53 立場
書き置きの通り、聖王国からの迎えがやって来ていた。
物騒な物品ばかりの荷物を抱えて外に戻れば、もう見慣れた龍馬が二頭、それぞれ一台の馬車を引いているのが見える。
装飾の華美さに目が惹かれるが、それ以上に乗員の保護を優先していることが分かる。手前に引かれた扉は手の平ほどに厚みがあり、それそのものが車体の頑強さを示しているようだ。
「……クソ、あいつらかよ」
僕の先を歩いていたガルシアが小さく漏らした。僕にはその理由が分かった。
二台の馬車の傍で待機している四人組。衣装や所持品は以前と違うものの、あの顔立ちや雰囲気は変わっていない。場違いに思える立ち振る舞いに、現状を把握しているのか不安になってくる表情。
女性陣はともかく、男性陣は何かしらの武器を携えていた。彼等が護衛のような立場にあることは想像に難くない――――ガルシアが嫌がったのは彼等自身と、その役目に対してだろう。頼りない、と言う点では同意する。
「お? 何か言ったか?」
喋ったことは向こうにも伝わったらしく、最も背の高い男――――タクミが反応した。
「いんや、多少は噂になってたからな。つい最近来た来訪者ってのはあんたら、だな?」
何の抵抗もなく嘘を付く。彼自身が案内し、会話もしたというのに。
とはいえ、ガルシアのやりかたには僕も賛成だ。あまり関わり合いになりたくない集団である――――向こうも同じ事を思っているだろうが、ただただ面倒くさいだけだ。
「お、知ってるのか。そうそう、その来訪者ってヤツ。あんた達が護衛の対象でいいんだな?」
「期待してるぞ、ギフテッド。どんな力を貰えたのかは知らんけどな」
と初対面の演技を素で続ける。相手方は疑いすらしていないようだ。
「まぁ、有名になるのも悪くないわね」と言ったのはレイコで、随分と嬉しく自慢げな素振りすら見せている。
ガルシアが僕の方を向いて、馬車を顎で差した。先に行けと言うことらしい。
「この世界に連れてこられた人たちと、早く接触したいですね」
「だね。きっと大変な目に遭ってるだろうし……黒幕の情報も……」
背後から聞こえてくる四人組の会話は、やはり引っ掛かりがあった。
以前建てた仮説の通り、この四人の来訪に意図があるのなら、それの証拠にはなるかもしれない————だとしても、目的は不明なままであるが。何をしでかそうとするのか、その火が僕の周囲に飛んでこなければ良いのだが…………。
止そう、止めとこう。人を見下すのは優越感を効率的に得られるが、品格とのトレードだ。等価じゃない、酷く不釣り合いな交換をする必要はない。
塹壕帯を進んだときのような振動は全くなかった。
車輪が跳ねるのは感じ取れるが、身体が揺らされるほどではない。小さく空いた窓から外が覗けるのだが、それなりの速さが出ているはずなのだ。道は時代に見合った舗装ぶりであり、となればこの荷台がかなりのものであるのだろう。
その車内は静かだった。
並び走るもう片方の馬車にガルシアが――――身柄を持ってきたあの弟将軍と、監視兼護衛役の騎士達、四人組の喋る方の半分と一緒に居るために、僕の知る人物でお喋りな人物は居ない。
そんな空気なものだから、車内前方、僕と対面するように座る二人は落ち着きがなく気まずそうだ。右手に座るミリアスは寡黙で責務に集中する人物だし、それに負けないほどに、僕の隣でイリアは二冊の本に熱中している。僕と同じようにフードを深く被っているのを見て、多少ながら共通性からの嬉しさと安堵を覚える。
左側の座席にはクラムがいるが、重苦しく棘のある空気に、そして微かな揺れに金属音を奏でる銃火器の存在に怯えているように見え、とてもじゃないが口を開けそうになかった。
そして僕はと言えば、数日ぶりに音楽を聴いていた。
カロに貰った無線機はそのままワイヤレスのイヤホン代わりにもなった――――彼が携帯の方に細工をして、同期できるようにしてくれたお陰だ。先駆物万々歳————技術の恩恵というものは実に素晴らしい。
今はアラベスクの一番が流れている。
音質のデータは決まっているが、出力が違うだけでここまで変わるものなのか。これまで聴いてたものがノイズのように思えてくる。それほど鮮明で、深かった。
「……あの、騎士さん」
曲の音量が絞られる。誰かが口を開いたのだ。
全員の意識がその人に向けられる。確か名前は……ハヤトだったか。
「ミリアス。なんだ?」
口調は僕らに対してのものよりずっと厳しく、他人行儀だった。
彼の通常はこんなものなのだろう。それだけガルシアやイリアとの交流が深く、親しいものだと相対的に実感できる。
「はい、その、ミリアスさん。質問してもいいですか?」
「…………何だ」
「この世界の悪、と言いますか。『敵』って居るんですか?」
ミリアスは怪訝そうな顔になった。細く研がれた瞳に、彼の隣に居たサキも怯んだ。
「……敵、というのは?」
「え?」
「曖昧だ。どう言う意味の『敵』だと訊いている」
「えっ、その、あの。ええっと……」
猛獣に睨まれていれば、こうもなる。
同情するほどに知り合いでもないが、気の毒には思った。圧力のある質問は一種のパワハラだ。
そう思ったものの、質問の内容、その意図は僕も気になった。彼は何故知りたいと思ったのか、その発端に興味と――――知るべきだという義務感を覚えた。
正義漢ぶりたい、の一言で済むだろう。が、未知の世界に来て即座に考えられることではない。自分の身の回りが心配ではないのだろうか?
「つまりは、悪いことをしている人たちです。大勢の人を苦しませたり、辛い目に遭わせたり……それと、別世界から人を攫ってきている人のことも、知っていたら」
二、三分後、見つめられながらよく纏められたなと思える内容が出てきた。
僕の予測はおおよそ当たったし、疑問もより確かな形を持った。
ミリアスは視線を外し、暫く考えに耽った。
「…………そうだな。大局的に見れば、『俺達にとっての敵』は皇国だ。ヒトでなければ子供だろうと生かさない、断固殲滅を掲げてる国だ」
配慮して多少回りくどい言い回しをしたからか、神妙な顔になるものの、言葉の重さを受け取り切れていないように見える。
当事者にならなければ痛みを知れない……死体の山に座った男に怒りを見せたあの青年のように、対峙しなければ完全な理解を得ることは難しいだろう。
見て正気を保てるか、目を反らさずにいられるかはその上での問題だ。
「そして、皇国からすれば俺達の方が『悪』であり『世界の敵』だ……お前達の世界がどうかは知らないが、此方側より進んでいるのなら、同じ過ちを知っていることだろう」
「それって、どういう……」
「話せば長い。人種と優劣の問題だ」
「人種……優劣…………」
今の二人は何を思い浮かべているのだろうか。
ナチスドイツのユダヤ人迫害か、アメリカの黒人奴隷か、スターリンの粛正か、ポル・ポトの知識人狩りか。有名なもので複数を挙げられるのだから、知られていない事実を含めれば数え切れないほどだろう。有史以来、きっと普遍的にある出来事だ。
「何を敵とするかは個人の問題である以上、相対的な概念だ。所属する集団や、地理的な要因も絡む。そう安々と断定できるものではないし、そう言う意味では、完全な悪も……正義もない。
ここに生きて、暮らす者にとってはその時点で決まるようなものだが、別世界からの来訪者には無縁の関係性。どちらにも立てるし、どこへでも潜り込める」
淡々と語る彼にとって……いや、本来からそういうものだろう。
正義の対は別の正義とよく言われるものだし、結局は勝てば官軍だ。だからこそ自ら選択し、進む必要性がある。他人でなく、自分自身で選ばねばならない理由だ。
「俺からも訊きたい、来訪者。お前達の言う『敵』が見つかったとして、どうするつもりだ?」
「もちろん、倒します」
「誰のためにだ」
「皆のために……多くの人が救われるように」
ミリアスの雰囲気に圧倒されながらも、ハヤトはよく答えている。
ミリアス自身も、こういう問答に立ち会うことは少なくないのだろうか。言葉にあるのは嫌味ではなく真剣味であり、過剰な厳しさがあるものの、彼等のことを案じているようにもとれた。彼なりの優しさなのか、騎士故の矜持であるのだろうか。
「……その中に、敵は入っていないのか?」
「えっ…………え?」
聞いた瞬間、立場を利用したずるい質問の仕方だと思った。
一見すれば奇妙で可笑しな質問だが、経験の差を吟味させれば「何かしらの意味」があると思わせられる。話術として中々に上手いし、参考になる。
「やはり、考えていないか」と、ミリアスは窓の外を見た。
「敵も同じ生き物だ。感情もある、家族も居る。ただ立場が違うだけ、外見が違うだけだ。根幹は何も変わらない……生きる世界が違おうとも、そこは同じだと俺は信じたい」
ハヤトとサキにも外を見るように促した。数騎の護衛に囲まれた馬車が少し後方を併走している。窓に施された細工で内部の様子は確認できない。
「向こうの馬車には皇国の高級士官が捕虜として居る。大勢の仲間や民間人を殺した兵士、彼等に命令を下した指揮官だ。外見は来訪者……お前達と何も変わらない」
「変わらない……?」
「俺達の敵は、お前達と同じ外見をしている」
そこでミリアスは口を閉じ、反応を窺った。それに応じようと二人は口を開こうとする……が、肝心の言葉は出てこなかった。
「この世界の人間と、お前達のいる世界の人間に差違があるかは知らない。が、少なくとも見た目は同じだ。皇国人の中に混ざれば見分けが付かなくなる。『ギフテッドである』事実が無ければ、色々と苦労していただろう、と言えるぐらいにはな」
俺の言葉を覚えているか、と尋ねた。
「『敵』という評価は立ち位置で変わる。お前達はミクサマル、アニマリアの国に放り出されたからこそ、『此方側』で活動することになった。恩も縁もなく、ただ『最初に』居た場所からこうなることが決まったんだ。
だがどうだ? これはどの国にやって来たとしても当て嵌まる。皇国領に立っていれば、皇国に仕えて活動することになるだろう。それは俺達の『敵』に与することになる……その立場で言えば、皇国こそが『正義』であり、ミクサマルが『悪』になる訳だ。同じ外見同士、俺と話すよりも意気投合しやすいだろうし、関わりやすい……違うか?」
「………………」
「お前達にとっての『味方』と『敵』が何であるかは分からんが、『向こう側』の考えでいるのは止めておいた方が良い。皆を守りたい、なんていう只の正義感だけで心を保てるとは思わないことだ。何時か必ず後悔する……」
一通り喋った後の沈黙で、ミリアスはふっと我に返ったようだった。
「……済まない。言うべき事ではなかったか」
「いえ、ミリアスさんの言う通りだと思います」
「いや、違うんだ。説教は余り得意じゃなくてな……話題が何処からかすり替わってしまう。気を付けてるつもりだったんだが……本当に済まない、口下手でな……」
耳の裏を掻いて俯いた彼は、暫くその姿勢のまま黙った。
「…………そう言えば、他に聞きたいことがあったな。攫うとかなんとか」
「あっ、そうです。この世界の、『来訪者』でしたっけ。彼らが来た経緯とか、原因とかをご存じでは?」
「いや、聞いたこともないな……」
言葉に詰まりながら、ミリアスは僕の座る場所に目を向けた。
僕に尋ねる意図があるのか、単に同じ境遇だから見られているだけか。
「……僕も知りません。気がついたらこの世界に」
単に見やったにしては長い時間だったので、僕は答えた。それにミリアスは軽く頷くが――――続いた言葉からして答えは元から期待してなかったようだ。
イリアが姿勢を直すついでにローブをかいくぐり、僕の腕に絡んできた。素っ気ない素振りでいるのは他人の視線があるからだろうが、それでも甘えて来ることは嬉しいことであった。
「攫ってくる、という言い方が気になるな。ギフテッドは誰かが連れてきていると考えているのか?」
「はい。この世界の何者かが」
ハヤトも――――口を開いていないサキも、この問いにはどこか自信のある様子だ。何かしらの確信があるのだろうと感じられるが、根拠はどこから来ているのだろう。
「……その類の話なら、教団の関係者に訊いた方が速いと思うが。次の街で当たってみてはどうだ」
ミリアスの言葉で、一連の話題は打ち切られた。




