第十二話 治癒
リーナがホーンラビットの解体を全て終わらせると俺たちは次の行動に移った。
「リーナ、その枝に体預けて」
小川を離れて周囲がひらけた、がっしりとした大きな木の上に俺とリーナはいる。何をしてるかというとイークボアを待っているのだ。
イークボアは猪に似た魔物だ。普通に狩るなら勢子や猟犬を数揃えたり、寝屋まで追跡したり、罠をしかけたりするのだが、いかんせんリーナが片足なので移動を伴う狩り方は厳しいし、経験を積みたいので罠で捕っても仕方がない。
そこで、先ほど解体したホーンラビットの臓物を撒き餌にして待ち伏せ狩りをする事にした。イークボアは猪に似ているだけに鼻が利くし、逆に似ていると言っても魔物なので、血の滴るような臓物は大好物で匂いを嗅げばすぐに反応する。
で、近くに人間の姿があるとイークボアを警戒させるし、リーナの身の安全を確保する為にも二人して樹上で待つことにしたのだ。
「イークボアが現れたら俺が狩るから、リーナには俺の様子を見ていて欲しい。」
「ご主人様のご様子をですか?」
リーナが不思議そうに聞いてきた。まあ、普通は周囲の警戒をさせるからな。でも今回は今後の事を考えて俺の事をじっくり見てもらっておかねばならないだろう。
「ああ、そうだ。よく見ておいてくれ。」
そうリーナに再度頼んでいると、遠くの方からバキバキと森の木々をへし折るような音が近付いてきた。そちらに目を向けると木々の間から1頭のイークボアが姿を現した。
「来たか」
イークボアを確認すると弓を構えて、弓術のスキルテクノであるダブルショットを発動させる。スキルテクノとは特定のスキルにLv1につき1個存在する特殊技能だ。弓術Lv1のダブルショットはその名の通り1呼吸で同時に2射する技だ。
イークボアはその皮が皮鎧に使われる位頑丈で、狙いはイークボアの弱点である目や鼻といった頭部に備わる穴だ。
狙い通りとはいかなかったがイークボアの頭部に2本の矢が刺さり悲鳴を上げ足を止める。そこにトドメとばかりにもう一度ダブルショットをぶち込む。その内の1発はイークボアの右目を射抜き今度こそ悲鳴をあげることもなくその場に倒れこんだ。
「収納してくるからリーナはここで待ってろ。」
俺はリーナにそう指示を出すと、木からおりて倒れているイークボアに駆け寄り収納すると急いでリーナの待つ樹上に戻った。
樹上から見渡す限りでは木々に視線が遮られて他のイークボアは見当たらないが、スキルの索敵を使って調べてみると、どうやら先ほどとは反対の方角から1頭近付いてくるようだ。
俺はそちらの方を向いて風魔法の詠唱を開始する。隣のリーナから驚いたような気配を感じたが気にしないでおいた。
暫くすると木々の間からイークボアが姿を現したので、最後に力ある言葉を放った。
「エアバースト」
風魔法Lv2のエアバーストは風の塊を撃ち出して、着弾地点で爆発させる魔法だ。狙い違わずイークボアの顔面に炸裂したエアバーストは1撃でイークボアを絶命させた。
索敵スキルで近くに他の魔物がいない事を確認すると、再度樹から降りてイークボアを収納し、撒き餌にしたホーンラビットの臓物を地面に埋めておいた。
「じゃあ、そろそろ森を出ようか。」
リーナを樹から降ろして俺たちは森を出る事にした。
森に入った場所まで無事に戻ってこれた。途中ホーンラビット2羽と遭遇したが問題なく狩って収納してある。
繋いでおいた馬も魔物に襲われる事もなく無事のようだ。まあ森の外で街道沿い、しかも定期的に討伐もされているし、直前にグレーウルフの群れも倒してあるのだから、そうそう襲われないか。
「夕食にしよう」
俺たちは開けた場所で夕食にする事にした。メニューは岩塩をまぶしたホーンラビットを獣脂を引いた鉄鍋で焼いたモノと黒パンだけだが、結構美味しく満足した。
夕食は終わったが、日没まではもうしばらく時間はあるだろう。
「リーナ、話がある。」
夕食の片づけが終わったタイミングでそう言って、リーナと向かい合った。
「まず聞きたいのはイークボア戦での俺を見ての感想だ。正直どうだった?」
まずはリーナの闘いに関する見る目を確認したい。
「はい、正直凄かったです。ダブルショットを使っておられましたが、狙いがとても正確でした。」
ああ、なるほど。確かにダブルショットは弓術Lv1のスキルテクノだが、その効果はあくまで同時の2射だ。逆に言うと同時2射に重点を置いてあるせいで本来命中精度自体はイマイチだ。
今回の場合それを弓術Lv3の効果で命中精度を確保したのだ。
「まるで直前のホーンラビットの時と比べて急に弓の腕が上達なされたかのようでした。」
実際、弓術スキルをLv1からLv3に引き上げた訳だが、普通はそんな上達の仕方はあり得ないからな。
「他には何かあるかな?」
風魔法のこととか。
「風魔法を使っておられましたが、ご主人様はひょっとして伝説の2クラス使いなのでしょうか?」
やっぱりそうなるか。でも伝説のってなんだ?
「どうしてそう思ったのかな?」
この時代の人が何を見てそう判断したのかは、ぜひ知りたいところだ。
「はい。風魔法をお使いという事はクラスは魔法使いの筈です。ですが、魔法使いは弓術のスキルテクノを使えません。」
ああなるほどな、そう言えばそうだった。
「で、ですが、ダブルクラスなどおとぎ話の中にしか出てきません。」
リーナの言葉に動揺がにじみ出ている。だが何故だ?それは確かに当時だってダブルクラスはレアだったが、伝説とまでは……
俺がそう考え込んでいると、
「あっ、もしくは何か特別な上位クラスでしょうか?」
ああ、魔法戦士とかそういう感じのクラスの事か。確かにその可能性もあるけど、今のところは「勇者」以外は基本クラスまでしか所持してないけどな。
「今は未だその答えは教えられないが、俺がちょっと変わった力を持ってるのは事実だよ。」
そう返答した上で俺はリーナに本題の選択を突きつける事にした。
「そこで聞きたいのだが、リーナは右腕と右足を治したくはないか?」
「治したいです。ですが、エリクサーなんて見たこともありませんし、とても手が届きません。」
エリクサーの事は知っているのか。治療を諦めずに色々調べたんだろうな。
「確かにエリクサーは入手が難しい。だが、さっき言った俺の変わった力でならどうにか出来るんだ。」
さて、ここからが本番だな。
「本当ですか。」
「ああ、本当だ。だがそれには幾つか条件があるんだ。」
実は今から言うのは治療自体の為の条件ではない。
「ぜひお聞かせください。」
リーナがグイグイ押してくる。
「まず第一にこれに限らず俺の力の事は絶対に秘密だ。」
この時代、欠損をポンポン治療出来る存在がいるとばれた時には、一体どういう事になるのか想像もしたくない。
「第二にリーナが死ぬまで俺の奴隷から解放は出来ない。」
俺としては世間にばれたら困るのだから、なんの制約もなくなる奴隷解放をしたり、ましてや手放したりは出来ない。
しかし自分で言っておいてなんだが酷い条件だ。普通どんな奴隷にだって、奴隷から解放されたり、より良い主人に巡り合えたりする事を夢見る権利はあるし、それを最後の希望としてる奴隷だっている。それを完全に諦めろって条件なんだよな。
「最後の条件だが、治ったらその力で今後とも俺の役に立ってくれ。」
元々リーナはボーデから聞いたように、諦めない不屈の精神を持っているし、今回の狩りで見せたように片腕片足のハンデを創意工夫で乗り越えていた。
その片腕片足が治ってハンデがなくなれば、掛け値なしに優秀な人材だろう。
「条件はこれだけだがどうする?無理なら断ってくれれば良い。そうであれば今後は普通に奴隷として仕えてもらうし、働きによっては奴隷からの解放も考える。」
「ただし、返答は今すぐしてほしい。」
本来ならば幾らでも悩ませてやりたいところだが、そうするといつまでも町や村に行けないからな。
それはそうだろう、例えば人目を避けて宿に泊まって治療をしたとする。翌朝になって片腕片足だった奴隷がいきなり治ってるのを宿の人間に見られたら、リーナが喋ろうが喋るまいが一気に噂になるだろう。
だからこそさっきも隊商がいる間はリーナに隠れてもらっていたんだからな。ボーデはリーナの事を覚えているだろうが、彼とは契約を結んでいるので他者には話さないだろうから問題ない。
「治療をお願いいたします。」
一瞬だけ逡巡したようだが、それでもリーナはそう言ってきた。
「わかった。では服を脱いでこちらに背を向けてくれ。だがその前に」
そういうと俺は収納から荷馬車の荷台を取り出した。治療したら欠損が治る訳だが、着ている服の隙間に綺麗に通すように腕と足を再生するのは難しいので、服は脱いでおいてもらう。
だがそうすると万が一魔物が出た時に、リーナは下着姿だし、俺は呪文に集中してるし、になるので
「何かあるといけないから、一緒にこの中に入ってくれ。」
という事にした。二人揃って荷馬車に入ると、リーナが早速俺に背を向けて服を脱ぎだした。
「脱ぎました。」
俺に背を向けているリーナの背中に俺の手を当てて詠唱を開始する。今回の場合欠損治療がメインだが、それに伴う疲労や体力の回復、ついでになにか状態異常があるようならそれも一緒に治してしまう。
「グランヒール」
最後にそう力ある言葉を唱えるとごっそりMPが減った感じがして一瞬リーナの体が光に包まれた。
一カ月ぶりの投稿です。
投稿期間があいてしまい申し訳ありませんでした。
それでは、御意見・ご感想お待ちしております。
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