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いつもと変わらない朝の風景

 携帯アラームのけたたましい音で目が覚めた。

うるさいそれを慣れた手つきで解除する。

時刻はちょうど朝の七時を迎えていた。


 部屋を出る時に、ドアの前にある鏡の中の自分と目が合う。

そこにはいつもと変わらない、無表情な自分がいた。

一人だと、いつもこう。


 昔から、こんな風だった訳じゃない。

もっと活発だったし、いつも笑ってた…気がする。


 笑い方を忘れてしまった今となっては、もう過去の栄光だが。



「おはよう紀ちゃん」

「…おはよう」


 リビングに行くと、ダイニングキッチンで母が忙しなく朝の準備をしていた。

テーブルには既に朝食が置かれている。いつもと何ら変わりのない目玉焼き、サラダ、トースト、お味噌汁…。


 「早く食べちゃってね」

 「はーい。いただきます」

 

 せっせと朝食を食べ始めた頃に、父がやってくる。

既にスーツを着ていた。


 「おはよう紀」

 「…おはよう」

 「何だ元気ないぞ」

 「そうかな」


 意外にも真剣な顔で心配するものだから思わず苦笑いだ。

一人の時や他人と触れ合うと笑えない紀も、家族の前では普通に笑える。たとえ苦笑いだったとしても。

そして父も朝食を食べ始める。

母は、お弁当作りで忙しいから毎朝この時間は父と二人っきりだ。


 「昨日は学校は楽しかったか?」

 「うんまあそれなりに」


 その環境を活かして聞いてくるこの質問も毎朝の恒例だ。

…紀が曖昧に答えるのも。


 家族は大好きだ。

心が落ち着く唯一の紀の居場所だと言っても過言ではない。

祖父がいればもっと安心だったが。

それでも、紀の居場所には変わりはない。


 

 だからこそ、言えないことだってあるのだ。



 「今日も楽しめよ」

 

 紀より遅く食べ始めたくせに、先に食べ終わった父は会議があるからと足早に家を出た。

紀もあまり時間に余裕はないため、少しだけ食べるスピードを上げる。

食べ終わったあとは祖父に手を合わせて

七時五十分。何とか定刻通りに家を出ることが出来た。



 いつもと変わらない朝。


 …学校行きたくないな。


 紀の心中もいつもと変わらなかった。









 登校後。まず下駄箱を開ける。

すると罵詈雑言が書かれた紀宛てのラブレターと共に上履きに入れられた画鋲という大量のプレゼントが待っている。


(…毎日毎日ご丁寧なこと)


そしてそれを何の躊躇もなくゴミ箱へポイ。


さて次は教室だ。

自分の席に着くまでなんて果てしない道のりなんだろう。


2-8というプレートが掲げられた教室の前に立つ。

毎度立て付けの悪いこのドアを開けるのは緊張だ。



 だって、何が落ちてくるか分からないから。



床と板が擦れる嫌な音を立てながら地獄への扉は開かれる。

そのゆったりとした動作とは裏腹に“それ”はすぐさま紀の頭上へ落ちてきた。


 (今回は原始的なものに戻ったか)


それは二つの黒板消し。

これは危なかった。だって、被ってしまったら今日はきっと授業を受けられない。

真っ白な紀を見ればさすがに教師達も気づくだろう。


 紀は咄嗟に頭に持っていった鞄を下ろす。

…おかげで鞄は真っ白になってしまったが。


 これくらいは許容範囲内だ。



 彼らの予想に反して、真っ白にならなかった紀がつまらないのか、クラスの連中、それもいじめの主犯グループは不平不満を言っている。

それに対し、恐々と状況を見守る周りの生徒達。

いつ自分達に被害が及ぶか分からないから、何もせず、何もできず、見守るだけ。


 そんな彼らを紀は笑いたくなった。


こういう時、いつも思い出すのは祖父の言葉だ。

紀がいじめられていると知っているのは祖父だけだった。

父や母は好きだが、いじめられているという事実を告げられるほどの勇気を紀は持ち合わせていない。


祖父は例外で、紀が言う前に向こうが気づいたのだが。




 紀が何も言わず席に着き、授業の準備をしていると流石に表情を変えないターゲットに飽きたのかすぐに構うのを止めた。

それに比例してクラスも活気を取り戻していく。


やっぱりいつもと変わらない、穏やかな風景が広がっていた。



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