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39 大緒戦 四


「――――――――私は、今作戦第一軍副指揮官、シキロフ・ファルターである」


 彼の言葉は落ち着いていた。雨粒に身体が穿たれるのを味わうように、装甲車の天板の上にあるその体躯は動かない。


「諸君に話しておきたい事実がある。その中には受け入れがたい事実があることを先に言っておこう。その上で――――ここに居る者だけに、その全てを聞いて貰いたい」


 僕は彼に近づいていった。距離が狭まるほどに、彼の者の詳細が見えてくる。

 軍帽から漏れ出す、暗いために燻った火炎のような赤髪。短いながらも整えられた髭のせいで老いて見えるが、その眼差し、聴きやすい声、濡れた肌はまだそれなりに若いことを示している。



「我々は甚大な損害を被った。未知の攻撃により部隊の大半は消滅し、生き残った者すらもその多数が死にかけている――――もう、ここだけの話だ。周囲の捜索は終了した」


 我々が、一帯最後の残存部隊である。シキロフはそこで一呼吸置いた。


「諸君らは生き残っており、私の元に居る。だからこそ、私には話す義務が存在している――――事実を知っていながら黙認した者らの一人として、その秘密を教えねばならないと」


 彼の足下、車両の傍に辿り着くと、さっきまでたゆまず地平線を見つめていたシキロフの視線が僕に落ちてきた。その目は毅然としており、「彼」の面影は全く感じられない。




「…………私は、作戦本部は、この攻撃を認知していた」



 視線を戻した後、シキロフは言い放った。



「ミクサマルが決戦兵器を用意していること、それが一個師団を消滅せし得る威力を持つこと、侵攻する都市にだけ配備されていたこと、そして今の現状すら…………『我々』は知っていた。

 知っていてなお、軍本部は作戦を決行し、結果はこの通りである。多大な犠牲が発生し、攻撃は止んだものの――――作戦の続行など不可能な惨状と成り果てた」


 僕は彼を見上げた。同じように雨に打たれ、ただでさえ重い軍服は鉛のようになってくる。



 ガルシアじゃないのか、と僕は一瞬だけ思った。

 この人物には彼のふざけたような雰囲気が微塵もない。実直で、雄弁で、責任を一つ残らず背負う覚悟が感じられる。そんな第一印象だ、彼とは似ても似つかない。


 が、それも仮説に過ぎない。先程彼は僕と目を合わせた。

 それが偶然かどうか、それを確かめるためにも僕はまだ聴き入っているのだ。



「何故? そう諸君らは思っていることだろう。

 兵器の所在を知ってなお何故目標を変えなかったのか、想像すら出来ぬ被害が出ると分かっていて、何故勝てると踏んだのか。諸君らの疑問は尤もであり――――――――だからこそ私が告白しなければならないことであるのだ」



 シキロフの声はただ淡々と事実を述べているようだった。


 感情が見えないわけではない。が、話す義務がめっぽう強いのか、冷酷とさえ思えるほどに声色に抑揚がなかった。微かに滲み出た自責の念――――――――それぐらいしか分からない。



「残っている者で、今回の第一軍に編成された理由が分かる人物はいるだろうか。戦場の最前線、最も勇敢で優秀でないと選ばれない名誉である、きっとそう聞かされてきたことだろう。それは確かに事実であり、本来ならその通りに選ばれていたことだろう。

 しかし、今回は違う。軍部の『とある基準』が理由となり、それに当て嵌まる人員らが編成の大多数を占めているのである。では、『とある基準』とは何か? きっと心当たりのある者も居るはずであろう。その者には、きっとここでしか話せない理由が分かるはずだ――――」



 口元から無線機を放し、雨空を見上げて深呼吸をした。




「その基準は、『皇国への反逆の可能性があるかどうか』である」


 シキロフの声が少し強まった。


巫山戯ふざけていると思うだろう。馬鹿らしいと、自分はそんなことを考えてすらいないと言いたい者も居るだろう…………しかし、これは事実である。我々は、皇国に――――いや、『特権者達』に反抗する理由がある者をリストにし、その芽を敵に摘ませようと考えたのだ」


 特権者達。どんな集団かは知らないが、こういう使われ方をされるのだからまともではなかろう。


「皇国の実態は誰もが知っているだろう。先の大戦で得た全員の権利は、瞬く間に一部の特権へと変貌してしまった。

 我々の子に、孫に、その先の世代に同じ思いをさせまいと、我々や、父や、祖父、その前の代からその為に戦い続けた大義は、他でもない我々の仲間に踏みにじられてしまったのだ。


 我々は戦ってきた。アニマリアや、ヒューマリアに対して。


 何故だ? 我々を認めさせ、同じ目線で立つためだ。尾無し、欠陥品、劣等種族。我々はそんなものでは無いと立ち上がり、対等な種族であると叫び、戦ってきたのではないか?

 我々が欲していたのはそれだけではなかったか。いつか彼らと肩を組み、互いの憎しみや蔑みを我々の世代で押し止め、大陸の一員としての立場を得るためだったはずだ。決して……決して、与えられた苦しみを数倍にして投げ返し、彼らを根絶させるためでは無かったはずだ!」



 彼は続ける。波が勢いを増すように、塞いでいた感情を少しずつ漏らしていた。



「我々は何の為に戦っている! 家族が虐げられない為であろう! 友と笑い、他愛も無い話をし、全ての人種と一つの人生を謳歌する為であろう! 一握りの特権者の道具にされ、勝手な理由で死線に送り出され、我々のような被害者をいたずらに増やし続けるためでは無いはずだ!」


 直ぐ傍にいるからか、彼の勢いに揺さぶられているのが痛感できた。

 視界の端に何かが動いた気がして見回してみれば、既に十数人がシキロフを取り囲むように立っていた。その数が増えていくだろうというのは、野次馬の外側に焦点を合わせれば直ぐに分かることだ。




 少しの間、シキロフは息を整えていた。

 もう一度口を開いたとき、先程の熱意はまた抑えられていた。


「…………諸君らは、先の大戦を覚えているだろうか。特権者達がこの暴挙に出た根源であり、反逆者とされた者達のことを」


 彼は僅かな群衆を見下ろした。誰かが答えることを期待しているように見えなかったからか、誰も口を開かなかった。


「五年前、突然に現れた反抗勢力――――『不死者の行軍』の噂は一度は聴いたことがあるだろう。彼らの行動によって万単位の死傷者が発生し、間接的ながら和平の一員となった、あの『反逆者』だ。


 彼らをそう呼ぶのは、彼らが敗北し、真実が秘匿されたからに過ぎない。私は知っている、あの勢力はこの状況を予測していたのだ――――――――手に余る武力を開発した特権者が、その力で我々を束縛することを」


 空いている手でシキロフは拳銃を取り出すと、群衆の視線はそれに集まり、各々の武器に散っていった。



「諸君、君らに私は問いたい。このまま、ここで朽ち果てたいか? 

 利用され、使い捨てられ、護るべきものは奪われている。これだけの仕打ちを受け、そのまま甘んじて死を受け入れたいか?」



 私は違う。シキロフの声が震える。



「私は彼等の遺志を継ぐ。立場に甘んじて引き延ばしたこの命は、その為に奪われた命のために捧げよう。それが私なりの贖罪であり、諸君へ渡せる唯一の価値である。

 私は……これ以上耐えられない。今の皇国が掲げる正義は歪んでいる。我々にとって、彼の宿敵よりも凶悪で狡猾な敵が、まさに背後から刃を振り下ろさんとしているのだ」



 気付けば、集団の外側が見えなくなっていた。



「諸君! 我々はかつての救世主に殺されようとしている! 我々を自由に導き、第三の種としての正当な権利を勝ち取り、平穏をもたらした彼等はもう存在していない!

 今や特権者を除いた全ての人種が彼等の歯牙に噛み砕かれんとしている! アニマリアやヒューマリアだけではない、彼等の仮面に惑わされた兵士、その家族、我々が護るために戦ってきた理由全てが無残に奪われんとしているのだ!」



 集団の顔つきは演説前の暗い影を消していた。

 敗残兵の面影など無い。強まる雨足に怯む事なく立つ彼等には――――多少の迷いはあれど、誰もが決意に満ちた眼差しをしている。



「……諸君。今消えんとしているその命の灯火を、どうか私に預けて欲しい。


 我々の命は、どう足掻こうとこの戦場から戻ることは出来ない。この事実を知ろうと知るまいと、上層部は私もろとも今回の作戦で磨り潰すつもりでいる。燻った我々という火種は、敵味方の両方から消されることだろう。


 我々は千名にも満たない敗残兵であるが、そんな我々にも戦いようがある。いつか揉み消される火種であれば、最期の煌めきを――――真実を知らぬ者達の為に灯す役目を果たそうではないか」



 シキロフは深く息を吸った。残った全てを叩きつけるかのように。




「私は戦う! 我々の為に散った先人の為に! 今を生きる友人の為に! 未だ産まれていない、何ら罪のない幼子の為に! 我々は道具でないと、奴等に思い知らせる!!」



 あらん限りの怒声だった。声帯が潰れるような、雨粒に赤さが混じるような凄味が放たれていた。



「おおおおおおおおおおっ!!」



 場の熱量と言うのだろうか、彼の怒号が着火点になったように声が上がり始める。


 腕を掲げたシキロフの声に続くように上げられた鬨の声に、先人の為に、友人の為に、幼子の為にと各々の叫びが続く。幾度も繰り返される言葉は次第に収束し、陣地の中で人の居るところは漏れなくそのスローガンが持ち上げられていた。



「――――――――今後も、現在の暗号周波数を利用する。以後全ての指示、説明をこの周波数において行うため、通信兵、及び各員による情報漏洩に十分留意するように」


 少し勢いが鎮まってきたのを見計らい、シキロフが元の声量で指示を出し始める。


「各員は後続部隊の到着まで待機、体力の消費を最小限にすること…………こちらの思惑に気付かれないよう、行動には気をつけるように」




 解散の一言で、集合していた兵士達も天幕の下へと戻っていく。


 来るときの頼りなげな歩調でなく、互いに支え合う余裕を取り戻せた、希望を持った足取りだった。














「お前も雨宿りしとけ」



 そんな彼等を見送っていると、頭上から声をかけられた。

 振り返って見上げようとしたときには、その人物は飛び降りていた。



「どうだったよ、即興だったけど」


 無線機の一式を背負った「シキロフ」は、左腕で僕の肩を抱いてくる。

 元の顔があるからまだ実直さが残っているが、にやけた口と深みを増した瞳は見覚えがある。



「……大したものだよ、まったく」


 気の利いたことを言おうとしたが、良い言葉が思いつかなかった。



 彼は大した演出家だ。即興と言ったが、それで数百人を一つに纏めたのだから。



「よっしゃ、やっとお前から褒められた。頑張った甲斐があったなぁ、お前が褒めてくれたんだもんなぁ」


「うわわっ」


 褒められた、褒められたと小声で大喜びする「ガルシア」に引きずられ、彼のお立ち台となっていた装甲車に連れ込まれた。





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