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54 パゼラ

 パゼラ――――目的地への中間地点、交易路のひとつの要衝として発展した街、らしい。

 行路の安全確保、治安維持のために駐在する騎士団員は前線と大して変わらない。複数の道が合流し、それぞれに向かうのだからこそ、これだけの人数が忙しなく出入りしているのだろう。組み込まれた大きな流れから見た景色は、時代さえ違えど都心部と相違ないに違いない。




「騎士団って名前ではあるが、別に戦うことだけが仕事じゃあない」


 街路の騒がしさが壁を挟んでも消えぬ一室で、質問を受けたガルシアが揚々と答えていた。ミリアスと護衛は交代がどうとかで不在であり、大部屋であるこの空間はギフテッドが多数派を占めていた。


 この大人数でも十二分に足りる二段ベッドと、長テーブルに寝床と同じ数の椅子。休息を取ることだけを目的とした部屋で、娯楽性は皆無だ。


「護衛や人捜し、獣狩り、店番、荷物運び、話し相手……騎士団が『依頼』と捉えてることはかなりのもんだ。人手が欲しくなったら騎士団に行く、騎士団は手の空いていて、的確な人員を提供する……様になってるのは名前ぐらいで、以外と親しみやすかったりする」


「そんな調子だと、便利屋みたいだな」と言ったのはタクミ。ガルシアと机を囲む四人組はあれこれと会話に熱中しているようで、その輪の外にいる人物にそれほど関心は無いように見える。


 元から話す人間でない上に、説明が面倒な状態である僕の居場所は勿論ありはせず、出窓に腰掛けて街の一角を見下ろすことで気を紛らわせていた。


 まだ夜も更けていないが、だとしても衰えを見せない人通りの多さだった。車道も歩道も見えないほどに物や人が行き交い、他人の熱が窓をすり抜けて伝わってくる気さえした。


「言い得て妙だな。有事の時にゃあ戦う義務があるけど、平時は雑用が主任務。騎士団と言うよりも国営の傭兵企業って言った方があんたらにとっちゃ把握しやすいかもなぁ」


 眼下の集団にも、それぞれ家族があるのだろうか――――帰る場所が。


 こんなことを思うとは到底考えられなかったが、住み慣れた我が家が懐かしく思えてきた。あそこは同じく一人であったとしても……それが当然だし、落ち着ける。

 孤独はよく集団の中で感じるもので、集団に混ざれない疎外感が無ければそれほど気に病む問題ではない。疎外感そのものを無視できるようになれば上出来で、簡単でないからこそ、こうして僕は逃避しているのだ。きっと。


 どうにも気が晴れない。何を気にしているのかすら分からず、心に重たい何かを抱えたまま、僕はひたすらに他人の急く様を傍観していた。




「…………そういや、ギフテッドなんだろ? 能力とか分かってるのか?」


「あぁ、能力と言って良いのか分からんけど……」


 聞こえてくる談笑の声がいつもよりも気に障った。

 赤の他人が同じ閉鎖空間にいるからか、同じ世界から来ている事実が居心地を悪くしているのか。無視しようにも否応なしに耳は聞き取ってしまう。



「なぁ、騎士さんよ。今更過ぎるんだが……一人はメイドっぽいのが分かるけど、あの女の子は?」


 そして、その言葉が聞こえた瞬間に、無視するという選択肢がばっさり切り捨てられた。

 一人の空間に閉じこもろうと躍起になっていて、イリアのことが頭から離れていた。彼女も僕と同じように輪から外れて一人でいる。先程まで来訪録を読み込んでいたようだが、話題に上がったために視線が不安げに上げられていた。


「……護衛対象の一人だよ。結構な重要人物さ」


 途端にガルシアの口調が重くなった。面倒くさそうな――――イリアに興味を示されたことにかなり憤りを覚えたような目付きになっている。僕はともかく、彼の気に障ることなのだろうか?


 その目が僕を捉えた。目は口ほどに、などと良く言われるものだが、彼ほどの役者なら確かに言いたいことが伝わってくる。


「それなりの事情があって、今は一人きりだ。極度の人見知りでもある……察してやってくれ」


 これで理解してくれと言わんばかりの口調に、一応は四人とも同情したような表情なり素振りなりを見せた。


 それに合わせるように、僕は彼女の隣にそっと移動した。

 別に隠れて何かをするつもりではないが、僕のことにまで言及が及ぶのは御免だ。



「…………」


 さて。隣には来た。同じベッドに腰を下ろしている。

 文面だけで言えば中々のいかがわしさがあるが、この妙な気まずさと言葉の見当たらなさは似たようなものだ。心配に思って来たのはいい、だが気の利いた言葉がさっぱり思い浮かばない。


「……大丈夫? 疲れてない?」


 対人関係の経験の薄さに後悔しつつ、結局はその二言が精一杯だった。

 こんな質問では、イリアも頷くことしか出来ない。何もしないよりマシにはなるだろうが、これでは下の下の対応である。


 帰る場所も無い、おおっぴらに甘えられる相手も居ない。

 僕が彼女に抱く心境はその境遇に対しての同情なのか、彼女そのものにたいする偏愛なのだろうか。昔の僕と同じだという、イリアに全く関係のない感情。そんな思いで接して良いものか、僕にはそれすら判断できない。


「…………」


 互いに何か言うこともなく、しかし、こっそりと距離だけは狭まっている。

 この行動が信頼されている証拠といえるのだろうか。せめて僕に出来ることで、イリアを安心させることが出来れば良いのだが……上手くいっているかは彼女にでもならないかぎり判断できない。そもそもが正解のない問いのようなものなのだ。


「……同じ、だよね」


 イリアが呟いた。声帯は振るわれず、空気だけが漏れてくる声だった。


「同じ……?」


「うん、これ」


 そう言って、目を憚るようにそっとローブの端を握り、くいと引っ張った。

 長さは違えど、確かに僕のこれとイリアのそれは似たようなものだ。自身を覆い隠し、視線から逃れようとする。あたかもそれが守ってくれるかのように。


 イリアにも新しい衣服を買ったのだが、この頭巾だけはずっと身につけている。もうずっと昔から羽織っているのか、糸が所々ほつれていたり、生地そのものが汚れていたり。先日の弾頭が貫通した跡すら痛々しく残っているというのに、彼女は外に出るときにはいつもフードも深く被っているのだ。



 ものを大事にするという段階を越えるほどに深い思い入れがあるのだろう。

 ずっと昔から、この赤い頭巾は彼女を守ってきたのかも知れない。


「そうだね、同じだ」


 イリアから振ってくれた話題だ。どうにかして続けてやりたい。


「その頭巾は……会ったときからずっと付けてるよね。気に入ってるの?」


「ッ……!」


 僕の質問に、イリアは驚いた――――というよりも、何かしらの予想外があったように僕の方を見た。

 こういう場合にどう発展させればいいか、なんてことを理解できる人間ではないが、直ぐに戻ってきた反応からあまり良い質問ではなかったことは把握できる。


「……う、うん。気に入ってる、というよりも……だいじなものって感じかな」


「大事なもの、か。というと……」


 踏み込んで良いのか、という疑問が頭をもたげた。

 どうにも言いにくそうな、複雑な心境になっているようだし、ここで不安定にさせては元の木阿弥である。


「……贈りものなの」


 迷っていると、イリアから答えをくれた。

 なるほど、大切な人からのプレゼントならば、肌身離さずにしておきたい気持ちも分かる。その相手のことはこの際訊かないことにしよう。悲しい気分には――――もうさせてしまっているのかもしれないが、だとしてもこれ以上は――――させたくない。



 それからまた暫く、僕らの間には沈黙が居座った。

 背後の談笑がこちらを意識しているのか、話題の変化がぎこちないことが分かる。


「…………見えたらいいのに」


 未だに裾を掴んだまま、イリアが寂しげに漏らした。


「僕のこと?」


「うん。見れたら……もしかしたら、分かるかもしれないから」


「分かる……?」


 いまいち分からない。僕を視認できたとして、何が分かるのだろうか?



 しかし、その問いで再認識出来ることはある。

 改めて考えてみれば、よくもまぁ僕なんかを信用出来たな、ということ。


 今こそ会話は出来るが、初対面の時には筆談での短いやりとりしか出来なかったし、目の前で何人かを刺殺しているのだ。

 身を守れる力が無かった故に為す術なしと諦めきっていたのかもしれないが……ストックホルム症候群をこんな関係性に当て嵌めていいものだろうか。


「戻った」


 思考を遮りに来たかのように、扉が開く。


「お帰り、ミリィ。丁度良いとこに」


 その人物にガルシアがすぐさま反応し、場の空気が動き始める。


「明日の予定はどうなったんだ?」


「出発は七時、十五時には目的地」


「オーケー、んじゃ呑みに行ってくるわ」


 そこそこに疲労が見えるミリアスだったが、とうとう全てを諦めたように目を閉じた。


「ギフテッズ、暇なら一緒に……そういや、成人してるのか?」


「俺とレイコは、そうだな。二人は来年だ」


「ならお前らだ。ここに居ても退屈なだけだろ? 奢ってやるからさ」


 いいのか、と上々な返事を得られて、ガルシアは上機嫌に見えた。

 このまま出て行けば馬車でのメンバーが取り残されることになる。ただでさえ微妙な距離感が明確に輪郭を表すことになるが、この際「居ない者」として気にしないことがベストだろう。




 コミュニケーションの先導人が居なくなった部屋は、外の喧騒の方が五月蠅いほどだった。


「……それで、どうします?」


 口を開いたのはハヤトだ。空気が重い。誰も話そうとしないことに耐えかねたのだろう。


「自由にすれば良い。今は騎士団の方で護衛と監視を行っている」


「そ、そうですか」


 本来なら多少なりの会話が出来る方の人間なのだろうが、反応する相手が不器用ばかりなのが悲しいことである。

 個室ならば気遣いもなく各々の自由に行動が出来るのだが――――護衛や警備のしやすさを重視したのか、捕虜を除いた全員がこの一つの大部屋に詰められているのだ。

 プライバシーの欠片も無い中で、認識されないことの偉大さを噛み締めることになると思えただろうか?



 別に何もすることはない。寝るか。

 そう思ってベッドを立とうとしたが、ぐいと引き寄せられる感覚を覚える。目を戻してみれば、片手だけだったはずの拘束は両手に、もう離すものかと言わんばかりに布地を手繰りよせていた。


「……どうした?」


 尋ねてみるが、言い辛いことなのか、黙り込んでいる。

 ここまでくるとなんとなく察することは出来る。孤独は集団の中で感じるものだ。


 相手が彼女でなくとも、こんな対応が出来るのだろうか。

 こんな状態に置かれること自体が滅多にないことではあるし、杞憂か。


「…………ごめんね」


「大丈夫」


 何処で眠ろうと同じだろうし、別の場所に移動したとして結果は同じだろう。

 他人のペースに翻弄されるのは好きではない――――思春期らしいと言えるのか、そんな半ば強情な意思からイリアよりも先に寝転んだ。毛布らしいものは常備されていないので、脱いだローブをそのまま代わりにして、部屋の光源も遮って。




 暫くして、背中が温かくなった。







 …………ふと、目が覚めた。

 夢の終わりが見えたからか、誰かの足音が聞こえたからか。どちらなのかは分からない。部屋の中は僅かに明るく――――窓からの薄明かりに何者かの像が見えた。


「起きちまったか……もうちょい、眺めてたかったがなぁ」


 その軽口、何やら嬉しそうな笑顔。その理由は視線の先にあった。


「…………!!」


 腕の中にイリアが居た。

 それだけじゃない。互いの腕が相手の背に回っていて、気付いた僕はともかく――――彼女の方は密着せんとばかりに僕を引き寄せていた。


「クソ……」


 誰にも聞こえない声量で悪態を突くことしか出来なかった。

 ガルシアに茶化されると分かっていたとしても、すやすやと眠る彼女を起こさない方が大切だ。僕は恥を忍べばそれで済むし、後でこの借りを返してやればいい話だ。


「くっふふ、お嬢ちゃんもお前も、ほんと可愛いよなぁ」


「五月蠅い、好き勝手言って…………」


 言い返そうとしたときに、あることに気付く。

 出窓に腰掛けるガルシア。逆光で見えにくかったが、その毛並みや、乱れた後に直したと思しき衣服、あちらこちらに違う色が見える。


 それが血の跡――――他人のものと、彼自身のものが重なり合ったものだと理解したのと、ガルシアが困ったような笑顔に変わったのはほぼ同時だった。


「……何してたんだ、ガルシア」


「まぁ、ちょっと、な。俺だって一応は正義の味方になりたいんだぜ?」


 口ぶりから、話すつもりが無いことだけは分かった。

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