第九話 奴隷
「それではこちらをお納めください。」
ボーデが皮紙を渡してきた。先ほどの契約文が皮紙の上に写し取られている。
「こちらは契約内容の転写となります。万一破損紛失されましても、契約術により再転写が可能です。」
なるほど。確かにごく微量ながら契約時と同じ魔力がこの皮紙に込められている。
「ありがとう。」
俺はそういって受け取ると用紙をアイテムボックスに収納した。
「じゃあ、早速ですが私から要請があります。」
俺がそう言うとボーデがピクッと反応した。
「私の身元保証に一筆書いていただきたい。」
その言葉を聞いてボーデが軽く不審そうな顔をした。
「ちょっと事情がありまして、証明書の類が全くないのです。」
自分で言ってても凄く怪しいと思う。旅をするにしてもその手の証書は一番大事に保管するものだ。ましてや俺にアイテムボックスがあるのはボーデも知っている。普通に考えたら紛失などする訳がない。
「どの様な文面をご希望でしょうか?」
契約があるとはいえ、あまり無茶な内容は困るのだろう。ボーデがそう聞いてきた。俺が希望した文面は、
この証書を持つアルカ・シエロ氏は当家の大事な客人である。身元の保証並びに旅の間の身の安全とその必需については、私ボーデ並びにボーデ商会の名によってこれを保証されるものとする。 リンビウム王国王都ボーデ商会会頭ボーデ
「これでお願いしたい。」
「その内容でしたら問題ありません。早速ご用意いたします。」
そう言ってボーデが作成に向かおうとするところに、
「その間にリーナと奴隷契約の内容について話し合ってきます。私が声をかけるまで二人にしておいてください。」
そう断ってリーナのところへと向かう事にした。
「初めまして、私はアルカ・シエロと言います。」
馬車の荷台にいたリーナを扉のところまで呼んでそう挨拶をした。
「初めまして、アルカ・シエロ様。私はリーナと申します。」
丁寧な返事が返ってきたが、火事のせいか口内か喉にダメージがあるのか酷くしわがれた声だった。
「この度貴女を引き取らせてもらう事となりましたので契約内容について詰めたいのですが。」
俺がそう言うと、不思議なものを見るような目でリーナがこちらを見てきた。
「私をお買い上げになられたと?」
「ええ。出来れば身の回りの世話と護衛、あと教師役も兼ねてもらいたいです。」
ステータスを見る限り戦闘能力も高いし、読み書き計算が出来るって事はこの時代の一般常識や学問にもある程度は造詣が深そうだしな。
「アルカ様、私はこの体です。」
リーナは自分の右肩と右足を見ながらそう言ってきた。
「幸い読み書きと簡単な計算は出来ますので、商人の方のお手伝い等は出来ますがアルカ様は商いをなさっている訳ではないですよね?」
先の事はわからないが、確かに俺は商人ではない。
「ああ、違うな。」
「それでは、私がお役に立てる事は殆どないのではないでしょうか?この体ですので身の回りのお世話や、まして護衛のお役には立てないかと思います。」
この時代の医療や薬の水準が未だ不明だが欠損を治す魔法は普通はないし、そう簡単には欠損を治療出来たりはしないのだろう。
「貴女の懸念されている事はわかります。ですが、貴女の出来る範囲で良いのです。」
今の今まで俺はグランヒールを使ってリーナを回復させるつもりだった。だが、それを当面見送る事にした。万が一この時代に欠損を治す手段がなかったりした場合、俺がそれを出来ると世間に知られた場合非常に面倒な事になるからだ。
少なくともこの時代における治療の状況を確認した上でグランヒールを使うかどうか、もしくはどう使うかを考えようと思う。
「アルカ様、それでよろしいのですか?」
「ああ、構わない。具体的な内容はこれでどうだ?」
1:リーナはアルカの身の回りの世話と護衛並びに必要な知識・技術の伝授を請け負う。
2:リーナとアルカはお互いを悪意を持って攻撃しない。
3:リーナはアルカの禁じた情報を他者に知らせない。
4:アルカはリーナに対して最低限度の衣食住を保証する。
「はい、その契約でお願いいたします。」
リーナが受け入れたので契約締結の為にボーデを呼ぶことにした。
「それではこちらをお飲みください。」
ボーデが用意した血酒を差し出してきた。
「いただこう。」
「はい。」
俺とリーナが血酒を飲むと無事奴隷契約が締結された。ちなみに奴隷紋はリーナの背中側の首筋に刻まれた。
「これでリーナはアルカ様の奴隷となりました。」
「リーナ、これからよろしく頼むな。」
そう挨拶しつつ右手を差し出すと、リーナはびっくりした様子ながら、
「はい、アルカ様。私の方こそよろしくお願いいたします。」
と返答しつつ俺の右手を両手で握り返してくれた。
「もしなにか御座いましたらいつでも当商会にご相談ください。」
リーナとの挨拶が終わったと見たボーデがそう言ってきた。
「そうですね。何かあったらよろしく頼みます。」
「それと、これが先ほど仰られた身元保証書となります。」
そう言うとボーデが1枚の皮紙を手渡してきた。
「皮紙にはきちんと私の魔力を込めた文字で記載がしてありますので、殆どの地域で正規の書類と同じ扱いとなります。」
ふむ、どうやらこの手の書類は三千年前と同じやり方が通用するようだ。
「ありがとうございます。」
俺はそうお礼を言いつつ保証書をアイテムボックスに収納した。これで身分証が手に入ったの喜ばしい。
やはり人と関わって暮らしていくのなら身分証明の入手は最優先されるべきなのだが、だからと言って身分証明欲しさに、詳しく知らない組織に安易に加入したり、特定の人物に大きな借りを作ったりするのは、拙速どころではなく悪手そのものだからな。大抵の場合後々その組織なり人物なりが非常に大きな枷になる。
「それで今後ですが、どうしますか?」
二つの契約の締結が済んだところで俺はボーデにそう問いかけた。
「とりあえず店に戻りたいので、王都に向かおうと思っています。」
ボーデはやはり店に戻りたいらしい。
「ちなみにここから王都へはどの位かかりますか?」
「この街道沿いに西に向かえば、馬車で2時間・歩きで半日ほどで着きます。」
なるほど、やはり先ほど遠望出来た都市が王都という事なのだろう。
「王都以外でこの近くに集落はありますか?」
実はいきなり王都に向かうべきかどうか悩んでいる。
「近くならデルアという村がここから東に馬車で1時間ほどのところにございます。」
未だこの時代の知識に疎いまま、王都のような都市に行くのは面倒事を招きかねないし、したい事もある。その村に行くとしよう。
「では私はそのデルア村に向かおうかと。」
だが、そうなると問題があるな。
「ボーデさんは護衛もナシで、着の身着のままで王都まで大丈夫ですか?」
そうなのだ。先ほどの報酬としてリーナと馬車以外にも、持っていた資金と荷物の全てを私が既に受け取っている。
「難しいですね、運良く先ほどの狼のようなのに出会わなければ大丈夫なのですが。」
運良くって言ってる時点で厳しそうだな。
「ではここで誰かが通りかかるのを待ちましょうか?」
なにせここは王都から直接繋がる街道沿いだ。行き来する商人や旅人等も多いはずだ。通りかかった馬車に同乗させてもらっても良いし、王都の店への手紙等の伝言を託しても良い。通りかかったのが傭兵の類なら護衛に雇っても構わない。
「私はそうしたいところですが、アルカ様も一緒に待たれるのですか?」
聞きたい事はわかる。俺には荷馬車があるのだから、さっさと移動してしまえば良いだけなのだ。
「待ってる間に色々と話も聞きたいですし、急ぎの旅でもありませんしね。」
商会をやってるボーデなら色々と知っているだろうし、俺の秘密保持の点からも下手な人間に聞くより契約を結んだボーデからの方が安心出来るしな。
「では、リーナ頼んだよ。何か見かけたら大声で呼んでくれ。」
リーナに街道の見張りを頼んで、俺とボーデは普通の話し声ではリーナに聞こえない程度に離れた場所に陣取った。
「まず最初にここでの話は内容も話したという事実自体も秘密でお願いします。ちなみにこの国には来たばかりなので、常識外れの事も聞くかもしれませんがご容赦ください。」
とりあえず、予防線を張っておく。
「まず一番聞きたいのは、リーナの怪我って治せないものでしょうか?」
やはりこれが一番気になる。リーナを治してやりたいのも勿論だし、この時代の技術水準や魔法の状況も知りたい。
「それは火傷跡の事でしょうか?」
多少変な目でこちらを見ながらボーデが聞いてきた。
「火傷跡もそうですが、腕と足も出来ればなんとかしてやりたい。」
ボーデの目つきがますます不審になった。
「火傷跡ならば教会の神職者の使う魔法でなら治せるでしょうが、結構な額のお布施が必要でしょうな。」
ふむふむ、火傷跡は治せると。
「ですが、腕と足については……」
やはり厳しいのだろうか?
「まず欠損を回復させる程の治癒魔法など、それこそおとぎ話の中にしか出てきません。」
やっぱりか。三千年前も普通の魔法では無理だったし、三千年かけてもそこまでの治癒魔法は開発されなかったという事だな。
「医術については失った四肢を生やすなど不可能ですし、薬についてもそこまでの効能があるのは伝説の秘薬エリクサーしかないでしょう。」
医術も無理か。でもエリクサーがこの時代にもあるのなら大丈夫だな。
「そのエリクサーとやらはどこで手に入るのでしょうか?」
やっぱり高名な錬金術師とかからかな?
「まず入手は無理でしょうな。エリクサーを作り出す手段は遥かな昔に失われています。数年に一度位に出回るのは迷宮や遺跡で極稀にほんの少量発見されたモノですが、出回ると各国の王族や貴族が金に糸目を付けず買い求めますからな。」
なんとまぁ、この時代エリクサーって作れなくなってるのか。で、偶に見つかってもバカ高いと。なるほどそんな状況なら、成人がこんな質問したら不審な目で見てくるよな。
「なるほど。それは入手が難しそうですね。」
まあ、「難しい」であって「不可能」でないのなら、なんとか誤魔化しようがあるか。
「次にこの周辺の状況について教えてもらえますか?」
治安は多分問題ない。転生前にミウに出来るだけ安全な地域って頼んだしな。
「ここリンビウム王国ではこの三十年ほどは戦争はありません。また周辺国とも比較的落ち着いた関係を結んでおりますし、経済的にも良好であり、貴族同士の仲も険悪というほどの問題はほぼありません。」
ふむ、紛争の匂いはしないか。まあ、野心家かアホの権勢家が一人いるだけで争いは起きるから油断は出来ないがな。
「魔物や盗賊についてはどうですか?」
一応確認しておく事にする。
「王都周辺という事でかなりの頻度で定期的に討伐隊が出ていますので、強力な魔物や大規模な盗賊団はいません。」
つまり、強力ではないが繁殖力の高い魔物、小規模な盗賊団、なんかは根絶出来てないって事だよな。まあ、ゴブリンとか盗賊とかは1匹見かけたら30匹はいると思えって言うしな。
「それなら交易とかもとりあえずは安心できますね。」
まあ、さすがに護衛ナシとかは厳しいだろうが。
「一般の学問とか魔法とかの研究なんかが活発なのはどこら辺になりますか?」
色々と調べたい事も出てくるだろうしな。
「この国であれば、やはり王都の魔法学院が最高学府でしょうな。魔法や歴史であればエルフの国が詳しいですが、なかなか他国の人間は受け入れてもらえないらしいですな。」
魔法学院、それとエルフの国か。そういえばエルフの廃都は今どうなっているのだろうか?一度どちらにも行ってみよう。
そうして色々話し込んでると、リーナから声がかかった。どうやら商隊が通りかかるようだ。俺とボーデはリーナのところへと歩いていった。
お待たせしました。
せめて週一では投稿したいのですが、なかなか厳しいです。
ですが今回はいつもよりは長文の投稿となっております。
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