裏表
こんなことを思うのは物語だけだと馬鹿にしていた。
一生の不覚。
あいつに任せるんじゃなかった!!
そんなことを思いながら図書館へ向かった。
受け付けの男性に事情を説明すると快く承ってくれた。
まさか、大事な物をこんな所に忘れるなんて。大失態だ。笑顔で受け付けの男性とやり取りをするが内心ではとてつもなく焦っていた。
「こちらでしょうか?」
爽やかな笑顔を見せるがそんなものはどうでもいい。何より大事なのはその鞄の中身なのだから。
「あぁ!それです」
申し訳なさそうな表情を作り、焦りを極限まで隠すよう努めた。
忘れ物が記載された紙にチェックを付け、その日の担当者の印鑑をもらい、ようやく鞄が返ってきた。
「あの、すいませんけど…中、見ました?」
恥ずかしそうにその男に訪ねた。女の子ならではの仕草に戸惑いながら、
「い、いえ!見ておりません!」
「そうですか。ありがとうございました」
男の顔色や声色に集中するが、多分嘘は言っていない。中身の安全を確認し、早々に図書館を後にした。
◇◇◇◇◇
「春花ちゃんはさ、運命とか信じるタイプ?」
同業者の新倉洸輝は気持ち悪かった。同業ということ以外では関わりたくない男と向き合い食事するのは苦痛でしかなかった。
「信じてない。てか、今時そんなこと言う奴いたんだ」
鼻で笑い、出された料理に手をつけた。
不確定で宗教じみたものよりも、そこにしっかりと存在し万人に価値を見出だすステーキの方がよっぽど魅力的だ。
一口大に切ったステーキを口に運び、洸輝に目を向けた。
「そんなつまらない話をしに来た訳じゃないから」
「あれ?春花ちゃん興味なし?」
「ええ」
「ま、いいけどさ。仕事の話はもうちょっとお喋りしてからでも……」
「興味ない」
「うー。雑誌読むのやめようかな」
ふざけた会話を終了させ、本題に入った。
私と洸輝は簡単に言う密売人と裏の顔があった。当然法に触れる行為なので、隠れてそれを欲する連中と取引をしそれなりの金を手に入れていた。
例えば、「この薬は~に効きますよ」と売り歩くとしよう。得体の知れない人物がそんなことをしても売れるはずがない。だが、私のように資格を持ち、薬学に精通している者がそうしたら。不審がられるかもしれないが興味を持たせることはできる。明らかに後者の方が実績を伴うだろう。
そこに注目したのが洸輝だった。
あいつは会話が面白くなく、気持ち悪いうえに、能天気という、呆れた才能の持ち主である。が、商売をするという点だけを見ると非の打ち所がない。有権者との繋がり、話を切り出すまでの流れ、金の扱い…。あまり褒めたくないのでここまでにするが、とにかくあいつの実力は本物だった。
安定した収入以外に魅力の無い薬剤師に誇りなんてものはなかった。
そのため、洸輝と出会い手を組むまでは早かった。
金を多く持っていて困るものではない。手に入るなら限界値まで欲しいというのが本音だった。
「買う人が来るまで時間を潰すって意味で美術館なんてどう?」
「……」
「博物館?」
「何が違うの?」
「水族館?」
「……」
「図書館?」
あまりにもしつこいので妥協して図書館へ向かうことにした。単純に会話しなくて済むという意味で図書館を選んだのだが、その道中に洸輝が影響を受けた小説や伝記の話を長々とされた。
私は損得感情で物事をみることがほとんどだ。だが、意味もなく時間を潰すよりは読書する方が好きだった。
気が付けば最近仕入れた新書にのめり込んでいた。
「春花ちゃん」
丁度、第二章が終わるというところに差しかかったところで洸輝が私を呼んだ。
「…ふざけんなよ」
「あぁ、ご、ごめん」
「用件は何?」
「いやぁ、あのさ、連絡があって、春花ちゃんにも同席してほしい、って」
「……はぁ…」
基本的に私が試作の薬を用意し、その作用・副作用を明確に記載し、薬剤師の持つ証明を添えた物を洸輝が売り歩くというスタイルだった。
たまに、薬剤師が本物かどうかという確認のためにそこに居合わせることがあるので嫌々洸輝に同行しているのはそういう事情のためだ。あと、人見知りというのもある。
「その人の職業は?」
「清涼飲料水のメーカーさんだよ」
「そう」
金になるなら何でもいい。会話は洸輝がやってくれるし、そこにいるだけでいいのだから気楽にいこう。
「知ってる?最近ではミーティングルームとして図書館で小部屋の貸し出しをしてるんだよ」
「…まさか、そこで取引するなんて……」
「考えてるよ」
「…ざけんなよ」
何かを考えてのことだと思うが気が乗らなかった。もし、小部屋に監視カメラがあったら……。全て終わりだ。
「大丈夫、大丈夫。おっ、三十分前だし先に行きますか」
洸輝が係員に声を掛け、懐に一枚の紙を忍ばせた。明らかに不自然だ。
「同業者だから心配いらないよん」
「バレたら死ねよ」
「バレないって」
完全に洸輝のペースに乗せられてしまっている。冷静にならなければ。眉間に寄せたシワを指で触り、自分を落ち着かせた。
そして、一足先に小部屋の椅子に腰を下ろした。
◇◇◇◇◇
現れた男は紺のスーツを着た小太りの男だった。大方、不要品を頂き続けたのだろう。清飲料といっても多くの糖分を含んでいることには変わりない。極端に悪く言うとデブの原因である。
「ほら、いつも通り営業スマイル」
洸輝は私の内心に気付いていたようだった。
薬剤師である証明をした後は洸輝とデブのやり取りが続いた。
途中コソッと「電話着たフリして出て行っても良いよ」と洸輝が言ったのでさりげなく退出した。
この時は最高に気が利くやつだと思った。