16 作戦会議 その二
「……この戦争から戦闘の概念が根底から覆されたことになります。火薬弩の導入の結果、これまでの情勢が一気に逆転し、事実として四年前の一時和平までに数万規模の犠牲が発生しました」
数十分にも関わらず、数時間分の歴史の授業を濃縮したような情報量の多さだった。
ナスタシアはこちらのペースというものを途中から忘れたように喋り続け、かき集めてきた数冊の資料は専ら彼女の講義を理解するために僕が利用する羽目になった。と言っても、参照できるのは僅かな挿絵や数字ぐらいで、手書きの文章から情報を得るのは日本人には無謀というものだった。
「この戦争で正式にルダウ皇国の存在が各国に認められ、限定的ながら国交も行われるようになりました。アニマリアとヒューマリアの中間、第三の種族としての権利も得て、これで一段落かと思いましたが……」
一通り喋ったからか、ナスタシアの喋りが緩やかになった。
「……そう言えば、皇国が使い始めた新兵器、ギフテッド達がいた世界のものにも似た道具があるらしいですね。銃器と言うのだとか」
彼女の問いに「はい」と囲む。もう五つ目の「はい」で、他四つは周囲をインクに包囲され使い物にならなくなっていた。
「アサナギ様がこのようなことをお聞きになるのも、それに対抗しなければならないから……本当に、何故啀み合う口実を喜々として作りあってはこうも馬鹿らしい争いを続けるのでしょう」ナスタシアが頬杖をつく。「違うのは見た目だけなのでしょうか?」
その問いには答えかねた。まだ知らないからというのもあるのだが、それ以上にどう答えるべきかの指標を持っていない。顔色を覗うわけでは無いが、変に答えて面倒を起こしたくない。
ただ言えるのは、同じ環境に居れば多少なりと似通ってくると言うことだろうか。
「…………答えにくい質問でしたね。長話でお疲れでしょうし、何か飲み物でも入れて一息入れましょうか」
沈黙に彼女が肩をすくめた。
「それに、何やらもう一人いらしたようだし」
その言葉に耳を澄ましてみると、確かに小さいが誰かの震えた声が聞こえてくる。
「…………さま………………すかー……?」
「クラム、こっちよ」
声が吸い込まれて十数秒、棚の暗がりからひょっこりと見たことのある顔が覗いてきた。
「そこにいましたか、お姉様」
「まったく、貴女はいつになれば暗闇に慣れるのかしら」
「とは言うけれど、やっぱり怖いですよぉ」
小走りで走り寄ってきたクラムは、脇に建っていた腰ほどの本の塔を盛大に崩してぶっ倒れた。
勢い余って一回転したために、踝まであるロングスカートですら色々と防げていない。
「……それで、何かあったの? 私に何かあってのことでしょう?」
「いってて、そうだけど……その前に、変わった人来てたりしない?」
「変わった人?」
「そう、姿が見えなくて、ちょっと優しい人」
そう聞いた瞬間、ナスタシアは愉快そうに笑った。
「ええ、来ました。そこに立っているはずですよ」
僕の立っている場所を指さしても、クラムはきょとんとしたままだった。
女性がいつまでも異性に見せられたものじゃない姿勢でいるのも居たたまれないのもあって、半ば強引に彼女の手を引いて立ち上がらせた。
「あ、有難うございます。アサナギ様」
どうやら見られたことにまで頭が回らなかったらしく、予想外のリアクションはされなかった。
「えっと、アストラリア様とミリアス様からお二人を呼ぶよう言われていたのをすっかり忘れていまして、お部屋から出た際にお声かけしようと思っていたのですが……」
「私も?」
「うん、なんか相談があるみたい」
相手によって口調が違うのが彼女らしい気の抜けたところといえるか。
しかし姓名が同じだったからそうだろうと思っていたのだが、身長差や発達具合から姉妹が逆転しているようにも見える。お揃いなのは瞳と髪の色ぐらいだ。
「分かった、連れてって」
「うん、アサナギ様も」
そう言って手を差し出される。何事かと思ったが、「繋げば付いてきているのが分かって安心するから」ということらしいのでお言葉に甘えることにした。
「お、お二人を連れて参りました」
温かく柔らかい体毛の心地良さを満喫しつつ、連れてこられたのは談話室だった。
扉の向こうに入ると、物々しい雰囲気の三人が出迎えてくれる。椅子に挟まれた机の上は紙の情報媒体が散乱し、何かしらの意味を持つ駒がその上に立っていた。
「ありがとうクラム。ここは大丈夫だからあの子の傍に居てあげてくれ」
アストラリアがそう言うと、姉に小さく手を振りながらクラムが扉を閉めていった。
「リア、私を連れ出したからには何かあるのでしょうね」
「そう怒らないで、後で埋め合わせはするから。取り敢えず掛けて」
雰囲気がどうあろうと彼の柔和な笑みは崩れない。冷静さと言うべきか温厚さと言うべきか迷う表情だ。
僕とナスタシアが空いている椅子に座ると、アストラリアからまた切り出した。
「主役も来たことだし、もう一度確認していこうか」
ミリアスとテレシアが協力して駒を左右に分けていく。駒の乗る紙はこの辺りの地図のようだった。
「偵察は欠けることなく帰還してくれて、その情報を合わせるとこうなる」
白と黒に分けられた駒をリズミカルに配置していく。
「敵総数は五百以上千五百未満、シナ村のある林を中心に陣地を構築中。周囲に数人程度の散兵が十数、これは僕らの侵攻を警戒してのものだろう」
一番大きな駒が斜線の上に置かれ、一番小さな駒がそれと街とを分断するように置かれる。
「こっちが用意できたのは百人程度の精鋭団員、これは少数の先行と多数の本隊に分割して僕とミリィとで指揮を執るよ」
「アサナギは先行……言ってしまえば『最先行』になる。道中は俺の隊と一緒だが、到着後はお前一人の判断に先駆けを委ねることになる。作戦内容はしっかり頭に叩き込んでくれ」
三つの駒が街を囲む壁の外に置かれる。
「人数比で言えば死にに行くようなものだけど、カズマサ君がそれをなんとかするわけだ」
アストラリアが軽く笑うが、続く陽気な者は居なかった。確かにその通りなのだが、この場で言われるとどうしようもない。頼る側も頼られる側も如何とも発言しづらい。
「……まぁ気張る必要はないかな。やるべき事は単純だよ」
ここからはミリアスの出番だといわんばかりに目配せすると、面倒そうな溜息の後に説明が始まった。
「目標は三つ、通信の切断、指揮官の殺害、内部の混乱だ」
地図の下からもう一枚の地図を取り出した。人工的な図形の配置からしてシナ村と周囲の林の部分だろう。縮尺は分からないが、あの村はそこそこの規模の村らしかった。
「今回の戦闘の大前提として、『この偵察隊との戦闘のみ』に絞る部分にある。後方に居るであろう本隊が合流すれば間違いなく潰される。こちらの行動が明るみに出る前に孤立させるのが第一段階だ。設置されているはずの電話線、それを切断する」
地図に幾つか直線が書かれているのに気がつく。おそらくはその電話線の予測だろう。
「これ自体はすぐ発覚しても構わない。それだけ最優先にやってもらいたいことだ」
「情報は戦争を制する武器である、ってね。目隠しされて鼻も覆われたらなんもできない」
「アストラリア、今は口を閉じてろ」
テレシアに睨まれながら彼は椅子に深く座り直した。
「次の段階、指揮官の殺害についてだが……この階級章の図しか判別の手段がない」
隅に置かれていた紙切れを中央に移動させる。見た限りでは地球のそれとデザインが違うだけのようだ。
「まず始末したいのは最高指揮官だ、次に副官、小隊長。それ以外でも殺せる機会があれば始末しておいてくれると助かるが、指揮系統を麻痺させるのが目的なのを忘れないで欲しい」
「末端だけの軍に柔軟な集団行動は不可能だ。戦闘時においても最も避けたい状況になる」
テレシアの補足にミリアスが頷きつつ、村の地図にもう一つ駒が動かされる。
「お前が侵入して十分経過したら先行隊も介入する。進入路はこの辺りからになるだろう、ここの見張りを始末すれば楽になるが……どちらにしろ可能な範囲で構わない」
「もしミリィ達がバレたり僕たちが見つかったりしたら、変に隠れる必要はないけどね」
「そうだな、もし騒がしくなったら内部の混乱を誘ってくれ。行きずりを殺すなり、火を放つなり、武器を奪うなり…………方法は任せる」
纏めると、電話線を切って、指揮官を無力化して、暴れ回れ踊れ舞えと言うことらしい。
目的が簡潔な分、素人でもやりようがありそうだった。
「…………ところで、私が居る意味ってあるのかしら?」
作戦説明が一段落したところで、ナスタシアが暇そうな声を上げた。
「勿論さ。ここからは不確定要素が大きいから作戦そのものには組み込めないし、君の知識が必要にもなる」
僕のアイデアなんだけどね、と前置いてアストラリアが語り出す。
「先輩の騎士から又聞きした、前の戦争の時の捕虜からの話なんだけど。皇国軍の食事は一度に全員に渡すんじゃなくて、時間ごとにそれぞれ割り当てられた部隊に配給が回るらしいんだ。これって信憑性ある?」
「そこまでは知らないけど……役割分担と考えれば妥当じゃないかしら」
「そこで、全員が取るであろう食事に毒でも混ぜられたらなぁって思ったんだ」
「それが出来れば苦労しないと言うところなんだが、アサナギ殿ならやれると煩くてな……ナスタシア殿、何かありませんかな?」
「毒、致死量が少なく、なるべく短時間で症状が出てくるもの……」
特に指定されたわけでもないのに、ぶつぶつと独り言で条件付けが始まっていた。
「…………可能性があるとするなら『一刻毒』ですかね」
「一刻毒、話では聞いたことがあるな」
ミリアスが毒の名前に反応した。
「服毒すれば十分と待たず眠りに誘い、一刻が立つ頃には死に絶える、と」
「僕もミリィと一緒で話だけなら知ってるけど、でも誰も知らない毒ってことでも有名じゃないか。製造法も、材料すらも噂話だけで数千種類はあるんじゃない?」
「ヒトの死体を三日煮詰め、一年間熟成させるなんて与太話なら私も聞いたことがあるぞ」
こういう噂話には尾鰭が付くものなのだろうが、火の無いところに煙が立たないのも事実のはずだ。そもそもテレシアの話はそれだけで十分衛生面からして脅威になりそうなものだが。
「信憑性は置いておくとして、製造法も材料も知っています」
そう言うナスタシアの目に少し光が差したような気がした。
「数日前に図書の整理をしていたときに見慣れない本を見つけまして、著者も題名も無いものなので不審に思って中身を見てみたんです。そしたら見たことのないような薬や毒、その類いの調合法や材料分布、更には毒性や致死量や効果的な服用方法まで事細かっく記載されててもう驚いた次第なんです!」
「そ、そうなんだ。でもそれは正しいのかい?」
「倉庫にある材料で作れるものを複数試作して服用した結果、どれも違わぬ結果が出たので問題ないかと!」
「作って、自分で飲んだのか……」
「こうしてピンピンしてるので問題ありません!!」
そう言い切ったときには、僕をまさぐっていたときの有頂天さを超えているようにも見えた。やはりオタクというものなのだろう。一緒くたにするのもお互いに失礼なのだろうが。
「でも、材料が希少なんですよねぇ……物好きで集めてた材料でも足りないとは私でも思っていなくて」
「あれだけゲテモノ集めても足りないものがあるのかい……」
かのアストラリアでさえ反応がこれなのだから、きっと彼女の内面の深さは覗いきれないだろう。
一瞬にして耳が垂れ下がったナスタシアは、ここだけを見ればクラムにそっくりだった。
「……調合法はともかく、材料には興味があるな。教えてくれるか?」
ミリアスが尋ねると、姉妹の面影は消えて無くなった。
「はい! ええっとですね、バーメットの根に白潮、あるのならヌルゲルを一瓶、それとランサズの槍腕。足りないのがその槍腕でして、何せ生息域が大陸北東、ここまで来ることも無いことは無いのですが……」
「他の材料も大概だが、ヌルゲルなんてどう入手したんだ……というよりも、何に使うつもりだったんだ」
「ヌルの言葉通り、そのゲル自体に情報がありませんから、接触した物質の性質を模倣してくれるんです。希少な材料を増やすのにうってつけなんですけど何せゲル自体が希少すぎて使えたもんじゃないですよアレ」
良く噛まずに続けられるもんだ。止めなきゃ幾らでも速く長く喋り続けるのでは。
だがどうヌルの状態を維持しているのだろうか。すべてを溶かす液体の保存方法でも考えるようなものだ。
「……ランサズ、か。確か前の戦争でも皇国が使役してたな」
ミリアスの呟きの理由はそれとなく知れた。あの時の獣、槍腕という単語。
「今回ばかりは相手に救われたな」
「どういうことだい?」
「槍腕が希少だって事を知っていて、かつそれを手に入れる機会があったって事さ」
「本当ですかッ!」
これ以上無い食いつきを見せたナスタシアは、その行動をもってようやく自分の行いに気付いたらしかった。乗り出した上半身をゆっくりと戻し、何も無かったかのように取り繕いはじめる。
「……アサナギ、音からして装備は外しているんだろう? 整えるついでに持ってきてくれ。軽く腹に詰めたら出るぞ」
「あの、一応言っておきますと、その、調合自体にそれほど時間は掛かりませんので……急がなくとも問題はありませんので」
「そんなにそわそわしちゃって、気になるなら一緒に行けばいいじゃないか」
「べっ、別に大丈夫です! 子供じゃあるまいし待てますよ!」
どうも苦手な空気になってきたところで部屋を後にした。
クラムの傍の扉をくぐっても、静かなままだった。
窓はすっかり闇に馴染み、燭台の蝋燭も三分の一ほど溶けている。それと時計の針だけが時間の経過を教えるだけで、イリアはまだ眠ったままだ。
会話の不便さを痛感したのでメモ帳を持って行こうとしたのだが、既に彼女の両手の内にしかと握りしめられていた。こうも大事に持たれていては触れるに触れられない、仕方なく机の上の物品の元に戻った。
ここにあるもの全部、誰かを殺せる道具であることに今更な実感を持つ。簡単にとはいかないが間違いなく手の内に相手の生命を感じられる、向こうでもこの類に世話になった短い刃物、腕力に任せて叩きつける刀、人類に人権をもたらした銃器。もうそれを使った後だというのに、随分と脳天気な事だと馬鹿らしく思う。
誰かを殺すことに罪悪感は感じないし、多分自分だって死ぬときは死ぬだろうしで、特にこれと言った抵抗も気後れも感じない――――――――実際、今ここで死ぬことだって出来る。三つの得物、少なくとも三つの選択肢が手元にあるのだ。
普通は怖いと思うものなのだろうか。殺すことに抵抗を覚えて、死ぬことにも怯えるものなのだろうか。
それとも――――――――みんな死ぬことも殺すことも怖いと思っておらず、単に理由が無いから殺さないし死なないだけなのだろうか。自分さえも分からないのだから他人なんて分かったものじゃない。
動機、道具、許容する空気。それさえ揃えば殺し合うようになる。
前々からそういうことは考えているものの、それを実証できる機会も社会も無かった。
唯一観察できたのは、自分自身を被験体にしたあの時ぐらいか。
部屋の暗さも相まって、手紙があることに気付いたのは軍刀の紐を結んだ後だった。
誰が誰に向けてのものかが気になったので拾い上げる。
『朝凪和正へ
姿を喪った貴方へ、先ずはようこそとご挨拶をさせて頂きます。
今の状況に困惑されていることでしょうが、今は軽くご説明のみに留めさせて頂きます。
現在の貴方は、生きても死んでもいません。
貴方の世界の知識で例えるなら「シュレディンガーの猫」が近いかと思われますが、正確な説明で無いことはご了承ください。
要するに、どうとでもなると言うことです。
安心して戦いへ赴きください。
健闘をお祈りしております。
これからも彼女をお大事になされますよう。
賢人より』
内容のあるようでないような、そんな文章だった。
しかし、その文章に、厳密には文字に目を取られて動かせなくなった。
日本語だった。
それに書かれていたのは見紛うことなく日本語だった。
瞬きした次の瞬間には、手紙があったという痕跡は綺麗に消えていた。




