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37 大緒戦 二

「……化け物ですか」


 独り言はいつものことであるが、今回ばかりは無意識に漏らしていた。

 眼球の表面、そして眼鏡に表示される幾層もの情報。周辺の生体/動体反応、位置情報追跡、MCEEDの使用容量、サーモグラフ。


 全て彼の行いを監視するためのものであったが、僅か三分程度で引き起こした世界の情景は、数値とそれに基づいた視覚情報からでも容易に想像がつき――――そしてきっとそれ以上の凄惨たるものになっているだろうと、私はそう確信していた。



 あの試験でのMCEEDは安全「とされた」出力で行ったが、それでも四割だ。先程の出力はそれを超えていて、アサナギカズマサが溶けた地面に埋まるのも当然と言える。



 それでも動いているのだ。人間なら融解どころか蒸発する温度に浸かり、それでも先駆物は使用者を認識し続けている。


 繰り返しになるが、彼は化け物だとしか思えなかった。


 死なないことに関してもそうだが、それ以上に――――――――躊躇がない。




 私は様々な恐怖で動けなくなっていた。


 恐怖と言うより、後悔というか――――悲観的な想像に対する反応とするべきか。




 私は、彼に余りある物を手渡してしまったのかもしれない。

 もし、もし彼が今まさに敵になったら。こちらに牙を剥いたりしたら。





「なっ……!?」



 そんな思いを断ち切らせたいように、視界いっぱいに広がる情報が同一の表示を示した。

 二、三度の瞬きの後、一つずつ確認していく。

 幼少の頃から事あるごとに悲観しては恐怖して、見事な臆病風だ。

 未成年ならまだしも、もう三十路に入って後半になるという男がこの調子では、なんとも恥ずかしい上にみっともない。私はそう自己批判をしながら目を走らせた。



「全接続途絶……中継装置が破損したのか?」


 言葉を漏らすが、硝子の向こうに見える研究員らは誰も耳を傾けなかった。


 何が起きたか、アサナギを示す情報は全て届かなくなった。突貫工事で付けた品々で、あんな乱暴に使えば壊れる可能性も――――と、そこまで考えはしたのだが。







「うわああったああ!!」


 突然足下が揺らいだかと思ったときには――――私は天井を仰ぎ、背中を強かに打ち付けていた。



 その時、まさに衝撃で接続されたかのように一つの可能性が浮かんだ。


 もしや。いや、間違いない。




 これは衝撃波だ・・・・・・・






 太陽の眩しい空を見上げていた。


 こうして何十分経ったのか、それすら考えるのが億劫だった。








 これまでのことを纏めれば、何が起きたかを推察することは出来る。



 まず、僕は「吹き飛ばされた」。何にと言えば、背中にあった先駆物に、となるだろう。


 僕が切望していたように、砲弾が直撃したのだろう。引火性があるとか爆発したら甚大な被害が出るとか、そういう警告は全く受けなかった。が、それ以外に原因となる物体が見当たらない以上、これを前提に考えねばなるまい。



 五感が消えたのは、本来は体験し得ない感覚――――千度を超える土の中に浸かることも本来叶うはずが無いのは置いておくとして――――だからに違いない。

 或いは、感覚の許容し得ないほどの痛みや光を僕は感じていたのだろうか。



 どっちにしろ、忘れた今では分かりようが無い。

 死ぬほどの痛みも忘れた瞬間に思い出せなくなる。便利なんだか不便なんだか。






 そう言えば、綺麗な景色も見た気がする。

 なんとも確実性の無い言い方だが、実際に見たのかどうかの記憶があやふやだ。誰が地平線の丸さを視認できる高さに打ち上げられると予想できる? 幻覚か現実かの判別などとうに投げ捨てている。僕は異常だ。何が正しいかなんて考えられたもんじゃない。



 しかし、本当に素晴らしい景色だった。叶うならもう一度見てみたい。


 遮るものが何も無い大空は群青色に影を増していき、地上を覆っていた雲は綺麗な円状に吹き飛ばされ、回転している視界でも十分なほどに地形の詳細を眺めることが出来た。



 何より荘厳だったのは、その中央にそびえるキノコ雲だ。

 確か高温の爆縮さえあれば通常の爆発でも発生したのだったか、僕の居た高度よりも遙か高くまで成長し、距離感が麻痺するほどの幹の太さに自らの矮小さを思い知らされた。






 その雲はまだ見えている。形は崩れてきているが、それでもその巨大さは視界の端に捉えている。彼の存在が僕の仮説の何よりの根拠であり、先駆物がほぼ跡形も無く消失している理由にもなる。



 ほぼ、と言うのは、握りしめていたグリップ部分だけは辛うじて所持しているからだ。

 ここだけになっているにも関わらず、未だひんやりとした冷気が残っている。燦々と降る日光に身体が暖められても、そこだけは涼やかなまま。冷蔵庫の中に手を突っ込んでいるような気分だ。







 しかし、僕はなんと馬鹿で短絡的な愚行をしていたのだろうか。


 やっつけにも程度があるし、暴れるにもやり方があるだろう。身に余る道具で遊んで怪我をして、そんな責任能力の欠けた子供のような過程で僕はここに寝そべっているのだ。


 もっと遊びようはあった。出力を抑えれば反動も制御でき、人間ひとりを炙り焼きにすることも出来ただろう。目の前でその人の仲間を灰にすることも、車両の中で怯えた集団をローストすることも、もっと自由に上空を飛び回ることも出来たはずなのだ。



 それをたったの数分、満足に遊ぶことすら出来ずにこの様だ。僕はとんでもない馬鹿だ。これではその場その場でふざけて楽しんでいるようなあいつと何ら変わりない…………。



「……………………ん?」


 何か聞こえた。環境音ではない、声か?


 上体を起こして、何か残ってないかと自らの身体をなで回す。

 上半身はさっきの爆発で吹き飛んだのか、何一つ身につけていない。全く理由が分からないが――――ダメージはあれど形を留めているズボンにも、三つに割れかけた携帯とイヤホンのコード部分ぐらいしか残って――――いや、何故かこれも残っている。



「どういう理屈が働いてるんだ? もう考えたくない……」



 頭を働かせるのが嫌になりながら、短剣を鞘から抜く。


 音のした方からは四騎の騎兵がやって来ていた。三騎は二人乗りで、先導する一騎は一人だ。服装と顔から皇国兵だと分かる――――こんな所にそれ以外が居る訳がない。



「止まれ」


 集団が僕の数メートルまで来たとき、先頭の男が指示を出した。


「このまま待機、何かが遠くで動いた」


 下士官で合っているのだろうか、その男は龍馬から下りてこちらにやって来る。


 どうしたものかと僕は迷った。

 姿が見えていなければ殺すことは容易い。しかし、得物は短剣、奪えてもボルトアクションの小銃が限度で、馬に乗ってる残りもやるのを考えれば面倒この上ない。



 悩んでいる間に、下士官は僕の手前までやって来ていた。触れ合わないよう身を引くが――――その前に彼は止まった。





 それだけじゃない。目も合った。







「らしくもなくはっちゃけたな。俺も『アレ』やってみたかったんだけどな~」



 ――――その上、声を潜めて、間違いなく僕に向かって話しかけてきた。




「うおっ! ちょい待ち、待てっておい!」


 生かしておいたら不味い。そう判断したときには彼を押し倒していた。

 うつ伏せに、顔を押さえて、刃を首に押しつける。


 姿が見えている。あいつ以外にもそういう例外は居るのか。


「待て待て待て! 俺だって! ひとまず話をごばっ――――」


 どうせ声は聞こえまい。尋問が出来ない以上殺しておくのが無難だ。


 もう工夫を凝らすのにも疲れた。声帯を潰して、頸動脈を切って、首の骨を刃先で外すだけだ。









 ――――――――何でこんなことをしているんだろう。




 男の生暖かい血糊をこねくり回しながら、虚無感に近いものを感じる。


 彼は僕を知っているようだった。それが殺した理由だが――――それだけだ。


 何の面白みも無い。ただ僕の存在やら能力やらを知ってるように振る舞っただけで殺された、それの何処にドラマがある? なんとも幼稚な理由付けで、しかしそれによって殺されているのだ。実に馬鹿らしい。


「伍長! …………大丈夫ですか、伍長!」


 背後から声が聞こえるが、もう何もかもがつまらなく思えてきた。

 どうせ殺すんだ。それを楽しめなければ単なる作業で、更に得るものが何も無いときた。


 走り寄ってくるのは五人で、一人はゆっくりと歩いている。前者らが焦燥に溢れた表情であるのに対して、後者はどうにも状況を把握していないような――――と言うより、上官が死んだことを全く気にしていないような余裕がある。


 短剣を順手に持ち、そして逆手に持ち直す。

 そうだ、少し歩こう。こいつらを殺したら、雲の柱を眺めながら陽の光を浴びて、何も考えずに風を感じて一人を楽しもう。今はそれでいいや。



 何かしら目的が作れれば、微々たるものでもやる気というものは湧いてくる。

 それが消えない内に取り掛かろうと一歩踏み出した。五人組は直ぐ傍まで迫っている。







 その奥で、拳銃を構える兵士が見えた。



「…………は?」


 銃声は二発、その兵士に最も近い男の服に穴が開く過程を見た。

 発砲音に対してか、仲間が撃たれたことに対してか、他四人の脚が一斉に止まる。




「あらら、誰が撃ったんだ?」


 得物を構えたまま、白々しいほどにとぼけた声で兵士が喋る。


「なっ、お前、何をやっている!」


 一人が小銃を構えようとするが、その前に三つの銃声。

 男の後頭部に花が咲いて、ピンク色の濡れた花びらが僅かに飛び散る。


「ひっ」


「そこでストップだ、スウィス、ベンリー、ミトナット。動いたら先に撃たれるのは分かっただろぉ?」


 他三人を銃口で指して牽制しつつ、仲間を撃った男は一歩一歩近づいてくる。



 突然のことで頭が回らないのはもう言ったが、これで決まった。

 今はもうこれ以上何も考えないぞ。考えられたものじゃないし、必要性も更々無い。



「な、何でだ、コワード……」


 スウィスと呼ばれた男が震えた声色で尋ねる。一歩近づかれる度に一歩下がってきて、ついに僕と伍長の死体のある一線を踏み越えた。


「コワード? 誰のこと言ってるんだ?」言われた本人はそう返してきた。


「俺にはちゃあんとした名前がある。その名前で四年……いや五年は生きてきたんだ。そっちで読んでほしいんだよなぁ……?」


 三人が通り過ぎ、コワードが眼前へと確実に距離を詰めてくる。


「一体、どうなってるんだ……お前可笑しいんじゃ……」


 両手を挙げてるミトナットが絞り出すように問う。


「いやいや、『こいつ』は可笑しくねぇんだ。『俺が』可笑しいのさ」


「な、なぁ待ってくれ。一回話し合おう、な?」


「何で雑談する必要があるんだかなぁ? 知りたくないのか、俺ちゃんの名前さ?」


 彼の進行方向から脇に逸れるが、その二歩手前で立ち止まった。

 少しの沈黙。柔らかな春の日差しは誰もを暖かく照らしている。






「さっきまでのあいつは、『ガルシア』だった。今は違うけどな」


 コワードでは無く、ベンリーが口を開いた。先程の震えた調子は影を潜め、まるで人格そのものが入れ替わったような陽気さで満ちている。


 間髪入れずに、コワードの表情が愉悦から困惑に変わった。拳銃を仲間に突きつけているのを目の当たりにし、明らかに狼狽した目付きになっている。




 待て、ガルシア?



「……僕は何を……」


「何って、仲間を殺したんじゃねぇか――――こんな感じに」


 違う種類の発砲音。

 構える動作に疑問を持たせる前に、その男はコワードの首筋を撃ち抜いた。


 その行動に、残りの二人も困惑を示す。

 確かに仲間を撃ったが、だからといって殺しては――――――――そう言いたげな、複雑さ極まる顔。


「何見てんだよ」


 それに気付いたベンリーは笑いかけた。さっきまで殺されそうになっていたとは思えないほど、彼の表情は楽しげだ。



 動かない頭が働きたがる。が、原因と過程、その先にある結論が全く結びつかない。

 恐らくは全てのピースが揃っているはずなのだが、はめ合わせる手が痺れて動かないような、そんなもどかしさ。


「殺される前に殺す、あいつがどう思って同士討ちを図ったかなんてどうでもいいだろ? 聞いたところで…………まぁ…………なんだ……」


「ベンリー……?」


 彼は二人を代わる代わる見ている。何かを品定めするように、口をもごもごとさせながら。


「…………ダメだ、良い感じの文句が出てこない。とにかくだ」


 口を開いたかと思うと、二人に歩み寄り始めた。


「なっ、どうしたんだよお前まで……」


「どうしたもこうしたもねぇさ」ベンリーはまた笑う。


「俺はガルシアだ」


 その一瞬、視線を僕の方へ流してきた。


「なっ……!!」


 予備動作なんてものは無かった。

 小銃を腰だめに構え、反応したときには、既にベンリーはスウィスの懐に潜り込んでいた。取り付けられた銃剣が腹を貫通し、捻られ、身体を分断するように滑り始める。

 その回転の勢いをそのままに銃床が顎を下から捉えたかと思うと、仰け反った身体へ無造作に弾丸を叩き込んだ。


 ぼす、というくぐもった音がスウィスの胴から聞こえてきたのを認識した時には、ミトナットの方へ矛先が向かっていた。



 数秒の猶予があったため、彼は幾らか抵抗を見せることが出来た。スウィスと違い、手には小銃が握られて、不完全ながらも戦闘の準備は出来ている。

 丸腰に近い状態よりかは善戦出来るようには思えたが――――そんなことも無かった。



「うわあっ!」


 ベンリーに突き出されたそれだが、身体を捉えることも、突進を逸らすことも出来なかった。結論から言ってしまえば、ミトナットは完全に組み伏せられてしまった。


「ちくしょう! 何するんだ! 離せ!」


「まぁまぁ落ち着けって、すぐに死にゃせんから」


 持っていた小銃は傍に捨て置かれ、ミトナットのものを手にしている。




 反撃してきたのを見てか、ベンリーは小銃を投げつけてきた。突飛な行動に怯んだ隙を突いて間合いの内側に入ると、「無理矢理に取り外していた」銃剣を太腿に突き刺し、痛みで力が緩んだのを見計らって、彼の得物を奪い取ったのだ。


「取り敢えずだな、目的があるんだ。だからやらねぇといかんことがあってな……」


「それは何だ、何が目的なんだ!」


 うつ伏せにされ、両手も拘束されて、よくもまぁここまで抵抗が出来るものだと妙に感心する。

 ふと昨日の狐女と組み合った一幕を思い出すが、あの男の位置から見たらこんなものだったのだろうか。



「がっつくなって、暴れるとお仕置きだからなー」


 こんな風に、という軽い言葉と、関節の外れる奇妙な音。それを潰すような絶叫とが流れるように聞こえてくる。


「ぐうううあああっ! クソっ、ベンリー……このクソ野郎がああっ!!」


「はいはい、痛いの痛いの食い込めーっと……これで上は良し。ぬっ、くっそ取りづれぇ……」


 もう片方の肘も外し、ぶらぶらとさせて動かないのを確かめた後、ベンリーは身体を捻った。


 長丁場になりそうなので座り込む。時たま吹く風が程よく冷たくて心地よい。


「……おっしゃ取れた! 流れでとりゃあ!」


「ぎゃあああああっ!!」


 突き刺さっていた銃剣を抜くと、無事だった右脚の太腿をざっくざっくと雑に切り裂き始める。声帯を潰すつもりの大声量は両脚が動かなくなっても暫く止まらなかった。



「……ふぅ、疲れた。お前も疲れたろ腐れ大豆」


「はぁっ、クソ、止めてくれ、もう止めてくれ…………」


 侮辱は切望に取って代わり、叫びはすすり泣きに変わっていた。


「もう抵抗しないか? 出来るとも思えんがさ」

 

「しない、しないよ! ああ、どうして、ああ……」


「おし、良い子だな」


 ベンリーが立ち上がると、ごろりと仰向けにした。

 ミトナットの顔は涙や涎や、それで張り付いた土やらでぐちゃぐちゃだった。こうはなりたくないと我が身を振り返らせてくれるような、みっともない姿だった。



「さて、と……なぁ、おい。いつまで見てるんだよ」


 ベンリーがこっちを見て喋っている。


「おい……おーい、寝ぼけてんのかー?」


 こっちに向けて手を振っている。

 多分どうにかするべきなのだろうが、かったるくて動けたものじゃない。


 ここのところ、十分に休める時間が全くないように思える。

 歩いて、殺して、歩いて、殺して、走って、殺して、歩いて、殺して、殺して。



 僕がひとりで、出来ることが限られるように、どうせ見えているあの男も出来ることなどたかが知れている。


「…………手が掛かるなぁ」


 ベンリーはそう言って視線をミトナットに戻した。


 そういやさっきからガルシアガルシアと言っている。

 あの男は、やれ僕の世話をするわ、僕の手助けをするわと言っておきながら、ついさっき飛び降り自殺するまでの間に何をしただろうか。たった二、三日程度でどれだけ振り回されて、どれだけ迷惑な状況に巻き込まれたか。




 しかし、こうも自堕落で無常感に包まれていると、それすらも悪くなかったと思えてしまう。あの男のように全てを楽しむ元気と余力があれば、どれだけ生きやすいことか――――と、追い剥ぎじみた行為を始めた二人を眺めながら思う。








 こういう状態になったらゆっくり休養を取りたいが、太陽はまだ西に転がり始めたばかりだ。

 せめて今だけは――――そう思って地面の野草が揺れる様を眺めていた。



「うっ」


 ばさりと何かが僕を覆い、視界が塞がれる。


「クソ、何だ」


「クソも何もあるかっつうんだ」


 被さったものを取ると、目の前にベンリーが立っていた。


「ったく、いつまでほのぼの日向ぼっこなんてしてるんだ? 薄々こうなるだろうとは思ってたけどよ、こんな躁鬱激しくなるとは思ってなかったぞ……」


 彼は何様のつもりだろう。他人にお節介を焼く性格には見えなかったが。


「……何ですか、貴方」


「何ですかって、あー…………そういや説明してなかったし、思ってみりゃあこういう時ってよく肩代わりしてたっけなぁ……そういうことかあ」


 よく分からないことを口走る。面倒はごめんだ、殺してしまおうか。


「とにかく、セクシーな上半身を隠せ。まぁ、他人の服だが」


 そう言われてようやく気付く。ミトナットの軍服か、これ。

 ポケットの中にも何かしら入ってるのだろう、服にしては結構重かった。これを直に羽織るのは気後れするが――――確かに、裸のままでいるよりかは幾分文化的だ。見た目なんて気にしていられない。


「で、俺はガルシアだ。あのガルシア。数時間ぶり」


「ガルシア?」


 ボタンを閉める僕にベンリーは――――彼が言うに「ガルシア」は自己紹介をした。

 僕につきまとっていた男と同じ名前。「あの」と付けるからには、何かしらの関係はあるのだろう。


 当然だが、僕はこんな男を知らない。赤の他人に――――押しづけがましい人物だったとしても――――知人だと言われて、はいそうですかと信じられるはずが無い。



「……………………」



 少しの沈黙、ベンリー(あるいはガルシア)はもどかしそうな顔をしている。



「…………いい加減シャキッとしやがれ小学生殺人犯がああ!!」


 ホルスターから拳銃を抜いたかと思うと、僕の顔に向かってマガジン全ての弾を撃ち出した。骨が砕ける感覚や、頭の中がゼリーのようにぐにゃぐにゃする感覚、右目に弾が当たって一瞬視界が消えたりする感覚を味わう。

 おまけで激痛。溶岩風呂に浸かったほどでは無いが、痛みが集中するのでもやもやした。



「いっつつ……急に何ですか!」



 しかし、唐突に撃たれればこんな状態でも怒りは湧いてくる。

 恐らくはこの男の思惑通り、僕は元気になっていた。


「そうそう、こうなった方がお前らしいよ、カズ」


 とベンリー・ガルシアは笑って言う。咄嗟に向けた短剣を眼前に抑えながら。


「ただ、今殺されると余計面倒になっちまうからな。仕返しはその時になってから、何十回だろうと殺されてやんよ。俺が分からないならまた最初から、自己紹介と、ちゃんと説明も加えてな」


 腹が立ったが、別に不快では無かった。

 理由なぞ知らない。ただ、このやりとりに何処か懐かしさを感じていた。


「…………もう、何が何だか。どうにでもなってくれ」


「本音を出してくれたな、一歩前進だ」


 腕を放され、僕は短剣を収めた。


「アレだ、レーザーで焼かれたり、空を反動で飛び回ったり、爆心地から数キロ吹き飛ばされて生きてる人類なんてお前だけだろうし。本来体験できねぇことやったんだから頭が回らなくて当然だろ?」


 手をくいくいとし、僕を誘う。行く先はミトナットだ。


「何であれ、先ずは楽しいことを思い出してからだ。だろミトナット?」


「……さっきから、何を言ってるんだ……?」


 呼吸の荒い彼の上半身は下着姿で、装備を隣に並べられている。肘から先が幼稚園児の絵のようにあらぬ方向に向き、脚はどちらも太腿の中間から先を消失させていた。


「まぁそれは置いといて、色々聞いておきたくてさ」


 自称ガルシアは傍にしゃがみ、装備の中から一つを手に取った。


「お前さ、母さんと姉さんだっけか? 故郷で待ってるんだよな。徴兵が無けりゃもう姉さんの方は相手の方に嫁いでって、戦争が無ければって話は何度か聞いた記憶があるんだが」


「それが……なんだ?」


「いや、お前が死んだってことは誰に伝えりゃ良いのかなって。多分誰も伝えに行けないとは思うけどさ?」


「…………!!」


 瞬間、ミトナットの表情が恐怖に強ばった。ガルシアが持っている物が何かを認識したのだろう。


「まぁ、それはどうでもいいんだけど。これの起爆時間って何秒だったっけ? ほら、遠投出来るように細工して、その分導火線を長くしたっつってただろ……」


 手にしているのは多分手榴弾だ。形はダイナマイトに近いが、応急的に付けられた木製の柄と、それに添うように巻かれている導火線が見える。


「おい、止め、止めてくれ……頼む! 止めてくれぇ!!」


「おっ、見事なフリだな? 分かってるじゃねぇの」


 導火線を伸ばし、銃剣で腹を縦に掻っ捌く。


「どっちが良い? 腹の中か、自分のムスコの上か」


「やだ、嫌だ! 止めろ!! 殺さないでくれ!!」


「不発になることを祈れば良いじゃねぇか。腹の中なら血で湿って生き残れる可能性もあるし……よし、じゃあぶちこんでやるぜ!」


 悲痛な懇願を無視し、すっと慣れた手つきで手榴弾を詰めた。

 導火線は身体の上の方に伸ばし、先端は首の根元手前でくねっている。



「何で! どうしてこんな! お願いだ! 何でもする! 助けてくれ!!」


「ん? 今何でもするって言ったよね?」


 ガルシアが愉快そうにニタニタ笑うと、導火線を肌と銃口で挟んだ。


「じゃあさ、助けが来るか賭けてみようぜ。爆発する十数秒の間に助けが来て生き残るか、来ずにしめやかに爆散するか。互いの命を賭けた賭けさ」


 詰まるところ、何をしようと殺すのに変わりは無いと言うことだ。


 少し感情に揺らぎがあった。同情する気持ちはあれど、今まさにこの残虐な男が抱いているものと相違ない物だろう。




 結局の所、僕も大衆の一部だ。


 ガルシアの人差し指が引かれる。



「ぐっ!! んああっ! そんな、嫌だ、嫌だ!!」


 導火線に火が付き、悪戯をした子供のようにはしゃいでガルシアが離れる。

 鎖骨を撃たれてもなお悲壮な叫びは勢いを増し、動かせもしない四肢を藻掻かせて逃げようと試みていた。


「まだっ、まだ死にたくない! 助けて! 誰か!! 死にたくない、死にたくない!!」 


 十数メートル離れた場所で、ガルシアは伏せた。その目は子供のように輝いており、蟻の巣に水を入れたときのような、バッタの脚をもいだときのような純粋さで溢れているように見える。


 死への刻限が目や耳で認識できて、十数秒という時間はそれを理解するのに十分すぎた。




「まだ死にたくない、嫌だ! 誰か、母さん! 姉ちゃん!! 嫌だ、こんな終わっ」







 一瞬の旋風、爆発音。


 土くれの代わりに肉片がぱらぱらと吹き上がり、上半身がぱっくりと中身を露出させているのが直ぐに見えてきた。





 手榴弾の破片が何個が僕にも飛んでくる。腕や脇腹を割かれる痛みが来るが、自分で切り開いた傷よりも痛くなかった。





 楽しいかと言われれば、まぁ、楽しい方だとは思う。


 効果覿面と言うわけでも無かったが、多少はポジティブに考えられるようになったのかもしれない。普段見られない光景はやっぱりワクワクするものだ。





「……だいぶ常識がぶっ飛んだっぽいな。カズ」


 ガルシアが土を払いながらやってくる。その顔には何かしらマイナスな感情を感じられなかった。


「…………結局、貴方は誰なんですか」


「こいつはこいつで、俺は俺だ。説明してやるから来い!」


 この喋りも、比較的聞き覚えがある。

 常識なんてもう投げ捨てておいた方がやりやすいかもしれない。

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