48 来訪者たち
「ガルシア、昨晩はどこに行ってた」
「唐突だな」
互いに目を合わさず、手元に熟々と書き綴られた文字列を眺めながら会話が始まる。
昼下がり、という時刻になる頃合いで、風通しの良くない、僕らが立ち読む店内は少し暑苦しさを感じさせる空間になってきた。
「ハシゴさ。目に付いた店に入っては一番良いものを一杯貰って、噂話をひとつふたつ。で、対価として金貨を置いて次にって感じだ」
「……何件通った?」
「なんとか二十枚は手元に残ってる」
視線をちらとガルシアにやると、彼は腰元をぽんと叩いた。
その外見は言っていたとおりに変容しており、僕より少し小柄な、女性の騎士のそれになっている。灰と青が混ざったような、薄雲のかかる夜を連想させる毛並みをしている。
「…………だとしたら、クラムは誰が……?」
「クラム? あのメイドさんと何かあったのか?」
鋭い歯を覗かせ、なんとも下卑た笑いをこちらに見せてくる。毎度のことなので反応することはもうないのだが、もう少し捻りを加えてもらえないものだろうか。
ページを捲り終えた本を棚に戻し、めぼしそうな一冊を探しながら僕は説明した。
彼女が僕の言葉を拡大解釈して仕えたいと言い出したこと、無線機も無しに会話が成立していたこと、それが発覚した瞬間に立ち去ったこと、意図が全く掴めないこと。
自らに起きた出来事を誰かに伝えるという行動は、これまでの僕にあるまじきものだ。これまではそもそもの伝える人物という存在すら身近に居なかったからでもあるが、これは進歩なのか――――軟弱になったのか。
「ふぅん、そんなことが、ねぇ……」
ガルシアもまた難しそうな顔をして本を閉じた。彼も――――彼女もまた本を取っ替え引っ替えしているが、手にした本の装丁はどれも同一の作りだった。
連載ものなのか、古風な数字が複数、数冊ずつ置かれているのはもう見たが、そこまで人気のある書物なのだろうか。
「正直、思い当たる奴はお前しか居なかった。けど、らしくないって思って」
「俺はもうちょい分かりやすいボケをするしな……」
らしくなく、彼の口調は重かった。
見てみれば、いつものように僕をからかう様子は微塵も感じず、この謎に対して熟考している様子だった。本を斜め読みすることもせず、絹のように細やかな瞳は棚の先にある虚空を見つめている。
「……そいつは何が目的なんだ? まさかお前とお喋りするためにメイドさんに変装したわけでもあるまいし、本人に確認は取ったのか?」
「あぁ、まぁ。イリアの部屋に挨拶に行ったら居たから確かめてきた」
昨日の件で、と言うだけでクラムは背筋を伸ばしたし、その後の応答で確信を得られた。確かに昨晩やって来たのは「本物」の彼女であり、会話した際の自我も彼女そのものだ。
「こいつは結構な謎だぜ……お前の存在なんて元気に泳ぐ噂ぐらいのもんだし、何処に居るかなんて、まして実在するなんて知ってる奴は両手の指で十分に足りる」
「目的も分からず、ただ存在を知らせてきただけ。かなり不安だ……僕自身で完結する問題なら良いけど、クラムさんを利用していたとなればその限りには」
「だな。でもまぁ、起きなきゃ対応できねぇことは事実だ。心労が過ぎると鬱るぞ」
「鬱るってなんだよ……」
彼の言うとおりだというのは理解できる。警戒させることに目的があるのかもしれないし、重要なのは対応できる姿勢を維持すること。変に疲労することだけは避けておくべきだろう。
「……それにしても、お前も成長したな。ちゃんと会話出来るようになってるんだ」
「唐突に、何の話だよ」
「そのまんまさ。前は必要な会話だって『どうにかなるか』で済ませてただろうが。お嬢ちゃんはまぁ兎も角、女の子とそこまでお話しできたのはやべー成長だと思うぞ?」
「ぐっ……」
なんとも子供扱いされているような言い方に恥ずかしさと腹立たしさを一度に感じる。こういうことを言うときにだけ、本当に純粋な声色を使うのだから卑怯である。
親が子を褒めるような、と例えれば良いのだろうか?
実際にそういう関係性の人から言われるのであればこそばゆいで済むものの、こいつは――――一応は、赤の他人だ。友人だろうと、親友だろうと、血の繋がりがない人物から言われるのはかなりの抵抗がある。
「…………お? なんだなんだ」
ガルシアが閉じた本を脇に挟んで次の一巻をと手を伸ばしたとき、彼の意識は店外に向けられていた。それに釣られて覗いてみれば、外で小さくない騒ぎが起きているようである。
「……あぁ、まだ居た! 済みません、そこの騎士さん!」
一方向へ流れる人々に逆らってこちらに来た一人が、ガルシアを見て第一声を放つ。
「何かあったのかい、なんだか騒がしくなったとはおもったけどよぉ」
「えぇ、その通りで。どうか来て下さい、見れば分かりますから!」
ガルシアに詰め寄るその男性の焦りはかなりのものがあるが、何処か嬉しそうな、楽しげな様子にも見て取れた。珍しいものを見つけたから、早く見て欲しい――――そんな心情があるかのような。
「わぁった、わぁったからちょっと待ってな!」
しつこさにガルシアも参ったようで、脇に挟んでいた一冊ともう一冊――――同じ表紙で、巻数は飛び飛び――――を手にし、店主の方へと向かった。
「カズ、良い感じの本見つけたか?」僕の脇を通りながらそう尋ねるが、一介の高校生が英字のみの文章を網羅できると思っているのだろうか。
「そうか、おやっさん、この二冊買う! 釣りは良いからな!」
僕が首を振るのと同時にガルシアは大声を上げ、一瞬怯んだ店主に向けて金貨を一枚投げつけた。
猫に小判――――この光景にその諺を使っても良いのかはさておき、構図はそれである。今のガルシアもまたネコ科であり、店主も長毛の物静かなネコの形だからだ。
「カズ、行こうぜ。何か面白そうだ!」
そう言うが早いか、先程の男に誘導を頼んでいた。
人集りはそうしない内に見えてきた。何人かの人物を中心に円状の野次馬が出来上がっているのは、誰もが興味を持ちながら接触することを恐れるが故の現象だろうか。
「はいはい、どいたどいた。騎士団員がやってきたぞ」
通りを塞ぐように出来上がった円の層は四つほどで、ガルシアが強引に開いた通路は僕の直ぐ背後で元に戻ってしまうほどの密度を誇っていた。
「クソ、道ぐらい空けろってんだ……」最後の一人を掻き分けて彼が愚痴るが、予想外の物を見たときのように語尾が詰まった。僕がそれを目の当たりにしたのはその彼自身を脇にどかした後のことだったが、端から見れば全く同じような反応をしたことだろう。
僕にとっては見慣れた、ありふれた服装、顔つき。その事実は詰まるところ、この世界に由来する存在では無いということだ。
「……マジか、来訪者か」
ガルシアが漏らすことで僕の確信も更に固まった。
周囲から孤立した人影は四人分あり、この状況下だからだろうか、表情には尚更緊張や不安から来る強張りが浮かび上がっている。僕と同い年か、少し上、男女比は同じく、全員がそれなりの美形と言えるぐらいには整った顔立ちをしていた。
「おい、こいつらが来たのは最近か?」我に返ったように傍の一人にガルシアが話しかける。
「えぇ、ここに突然現れたって。ですよね?」その人が隣の男に尋ねる。
「ああ、五分ぐらい前だったかな、本当に『ポッと』現れたのさ。歩いてた先に出てきたもんで、危うく漏らす……おっと、こういう言い方は婦人方には失礼だな」
「俺までその括りに入れてくれる紳士ぶりは嬉しいね。情報提供ありがとう」
ガルシアが手を上げて会話を切ると、先程からこちらをじっと見つめている四人組へと向き直った。
僕もその隣に立つが、何故だろうか――――この世界の人物よりも、信じがたいものに感じている。見たこともない赤の他人だとしても、同じ世界から来たことには違いないだろう。
その事実があるだけなのに、覚える警戒心は比では無かった。
「面倒だけど、こいつの身を貸して貰ってるだけだしなぁ……」
溜息をつき、僅かに僕の方へ顔を向ける。
「カズ、悪いが付き合ってくれ。頼れる奴が側に居るだけでやりやすくなる」
「やりやすくなる、ね……」
今の僕には理解できるような、できないような。
こうして悩ましく思う時点で、僕は少なからぬ信頼を彼に寄せていることにはなるだろう。信じたから裏切られないとは限らないが、「裏切る」行為をするとは思えない。そう考えさせられるぐらいには僕に貢献してくれている。
昔の自分ならば、頼れる人間が居るはずが無い、と答えただろうか。
「……ありがとな」
頷くと、ガルシアは嬉しそうな笑みを一瞬だけ浮かべた。
「やぁやぁ、外輪で騒がしくしてしまって済まないな」
円内の空間を踏みしめ、中心人物と外縁部との中間に立った。
「あんたは?」
ひとりが尋ねる。一番背が高く、勝ち気で自信に溢れた眼差しをしている男だ。
「この世界の騎士、貴方がたの世界、地球では……『ケイサツ』だったかな? それに近しい組織の者だ」
「えっ……!?」
全員が驚いたような声、或いは仕草を見せた。転移者や転生者が異世界の漠然とした知識を持ち合わせていることは創作物ではままあることだが、その逆は相対的に少なくなる。
確かに、この世界では僕らのような異世界人を認知している。
だがしかし、貴方達と会話をしている彼もまた同郷の者であるのだ。向こう側を知っていることは当然であるのだが、他人の内面など知る術は無い。
「話すべき事、知りたい事は互いに山ほどあるだろう。が、その前に事実確認を行いたい……幾つか質問をするので、答えて頂けるか?」
ガルシアの声に、まだ動揺しながらも全員が同意した。
「まずは名前だ。フルネームと、あとは出身国を」
「国? それ要るのかよ」
先程の男が食ってかかる。それは僕も思ったが、こうして面と向かって図々しく言える人物はそういないだろう――――日本人なら。
ガルシアが適当に理由を付けると、彼等は全員納得したようだった。
「……俺はアマダだ。アマダタクミ、日本人」
一番槍もまた彼であり、口ぶりもいくらか高圧的だった。
「い、イワセです。イワセハヤト。同じく日本人です」
背が少し縮まり、中性的で、おおよそ平均という言葉が似合いそうな青年だ。
「ハタナカサキ、と申します。私も日本人で……」
「あたしも日本人! スズキレイコだ!」
女性陣は正反対も良いところだった。簡潔に言えばインドア派とアウトドア派、物腰柔らかで落ち着いた良いとこ育ちと活発な田舎少女とするべきか。
「成る程、成る程……四人とも日本人、と」
「所でさ、あんたの名前を聞いてないんだけど?」
レイコと名乗った女性が一歩進んで威圧的に尋ねる。物怖じしないというか、無遠慮というか――――関わりたくない人物に違いは無い。
「これは失礼……とはいえ、今限りの交流に違いは無いと思うけど。知る必要が?」
「どう呼べば良いのか分からないでしょうが、けものの騎士サマ」
それで十分なのではとガルシアも思っただろうが、結局は名前を名乗った。無論、自分自身の者では無く、間借りしている人物の名を。
「……ユルね。変な名前だけど、異世界だし当然か」
レイコが納得して下がると、替わるようにハヤトが口を開く。
「あの、何故僕たちのことを知っているんですか? なんだか慣れている様子ですけど……」
「知っているから、としか。珍しい現象ではあるけど、未知のものではない、という感じか」
「どう言う意味だ、それ? さっきから曖昧な事しか言ってねぇ気がするんだけど」
タクミが言い返すが、ガルシアはまともに関わる気が元から無いようだった。
表情に変わりは無いが、組んだ腕の彼等から見えない部分で指が忙しなげに動いている。
「私もこの世界の一員でしかない。求めてる答えは私にでは無く、これから案内する手筈の場所で行って貰いたいね。そこなら知りたいことも知れるだろうし、これから先の予定も立てやすくなる」
「そこは……?」
「『教団』さ、着けば分かる。これ以上見世物にされたくないなら付いて来な……私が知ってることなら、歩きながら答えるよ」
立ち話はもう沢山だと回れ右し、進攻先の野次馬を追い払いにかかった。
「カズ、耳貸せ」
四人組との応答の最中、自然体のままで僕に声を掛けてくる。
人通りのそれなりにある街路では、彼の声量は耳を口元に寄せなければ聞こえないほどで、最初は何を口パクしているのだろうと思っていた。
「なぁ、妙に思わねぇか。こいつらさ……」
「妙って、どこが?」
彼も疑う素振りを見せるんだな、と珍しく思った。
不安そうでは無いが、何かしらの要素を警戒するその顔つきは、これまでの彼の振る舞いからは予想もしていなかった。
「分からなかったのか……というか単に考えてないだけだろお前」と少し呆れたような、焦りが垣間見える答えが返ってくる。
「妙でしかないだろ、カズ……見たこともない場所に居て、見渡しても野獣のような姿の人物ばっかり。俺があれこれ言う前に訊きたいこととかあるだろうが、な?」
「訊きたいこと……ねぇ」
彼等は何を訊いていただろうか。ガルシアが向こう側……地球のことを知っている理由に、名前、ついさっきはアニマリアの外見について触れていたか。
本来なら訊きたくて仕方の無いこと――――あぁ、そう言う意味か。
「確かに訊いてないな……ここがどこか、というのは」
確信が有るわけでは無かったが、ガルシアは怪しまれない範囲で最大の頷きを返してくれた。
「関わり合いには元からなりたくなかったが、さっぱり忘れることも危なそうだな。裏がある奴ってのはなかなか見つけられねぇし、面白そうなことに変わりはねぇのが救いか……ん?」




