52 失いし者
昼食も終え、僕は新品の衣服に袖を通していた。
「頼んだ店主、覚えてるか?」
問いかけてくるガルシアは、暫く出番の無かった二挺を始め、様々な銃を分解し、手入れを行っている。かなり手慣れた手つきで、一挺に三分もかけずに大方の整備が終わっている。
「たった数日で噂はかなり広まったと見える。取りに行ったら正体を看破されててな」
「えっ?」
「商売してる奴って耳が広いんかねぇ。『貴方が噂の片割れでしょう?』って言われてな? 『どうしてそう思った』っつったんだけど、笑って誤魔化しやがった」
「…………まぁ、あれだけ騒げば当然だろうとは思うが」
服の出来は素晴らしいとしか言えなかった。
春秋兼用の肌触りは滑らかで涼やか。風通しが良く、これからの季節に持ってこい。冬用も着やすく、防寒性も防風性も高い。どちらも動きやすく、それほど嵩張りもしない。見た目も……シンプルで良いが、今の僕には関係の無いことだった。
「それで、このローブっぽいのは?」
一通りの試着を終え、先程から気になっていた品物を手に取る。
紺に近いが限りなく黒く、雲もなく月もない闇夜の空を切り取ったような布地だった。裏地も似た色合いであったが、大小様々なポケット、収納部があることが分かる。
弾薬、食料、その他小物……思いつけるあらゆるものを、その都度取りやすいように設計されているのがよく分かる。羽織れるリュックサックのような利便性だ。
「『死神様への感謝の気持ちと上客へのサービス』だとよ。何をどうすりゃ、こんな的確な装備を繕ってくれるんだかなぁ……おっそろし」
纏ってみると、僕の体躯に丁度の寸法だった。軽いため着心地も悪くなく、動きを阻害することもない。裾を踏んですっ転ぶことも無さそうだ。
素人ながらも、「知らないと作れない」と思うことが出来る。
商売上手なのだろうな。表向きも、もしかしたら見えないところでも。
「マジで死神そのまんまだな。暑っ苦しそうだが」
「まだ根に持ってるのか?」
「別に。で、この後やりたいことってあるか?」
ローブを脱ぎ、荷物――――と言う名の略奪品諸々を纏め直そうと思ったところで、ガルシアが尋ねてくる。
「ないなら、こいつらの扱い方を教えたいんだけどよ。タマは大量にあるし、興味あるだろ?」
元通りに組み立てられた小銃を携えて立ち上がった。僕が使っていた二挺は部屋の脇に立て掛けられており、手にしているのは軽機関銃――――まだ触れたことのないものだ。
「使えた方がいいし、使ってみたい」
「そう言うと思ってた」
これから遊びに行くかのように、ガルシアの顔は嬉しそうだった。
その後、半ば強引なやり口で騎士団の方に許可を貰い、郊外で射撃訓練――――と言うにはあまりに遊びが過ぎていた————をしていた頃に、テレパスの使用を一旦停止しておく旨がカロからやってきた。
翌朝……あの紙切れの通りに迎えが来るであろう日、イリアから呼び出しがあった。
まだ日が昇るには少し早く、蒼のグラデーションを窓の外に拝める時間であったからか、彼女の声は小さく、申し訳なさげではあった。が、僕はその連絡の一時間前、夜明け前の漆黒にはもう目を覚ましていた。今日の出発は早い、と昨晩に聞かされていたからだ。
賑やかな空間が静まりかえっている光景というのは、実に心地が良いものだ。
ここに自分一人だけなのだと、この場を独占しているような得も言えぬ満足感。非日常感――――は、この世界である点で元からあるのだが。
そう言いたいところであったのだが、実に残念。こんな早朝でも人の出入りがあるのだ。
まともな光源もない廊下やロビーですれ違う彼らの表情は読めないが、夜行性の動物の顔立ちが多いことはそれとなく分かる。この様子では、どの時間帯であろうとも静まることはないだろう。
断りを入れてから見たイリアは、既に着替えを終えているようだ。
窓の薄明かりに机上の灯火に照らされる彼女は、どこか儚く、より可愛げのあるように見える。特徴の一つだった頭巾が膝に掛けられており、それとなく人形のようにも思えた。
「傷は大丈夫なのか?」と、ほぼ決まり文句になった言葉を投げかける。
「うん。走ったり跳んだりは出来ないけど、歩くぐらいなら。だいじょうぶ」
「そう、良かった。それで…………」
本題に入ろうとすると、イリアの視線が下に向き、両手に力がこもった。掛けている頭巾の一部をそっと握りしめ、不自然に長方形の輪郭が――――裏に何かがあるのだろうか?
「…………カズって、こっちの世界にいつ来たの?」
暫くして、質問が来た。それで何を測ろうとしているのか、僕には読み取れない。
「来たのは……イリアを助けた日だ。その日の午後、多分一時ぐらいかな」
「ほんとに?」
「あぁ。林……えっと、シナ村があった林で目覚めて、道を辿って歩いてたら、君が捕まってる現場に出くわした。その日に来たのは間違いない」
そっか、と何か寂しげな答えが返ってくる。期待が外れたような、そんな調子であった。
変な答え方をしてしまっただろうかと多少悔やんでいると、イリアはある本を開き、差し出してくる。記憶に新しい、先々日買ってきたあの本――――来訪録だ。
「この本のね、ここ……カズにね、読んで欲しいの」
本を受け取り、そのページを見下ろしながら隣に腰を下ろす。
タイトルらしい一文には……「姿と自身の半分を失いし者」と翻訳するのが正しいのだろうか。全体に渡って見たことのない文法な上、回りくどく描写されているような気がするので、確証はなかった。
文字の形にはもう慣れきったのか、読み進めるのに時間はかからなかった。
ああ言ったものの、以前よりも読解に自信を持てる。環境に置かれれば学習するものなのか、それは置いておき、僕は文字を追い始めた。完全な理解には程遠いが、ざっとした展開ならば把握できそうだった。
……『来訪者は目覚めた。木漏れ日、葉の囁く声、湿った土と芝の匂い。直ぐに見知らぬ世界であると理解して、ゆっくりと起き上がった』……
……『青年は林を抜けた。道があり、陽の通る道をなぞるように、地平へと伸びている。彼は選択を天に任せた。枝切れを立て、手を離したのだ。
賢人は道を指した。「待つ人あり」と。だが、青年の耳に届いたかは定かではない』……
右半身に暖かいものの重みを感じ、右腕に何かが絡むのを感じた。
邪魔くさいものであったが、思う心は裏腹に穏やかだ。優しく撫で付けられるように。
……『袋の中の少女は驚いた。が、為す術は何も無かった。
幸運なのは、青年が「正義」を第一に置いていたことであり、袋の中身を人間であると思っていたことである。探し回る荒くれ者と違い、彼は不公平が嫌いであり……何より、殺人に躊躇がなかった』……
……『青年は少女の顔を改めてよく見てみた。儚く、小さく、弱々しい。彼は自らの正義に則って拘束を解き、自らの上着をかけ、休ませてやることにした。
姿も見えず、声も届いていない。にも関わらず、少女は逃げ出すことをしなかった。むしろその存在に――――その匂いや、かけてくれる優しさに懐かしさすら感じていたかも知れない。
だが、青年にそれが届くことは無かったのである』……
「……ねぇ」
そこまで読んだ所で、イリアが声を上げた。
気付いてみれば、その顔はあまりにも近く、彼女の匂いが鼻に強く届く距離だった。
「これ、カズのことだよね……?」
質問の形であり、語尾も疑問符が付いている。が、どうやら答えを確信した上での問いらしい。
「うん。多分……僕と、イリアのことだ。いや、間違いない」
さきほど尋ねられた質問の意図が分かった気がする。
先日のイリアの反応からして、この本自体に思い入れがあるようだった。元から本を読むことが好きだったようであるし、もしかしなくとも。
半信半疑であったのだろう。自分自身が書き記されているということが。
彼女も今の僕のようにこそばゆく感じているのだろうか。自分の行動を他者の意図で再確認されると、どうもばつが悪くなる。
「そう……そう、だよね。やっぱり」
だが、イリアの反応はどうも鈍い。
何というか――――しっくりこない。心ここに在らずというか、感情が曖昧な様子だ。
「……どうかしたのか?」
どうも不安に駆られる素振りを見せるので、聞かざるを得なかった。
「…………カズは、カズなんだよね?」
「え?」
明らかに様子がおかしい。精神が追い込まれている状況は抜け出したはずだし、容態も安定はしていたはずだが……分からない。イリアは何を言いたいんだ?
「………………」
そのまま押し黙る。ますます不安になるが、覗いた顔がひたすら答えを求めて黙考を続けている表情にも見えたので、より理解しがたくなる。
イリアは何を伝えたいんだ?
僕はページを戻し、再び読み進めてみる。間違いなく、僕らのことが綴られた物語だ。だとして、イリアは何を考えているのだろう? この登場人物が僕であることで、何と何が繋がるんだ?
「……えてない、のかな」
「え?」
何かを呟いたが、蝋燭の揺らめきにすらかき消えそうな声量だった。意味のある部分が聞き取れなかった。
「カズ、もう一つ読んで欲しいものがあるん……」
〈カズ、お嬢ちゃん、何処で何してるんだ?〉
二つの声が重なる。特にふざけた様子は無いが、ガルシアのものだ。
向こうに驚かせる意図がなければ、二人して身をすくませる程度で済む。それがイリアにも分かったのか、妙に恥ずかしげな顔をされて俯かれた。
「なんだ?」
〈なんだじゃねぇよ、積み込みの手伝いもせずによぉ。軽いメシ食ったら出るぞ、今日は早ぇの言われただろ?〉
二人で朝っぱらから宜しいことだが、予定は予定だ。と平常運転。憎らしくはあるが、まだ大事に弄ばれていることが把握できる分、その点にて信頼は置けるようになった。
連絡が来て気がつくが、蝋燭の灯よりも窓の方が明るくなっている。
「分かった、今から行くよ」
〈お嬢ちゃんを忘れるなよ。歩きにくそうだったらお姫様だっこしてやれ〉
「おっ、おひめさま……」
「それ以上からかうな。本気の一発にするぞ」
〈あいあい〉
通信が切れれば、静寂が戻ってくる――――目覚めた小鳥のさえずりが本格的な一日の始まりを告げ始めていた。窓のそばで、一羽の鳥がこちらを覗いている。
「それじゃあ、行こうか」と、ベッドから立ち上がろうとすると、解かれんとしていた腕に力が入り、離れることを拒否された。
「イリア?」
「あっ、ごめん」
すっと力が抜けるが、まだ伝えたいことがあるらしいことに気付くことが出来る。
「そのね、待ってて」と小走りで離れ、すぐさま何かを手に戻ってきた。
「これ、付けて欲しくて。左腕を上げると、傷が引っ張られちゃって……」
僕に向けて差し出された手には、あの髪飾りがあった。丁度良く陽の光が差し込み、明るい緋色と暗い紅色とがやはり美しい花があった。
「分かった」
そう言って受け取り、付けるために彼女の髪に手櫛を入れた。
そう言えば、この花……アネモネだったか。前に花言葉を調べていたよな。
「……ねぇ、イリア」
「なに?」
「この花……アネモネの花言葉、調べてたよね?」
訊いた瞬間、びくりと彼女が跳ねた。
髪に留める器具の先端が耳に触れたからだろう。それに驚いたに違いない。
「……う、うん。調べた、けど」
「なんて言うんだ?」
「え、えっとね…………」
言葉が澱みに澱む。頭を垂れているせいで表情は見えない。
〈あくしろー、一人寂しく待ってる奴の身にもなれリア充どもー〉
「分かったって、黙ってろ…………よし、付けられた」
初めての経験でそこそこの時間がかかったが、見栄えも綺麗に取り付けられた。
「あ、ありがとうっ!」
「わっ!?」
にわかに響く大声に面食らう間もなく、僕の手をさっと取った。
「ほら、ガルシアさんも待ってるし、早く行こう?」
「う、うん。そうだよね」
初めて見る勢いに、しかしそれほど悪い気もしなかった。
引っ張られ気味だった速度に追いついてから思い返すと――――初めて見た自発的な行動でもあったような気もした。僕に対して、イリアが初めてリードしたような。
「あがっ!」
「きゃっ!?」
彼女が勢いよく扉を開くのと同時に、誰かの悲鳴――――そいつが片足で飛び跳ねる音が響き渡る。
「来てたのか、ガルシア……」
「ぐあぁ、ってぇ……くっそ、カズならまだしも、お嬢ちゃんにまでやられるかぁ……いつつ、親指でまだ良かった。マジでそれだけは良かった」
朝飯は無事だぞ、とそれぞれの手に握られた肉と野菜のサンドを――――苦痛に歪み、涙を浮かべ、それでも愉快な笑顔を崩さずに僕らへ渡してくる。その傍に呆れかえっているミリアスに、彼に隠れるように立つクラムもいた。
改めて見てみれば、こんな大所帯になっていた。
その事実に、とても奇妙な――――曖昧な心境になった。
彼等にとって、僕はどんな立ち位置にあるのだろうか?
それは良いことなのだろうか?




