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09 蚊帳の外のまま

「本当に来ましたね」


 隣の男が話しかけてくる。両手に構えた「それ」からは白煙が立ち上り、その直線上、数本の木を挟んだ向こう側にもがく影があった。


「まぁ、知っていたからな」


「しかし、本当に使って良かったのでしょうか。本来は緊急時のみに使うよう言われているはずなのですが……」


「いいんだよ、戦いが始まりゃあいつでも緊急時だ。使わず死ぬよかマシだろ?」


 そう答える。自らの「それ」からも硝煙の匂いが漂い、後二、三発で弾切れになるだろう。ここに危険な存在は自分たち二人以外に存在していない。少なくとも、今はまだ。


「……なぁ、俺たちって、赦されんのかなぁ」


「急に何を言い出すんですか」


 独り言のつもりだったが、彼は聞く気らしかった。


「いやさ、兵士相手にぶちかますのはまだ判るんだけどよ、こうも無力な奴等を殺しちゃあやっぱ不味いんじゃねぇかなぁって思った訳よ」


「……本当に何を言い出すかと思えば。そういう冗談を言う人じゃなかったはずなんですけど」


 少し呆れたように構えていたものを下ろし、こちらに向き直る。


「相手はケダモノですよ、人じゃありませんし、いくら殺そうとも罪じゃないです」


「そうかねぇ。二足歩行してるし言葉しゃべるし、家建てるし武器持ってるし。ケダモノって一蹴するには随分と文化的かつ平和的じゃねぇか」


「あの姿を見てもそれが言えますか。我々の姿を模した畜生ですよ?」


「俺たちだってやってることは畜生以下じゃねぇか。獣は余計な殺生をしねぇって知ってるよな?」


 口論に参ったのか呆れたのか、彼は肩をすくめた。


「全く、貴方は何を考えているのか」


 映るものにふと思いつく。これは楽しくなりそうだ。




「なぁ、『お天道様が見てる』って言葉を知っているか?」






 三人のヒトが獣と正対していた。僕が降りてきた音に一瞬気を取られたものの、どちらもにらみ合いをやめる気はさらさら無いらしい。

 前に見た盗賊等よりも幾らか重装備ではあるが、機動性を重視しているような格好だった。手にした剣は良く研がれているのか、室内でも鈍く光っている。


「…………」


 やるべきことは薄らと理解できた。数の優勢に三人が距離を縮めはじめ、男――ミリアスは柄に手を掛け低く構えている。

 足音を忍ばせゆっくりと手近な一人に近づく。気付かれて剣を振り回されるのは末恐ろしいので、これ以上無いほどに緊張していた。手汗で獲物が滑りそうになるほど。

 兜の無い顔を間近に見ると、冷や汗なのか随分と肌が光っていた。努めて深く呼吸をしようとしているようで、その口の動きすらもじっとり見つめられる距離まで近寄る。


 最後に一度、手順を思い返してから行動に移った。

「ッ!!」

 剣を握る右腕を引き延ばし、引き寄せられた首に深く短剣を突き刺した。声を出される前に声帯を削ぐように刃を抜き、うつぶせに倒した男のうなじにもう一度差し込んだ。

「うあっ!」

「ぎゃっ!」

 あと二人の声に目を向けると、既に脅威とは言えない状態になっていた。二人とも同じ場所から肉を露わにして、一人は首の皮一枚というところまで切り抜かれていた。首の骨の関節の部分が少しだけ平面から突き出ているところまでよく見える。


「……もう大丈夫だ、降りてこい」

 血糊に先端が濡れた剣を納めつつミリアスが呟くと、ゆっくりと心配げにイリアが階段を降りてくる。三人分の肉塊を遮るようにミリアスは立っていて、

「いいか。余計なものは見なくて良い、ちゃんと付いてきてくれ……カズマサ、あんたもだ。いいな?」

 そう言って玄関へと歩いていってしまった。まだ意識が追いついてなさげなイリアの手を引きつつ、口数の少ない彼の背中を追った。



 玄関を出れば、何が起きていたのか自明なほどの混沌模様だった。

 金属音、叫喚、大別すればそれだけの音だが、それだけでも十分すぎた。

「……時間がない」

 苛立たしそうに呟いて進むミリアスに続く。この村に来た入り口とは反対側に、背中の音に気を払いつつ進んでいく。


 何が起きたんだろう、と場違いな思考を引っ張りだす。そうでもしないと冷静でなんていられなさそうで、もしかしなくとも現実逃避にほかならない。

 あのときの盗賊の残り、というには変に規模が大きい。装備も一律――あの三人が他と同じだとしたらだけど――だったし、荒くれ者と言うより兵士といった方が近い。


 それに、あれは間違いなく「ヒト」だった。あの本にあったような「ヒューマリア」じゃない、見慣れた姿だった。あれほど近くで見たからこそ断言できる。


「おい、急げ!」


 ミリアスの声に現実に引き戻され、足が遅れていることに気付かされた。気付けば騒ぎも少しばかり小さくなったように感じられ、それだけ離れることが出来たということなのだろう。

 そうして数分、自然の壁の下まで小走りでやってきた。そこには他の住民の十何人かが既にいて、そこにサージャスの姿も見えた。

「ミリアス、イリアも無事じゃったか」

 到着した僕らに対してサージャスが言う。自分の名前が出てこなかったのは姿が無いからか、赤の他人だからか。

「他の人は?」

「いいや、ここに居らんものはまだ」

 村の反対側にやったその目には何とも言えない感情が込められていた。

「……思ったよりも人手が足りない、行くしか無いか」

 ミリアスが集団に――というより、サージャスに向き直る。

「村長、申し訳ありませんが」

「うむ、重々承知しておる。致し方あるまい」

 壁の傍の一人に目をやると、頷いて壁に向かって何かをし始める。

「皆、今は堪えてくれ」

 振り絞るような村長の声にほぼ全員が沈痛そうに俯く。


 壁に何かをしていた人物が一声掛けると、植物に覆われた壁の一部が上がっていった。その部分だけツタ植物にのみ覆われているようで、向こう側の景色がわずかに透けている。

「急げ!」


 ミリアスの声に反射するように全員が動き出した。武器を手にした男が先頭に立ち、子供や女性がその後に、村長がその次に出て、残りは僕ら三人となったところで。





 顔の脇を小さい何かが通り過ぎ、熱さすら感じるような風切り音が鼓膜を破らんばかりに震わせた。


「伏せろ!!」

 大きめの爆竹が次々と破裂したような音と、わずかに遅れたミリアスの大声とが重なった。 近くの土が抉られる音に意識がはっきりすると、立っているのは僕だけになっていた。

「クソ、先回りされてたのか……」

 庇ったイリアを起こしつつ、ミリアスが言う。まだ破裂音は止まらず、その数と同じだけの悲鳴や苦悶の声が壁の向こうから聞こえてくる。やっと何が起きたかを予測できた僕は、随分と遅れて二人の元に飛び込んだ。脳天気にも程度ってものがある。

「火薬弩、か……二人か、それ以上だな」

 ツタ植物に隠れながら顔を出し、ミリアスが確認する。

「不味いな、ここは使えない。他の場所も同じだと考えると……何故知られているんだ」

「…………」

 村長の家からずっとイリアが静かなことが気になる。呆然としているのを超えて、まともに反応を返していないのだ。さっきのミリアスに対しても、今も続くこの音にも怯えることすらせず、ただ人形のように座り込んでいる。

 ミリアスに彼女を心配する余裕も無いようで、あれこれとぶつぶつ思案している。完全にお手上げの状況らしく、赤の他人でも判るほどに憔悴の色が出ていた。


 動くものがなくなったからか、あの破裂音は止まっていた。相変わらずの遠い戦場の音は、未だその相手が居なくなっていないことと、こちらに向かわせまいとする人が生きていることを叫んでいる。が、向こうにもわずかに同じような破裂音がしているのにも気付いた。時間がないのはそれとなく感じられる。

「……カズマサ、居るか?」

 おもむろに立ち上がったミリアスが尋ねてくる。彼の肩を叩いて教えると、

「向こう側に居る奴等をやれるか」

 そう頼んできた。

「無茶な頼みなのは承知の上だが、この状況をどうにか出来るのはあんただけだ」

 確かにその通りだ。姿が見えないのなら攻撃されることなく殺せる。

「やってくれるか?」

 僕とて死にたくはない。しかし頼まれたことは断りにくい。やるしかあるまい。

 もう一度強く肩を叩くと、少しだけ焦りが表情から消えたのが見てとれて、

「手を貸す、壁の上から向こう側に行け」

 壁の元で持ち上げる構えになった。ゲームでよく見る姿に少しだけ心躍りつつ、彼の手に足を掛ける。


「いくぞ……3、2、1」


 息を合わせて飛び上がる。二階建てのベランダに相当するぐらいの壁に手を伸ばし……



 たものの、その必要が無かった。


 向こう側が見える、簡単に飛び越えられた。受け身ってどう取るんだっけ。

 そう思っている内に、外側の大地に強かに半身を打ち付けた。

「嘘……だろ」

 どんな腕力してれば人ひとりをここまで飛ばせられるんだ。地面が柔らかかったからか特に痛むわけでも無いのは幸いだが――


 思考をそこで止め、外側の状況を見回した。

 立っている影は二つ。壁から少し離れた木々の近く、こちらに何かを向けている。

 外側に飛び出した人達。漏れなく地面に倒れ、半分ほどが蠢いていた。発する呻き声に力は無く、これは助けられないなと直感的に思った。


「…………」


「……、…………」


 立っている二人は何かを話し合っているらしかった。ここからでは表情は読めないが、それ以上に気になることがある。

 彼等が片手に持つそれ。現物は見たことが無い、だが何かは音と形から分かり切っている。

 冗談みたいにそれは遠くからでも分かって、その存在はこの世界に似つかわしくない無機質さを醸し出していた。


「…………いんじゃねぇかって……」


「本当に…………思えば。そういう冗…………じゃなか……」


 短剣を逆手に、慎重に一歩一歩踏み出す。足下の草で音を立てないよう、妙に滑稽な歩き方で二人に近づく。姿が見えていないお陰でこんな芸当が出来るが、この慎重さが果たして必要なのかと脳裏にちらつくのはたまったものじゃなかった。


「相手は……モノですよ、人じゃありません……」


「そうかねぇ……してるし言葉しゃべるし、家建てて……るし、随分と……」


「……てもそれが言えますか、我々を模した畜生ですよ?」


「俺たちだってやってることは畜生以下じゃねぇか。獣は余計な殺生をしねぇって知ってるか?」


「……全く、貴方は何を考えているのか」


 眼前に敵無しと二人は雑談をしている。随分な上からの会話に少し辟易しながら短剣を構え直す。

 あと数歩。時間が無いと分かっていても足は鈍くなる。




「……なぁ、『お天道様が見てる』って言葉を知ってるか?」


「なんのことです?」



 相方の視線に合わせること無く、僕の向こう側の屍を見つめている。



「俺が居た場所で小さい頃によく教えられてた言い伝えさ。太陽が上がっている間に悪いことをすれば、間違いなく罰が当たるって話」



 あと四歩。飛びかかることも出来るが……



「うーん、聞いたことありませんね。それがどうしたのでしょう」


「いやさ、俺だって本当だとは思ってねぇ。でもなーんかいやな予感すんのよ。マジでお天道様が罰を与えようとしてる見たいな、さ」


 あと三歩。


「……もうそろそろ戯れ言は無しにしませんか、聞いてるのも疲れます」



 まぁ最期だ、ちゃんと聞いとけと男が言った。






「もしかしたらさ、もう目の前に居たりしてな」


 一瞬で身体が硬直する。男はまだ同じ場所を見つめていて、それが僕を睨み付けているようで――



「まさか。誰もここに居ません――――」


 思考は止まっていて、身体が自発的に動いていた。



「――――えっ」


 口元を押さえ、声帯に突き立てた後、押し倒しながら左右に振って切り開く。


「ちょっと、どうして、何が」

 

 見えた白い細いものを鷲掴み、力任せに刃をねじこみながら引き抜く。

 骨が手に食い込む感覚が、それでも僕を冷静たらしめることは無かった。


「だ、誰だ! なんなんだよぉ!」


 首が外れたあと、僕の手は男から一つ貰っていた。

 使ったことは無いが、そんなことはどうでも良いとばかりに目の前の的に照門と照星とを合わせる。





 考えていたより音は小さかった。

 相対的に思った通りの反動の強さで、その向こう側に仰け反る兵士が見えた。僕の腕は飽き足らず残っていたもの全てを吐き出させ、もう一人の体に計三つの赤い染みが出来上がる。木漏れ日が照らす赤はとても鮮やかで、まるで花弁のような退廃さを見せている。


 思考が追いついたのは、そのぐらいからだろうか。

 手元の、薬室が露わになったものに意識を向ける。剣と魔法、そんな世界だと思っていたが思い違いらしい。


 拳銃。ゲームでしか触ったことのないそれを一通り動かしてみる。空のマガジンを引き抜き、スライドを戻し、安全装置を探す。

 画面の向こう側のものと比べれば骨董品のような無骨さで、一つ間違えれば壊れてしまいそうな不安と雑に扱えそうな安心感とが混在していた。あれはプログラムだが、これは本物だ。

 自分の知識が通用するらしいと分かった後、首無しと花咲きから使えるものがないか漁ってみる。拳銃は二丁、腿に取り付けるホルスターに、差し込まれてあった予備マガジンが計二本、服のポケットに突っ込んであった弾薬が十数発、携帯していた軍刀といったところだ。


 ベルト式のホルスターと軍刀を取り付け、マガジンを取り替えた拳銃を携え、残りの弾薬や予備の一丁やマガジンをリュックに放り込んで壁に戻った。どちらの薬室にも装填されてないので暴発の心配もたぶん無い。


「……あぁ、カズマサか」

 まだ死に切れていない彼らを跨いでツタをくぐった僕に、怒りとも焦りとも分からない表情のミリアスが言う。戦いの音がかなり近づいてきていて、内側にも死体が三体ほど増えていた。

「イリアを頼む」

 言い捨てるように壁の向こう側に消えた。彼女は変わらず同じ場所に座り込んでいて、僕が触れても全く反応を返してくれなかった。


「……仕方ないか」


 動こうとしない彼女を連れて行くにはこうするしかないと、背中と膝裏に腕を回して持ち上げる。力なく首に回った腕だけがイリアの起こした行動で、その体温にすら儚さを感じてしまう。

 抱いてツタを潜ったところで、血塗れのまま彼女を抱いていることに気づく。骨を握りしめた左手が彼女の脚に赤い一筋を描いていた。


 これはあの男のだろうか、僕のだろうか。


「……ありません、御守りできず」

 ミリアスが誰かと話をしているらしい。

「いい、早う、行かれぃ……」

 その相手がサージャスであることに間違いは無かった。倒れていたのを壁にもたせかけ、気休めであろう応急処置を施している。


「……時間が無い、やるなら他の者も……」


「…………分かっています。貴方が空高く舞い上がらんことを」


「二人を、カズ、今度こそ……頼む、ぞ……」

 その言葉に頷き、ミリアスは彼の首を掻っ捌く。十秒経つ前に周囲の死にかけをしっかりと処理し、もう苦しみの声は聞こえなくなっていた。



「……居るな。急ぐぞ」


 介錯を見せないよう抱き寄せたイリアを抱え直して、小走りの彼をほぼ全力で追いかけ始めた。




 神経が参っているのか、随分と増えた荷物に息切れしながらもずっと走っていられるような気がした。


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