ありえないから変になる
「例えばだけどさ、もし、百万円拾ったらどうする?」
そんな質問を弟に投げかけてみた。
「百万、かぁ。意外と少ないんじゃない?ゲームとか漫画とかお洒落とかに使ったらあっという間になくなるでしょ」
「意外とリアクション薄いんだな…」
「え?まさかホントに拾って来たとか?」
「はっ、そんなわけないだろ」
適当に会話を切り上げ、自室に戻った。
机にバックを置き、その中身を雑に広げた。
呼吸が次第に荒くなる。
筆箱に手を伸ばし、震える手付きでそれを開けた。流行りに合わせてデザインされたペンケースを開けてみる。
冷や汗とも違う気持ち悪い汗が額に浮き出た。
無機質であるが強烈な存在感を放つそれが持つ雰囲気が奇妙で仕方ない。日常生活で何度も目にしているはずなのに。手に取ったことも何度もあるのに。
もし。本物の、紙幣の百万円現物があったら。
それが。突然、筆箱の中に入っていたら。
色々な反応があると思うが、
僕は発狂寸前だった。
辛うじて理性で抑えているが。いや、ほとんど抑えきれてないが、思考を放棄してないだけまだマシだと思う。
この発狂は「やったぁぁぁ!マジ嬉しいZE☆」みたいなノリでは決してない。
「…いつか殺される」
という考えである。
おかしい。そう、おかしい。
おかしいんだよ!!!!!
いやさぁ、百万円が道端に落ちてたらラッキーって、そんな軽くは思わないけど。凄い嬉しいって思うじゃん?
でも。でも!!
筆箱の中に百万円が入ってたら明らかにおかしいよね!?
得体の知れない何者かが狙って筆箱に百万円を入れてるよね!!
「…もう……泣きたい…」
犯罪臭がプンプンするよ…。
◇◇◇◇◇
その日、僕は図書館で調べものをしていた。以前、大学のレポートで半分コピペして文字数を稼いでいたら、そのコピー部分が真っ赤な嘘であることを知らずに提出してしまったことがあった。それからは先生に目を付けられたり、しばらくの間校内で変な噂が広まったりと散々だった。
そして、学んだ。
インターネットは信用出来ない、と。
そもそも人類は紙という媒体を用いて情報伝達を行ってきたんだ。あるべき姿に戻るだけだ。何も変なところはない。
よく分からないことを頭の中で述べながら図書館で本を漁り、必要な箇所をノートにまとめていた。
自分の性格上、夏休みの最後の最後に宿題を終わらせるタイプだったのでその時は焦っていた。
明日提出……間に合わない…いや、ギリギリ……間に合わなさそう…いやいや、間に合わせないとまずい!!
みたいなことを何度も思い、結構な時間が過ぎていることに気付かなかった。
隣に座っていた人が立ち上がり、その動きに合わせるようになんとなく時計を見ると十八時を回っていた。閉館三十分前である。
色々と面倒になったので、手提げバックに机の上を滑らせるように道具を放り込んでいった。放り込むというよりは滑らせて落とした先にバックがあるみたいな感じだ。
自転車での帰り道、コンビニでお菓子やジュースを買った。買い計中にスマホが鳴った。音からしてLスマホアプリの通知である。
買い物を済ませ、コンビニを出ると同時にバックの中を探った。適当に放り込んだことをここで後悔した。ペンや消しゴムなどが外に飛び出してしまっていたのだった。
焦って投げやりに突っ込んだからなぁ。
そんなことを考えバックに目を落とし、スマホを探した。
スマホ、スマホ……。
…………。
ん?
そこで違和感に気付いた。
筆箱はしっかりと閉じているのに中身が全て外に出てしまっている。自転車の弾みでそうなるとは考えにくい。
あれ?突っ込んだ時に開けっぱだったのか?道中で飛び出たのか?あれ??
そして、何より空のはずのペンケースがなぜか重い。
通知が来ていることを忘れ筆箱を開いた。
◇◇◇◇◇
警察に言うか?
いや、誰が僕の言うことを信じるだろうか。
「気付いたら筆箱の中に百万円入ってました」なんて冗談にしか聞こえない。
そもそもこれは本当に百万円か?
ちゃんと紙テープみたいなので括られてるが、本当は七十万とか微妙な金額なんじゃないか?
例えそれがどうであれ、今の状況が好転するわけではない。
ただ、百万と何十万は全く違う。三桁か二桁かの違いだが、その一桁が明らかに違う。気持ち的に何十万の方が楽なのだ。
机の上に札束を置き、一枚一枚数えてみた。
もしかしたら真ん中部分は千円かもしれない。あり得ない希望を抱いて数えた。
結果、“一万円”が“百枚”あった。
……。
買ってきたジュースを一口。一袋のポテチを半分まで食した。
……。
思った。さっきもそうだが、人間はヤバイことに巻き込まれると、変なことを考え、変な行動をする。
ジュースを飲もうがお菓子を食おうが何も変わらないというのに。
……。
僕はこれからどうすればいいんだ?この金を処分した方が良いのか?持っていた方が良いのか?
もし、処分したら。何者かが僕のことに気付き「返せ」と言われたときどうすることも出来ない。
もし、持っていたら。何かの拍子に見つかった時、言い逃れが出来ない。
どう転んでもマイナス。悪い意味でのヤバイ展開しか待っていない。
何でこんなことになったんだろう?
百万円の持つ重圧に耐えられなくなり、トイレに駆け込み、とりあえず一回吐いといた。