13 作戦会議 その一
「デーズ、客人の食事を用意してくれるかい。三人分、揃ったら君以外の使用人は下がらせて欲しい……お願いするよ?」
「承知しました、そのように」
本館の入り口に立っていた執事に声を掛け、アストラリアは一行から外れた。
「分団長に報告と部下に指示を出してくる。デーズについて行って先に寛いでいてくれ」
「ああ、助かるよ」
ミリアスと応答を交わし、なびく銀髪を三人で見送った。来たときは騒がしかった庭は、自主的に残った数人が会話しながら体を動かしているだけになっている。
「では、こちらに」
執事は老齢の犬らしい柔和な表情で案内する。テリアだったか、奥深さと堅実さが僕の彼に対する第一印象だった。執事らしいの一言。
屋敷の中はとても明るかった。天井にある窓から漏れる光が屋内のあちらこちらに反射している。
両開きの扉の向こうはホールのようで、左右に部屋が幾つか、正面には二階へ上がる広い階段に、そして踊り場には何点かの美術品が飾られていた。床は綺麗な白色の石材で作られ、深く明るい青のカーペットが入り口から階段へ鮮やかに伸びている。
デーズは左手の扉へ向かい、中へ僕らを招き入れた。二つある出入り口は共通の部屋に通じ、優に二十人は一度に食事が可能な広さの食堂。やはり白と青が基調となっていて、目を引いたのは椅子の造詣だった。背もたれの中央が切り開かれたようなデザインで、ミリアスが座ったことでその理由が分かった。
「こちらで暫くお寛ぎを。食事を用意いたします」
恭しい一礼とともに、玄関ホールとは違う方向の扉へと消えていった。
高い窓から日の差し込むこの食堂は僕ら三人にはあまりに広く、無機質で静かだった。面接前のような圧迫感のある静寂は、僕の場違いさをちょくちょくと指摘してくるように感じる。
扉の向こうから微かに聞こえる調理音に耐えかねてきたので、ミリアスに話題を振って喋らせておこうとペンを取った。筆先が紙を引っ掻く音は二人に聞こえるのだろうか。
『アストラリアとハ、どンな人物か?』
そんな逃げの質問を書き切ったメモ帳を、イリアを挟んだ向こう側の彼にむけて滑らせる。金具が机の表面を擦る音に気付いたらしく、その勢いが衰える前にミリアスが手に取った。
「……アストラリア。バルト家の一人で、最年少で盾騎士になった逸材、ってところだな」
応答が無い会話が途切れるのは彼も承知の上らしく、間延びした沈黙を挟みつつ話が続いていく。
「俺とは上下関係にあった……そのとき俺が六線で、リアは入団したての一線だった。八年前の話になるな、リアの先任騎士として俺が選ばれて、あいつは成人の儀を終えたばかりだった。耳と尾だけの騎士なんて、ってのはその時から言われてたな」
彼の話によると、アストラリアはバルト家の分家の子息で、外見のせいで盾騎士――――権力のある貴族や実力者が所属する騎士団内のグループらしい――――に入れず、剣騎士からの昇格による道を選ぶ羽目になったらしい。どうやら姿による区別は地球のそれと同じほどに厳しいようだ。外見で判断するなとは言うが、外見ほど情報を捉えやすい物が無いのも事実で、そういう偏見はどの世界も共通ということだろう。
そんな偏見をアストラリアは実力で伏せていった。教えた以上に技術を習得していったと彼に教えた本人に言わしめるのだから相当だったのだろう。僕みたいな存在より彼をギフテッドと呼称するべきだ。
「三線を超えれば平時は単独での依頼遂行や行動が認められるようになる。半年から一年はかかる道をリアは二月で終わらせた。
対等な条件下なら同じ階級で勝てる奴は居なかったし、俺も運が絡めば一歩取られることも少なくなかった。馬鹿にしてた奴らは手の平返して、『薄かれど確かにバルトの血は流れり』なんてはやし立てる始末だった」
そこでまた話が途切れた。先程までとは違う沈黙。どう話すかというよりも「話して良いものか」という静かさだった。
「…………どうやら終わったみたいだな、また今度話そう」
そう濁された言葉通り、入ってきた扉が開かれた。
「ごめん、待たせちゃったかな」
話題の本人ともう一人、麗らかな瞳と毛並みの女性が入ってくる。
隣のアストラリアより少し獣っぽく、頬のところまで毛皮に覆われていた。骨格も少し猫科に近いか。
「いいや、まだ食事も出てきていない」
「それはいけない、用意させるのが遅すぎたかな」
席を引きながら言う言葉に負い目は感じられない。
「先ずは……カズマサ君とは初対面になるね。こちらがテレシア・アズラルト。分団長、多分その椅子に座っているのがアサナギ・カズマサ……いるよね?」
「ああ、そこに居る……はずだが」
少し迷った後に、ミリアスがメモ帳を机に滑らせて戻してくる。それを手に取ったことで彼らの疑問は解消されたようだ。
『よロシく、ミステレしア』
僕の形式ばったあいさつに彼女は目を鋭く細めた。
「……ああ。紹介されたとおり、信じがたいギフテッドだな。宜しく頼む」
「もう協力は取り付けてあるから、早速話を進めよう」
アストラリアが言って座ると、テレシアも続いて座った。彼女は僕の居る椅子を無遠慮に睨んでおり、見えていないと分かっていても緊張せずにはいられない。
「伝令は兎も角、偵察を複数出した。早ければ二時間、遅くとも六時間後には戻ってくるからそれまでに予測は立てておこう……ミリィ、村に来たのは一個小隊だって言ってたよね?」
「確認できたのはそれだけだが、前の戦争と同じ戦術だと仮定すれば数百は揃えてるだろう。本隊は……少なくとも数千、奇襲を考えればそれ以上と考えるべきだ」
「ここは防衛の中心からかなり離れている。駐屯してる騎士は八百、周辺の街から集めても直ぐには集まらない上最大でも三千が良いところだろう。本格攻勢が来るまでに人手が集まるかも時間からして厳しいところだ」
テレシアが戦力を数える。こういう話はさっぱりなので聴く側に回っているほか無い。
「本来は切り捨てて後方に陣を構える状況だねぇ……備えてはいたけれど、始まるのは本当に唐突だ」
「今回の規模だと先行する部隊すら脅威になりかねない。偵察が戻るまで言い切ることは出来ないが、向こうがいけると踏めば今晩中に侵攻を掛けてくる可能性もある……」
「リア、許容できる損失は何人だ?」
テレシアの言葉を遮るようにミリアスが問いかけた。何やら思うことがあるらしい。
「どういう意味で、かな」
「何人なら失ってもこの街で足止めが出来る?」
「うーん……分団長、死んで来いって何人に言えます?」
「言い方があるだろう……ミリアス、その人数にどんな意味がある?」
威圧感というか、彼女からはどうにも近寄りがたい雰囲気がにじみ出している。蚊帳の外の僕でさえ、同じ空間に居るとそれだけの理由で気が休まりそうに無かった。
「カズマサに夜襲を任せる、それが今回の作戦だろう?」
ミリアスが確認するように尋ねる。全員が聞く姿勢のままだ。
「リスク無しで敵陣営に痛手を与える。大いに結構だが……彼だけに重荷を背負わせるのか?」
ミリアスが僕を見やって言う。
「単独でも効果はあるだろう。だが個対集団の結果など微々たるものでしかないし、彼の状態に対して手を打たれたらむざむざ手札を捨てるに等しい」
「彼だけではなく、共に夜襲を掛けると?」
「向こうの規模や場所にも依るが、少人数での撹乱、上手くいけば殲滅すら可能性がある。そう踏んで提案しているんだ」
「見つかれば意味が無くなる上無駄な犠牲になるぞ」
「だから言っているんだ、許容可能な損失は、と」
互いの考えが合致したようで、口論はそこでいったん幕を閉じた。
「夜間の移動と隠密戦闘を考えれば七線か八線以上が望ましいけど……分団長、何人いたっけ?」
アストラリアが作戦内容に関しての話題を提示する。
「赴任している教導隊とここの三人を含めても七線以上は四十六名のみ、五線まで下げれば百五十名は確保できるがどちらにせよ危険な賭けになる。抽出できるのは二割か三割、全体の割合も同程度になるな」
「戦闘時の各自の判断が可能な人選であるのが前提だが、最悪分隊が編制できれば十分だ。俺だって十線だ、組んだ数は少ないが指示できないことは無いさ」
「なら四線も視野に入れよう。五線以上が四十人、四線の選抜で合わせれば百人程度の部隊は作れるでしょ」
「随分と他人行儀だが、前線指揮は任せて良いか、アストラリア?」
テレシアに睨まれたが、彼は姿勢を崩しそうに無かった。
「……まぁ、ここの最高指揮官が前線に出しゃばれないし、しょうがないか。あの『黒豹』さんも居る訳だし、僕でもなんとかなるかも」
「何年前の二つ名だ。結局ただの外見じゃないか」
「名は体を表すって言うし? それにあの時のミリィは満更でもなかったじゃん」
「話を逸らすなアストラ……いいや、それなら『白狼』って呼ぶべきか?」
「分団長だって逸らしてるじゃないですかー!」
三人で話が盛り上がってきた。僕とイリアは蚊帳の外も良いところだったが、彼らのどことない朗らかな雰囲気になんとなく気が緩んでいくのを感じた。こういう仲は数年経たないと作れそうに無いと経験上思う――――単に僕の交友関係が薄い故の思い込みだろうか。
「失礼致します」
唐突にもう一つの声が会話に混ざる。食堂の全員がその主に目を向けると同時に、用意された料理のささやかな香りが漂ってきた。
「お食事の用意が出来ましたので、これより配膳させて頂きます」
「ああ、デーズ。僕らの分まで用意しなくても良かったのに」
「お下げしますか?」
「いいや、気を利かせてくれて有難うってことさ」
彼の他、数人の使用人が各々の前に数皿運び込んでくる――――向こう側でそうしろと指示されたのかは知らないが、しっかりと僕の座る椅子の前にも暖かい料理が手際よく並べられていった。
村のそれとは違って、かなり手の込んだ、上流階級が客人に出すその類いであろうものと僕にでも理解できる出来映えと匂いだった。前菜に肉料理、スープやパンやあれこれ。舌に合うかは置いておくとして、作るにも一苦労するし食べに行くとすれば数千数万は軽く飛びそうだ――――そんなレストランなど寂れた田舎にあるはずが無いのでなんとも言えないが。
「部屋も三つ、既に整えてありますので後ほどご案内させて頂きます」
「済まないな、本当に助かる」
「それぞれ一人の召使いをお付け致しますが……アサナギ様の状態から察しますに、彼には私めがお付きした方が宜しいですかな?」
「ああ、デーズなら任せられるよ。カズマサ君もそれでいいかい?」
僕とイリアの料理の隙間から、別棟で書いた三文字のページを開いて流す。アストラリアが手にとって、同じルートで戻ってきた。この距離で手紙の真似事というのも奥ゆかしい。
「じゃあ、頂くとしようか。龍の御魂に」
アストラリアの号令にほぼ全員が合わせたところで、ようやく湯気の立つ料理に手を付けられるようになった。
会話が終わる直前のやり取りのせいもあるのだろうが、やはりどこか疎外されたような気分は抜けることがなかった。
「……なぁガルシア、こっちに来てどれぐらいだ」
戦闘の音は十数時間前に消え、二人の異邦人は敗残兵に紛れ歩いていた。
「半年……までいかねぇかな。あんたは?」
「一か月もいない。大口叩いたがそっちの方が先輩らしい」
彼ら以外に口を開く元気の残っていそうな人物はおよそいないようで、小声で話さなければ周囲に響きすぎるぐらいだった。
「で、それが何なんだ?」
「いいや、協力してくれと頼んだ以上、意思疎通が出来ないと厳しいと思っただけさ」
ラスティがわざとらしく笑い、包帯の隙間から歯を見せる。外見の情報が少ないと十分にホラーだとガルシアは思った。
「そういえば気になってたんだが、あんたはどうして反ぎゃ……じゃねぇな。戦おうって思ったんだ?」
口にしたことの不味さに辛うじて気づいたガルシアの問いにラスティが周囲を見渡すが、こんな話題にすら誰も興味を示していなかった。
当然だろう、と反省の気分に陥りながら思う。必ず勝てる戦いに惨敗したんだ。犠牲のない戦い――――虐殺と言われて勇んできたのだろうが、俺――――「俺たち」が居たのが運の尽きといったところだろう。
「あくまで俺は第三者だ。この世界で生まれたわけでも、目覚めたこの国に恩義があるわけでもない」
「勝ち馬に乗ろうって気分じゃない、って訳でもないだろうに――――どうしてわざわざリスキーな選択をするんだか」
「何とでも言えるさ。この国が国民に言っていたように」
国民を戦争に駆り出すためには理由さえあればいい。戦う側にとって重要なのはそれに見合うだけの大義名分で、それが大きいほどに戦意も憎悪も麻薬のような正義感も指数関数的に膨れ上がっていく。
この世界は地球よりも外見に厳しい。二十世紀の白人がこの世界を見たらどう思っただろうか。絶対数は相手の方が多く、自分たちが隔離される側だという事実に憤りを感じたりするだろうか――――或いは、虐げられる側の反逆に自らの優位性を鼻にかけるかもしれない。
「あんたは知らないかもしれないが、こいつらは捕虜を取らない。使い捨ての労働力としての最低限は残すが、それ以外は良くて生きる玩具、嬲り殺して優越感に浸るための道具扱いだ。俺達の世界の戦争もたいがいだが、こっちは度を越えてる――――紛れもなく、民族浄化が目的の戦いだ」
ラスティの説明にガルシアは思い当たりがあった。あいつが殺されたのはたった数日前で、その時の惨状はまだ記憶に新しく、否応がなしにこびりついてしまいそうだった。
「技術差も相まって、戦争というより大規模駆除だ」
ガルシアは皮肉として言おうとしたつもりだったが、あの光景はそうとしか言い表せなかった。
「体裁を考えていえば、それが気に食わないからだ。対等な戦いなど存在しないが、抵抗の道具すらまともに無い相手を屠るのはもう十分だ。こっちに来てまでやりたくはない」
「死体を酷使する奴が言うような台詞には思えないな」
曇天の空からにわかに強めの雨が降ってきたので、少しスリルを求めてガルシアはそう言った。
いくら死んでも代わりがいるとはいえ、俺一人だけだったら敗走まで追い込めはしなかっただろう。
「それが出来るから選べた選択肢だ。死んだ後でも贖罪が出来ると思えば悪くはないだろう?」
それが彼なりの冗談だと分かるほどには、ガルシアも彼のことを理解し始めていた。
理屈は知らないが、自分自身の状況もそれは言える。そうであってもラスティの持つ能力には実に驚かされた。数秒前の自分がのったりと起き上がった時には奇妙な興奮さえ覚えた。
「贖罪、ねぇ。そもそも罪ってなんなんだろな?」
ガルシアが空を見上げて言うが、誰も答えはしなかった。




