報復
私は、今この国で最も権力があると言っても過言ではないと言える人物の家で、秘密裏に行われるパーティーに参加する事になった。勿論、秘密裏に行われるパーティーと言っても、完全に怪しいものである。
私がそう断言出来るのには幾つかの理由がある。
そして、その理由の一つは、私がそのパーティーに参加する事になった理由でもある。
迚も簡単な言葉で言うと、復讐だ。私は彼の行為を思い出すだけで、胃潰瘍を起こして、吐き気が止まらなくなりそうになる。
私の婚約者は、彼に買われたんだ。
彼女の両親も、勿論彼女だって、本心では拒絶したくて仕方がなかった筈なんだ。そうに決まっている。逆にそうでなければおかしいんだ。
その男は、まるで牧場にいる牛や、豚を買うように、彼女の両親に大金をぶん投げたらしい。
両親は納得したらしい。仕方がなかった。いや、そうするしかなかった。
その男の前では、この国の全ての規律や、道徳は、まるで意味をなさないのだから。
そんな、この世の癌に蹂躙されていると、思うと、彼女を助ける事しか見えなくなっていた。そして、そいつの脳味噌を轟音と共に床中に飛散させて、ぶち殺してやりたくて仕方がなかった。その日から私の平穏な日常は終焉を迎えた。そして、復讐者としての日常が開闢したのだ。
そう言う訳だ。だから、そんな奴が秘密裏に行うパーティーなんてものは、怪しいもの以外の何物でもないというわけだ。そして、私がこのパーティーに参加する理由は、もう言うまでもないが、そいつの殺害だ。
唯、普通にその会場に侵入出来る可能性なんて万に一つも存在しない。当然の事ではある。元々秘密裏に行っているのだから、一番注意して然るべき箇所であろう。
だから、私は客として入る事にした。参加費だけで、家が買えるぐらいだったが、後悔はない。この金で奴の命を散らせる事が出来ると思ったら安いものだった。
私は会場に案内される。会場全体の客の数は十六と言ったところだろう。参加費から考えると、正直この人数が集まった事は奇跡であるとしか言えない。彼らが何にそんな大金を払う価値を見出だしたのか、私には理解出来る気もしたが、実際のところは不明だ。
答え合わせをするように、あの男が現れ、我々よりも高い位置で話しを始めた。
「紳士淑女の皆様、今宵は私が主催するパーティーに参加して頂き誠にありがとうございます。本日は私達でとても奇妙な体験をしようではありませんか」
壇上の男の挨拶からは何か不穏な感じが漂っていた、様な気がした。
「それでは、例のものをお客人に」
その男がそう言うと、次々にワゴンに乗せて料理が運ばれる。中身は蓋でまだ見えないが、尋常ではない大きさだ。 まるで、いや何も言うまい、何か嫌な予感がするだけだ。
「その蓋を開ける前に、皆様に一つ伝えておかなければならない事が御座います。この中に、この場に相応しくない方々がいる可能性があるという情報を聴きましたので、発見した際はこちらで独自に対処させて頂きますので、ご理解のほどをお願い致します」
そいつは、ワゴンが定位置に着くと、よく解らない注意を入れてくる。一瞬、自分の事を言われているのではないかと思うが、能々考えると、特定されていないから彼はそんな事を言うのかと思えたら、汗が引いた。そして、平静になると、彼の慇懃な物腰から苛立ちを感じ、そして、再び、殺意へと還元される。
「それでは、パーティーをお楽しみ下さい」
彼の一声が会場に響き、部屋の奥まで届く程の時間になると、使用人達は一斉にワゴンの上の料理の蓋を開ける。
僕は、目の前の光景に戦慄し、言葉を出す事が出来ず、吐き気を催し、目の前の男の思考回路を疑い、自身の掛かった罠に気付く。その刹那、会場内の客人の女性の金切り声が僕の耳朶を劈く。同時に脳内の思考までも破壊していった。
「ゆうき~~!!!! どうして~~~~!!!!」
その声の主は、床に膝を付けて、目の前の現実を搔き消す様に、只々叫んでいた。僕は、彼女の事が、他人事とは思えなかった。
その女性に悪魔が話し掛ける。
「御婦人、如何かなさいましたか?」
「コロス、お前だけは、何があっても」
彼女は女性らしい小さなバッグから包丁を取り出した。確信する。彼女が、この空間にいる理由も、僕と何ら変わりなんてないのだと。何となくだが感じるんだ。此処の参加者は、僕や彼女の様な動機で参加する人種の方が、大多数なんだと。
しかし、その女性は直ぐに、抵抗する事の出来ない体勢にされてしまう。
「御婦人、申し訳ありません。皆様のご迷惑になりますので」
慇懃無礼な悪魔は、泣き崩れた女性をそのまま闇へと誘った。
「少々、トラブルが発生しましたが、気を取り直してお召し上がり下さい」
男が戻ってきて、仕切り直しの様な事をする。
理解する事は出来ない。理解しようとも思えない。その男は、目の前のワゴンに倒れている男性をまるで食品であるかの様な扱いであった。その言葉に狂気じみたものを感じない筈がない。自分が目の前の男性を食しているところを想像するだけで、手足の震えが止まらなくなる。
そんな僕を見てなのか、隣の男性が話し掛けてくる。
「皆さん、お召し上がりにならないんですか?」
男はそう言うと、ワゴンの男性の死体の眼球にフォークを当てて、そのまま抉り出し、視神経を適度な長さで切り落とし、自らの口に運ぶ。
気分が悪い。吐きそうだ。倒れそうだ。実際に、その場に倒れ込んだ者も少なくはなかった。だが、彼らは使用人達の手によって、何処か知らない場所に連れていかれる。
どうやら、僕に選択肢なる有情なものは用意されていないらしい。僕は、さっき迄、男が行っていた行為を模倣する。激しい罪悪感が押し寄せて来た事は言うまでもない。死んでしまいたい。あの悪魔の言いなりになって、弄ばれているかの様な自分が憎い。
眼球を噛まずに飲み込もうにも、当然そんな事が出来る大きさではない。この事を考えて、舌の上で転がしている時間が、苦痛で仕方がない。咀嚼して、飲み込む事を強いられる。当然、僕の口の中では、今までにない感覚と感情が同時に拡散される。その感触は不快で仕方がない。なのに、僕はそれを咀嚼して飲み込む。
気が付くんだ。僕はこのパーティーに参加した時点で、恐怖の糸で繫がれた一体の傀儡だったんだ。このままでは、あいつに喰われる、精神的にも、肉体的にも。そう思いながらも、僕は反逆者である事を誤魔化すために次の部位を切り落とし、自分の皿に盛る。
目の前の死体の部位を、口の中に抛る。けれども、口の中に物を入れているのに、感情とかその他諸々がオーバーフローして、味は全く感じない。
多分、僕は死んだんだ。確実に精神か、肉体のどちらかは死んだ。目の前の死体の一部を口に咥えている。自分が生きるために、だから精神が死ぬのかな。
奴を殺せば、この空間は終わる。僕を縛る恐怖も、彼女の仇討も、目の前の死体の処理も、僕の目的も、全てが綺麗さっぱりこの世からなくなる。
でも、ばれたら死ぬ。闇に捕えられ、恐怖のなかで彷徨いながら食材にされる。でも、彼女もきっと、そう、きっとそうだ。ここに来る前は、あの男に蹂躙されている事を想像した。大体は間違っていなかったよ。けれども、彼女が食材にされているなんて想像出来なかった。想像のしようがない。あの男は、自身の欲望のためなら、いかなる異常な行為でも行う。それが身に染みて解った。
そして、僕のこのパーティーに参加した目的は、悪魔の処刑だ。彼女の仇討だ。自分がこの家から生きて帰ることではない。
僕を待ってくれている人は、この世にはもう居ない。悪魔の家に入った時点で死んだのと同じだ。意志が固まった。何に怯えていたのか。何を迷っていたのか。何故、本来の目的を忘れて生き残ることを考えていたのか。僕は、それらの問いにナイフの一振りで答える。
そのナイフは見事に、男の喉を掻っ切った。
男は、平静を失い、いつもの莫迦丁寧な口調も忘れ、何かを叫んでいるようだ。僕には、もう何も聞こえない。味覚の次は、聴覚も失った。
何かを達成した。とりあえず彼女の敵討ちは成功した。だからか、安心感か、達成感か、身体の機能が停止するのを感じる。
自分の体が、引き摺られて、暗室に送られる。
暗室で、僕は夢を見た。彼女と幸せに暮らしている夢を。僕は暗室で目を開いても何も見えなくなっていた。暗順応もしない。視覚もなくなった。
そして全てが幕を閉じた。
こんにちは、那由多です。
割とグロい部分があったと思いますが最後まで読んでいただきありがとうございます。
多分、R15で大丈夫ですよね。
なんとなく解説の様な何かを。
先ず、男のパーティーから、男のパーティーは割と、循環してますね。食材を手にする時の金をその身内がパーティーの参加費として、幾らか戻してくれるわけですからね。
そして、カニバリストの方々には個人的に、人肉を料理として出すパーティーを行うと言ったのでしょう。合法的に人肉が食べられる場所なんてありませんから、本当に食べたい人は集まるでしょう。
おおよそ、男はカニバリストと見て間違いないでしょう。後、この男はかなりのサティズムですね。このパーティーを開催してるのも、おおよそ、復讐に来た人たちの反応を見るためでしょう。
長々とすいません。
改めて御拝読ありがとうございました。