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21 第三の男


 時が止まるなんて比喩じゃ効かないほどに音が消えた――――気がした。


「…………あぁ、そうだった。自己紹介すらまだだったな?」


 僕の存在どころか名前まで看破した騎士が両腕を広げる。


「ガルシアだ。ガルシア・ギナサー。これで赤の他人じゃない、だろ?」


 努めて明るくひょうきんに言うものの、それで打ち解けられるほどに僕たちは人慣れしていないし、それ以前の問題でもある。

 僕が見えている。その事実だけで警戒はいくらしても足りなくなった。

 ほぼ無意識に近く手が拳銃へと伸びる。最悪……殺せば片はつく。


「ぬぅ……手厳しいな。まぁ、間違っちゃいないさ。他人はそうそう信用しない方が良い」


 騎士――――ガルシアが手でピストルを作り、被っている兜越しに自らのこめかみを狙う。その下でどんな表情をしているかは判別できないが、きっと愉快そうに笑っていることだろう。


「俺が信用ならないって思ったときは、迷わず撃ってくれていい。あんたらと少しだけ話が出来るんなら喜んで命ぐらいは差し出すさ」


 僕の手の動きもしっかり分かるようだ。分かってもなおこいつは姿勢を崩さない。

 自分が殺されても構わない、と体現するように変に肝が据わっている様子だった。


「口約束だが、何があろうと絶対に手を出さない。殺されかけても、嬲られかけてもな。だから話だけは聞いて欲しい。あんたにも利がある話だ」


 僕は迷った。信じるべきかというより、殺すか生かすか、と言う点で。僕だけがギフテッドではないことはもう知っていた。


 喜ばしくは無いが……目の前の男が、初めて会話をする「同郷の者」であるかもしれないこと。その人物が僕を見ることが出来ること。アクションをイリアではなく、僕そのものと関係を取ろうとしていること。



 判断要素が多すぎて、数秒で片を付けるのは無理な話だった。




「っ、カズ……?」



 イリアの肩に手を置いて前に出る。と同時に銃口を眉間に向けた。

 それでもガルシアは笑ったままだ。笑って待っている。


「………………」


 どちらにせよ、ここでは人目につきすぎる。騒ぎを起こせばもっと面倒になる。


 信用するかは置いておくとして、変に拒絶すればそれ以上に面倒になる。





 こいつ、分かっててそう言っているのか?



「……ありがとさん。あんたの信頼は絶ッ対に裏切らないこと、約束すんよ」


 ホルスターに押し込んだ僕を見て、ガルシアは変わらぬ顔で手を差し出した。


「ここで話すのも疲れるだろ? 良い店を知ってる」


 不本意だが、僕はその手を握るほか無かった。















 道中、僕の左手はイリアの両手に拘束されていた。周囲が不思議な視線をよこすのも構わず、そのうちぶら下がってくるんじゃと思わんばかりに力がこもっている。


 彼女の警戒も不安も当然のものだ。僕のもう片方の手も拳銃のグリップに触れっぱなし。安全装置など向けた時点から解除したままで、いつ裏を見せるのかという僕の不安の表れでもあった。


「さ、ここだ」


 そんな僕らに背中を向け、自信たっぷりの顔で問題の男は看板を指さした。木製の少しだけ凝った下げ看板、酒樽の上に彫られた果物は林檎だろうか。

 小川でのあの果実を思い出す。レストランというよりは酒場の類のような気がした。


 ずかずかと入るガルシアの後に続くと、外とは違う騒がしさが出迎えてくる。見える限りでテーブルは七割以上塞がっており、料理や果実やアルコールや他人の匂いが雑多に混じり合った空気はより濃くなる一方だった。予想は当たったらしい。


「おーい、おやっさーん。元気にしてたかー?」


 ガルシアは人混みを縫うように奥へ進み、ここの主人らしい大柄な男に話しかけた。


「元気にしてたかって? 俺が元気じゃない時なんて冬の朝ぐらいのもんさ!」


 その外見――――間違えようも無く熊だ――――のせいで生命の危機すら覚えそうなものだが、性格は凶暴さなど欠片も無い、随分と陽気な人物のようだった。


「……七面倒くせぇなぁ。おやっさん、レノの子供は元気にしてるか?」


 求めていた反応ではなかったらしく、ガルシアは話し口を変えた。


「あの坊主のことか? そりゃまぁ元気そのものだが……なんでだ?」


「なんでって、鈍いなぁ。俺は半分・・あいつのパパだぜ? 分からないか?」


「……もうちょい笑える冗談にしてくれ」


 周囲の雰囲気を崩さぬよう、しかしそれでも十分なほどに威圧がかけられてきた。


「冗談じゃ無い。あいつに父親は二人いるだろ? 肉体的な親と……精神的な親と」ガルシアが自分の頭を指さす。「これ言ったのレノとおやっさんだけだと思うんだが」


「…………信じらんねぇ。何年前の話だ?」


 店主は言葉の通りの表情だった。不信感では無く、まさに信じられないような状況に身を置かれたように傍らからは見える。


「まぁ……三年ぶり……四年か? いや三年だな。まだ三年だぞ?」


「……マジか、おいマジかよ! ガルシアなんかよ!」


 カウンター越しに抱きしめようと店主が腕を伸ばすが、ガルシアはさっと身を引いた。


「ああ……再会のハグは嬉しいが、おやっさんのはちと強すぎるんだよなぁ。代わりに林檎酒とジュース、肴に菓子を適量、あとあの時の部屋借りても良いか?」


「ああ……構わんとも! 直ぐに用意するからな!」


「後で取りに来るよ。今日は俺にも相手がいるもんでな」


 互いに意気揚々と別れ、僕らの元に戻ってくる。














「ここで待ってな。料理を取ってくる」


 建物脇の階段を上り、四つほどの扉の一つに僕らを招き入れると、騎士は下へと戻っていった。下からの騒ぎはまだ聞こえるものの、小声で話が出来るぐらいにはなった。


 案内された部屋は客室なのだろうか。四人用のテーブルに椅子、簡素なベッド。それらがランプの灯りと窓からの光で照らし出されている。空気の通りを我慢すればそれほど悪くない部屋だ。宿屋でも一緒に経営してるのだろうか。



「……ねぇ、聞いても良い?」


 座りながら静かに部屋を物色していると、イリアから不安げに声が掛かる。


「カズ、あの人知ってるの?」


 その疑問はもっともだろう。知らない人に流されるまま着いてきて、何かも分からないままに部屋に通され、こうして待たされる。不安にならない方が可笑しい。


 ポケットからメモ帳を取り出す。僕がある程度腰を据えられているのは凶器のお陰だ。いざというときの選択肢があるからこそ余裕が出来ている。


『知らない』と書くと、彼女の不安に疑問が混ざったようだった。


「……そう、知らないんだ。あの人、カズのこと知ってるみたいだったから。知り合いなのかなって思ったんだけど」


 会話をどうつなげようかと迷う沈黙を交えながら、料理を持ってくるであろう問題の人物を待つ。


「そういえば、カズっていつここに来たの?」


 こうやって尋ねてくるとき、相手の目を見れないことの欠点がよく分かる。彼女が見るのは僕のメモ帳であり、僕そのものでは無い。そこに少しだが不満を覚えた。


『五日前』


 日付を、これまでにやってきたことを思い返しながら――――――――なぜ不満を覚えてしまったのかと心の内を曇らせる。どうして不満なのだろう? 関わることなんか自分から避けていたというのに。

 彼女が僕を見れないからなのか。単に目を合わせて問いかけてくれないからなのか。




 止めだ。考えても無駄だ。答えなんて分からない方が僕のためだ。


「……それって、私を助けた日?」


 指折り数えていたイリアがもう一度尋ねてくる。その事実に何かしら思うことがあったのだろうか、表情からはもう読み取ることの出来ない複雑さとなっている。




「おーい、開けてくれー……」


 答えようと思ったが、ガルシアの声に遮られた。

 ペンを置き、逆の手を拳銃に掛けながら空けてやると、片手は二本の瓶と三つの金属製のコップで、もう片手は料理の乗ったトレーで塞がった男が危なげに入ってきた。少し大げさに僕を避けると、両手の物を手際よく机の上に配膳していく。イリアが少し彼から逃げた。


「えいしゃっと」


 演技掛かった妙な掛け声と共に席に着くと、早速栓を開けて液体を注ぎ始める。


 自分のと僕のコップに赤みがある琥珀色の液体が注がれ、別の瓶の液体はイリアのものに注がれた。ほんの少しだが、液体から芳醇な果物類の匂いが広がってくる。


「っはあぁ! やっと脱げる!」


 そう言って勢いよく兜を外す。ようやく素顔を拝見することが叶うらしい。




 二十代後半だろうか。少し無精髭の生えたその顔は、どことなくだらしなく、だが瞳は優しげに見えた。聞こえていた声とおどけた性格に見合った顔だった。彼にはアニマリアの特徴というものが全くない。ヒューマリアか、それとも人間そのものか。


「よし、まずは乾杯といくか。問題は……どう祝うかだ。俺とあんたらが会ったこと? 昨日の勝利に? それとも……そうだな、これでいこう」


 彼がそう言って自分の分のコップを持った。イリアも僕もおずおずと自分の分を取る。そういえば、僕のコップとイリアのコップの中身が違う。どことない不安が過ぎった。



「カズがこの世界に…………やってきたことに!」



 途中で突っかかったことを無視するようにコップを持ち上げ、ガルシアは一気に飲み干した。


 それに倣って僕も持ち上げ、中の液体を飲んでみる。まず感じるのは甘酸っぱさ。小川のそばで囓ったあの果実の味がより濃縮されたような風味だった。が、不安の要素と言うべきか、それ以外にも感じるものはあった。

 舌に刺さるような感覚と僅かな渋みというか、苦みというか。心当たりは大いにある。



「……っはあ! 昼間っから『呑める』って最高だぁ!」



 注いだ張本人から答えが得られたところで飲むのは止めにした。未成年にさりげなく酒を飲まそうとしないで欲しい。


「さて、遠慮せずに食ってくれ。ここの料理はこの辺でも十分に上の方を狙えるレベルだ……三年前に食ったときはな」


 そう言いながら皿をこちらに寄せてくる。何かの肉の串焼きと丸い揚げ物。揚げ物の傍にある小皿には粘度のある液体が反射している。串焼きはまだしも揚げ物の正体が分からないままだが、一つつまんで口に放り込んだ。揚げたてで熱いが、食えないほどじゃない。




「『子林檎揚げ』って言うんだ。さっきのおやっさんの一押し、クソ甘いだろ?」


 衣の中身の液体の予想外の熱さに悶えかける僕を一瞥しながらガルシアは説明する。確かに甘い。中身も包んでいる生地も甘いし、多分衣も砂糖で出来てる。妙に薄いし尖りの無い衣だと思った。


「熱いから気をつけな、お嬢ちゃん。甘いのが好きならその糖蜜に付けても美味いぞ」


 僕に続いて食べようとしたイリアにそう注意するが、僕が食べる前に言って欲しかった。お陰で手を付けたくない酒を煽る羽目になったのだ。


 でもまぁ、確かに冷ませば美味しい。糖分補給するなら最適だろう。



「……で、だ」


 二杯目の酒を飲み切った騎士が口を開いた。僅かにだがもう酒臭さを感じる。


「お二人が気になってんのは、俺は誰ぞや、ってことだろう。先ずはそれだ」


 食べきった串を僕に向ける。その串でそのまま揚げ物を刺し、口に運んだ。行儀の悪い騎士である。


「むぐ……んで、端的に言っちまえばカズのサポート役だ。お前が何かするときに手を貸したり、迷ったときに地図を叩きつけてやる役割。まだ目覚めてそんなに時間経ってない身にしては嬉しいだろ?」


 気軽に言うのもあって、真意がまだ分からない。

 尋ねようとシャーペンに手を伸ばすが、ガルシアはそれを手で制止した。




「悪いがこの世界の文字は苦手なんだ。そろそろその口を使ってくれ」


「えっ!?」


 僕の代わりにイリアが驚きの声を出した。ペンを掴んだ左手が止まる。


 口を使え。声を出せ。僕の姿どころか声まで聞き取れるのか。


「……どういうこと、ですか」


 とても久しぶりの僕の声。どうする。僕が思っている以上に危険かも知れない。何が目的だ。何がしたいんだ。こいつをどう捉えれば良い?



 僕の声が聞けて満足したのか、騎士がゆっくりと頷いた。


「どういうことだって、そういうことだよ。俺の耳はロバのそれか?」


「そうじゃ…………誤魔化さないでください」


 言葉が僅かに震える。会話は苦手では無いが、駆け引きのあるものは嫌いだ。


「誤魔化すなって言われてもな、カズ。あんただって筆談は面倒だろ? 支える相手が何かをして欲しいときに一々書いて伝えてたらキリがねぇ」


 どうやら僕の問いに答える気はさらさら無いらしい。相手もからかっていることを隠そうとはしていなかった。会話を楽しんでいる、そう好意的に捉えるべきだろうか。


「それとも、どうして手助けするのか不思議なのか? 見ず知らずの他人に、急に手を貸してやると言われるのがそんなに警戒することか? ……まぁそれは当然か」


 話題を変えられる。確かに不思議ではあったので構わないのだが、あの口をどこまで信じて良いものか。

 それを決めるためにも、今は聞き役に徹するべきだろう。


「うん、確かに怪しいよな……なんて言えば良いんだか…………面倒だな、信頼を勝ち取るのって。お前みたいな奴は一番面倒くさい」


 もう一杯酒を飲むと、彼は天井を見上げた。


「……簡潔に言うなら、お前に恩がある。心当たりは無いと思うが、俺にはすっげぇ借りがあるんだ。カズ、お前にな。だから俺はお前を助けたい。借りを返したいって訳だ。元から人助けして生きてきたようなもんだからな、毎朝の歯磨きみたいなもんなんだ。

 勿論、この話も信用しないで良い。俺が無条件にお前を信用しているだけで、裏切ろうと殺そうと恨みはしないさ。だが……何があろうと手助けはしてやるからな。お節介だろうと何だろうと」


「………………」


 正直、どうするべきか判断したくない。僕に借りがある? いつ、何処で?


 相手は騎士だとすると、昨日のことなのか? 思い当たるのはそこしか無い。それ以外に他人を助けるような真似はしていないし、恩を着せるような行動も思い当たらない。




 少し記憶を辿ると、ふと目に新しい人物が思い当たる。最後に殺したあの男。目の前の奴とは違うが、物腰はよく似ている。他人のそら似だろうが、重なるところが多くある気がする。


 だがあり得ない。死んだ男がここに居るか?


「……僕を何処で知りました?」


 そう尋ねるのが精一杯だった。せめて何処で僕を知ったか分かれば思い出せるかも知れない。相手が何者か。先だってそれが解消しない限り信頼など出来ようはずが無い。


「ずっと前だな。残念ながら言えない約束になってる。俺がこうなった原因とのな」


 そんな僕の意図も容易く躱される。こいつに信頼されようとする意思はあるのだろうか。


「そう難しい顔をすんなって。俺はお前のお助け役。それだけのことさ。

 今すぐに頼れる相棒になれないのは知ってるし、あんたが心を許してくれるまでは変に関わるつもりも無い。影から助けることにするよ」


 そう締めくくると、ようやく蚊帳の外になりかけたイリアが戻ってきた。


「……あの、えっと」


「ん? ああ、どうしたお嬢ちゃん」


 少し意外に思った。彼女が自分から知らない人に話しかけるようには思えなかったからだ。

 もっと引っ込み思案だろうという印象は間違っていたのだろうか。


「その………ガルシアさんって、ほんとにカズが見えてるんですか?」


「ああ、意外にいい男だぞ? お嬢ちゃんにぴったりなイケメンだ」


「へっ!?」


 一気にイリアの顔が赤みを増した。彼女が純情なのか、この男の言い方や仕草がそうさせるのか。


「……それほどでも無いと思いますが」


「いんや? ……結構いい顔だと思うんだけどな? あぐ……少なくとも俺はそう思う」


「……そうですか」


 こんな傷だらけの顔のどこがいい顔なんだか。子供を殺した男がいい顔である訳がない。


 どうせ知らないからこそ言えることだ。


「もっと自信持っても……いいと思うぞ?」


 しかし、手の止まらない男だ。せめて飲み込んでから話してくれ。


 彼は次々に口の中に料理を運びながら話している。結構な量だった料理も半分程度に減っていた。

 空いたコップに今度はジュースの方を注ぎ、もう少し食べておこうと手を伸ばした。このくどい甘さは嫌いじゃない。








 食事が進んでいく。ガルシアは途切れる様子も無く身の上話を語ってくれた。


 頻繁に何かをぼかして話すものの、彼も僕と同じ来訪者であったこと、能力は明かさないが色々と人助けをしてきたこと、それがとある目的に基づいたものだと話してくれた。


 彼自体、誰とでも打ち解けられる人物なのだろう。

 何かを共有すれば仲良くなれるものでもあるのか、僕も少しは警戒を解かされてしまっていたし、イリアに至っては興味ありげに話を聞いている始末だった。普通は彼女のようになるものなのだろうか。


「そうそう、カズ」


 ガルシアが僕の名を呼ぶ。


「何ですか」


「お嬢ちゃんのその髪飾り、お前が買ってやったんだろ? 粋なことしやがるよ」


「……どういう意味ですか」


「まぁ、調べりゃ分かるさ……。全く、こっちが胸焼け起こしそうな初々しさ、参っちゃうなこりゃ」


 愉快そうに笑うが、される側にとっては複雑な気分だ。ただでさえ距離感を掴みかねてる時にこう茶化されると堪ったものじゃないし――――――――出来るなら、大切なものにはしたくない。

 枷はもう沢山だ。


「…………どうも」


 だが、そんなことを口に出せるほどに非情にもなりきれない。僕自身の軟弱さすら否定できない――――何時の間にか出来なくなっていた。一体いつからだろう。


「なんだ、別に妬ましいって事じゃ無いさ。支える相手が幸せになってくれりゃあそれが一番の喜びってやつだし、あまり他人が口出しできることじゃないが……好奇心は抑えられないからな。お嬢ちゃんはカズのことどう思ってるんだ?」


「んぅっ!」


 飲んでいる最中にとんでもない問いかけをされたせいで気管に入ってしまったのだろう。暫く咽せる背中をさすってやる羽目になった。遠目でも分かるぐらいに赤面した顔がもう燃え出す寸前になっている。


「けほっ、けほっ……ふぅ」


「……済まねぇな。無粋って奴だ。言わずもがな、だろ?」


 そう言ってこちらに目を向けてくる。完全に僕をおちょくっている顔だ。弱みを全部見透かされているような優越の混ざった笑み。


「どうしてこっちを…………」


 言い返そうとしたが、止めた。もう心を荒立たせるのは止めだ。相手のペースに乗る必要は何も無い。一度考えるのを止めよう。そうしよう。


「さて、結構な時間を俺のために費やして貰っちまったな。俺から言うことはもう無いから出てってくれても構わないぜ。お代は俺が持つし」


 そんな僕の意思を察したのか、そう言ってお開きの空気を醸し出す。


「えっと、ガルシアさん。ご、ごちそうさまでした」


「良いってことさお嬢ちゃん。カズのこと宜しくな、あんたが一番傍にいてやれるんだから」


「…………はい」


 僕は兎も角、イリアの方は彼の誘導もあって距離感を決めてしまいそうだった。多分良いことなのだろうが、僕にとってはそうである保証は何も無い。


 もう今日は考え込みたくない。何にも思いを馳せたくない。ただ体と頭を休めていたい。













「そうだ。カズ、言い忘れてたが最後に一つ」


 もう考えることを止めにして出て行こうとした瞬間、トーンが変わった彼の言葉に意識を引き留められる。イリアは半分廊下に出た位置にいる。









「……暫くはイリアから離れるな。何があろうとだ」


 その言葉が彼女に聞こえたかは分からない。まるで僕だけに聞かせようとするように彼の声は酷く小さく、どこか重大そうに紡がれた。




「んじゃな。また近いうちに会うかもしれないから、そん時はよろしくなー」


 その後の言葉は、間違えようもなく「二人に向けた」言葉だった。

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