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01 目覚め、或いは黄泉返り

 夢を見るとき、自分は本当に存在しているのだろうか。

 一夜の夢ではなく、一日を跨いだ夢だと、何もなしにどう気付けるだろうか。

 それを証明するすべは、今の僕にはない。



 冬らしからぬ暖かい風。それが最初に感じたものだった。


 次に木々が風に揺れる音、そして光。ゆっくりと感覚が世界に溶け込んでいくようだった。

 まず目を開けたが、運悪く太陽光を直視してしまった。それならと体に力を入れてみるが、少しだけ手足が動く程度にしか力が入らない。何が起きたのか分からなかったが、死んではいないことは確かだ。


 それとも死後の世界だったりするのだろうか。僕の身体はとっくに無くなっていて、ここは黄泉とか。

 どちらであろうと、今はそれどころじゃないが。


 戻りつつある感覚から推察するに、どうやら森か林の中に仰向けに倒れているらしい。なぜこんなところにとは思うが、それを考えた所で何も好転しないだろう。まずはここがどこなのかを知らなくてはいけない。


 気になるのは、真冬だというのに暖かいということだ。今の季節でここまで気温が高い場所は沖縄とかそっちの方ぐらいしかないだろう。しかし、そんなところにこんな場所があるのだろうか。


 それ以前に、何故そんな場所に僕はいるのだろう。誘拐にしては大雑把すぎる。


 暫く頭を働かせながら手足をゆっくり動かしていると、だんだんと体が言うことを聞くようになってきた。気だるさが残る上半身をゆっくりと起こすと、眩しかった日差しからやっと目を逸らすことができた。まだ慣れない眼を瞬かせながら、次第に輪郭を得る世界を見渡した。



 そこは、絵画の中にあると比喩するにふさわしい、実に美しい林だった。緑が揺れ、濃く、淡く、言葉が足りぬ多彩な色に変化する。そこまで木が密集していないからか、薄くながら地面までしっかりと日光が届いていた。地面は腐葉土に芝生のような草が生い茂り、自然の絨毯のような柔らかい感触が両手に伝わってくる。


 こんな場所が世界にあったとは、と現状を忘れ呆然としてしまう。僕が生まれ育った町も中々に自然が残っている場所だったが、こんな自然林は見たことがなかった。自然のままにあるようなのだが、にもかかわらず誰かに手入れされたように整っている。


 ただただ調和し、美しさが踊る。短くまとめるとこうなるだろうか。



 少し見惚れた後、はっとする。呑気に自然観察してる場合ではない。

 とにかくだ、とにかく人がいる場所に行かなければ。ここが何処かを知るためにも。


 すぐそばに手ごろな木が生えていたのでそれに縋るようにして立ち上がる。視点が高くなったが、やはり人の手が加えられているものは見当たらない。となると、ここは人里離れた所なのだろうか。


 着ている制服に付いた草や葉を払い落とし、ゆっくりと当てもなく歩き始めた。そこまで広くない林だと良いのだが…………あぁ、クソ。



 持ち歩いていたはずのものが殆ど消えてしまっていたことに気付いたのは、その時になってだった。









 今の僕の状態は、不味いとしか言いようが無い。荷物は周囲を探しても見当たらなかったので、現在の所持品は身に着けていた腕時計とメモ帳、そしてシャーペンが二本だけとなる。携帯と生徒手帳はブレザーの内ポケットに入れていたはずなのだが、何故かどこにも無かった。唯一の防寒具であった作業用の手袋も外れていた。弁当も水も無くしてしまったから、何も対策しなければ二日と持たないだろう。もし周囲に人が居なければ、自然の中で生活していかなければならない。そんなの御免だ。


 少し前に、とある動画サイトで原始生活を再現していた人のそれを見たことがあるが、あんな芸当は僕には無理にも程があるし、今は人がいることを祈って歩くほかなかった。





 三十分程度は歩いただろうか。運が良かったのか、すぐに林の外に出ることが出来た。

 しかし、外側は草原と少しの岩肌がこれでもかと広がっており、すぐそばに道らしいものが一本通っているだけで、それ以外は自然の摂理のままにそこにあった。舗装も何もされていない道だったが、少なくとも人が存在するということが分かって一安心した。平地に獣道は出来ない。


 そして、一つの可能性が頭に浮かんだ。


 やはりここは、僕のいた世界ではないこと。知らない世界であること。

 勿論ここが地球である可能性もある。僕が知っている世界など、知らない場所と比べれば家の中の部屋を見つめているようなものだ。情報として知っていたとしても、そんなのはあくまでイメージでしかない。


 だからこそ、こんな場所があれば有名にならないはずがない。知らないはずがない。

 これだけの環境がありながら、人類が手を出さないはずがないのだ。


 だとすれば、やっぱり別の世界だという可能性の方が高いだろう。例え地球だとしても人類がまだ拡大する前か、でなければ別の惑星のどこかと思った方が合理的だろう。


 僕は異世界転生でもしたのだろうか――いや、身体は自分自身のものだから、転移、というべきなのだろう。どちらだったとしても、僕は完全に孤独な存在になったことになる。

 広い世界でひとりぼっち。ある意味では望んでいたことだが、安全性が皆無なこの叶い方は望んでいない。

 それは後にして、ここが地球だろうと異世界だろうと黄泉の国だろうと、食わなきゃ死ぬし飲まなきゃ死ぬ。まずは街を、人を見つけるほかない。ここからは時間との戦いだ。早く街が見つかればいいのだが。


 そして最初の問題だ。どちらに向かおうか。


 少し悩んだ末、林から拾ってきた枝を使うことにした。道の上に立たせ、そっと指を放す。ふらりと右側に揺れ、吹いてきた風に押されて反対側に倒れた。

 左へ向かえ。そういうことだろう。道があるのならどちらにも街があるはずだろうし、たまにはこういうのも悪くはない。

 上を人やものが通ることで出来た、草が生えてないだけの道を一人で歩き始める。誰でもいいから道すがら出会うことを望みつつ、暖かい風に背中を押されて歩みを進めていった。





―――――――――――――――――――――――――――――――――――――






「……まだ、見えないか」

 とても久しぶりに声を出した。友人が多いとは決して言えない僕は、喋る時は大抵独り言だ。

 元々僕は人と関わることに興味を持ってなかった。極端に言ってしまえば、必要以上に人と関わる必要があるのかと考えている始末だ。必要な会話や応答はするが、それ以外は全くと言っていいほど口を開いた覚えがない。休み時間に机に突っ伏しているタイプの人間を更に悪化させたのが僕という存在と言えるかもしれない。


 違うのは、話せないのではなく話さないというところ。負け惜しみでもなんでもない。それだけは信じてもらいたい……誰にという話だが。


 結論として、何もない道を歩いているうちに内容を持たない独白が始まるのは仕方ないことではあるはずだ。誰も傍にいなければ、大体一人でぶつぶつと呟いていたりすることが殆どだ。流石に重症だろうと自分でも思ってはいるのだが、直す気はないし、直せる自信もない。


 道を辿り始めてそろそろ数時間になる。日はゆっくりとだが赤くなり始め、この調子だとそろそろ何も見えなくなりそうだった。そのことが僕をより焦らせる。そろそろ足が痛んでくる頃合いなのだが、未だに人工物どころか明かり一つ見えない。慌てるタイプではないはずのだが、どうするべきかと頭の中でどうしようもない押し問答が繰り返されてしまっている。そのせいなのか何なのか、腹も空いてきた。


「仕方ない、か。どこか安全そうなところでも探して……」


 野宿を決め、どこかいいところはないかと見渡した。景色は全くと言ってもいいほど変わってないように思える。どこまで広がっているのだろうか、この平原は。優に二、三キロは視界を取れるだけに、野晒しで眠れば肉食動物の格好の餌になるだろう――――そんな動物がいるのかは知らないが、備えあれば患いなしと昔から言われている。楽観視するよりはマシなはずだ。



 と、道から結構離れた平原の先、少し窪んでいるところがぼんやりと明るくなっているのを見つけた。暗くなりつつある中詳細を見ることは出来ないが、誰かいるかもしれない。足を道から外し、何かがある窪地へと向けた。誰かに会えることを祈って。


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