内

    「運搬業者」三人(今回の目標に対しては妥当だが、予備が必要かも知れない)


 **物資収集 依頼物を除いて割合は彼我1:9、いつも通り


*向こうに直接赴けばもっと仕入れやすくなると言ってきたが、真偽はどうだか。

あまり良い雰囲気はしないが、一応は雇い主(クライアント)という扱いだ。

来る仲介人に接触は今後も避けると伝えた。


**正直なところ、しているのは利潤の横取りだ。雇い主が常用している様子もこちらに使わせるつもりもないようで、どうにも目的が掴めないでいる。今後も留意。


 今回は騒ぎを起こす。「運搬業者」には目的のブツを渡し、帰す。

 必要なのは武器だ。駒は彼女が用意してくれるが、こればかりは実力行使でしか手に入らない。裏側で取引されるものは質が悪い――――奴等は手入れが雑だ。整備品の調達ばかりはどうしようも無いが、あり合わせの道具でもなるようになる。


 最悪、見つかるのは土の下にあるはずの死体だけだ。存在が露見する可能性は拭えないが、今回の規模と相手なら発覚にも時間が掛かるだろう――――数が増えて戻ってくるかも知れない、楽観的だが、そうすれば儲けものだ。


 この街は保存に適さない。今回の仕事で人数が増えたら、最初の駒が腐りきる前に決行するべきかもしれない。あいつらの死を無駄に浪費する訳にもいかない……』



 男はペンを止め、インク壺の中へ筆先を放り込んだ。

 自分自身の思考を書き留め、整理するための走り書きを端から端まで見返す。仕方のないことだが、ここには光も、新鮮な空気も簡単には入ってこれない。手元にある古臭い手持ちの燭台の光源だけが空間の所在を健気に知らせている。


 もう一度読み返し、男は溜息を吐いた。自分にはこれが限界だ。何処まで行こうとただ一人の兵士であって、指揮官は務まりそうにない。

 少なくとも、俺に人を惹き付けるカリスマはない。あるのは生き抜くための知識と技術で、それについても上には上が居る。



 男は立ち上がり、燭台を手に持った。小さなその光が照らせる範囲はたかが知れていて、ゆらゆらと移動しようにも空間の果ては輪郭すら身を現さない。


 男は運び込まれてきた麻袋の小山の前にやって来た。一つ一つがかなり大きく、大の男がまるまる入っていても可笑しくないものだ。


 平和な街は、これからも俺のことを見捨て続けるだろう。一人の兵士として生きてきて、何度かの仲間の死と、他でもない自分自身の死の狭間を見てきた。ふと思ったときはもう居場所が無くなっていたのだ――――ベトナムから命からがら戻ってきた、俺のような奴の先輩に当たる人々が、その誰もが故国に歓迎されなかったように。


 全て喪っても、俺はその生き方にしがみつかなければならないだろう。

 その点で、あの場所はまさに天国だった――――いや、天国に最も近い場所か。



 長い沈黙を破るように、男は麻袋を開いていく。その一つ一つに触れていく。俺はお前らが誰かを知らない。お前らだって俺が誰かを知りやしないだろう。もう元の俺を知る奴は誰も居ない。

 だからこそ、俺達は贄になるんだ。生きてる者の、そうするしか能がないゆえにだ。それが俺達の存在意義で、尽くすべき忠だ。



 このまま焼かれるのは嫌だろう? この顔が見えるか?

 男は顔と蝋燭とを近づけ、見せつけるように袋の中を覗き込んだ。


 俺には何も残っちゃいない。お前と、お前達と同じだ。


 自分という存在をも嘲笑うように、男は頬を引きつらせた。

 そして燭台を元あった場所に戻すと、一緒に贈られてきた仮面で全てを覆い隠した。









「…………聞かされても信じられないなぁ。とんでもないギフテッドが来るとは訊いてたんだけれど、それじゃあ僕らに為す術が無いじゃないか」


「代わりに、自分だけの人生ってものが無くなっちまったがな。まぁ便利ではあるさ」


「それに、ミィナさんだっけ。噂で聞いたことがあるよ。えっと……」


「……『お掃除屋さん』かな?」


「そう、それ。騎士団じゃ結構な話の種でさ」


「ふふん、なんか二つ名みたいのが付くと嬉しいもんだね」


 僕らは――――僕を抜いた三人は雑談を交わしながら街の中に入った。

 霧の中から浮かび上がってくる輪郭は幽霊のようであり、人の唸り声のような空気の震え、蒸し暑さ、空が狭く見える建物の高さに圧迫されそうであった。


 空気はますます悪くなった。どこか金属臭く、生臭くもある。湿気に熱気、悪臭、どれを取ろうと心地良い環境とは言えない。


「……猫の子『一人』も居なくなったな」とガルシアが話題を変える。


「国の存続、引いては種族の生存を賭けた反攻作戦だろ?」


「その通りさ。中核はほとんど出発してるし、戦場に行かない人達は工場勤務。だから昼下がりはこんな感じに静かになるんだ……」


 アストラリアは僕らを先導し、長くても三日居るか居ないかの住まいへと案内していく。そこまで広くない道路ではあるのだが、それでも閑散としすぎている気がする。まるで住人全員が消えてしまったような薄気味悪さは、濃密な霧のせいだろうか。


「……こんな空気の中で気持ちいい散歩が出来るとも思えないだろうしね」


あいつら(アニマリア)が揃いも揃って鼻を覆ってたのはそういう事か。五感が鋭いのもちょいと考えモンだな」


 で、お前が言う限りじゃあ、ここに残ってるのは留守番連中か。とガルシアが笑って尋ねる。


「残ってる僕らはまぁ、立場で言えば君達の護衛みたいなもの……と言っても、どっちが守られる側だか分からなくなりそうだけどね」


「俺達を守るにしちゃ、ちょいと人数が多い気もするがな。何十人居る?」


「非戦闘員も含めて百四十人前後、駐在中は治安維持も委託されてるからね。僕らもだけど、共和国は運用可能な全戦力を送り込もうとしてる。兵士や兵器の輸送、武器の生産、兵站維持……主戦力は僕たち(聖王国)が担うけど、それ以外はほとんど共和国が担当してる。軍、民間問わずに全員が働きづめさ」


 アストラリアが右手を見て立ち止まり、付き従っていた騎士の幾人かを視線の先へと向かわせる。細い路地で、遅れて見た先に消えていく影があった。どこか不審な点があったのだろうか、もう分からなくなっている。


「……お陰で、治安はこんな状態だよ。人手は多いけど、階級や実力から見れば平均かそれ以下がほとんどだ。言い方は悪いけどお荷物が残されてるようなものだよ……僕も含めてね。単純に皇国軍を相手取るよりは楽だろうけども」


「アストラリアさんがここに残されたのは、見た目がヒトに似てるから?」とミィナは無遠慮にも尋ねる。


「実力と家系譲りの名前はあるから、こういうのを任されたって事なんだろうね」と自嘲気味に乾いた笑い。「正直なところ、こっちに来てからずっと複雑な気分だ」


 気付いて欲しいが、露骨に匂わせるのは宜しくない、と思わせる笑い方だった。


「この街には、恐らくこの大陸に存在する全ての人種がひしめきあってる。ヒューマリア、アニマリア、そして皇国から逃げてきたヒト……それに近い二種族の人々。恨み辛みや境遇の悲惨さ、存在しない居場所……全員が全員を恨むような、ここは平和な地獄だ」


「現実なんてどこでもそんなもんさ」とガルシアが答える。


「で、そう言うからには居るんだな? 『悪い奴』ってのが」


「まだ来て数日だし、詳しいことは教えて貰ってない。けど、共和国の治安維持当局ポリスもかなり手を焼いてるようだね。噂じゃギフテッドが関わってる、なんてものも……」


「待て、ギフテッド?」


 ガルシアが食いついた。完全に虚を突かれた様子ではなく、当てずっぽうが的中したような顔だった。


「真偽は分からない。噂に尾鰭が付いただけかも知れないし、ギフテッドが関与してるような証拠は……あっても信じられるか、って所だろうし。話の種には持って来いだ」


「火の無い場所に煙は立たないって言うんだよ」とガルシアは何かしらを考え込みながら漏らす。「噂をまき散らす張本人がゼロから考えるって事はそうそうねぇだろ」


「……心当たりが?」


「さぁてな。そもそも居るかどうかも怪しいところさんだ」


 こんな奴の交友関係にマシなのが居るのだろうか、などと考えていると、何処かから何かが噴出するような音が連続して響いた。ガス管に穴が開いたような音が近いかもしれないが、破損したと言うにはあまりに規則的かつ断続的だ。


「近いが……発砲音にしちゃ妙だな。聞いたことがねぇ」とガルシアが真っ先に疑問を呈した。


「何であれ、良くない音だ」とアストラリアが言って、残りの付き添いの全員をそこへ向かうように指示を出した。区分的にはアニマリアだが、外見がほぼ人間の上官に従うことに抵抗がやはりあるものなのか、足取りは億劫そうに見えた。


「俺達は行かなくて良いのか?」


「全部をギフテッドに頼っていたら騎士の名折れだし、僕が付いていったら手柄の横取りだとか言われかねない面があるしね。任せるのも信頼の一つだと思うことにしてるよ」


 再び射出音。あまりに数が多い。

 聞き取りづらいが、人の悲鳴が聞こえる気もする。いつものことだと割り切るには明らかに異質な音だというのが、周辺の家屋の窓が開くことから推察できる。


「…………ミィナ、見てこられるか?」


「はいよ……よぉし、頑張ってきてね」


 彼女の肩から這い出るように一羽の小鳥ミィナが出てくると、本体ミィナに見送られて音のする方向へと飛んでいった。分離するところをまじまじと見るのはこれが初めてだったが……植物が芽吹くように、という表現が一番的確だと思った。


「でも、ちょっとヤバくない? 花火をやってる訳じゃないんでしょこれ?」


「花火?」


「火薬使った見世物だよ。どっちにしろ規模はデカいよな」


「へぇ、そんなものが……ちょっと待って」


 アストラリアが感心した素振りを見せた瞬間、自らの耳に手をかざす。髪がかき上げられた一瞬に、僕らのものとほぼ同一の器具の影が確認できた。


「…………分かった、当局には知らせに行けるかい? 応援が来るまでは無理をしないで、向こうの出方をできる限りで報告し続けて……え?」


 声色が変わる。どうにも言って欲しくない方向に物事は進んでいるようだ。


「……待て、無茶なことはするな、相手を過小評価するのは……おい、おい待つんだ! 聞いてるのか、何か言え!! クソ……」


 幾度か叫んだ後、霧に濡れた石畳へ悪態を吐き始めた。


「言うことを聞いてくれなかったか」とガルシアがわざわざ察したような口ぶりで尋ねる。


「仕方ないのさ。みんなからすれば僕は逃げてきた臆病者、それ以外の何でもない」


 そう漏らす彼の顔は、大きなものを諦めきったような笑顔だった。


「……それでも僕が預かった大切な団員だ、僕には責務がある」


 問題ないと言わんばかりの微笑のまま、杖代わりにしていた長槍が中央で折り畳まれ、人の丈ほどの短槍に変わる。


「この道を真っ直ぐ行って、合流した太い環状路を右に。警察と騎士が一緒にエントランスで門番をしてる建物が外周側にあるはずだから、そこにこれを。僕の連れだって分かってくれるはずだから」


 その槍に付いた装飾を一つ取ると、ガルシアに渡す。僕が彼から貰った騎士札と同種のもののようで、僕のものにはない紋章が精巧に彫られていた。


「オーケー、そこが宿泊先ってことだな」


「迷ったら、環状路の所で待ってて。必ず見つけて案内するから」


「そうだな…………んじゃ二手に分かれるか」


 受け取ったそれを僕へ放ると、アストラリアの隣に立った。

 それを目で追っていたアストラリアが一瞬硬直するが、直ぐにガルシアへ戻った。


「……どう言うつもりだい」


「別に、ちょっと寄り道してから行こうかなって思っただけさ。カズとミィナが先に行って場所を覚えてくれりゃ、向かえに来るのも楽だろうしな」


「……あまり目立たない方が良いよ。その姿じゃどんな人からもいい目で見られない」


「おっ、そうだな。肝に銘じとくよ」


 それじゃ、また後でとガルシアは先に行ってしまう。


「……カズマサ君も居たんだね、喋れないから気付かなかったよ」


「あっ、いえ。こちらこそ黙ったままで……」


「えっ?」


 一刻も早くガルシアを追いたい様子のアストラリアだったが、周囲を一度ぐるりと探り、少し呆気に取られたように気の抜けた表情になった。


「カロさんのお陰で、一応は会話が出来るように」


「あっ、あぁ、あの人……なるほどね」


 アストラリアが思い出したように振り返るが、もうガルシアは建物の向こう、路地の影へと消えてしまっていた。

 軽く溜息を吐いて、彼は僕の方へ向き直る。


「……一つだけ訊いて良いかな。あの子は無事かい?」


「あの子、イリアですか」


 彼女の名前を出したとき、ミィナが反応した。

 僕が見るかもしれないと予期したのか、直ぐにその反応は仮面の奥へ隠されてしまった。


「えぇ、お陰様で。今はエネストラの方に……」


「……そう、そうか」


 見せた顔は、安堵というよりも後悔が滲んでいるように思えた。

 複雑な表情だ。事情を知らない限り、決して本質を見せてはくれないだろう。


「無事だって聞けて一安心だよ……本当に良かった。それじゃあ、あの子のためにも頑張らないとね」


 積もる話はあるけど、今のゴタゴタが終わったら、とアストラリアも駆けだしていった――――ほぼ人間だとは思えない、外見とはかけ離れた勢いがある。



「…………」


 建物を幾つ挟んだ先で響いているか分からない音だけが霧の中を通り抜けていく。

 これからの行動に暫く逡巡していると、ローブの内側を這う何かの感触を覚えた――――人の腕ほどの太さで、僕の腹に巻き付き、先端は視界下、見下ろせば色味を確かめられるだろう。


「……ミィナ」


「なぁに?」


 驚きを隠そうと必死に声を抑えるが、彼女には意味の無い行動らしかった。

 何処か不満そうに唇を突き出し、変異した左腕の先端が僕の身体を軽く――――何処か下心の感じる箇所を選んで――――締め付けてきた。


「……どうする?」


 尋ねるのは僕らしくないが、しかし迷うことに違いはない。

 ガルシアやアストラリアの言うとおりに目的地に向かっておくべきか、それとも――――お節介を焼きに行くか。


「どっちでもボクはついてくよ」と何の判断材料にもならない返しが来た。


「でも、何か様子が変なんだよね……大丈夫かなぁ?」


「変、というと」


 タコの足みたいな腕が引っ込んで元に戻ると、今度は人間の姿のままで僕にくっついてくる。どうやら僕が居る場所をちゃんと確かめたかったようだ。


「ボクが見てる限りなんだけど……ただ変としか言えない。どう可笑しいか言うのが難しいんだ。でもそんなのが結構な人数居て、倒れてる人も同じぐらい居るかも」


「…………出来ることはあるかな」


「カズくんが行けば百人力だよ。みんな感謝するんじゃないかな?」


「何の根拠があって……」


「そりゃカズくんだからだよぉ!」


 僕の顔を包むように腕を回すと、無邪気な子供のように頬を擦りつけてくる。

 無心でいるほか、僕が選べる選択肢はなかった。彼女はこういう人間なのだと割り切れば、こういうアクションも鬱陶しいぐらいで済む。


 ――――彼女の好意からか配慮からか、傍に居ても苦に思わない姿になってくれているのもあるだろう。裏にどんな意図があるかを置いてしまえば、美少女にちやほやとされて嬉しくない男という方が珍しい。僕だって普通の――――と言うとうるさい人が居るだろうが――――そういう一人の人間なのだ。



「ボクとしては二人きりで部屋に行くのも良いけどさ、人助けって良いことでしょ?」


「…………ハァ」


 とはいえ、彼女に良いように扱われているような気がして心底うんざりとしているのも事実だ。

 それでも僕は彼女のしてほしいように動かざるを得ないだろうし、向こうもそれを承知でこんなことを仕掛けてきているのだろう。お手上げだ、降参だ。


「で、何処なんだ」


「オッケ、付いてきて!」


 年甲斐もなく、彼女に手を引かれながら見えない道の先へ駆け出すことになった。

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