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55 暗い路地にて

「……騎士さーん、何時になったら飲めるのー?」


「そう急くなって。こういうのは店探しから楽しむもんだ」


 硬い麦菓子を囓りきった俺がそう言うと、レイコはむすっと頬を膨らませた。


 宿を後にして三十分程度。やったこととしては、商店で好物によく似た菓子――――麦落雁を更に硬くしたようなヤツ――――を買ったぐらいだ。それぐらいでこの規模の街を一通り見ることは無理だし、こういうのは隠れた名店、みたいな所を探すのが醍醐味だ。大通りに構えられる店は外れることがないので、クソに当たったらそこで口直し。備えは万全だ。


「まぁまぁ、こうやって歩き回るのも良いじゃないかよ。旅行って感じがして」


「あんたらは良いだろうけど、あたしは早く美味しいものを食べたいんだってば!」


 タクミの方は俺の案に乗っかってくれてるので、多数決で強行できるのが嬉しい。

 俺達以外に数人しか歩いていないこの路地は、大通りの喧騒から逃れてくる人物を捉えやすい場所だ。交易の街ならそこら辺の競争も中々激しそうだろうと踏み、やってきた訳なのだが――――。



 まず気になったのは、結構先にある、丁字路に立つ人物からだった。外套に深く被った帽子、煙草を咥えて佇んでいるものの、首の振り方から通行人を観察しているらしいことが察せられる。


 次に、その丁字路の状態。路地が交差する地点には街灯が必ずあるようだが、ここのだけは消灯されている。一定の間隔で灯る光が、ここだけぽっかり穴の空いたように真っ暗だった。

 その人物の挙動もアニマリアの夜目が効いてやっとという状態だ、無警戒に進めば気付くことすらないだろうし、こいつらは見えもしないだろう。


 それだけならまだ良かった。怪しいヤツが何かを企んでいる、ぐらいで済む話だったのだが。




 ――――あぁ、アイツ、狙われるな。


 向こうから歩いてくる女性がいた。比較的裕福そうに見える外見、脳天気に歩く姿、小柄で、拘束もしやすい――――「そういう仕事柄」の奴に入ったことで学んだあれこれが、こうして危機管理に役立つのはちょっと皮肉気味だ。


 彼女が通り過ぎるまでだ、それまで視線を外さなきゃ狙われないだろう……アイツが馬鹿じゃなければ。


「なぁ、騎士さんよ。ここの世界は俺達みたいな奴が多いのか?」


「ああ……それが?」


 端から真面目に答えるつもりはない。距離にしてあと数秒だ。


「随分慣れてるような気がして……あと、妙な感じだ。あんたとは今日会ったばかりと思えない」


「あぁ………………あ?」


 引っ掛かることをこんなタイミングで言うな――――そう愚痴る前に、視線が外れてしまった。


「クソッ……!」


 直ぐに暗黒へと目を戻す。一秒経った程度だったお陰で、なんとか「連れ込まれる」所は見られた。もうちょい見逃していれば、単に路地を曲がっただけに思えても不思議ではなかっただろう。


「今の……見たよな?」


 どうするかを考える前に、意外な言葉が聞こえてきた。


「は?」


「うん、見た。完全に誘拐のアレ」


 俺に言った訳じゃないらしい。

 そんでもって、この二人に予想外の行動に出られる。


「だよな……早く追いかけねぇと!!」


「え、ちょっと、おい!」


 制止する隙すらなく、タクミとレイコが突っ走り始めた。

 人間の目じゃ凝視しても分かるかという暗がりで、何故見えたのか――――気になるところではあったが、関わってしまった以上は仕方が無い。放っておいたら余計面倒なことにもなりそうな確信もある。



 俺は現在「そこそこ動ける」アニマリアで、身体能力は人を結構上回っていやはずだ。が、路地の先に到着するこの数秒で、あの二人に追いつくことが出来なかった。

 状況は直ぐに飲み込めた。実行犯も二人、裏路地に隠れていた奴と、先程の。前者が咄嗟の判断で女性を人質に取り、もう一人が塞ぐように立ちはだかっている。


 さっさか逃げる選択肢を選ばなかったのは、俺達にとっては嬉しい誤算だ。

 いや、「達」なんて風に言いたくない。こいつらにどんな算段があるかなど――――背中を見るだけで薄々察することが出来てしまう。


「彼女を放せ!」


「言うことを聞いた方が痛い思いをしなくて済むわよ!」


 威勢は良いが、それだけだ。

 どうやって助け出すかもたった今模索しているところだろうし、それぞれの得物に手をかけているが、「何時でも抜ける」持ち方ではない――――ただ、レイコの方は手の内で何かがスパークを放っているだけだから、どうなのかは判断つかない。


「ヘッ、そっちこそ動くんじゃねぇぞ……」


 手前が不敵そうに笑い、既に抜き身の短剣をこちらへ向けている。もう一人はもう既に後ずさり始めていて、視線のやり取りで狙いがよく分かる。


 このまま逃がしちゃうだろうなぁ、と眺めていて思った。

 とうに予想してたが、流石に甘すぎる。やり方を知らないのは仕方がないことだが、さっきからの勝ち気な態度――――それが許せなかった。自分自身も似たようなものだと自覚はしているが、努めて行動が釣り合うようにはしているつもりだ。



 二人の視線が遮られていることを確かめた後、尻尾脇に差し込んでおいた拳銃を取り出した。普通なら一発抜いて使うところだが……代物が手の中にある。

 買って来といて良かった。備えありゃあなんとやらだ。



 袋の中身を一気に掴み、動作が見られないよう配慮しながら、間の空間にぶん投げる。



「なっ!?」


「わっ!?」


 双方から声が上がれば、こっちのモンだ。

 早撃ちは慣れてないが、要は戦場での出くわしと同じ要領だ。先に撃って、手段を奪えた方が勝つ。


「きゃああっ!?」


 奥の首元、ど真ん中。ドンピシャリ。

 かぱっ、と気の抜けた空気漏れに気を取られてくれたお陰で、もう片方に猶予が出来た。右肩、そして脚のどちらか――――左脚だった。



「……フゥ、冷や冷やした」


 緊張がすっと抜けるのを感じたが、まだやることはある。


「ほら、ちょっとどけどけ」


「うおっ」


「きゃっ」


 落とした袋を拾い上げてから、邪魔なものをどかした。

 硬直している二人はどうでもいいが、ばらまいた好物が今更勿体なく思えてきた。


 ……もうちょい投げる量を少なくしても良かったよな、こりゃ銀貨二枚の半分が消えたよな。


「ああこら、逃げようとするな馬鹿」


「あがぁあっ!!」


 まだ立ち上がろうとする元気を押し倒す。


 こんなことをする奴はごまんと見てきたが、出くわさなきゃ過ぎてた事件だ。本来なら成功したはずの仕事が、こうして自身の死に繋がってしまったのは不幸としか言いようがない。


 せめてどんな人生を送ったかぐらいは――――何日かは思い出せるぐらいに覚えておいてやろう。


 さて、どこまで出来るか――――前やったときは気持ち悪すぎて「両方とも」吐いた後に昏睡しちまったからなぁ。気を確かに、気を確かに。


「ほらほら、目ェ合わせろ……うぅ…………クソ……」


 苦痛に歪む顔が見えている。俺が見ている現実の光景だ。

 それに重なるように、「今の所の俺」が見えている。同じく顔が歪んで、小難しそうな表情をしていた――――現在の状態からも、自身の感覚からも、どちらが「俺」なのかはモヤモヤとして分からない。二人の人格がシェイカーでぐっちゃぐちゃに混ぜられたような感じだ。自身の居場所が曖昧になる。



 複数の情景が断片的に流れていく。

 一人称のドキュメンタリー映画、と言えば分かりやすいか。




 仕事風景、拠点での談笑、彼にとってはありふれた日常。




 闇夜に紛れて人混みを観察し、雑踏の騒ぎに紛れて幼い子供を拉致したこともあるらしい。




 レンガ造りの頑強で広く、古い倉庫。地下。




 商品の保管庫。気紛れだろう、その一人に手を伸ばしていた。





「……おい、なぁ、おいってば!!」


「うお!?」


 強引な揺さぶりに、自身を片方に戻した。

 そこまで読んでいた覚えはないが、振り返ればそれなりの人混みが出来ていた。俺を揺さぶったタクミとレイコは困惑したような――――というより、ドン引きしているように見える。だろうとは思った。


「……なんだよ」


「なんだじゃないわよ、急にどっちも黙り込んで…………生きてるの? その人」


「今んところは」


 日本人が、そうじゃなくても人死にを間近で見る機会はそうそうない。事故ならまだ可能性はあるが、故意の殺人は中々の剛運――――悪運がないと巻き込まれまい。


「…………なんで、殺した」


「あ?」


 タクミが尋ねてくる。義憤を覚えているようにも、単に目の前の光景が受け入れられないようにも思えるが、果たしてどちらだろうか。


「なんでって、物事はシンプルに済ませた方が楽だろ? しょっ引いて罪状を吐かせるよりも、現行犯で『やるしかなかった』って説明する方が気楽だ」


「でも、だからって……」


 この二人が感じているものは、多分「普通の人」というものが持つものだろう。俺にはちょいと理解が及ばない。


 悪いことをしてる奴を裁いて何が悪い? こいつらだって、こうなる事を知らずに生きてきた訳でもあるまい。そんな奴でも死ぬのは嫌なのか――――いや、「目の前で死なれること」が嫌なのかも知れない。


「……殺すのは可哀想。か?」


 確認すると、どうやらそうらしい。


「そうかい、分かったよ。正義の味方さん」


 なら一芝居といこう。俺も反応が気になるところだ。

 押し倒している奴に視線を戻す。致命傷の一歩手前、処置はもう少し遅れても間に合う。


「悪いな、こっちも守る建前があるんだ。痛むよな? 苦しいよな?」


「はぁっ、はぁっ……なんだよ、急に」


「俺はお前を殺しても良かった……というか普通に殺したくてたまらないんだが、後ろのお二人が残酷すぎるってよ。と言う訳でだ」


 立ち上がって、拘束を解く。


「交渉と行こう。今から言うことがちゃんと出来たら、治療して、騎士団の方にも口を利いてやる。やるか?」


 「まだ」逃がさない為に拳銃を向けながら、路地の合流点に集まった人数を確かめる。

 多くないが、少なくもない。事件沙汰に集まる野次馬は何処でも似たようなものなのか?


「あぁ、やる、やるよ! 何をすれば良い!?」


 多少元気が戻った声で答えた。乗り気ならこちらもやりやすい。


「単純だ。先ずは攫いかけたレディに謝って、これまでの所行をここで吐露する。悔い改めるって心意気を見せれば良いってことさ」


 俺の方から誠意を見せる、と言って弾倉を抜く。


「この武器はだな、これに入ってるヤツが無いと使えないんだ。こうすることで飛び道具はなくなる。安心して懺悔が出来るだろ?」


「……?」


 意図が掴めないようだったが、どうするかは彼の自由だ。


「お前らも下がれ、こういうのは孤独な方が映える」


「は?」


 何を言ってるのか、という顔をされる。実際、可笑しい行動であることを認めよう。

 数歩下がり、集まってきた人々に保護された女性と並ぶ位置まで下がった。ここで改めて彼女の様子を見たのだが――――妙に冷静というか、攫われかけた事実を感じさせない落ち着きようだった。少し怖がっている素振りを見せるが、「らしくみせる」努力が欠けている。


 これで舞台は整った。

 レイコの武器はともかく――――刃先も数歩踏み込まなければ届かない距離。


「ほら、やりな」


「………………」


 男は膝立ちで、脚の怪我を気に掛けているように見える。

 光源など無く、何をしているか、何を考えているかすらよく見えない状況だ。知恵が回る奴なら訝しむだろうが――――覗いた様子じゃ、自由と生に執着するタイプだ。



「……あっ!!」



 動いた。火事場の馬鹿力とはよく言ったもので、ぶち抜いた脚すらも力強く地面を蹴りつけ、必死さがひしひしと伝わる。




 男の体勢が崩れる。

 脚の痛みにバランスを崩した、ということは無いだろう。きっと躓いた訳でもない。



「……分かったか、こういうことさ」


 一発で仕留められたことに安堵と優越を感じながら、努めて嫌みったらしく言った。

 硝煙を振り払ってから弾倉を戻し、固定されたスライドを戻す。安全装置を掛けて、収まっていた位置に戻した時点で、突っ伏したまま動けないその男の前まで来た。


 よし、ちゃあんと死んでる。

 こいつの中には、もう俺の居場所がなかった。


「さて、どうすっかなぁ……」


 これからの予定が大幅に狂った。

 本来なら呑んで騒いで、この二人の性格やら目的やらを聞き出せれば、と思っていた。が、この様子では楽しむ余裕すらないだろう。俺が傍にいたとして、向けられるのは殺人者に対する恐怖と侮蔑と、そこらへんの感情がせいぜい。


 人付き合いはここら辺が面倒だ。目的やら興味やらが一致してないと、団結しづらい。



「……よし。おい、誰でも良い。団員を何人か呼んできてくれ。で、タクミにレイコ。お前らがそいつらに説明してやってくれ。これぐらいは出来るよな?」


「え? え、えぇ……」


「…………」


 二人の眼差しに込められた感情は違う。

 レイコには困惑と後悔、或いは劣等感あたり。タクミからは反抗的、しかし自身の実力やら信念やらで手を出せない様子。関係性とは至極面倒なもので、だから俺は弾丸や研がれた刃が大好きなんだ。赤の他人になれる能力もすごく気に入っている。


「……お前は、何処に行くんだ」


 お、二人称が変わった。


「俺か? これからちょいと行く場所が出来た。説明、ちゃんと頼んだぞー」


 そう言って、どうにかお荷物を引き離す。

 面倒になるから付いてくるな――――と言ってしまうのは、逆効果になりそうだ。






 思い返せば、俺はかなり浮かれていた。

 久々に良いことを――――誰かを殺しても「良いこと」と言われることが出来るのだ。カズも居れば一緒に楽しめたが、独り占めするのもまたとない贅沢だ。


 暫くはアイツをからかうのが精々だと思ったが、これはとんだ贈りものだ。

 楽しみで、楽しみで、楽しみで仕方なくて――――この時には、気付けていなかった。

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