↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『戦国時代に転生したらAIまで付いてきた!これ、天下取れるんじゃね?』  作者: ユミヒロ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
14/18

第十四章 戦が始まる前の清須


第343話 戦は、出陣の声より先に町へ出る

翌朝、戦はまだ始まっていなかった。城から急ぎの触れもないし、兵が道を埋めてもいない。なのに市場へ出て半刻もしないうちに、俺は昨日までと違うものを三つ見つけた。乾飯を扱う店で小口の買いが重なり、草鞋屋はいつもより早く縄を切り分け、鍛冶屋の前には折れた金具を持った小者が二人待っていた。どれも一つなら珍しくない。三つ重なると、少し気になる。

半次は草鞋屋の前で首を伸ばし、「これだけで戦って分かるの?」と聞いた。俺が「分からない」と答えると、露骨に肩を落とす。「そこは分かるって言うところじゃないの」。新吉が横から笑って、「弥吉がそれ言い出したら一番危ないだろ」と半次の背を押した。未来を知っていても、今この日に何が起きるかまで答え合わせで決める気はない。

AIへ、ここ数か月で城から大量の荷が出た日の前日を並べさせた。乾飯、草鞋、縄、空荷車、馬方の戻り時刻、鍛冶の夜仕事。全部が毎回同じではない。ただ、普段なら別々に動くものが短い間に同じ向きへ寄る日は、その翌日に城の荷が増えていることが多かった。箱は、『単一の兆候では判断できませんが、複数の独立した準備行動が同時に増えています。大口の物資移動が近い可能性は、通常日より高いと考えられます』と出した。

親父へ話すと、「で、米を買い占めるのか」と一言で嫌そうな顔をされた。「しない。今買ったら、こっちが戦だって町へ教える」。俺たちが先に騒げば、それ自体が新しい情報になる。しかも外れたら、米も馬も値を上げるだけだ。必要なのは、荷を抱えることじゃなく、明日増えても詰まらないようにすることだった。

そこでやったのは地味なことばかりだった。今日返ってくる荷車の車輪を先に見て、傷んだ縄を切り替え、空いた俵を湿らせずにまとめる。馬方には「明日の朝、空で帰るなら一声くれ」とだけ頼み、仕事を止めて待たせない。藤兵衛は車軸へ油を差しながら、「戦の支度って言うから槍でも磨くのかと思ったら、今日も車か」とぼやいた。親父が「荷が動かん戦なら槍だけ走らせろ」と返し、藤兵衛は「それ出来るなら俺いらんわ」と笑った。

昼過ぎ、城からまだ命令は来ない。それでも、朝に見た動きは一つ増えた。城へ紙や薪を入れる小口の荷が、いつもより前倒しで入っている。俺はAIへ追加した。箱は予測を派手に強める代わりに、『準備行動の範囲が物資だけでなく、城内の通常補給にも広がっています。ただし、軍事目的以外の大規模行事でも同様の動きは起こり得ます』と釘を刺した。こういうところは相変わらず景気が悪い。でも、それでいい。

夕方、信長に呼ばれた。上総介様は俺の顔を見るなり、「何を嗅ぎつけた」と笑った。俺が「何も聞いてません。ただ、町が昨日と違います」と答えると、笑いが少し深くなる。「何が違う」。「皆が同じ話をしてるんじゃなく、別々の商いが同じ時刻に少しだけ急いでます」。年配の男が横で眉を上げた。

信長は行き先も日取りも言わなかった。ただ、「それでお前は何をした」と聞いた。米を買っていない。馬も囲っていない。車輪と縄を直し、戻り便を拾いやすくしただけだと話すと、上総介様は畳を指で二度叩いた。「よい。戦がなければ商いが少し楽になる。あれば、そのまま使える。そういう支度は嫌いではない」。褒められた横で、年配の男が「殿、あるともないともお顔に出さないでください」と小声で言った。信長は「出しておらぬ」と即答したが、たぶん少し出ていた。

店へ戻ると、久作が待っていた。今日は紙ではなく、馬方の名を三人書いた板切れを持っている。「この三人、明日の朝だけ倍で借りたいって声が掛かってる。別々の口からな」。親父が舌打ちした。「こっちだけじゃねえか」。俺も同じことを思った。戦が始まる前の町を読んでいるのは、俺たちだけじゃない。

相手は次の急報を作る必要すらない。町が本当に動き始める瞬間を見て、先に足を買えばいい。


第344話 馬を集めない方が、馬を使える

次の朝、馬の値は上がった。正確には、馬そのものじゃない。「今日一日、ほかへ貸すな」という約束の値が上がった。いつもなら荷を運んで帰る馬方へ、朝から銭を積んで一日押さえようとする連中がいる。半次が市場から戻るなり、「すごいよ。まだ何運ぶかも言わないのに、馬だけ欲しいって」と目を丸くした。

親父は帳面を閉じ、「追うな」と言った。俺も同意した。こちらまで倍を出して馬を囲えば、その瞬間に『清須は本当に大量の足が要る』と教えることになる。それに一日押さえた馬は、使わなければただの高い置物だ。新吉が「馬を置物って言うなよ」と笑ったが、勘定としてはそうだった。

AIへ、今日清須へ入る馬と荷、下ろした後の行き先を分かる範囲で並べた。十五年前から俺が見て、聞いて、積ませてきた記録が、こういう時に効く。北から味噌を運ぶ馬は昼前に空く。西から薪を運ぶ二頭は午後に清須を抜ける。南から布を運ぶ一団は、荷下ろし後に津島方面へ戻る。箱は、『固定して確保するより、時間帯ごとの帰り便を接続した方が、通常商いを止めずに利用可能頭数を増やせます』と出した。

「また帰り便か」。親父が少し笑った。俺が初めて塩三十俵を任された日も、馬を買うんじゃなく帰り道を使った。あの時は目の前の一件を間に合わせるためだった。今は町全体の足を、集めずに使う。同じ考え方でも、積んだ現地データが増えると届く範囲が変わる。

馬方には予約札を配らなかった。誰か一か所に集めもしない。ただ、荷を下ろした時に次の行き先が空なら、いつもの宿へ声を掛けてもらう。宿側は「朝のうちに何頭いるか」ではなく、「次の一刻に何頭が空くか」を札で持つ。藤兵衛が札を見て、「馬まで刻で数えるようになったか」と呆れ、半次が「俺も空く刻書いとく?」と割り込んだ。「お前は勝手に空くな」と親父に返され、皆が笑った。

昼前、城から本物の使いが来た。「明朝、米と矢柄をいつもの倍ほど城へ上げたい。細かい割りは暮れまでに出す」。今までなら、ここから慌てて馬を探すところだ。だが今日の札には、夕方までに戻る馬と、明朝こちらを通る馬がもう分かれている。まだ全部を縛っていないから、通常の荷も動いたままだ。

新吉が「で、どれを押さえる?」と聞いた。俺は「押さえない。空いた順に明朝使えるか聞く」と答えた。断られたら次。足りない分だけ最後に高い馬を買う。AIは、朝までに戻る可能性の高い組み合わせをいくつか出したが、一本に固定しなかった。馬が遅れる、道がぬかるむ、別の急ぎが入る。現場で変わる余地を残したまま、足りる形だけ先に持つ。

暮れ前には、必要な頭数の大半が通常の帰り道から見えた。朝から倍を払って囲った馬は一頭もない。しかも、相手が高値で押さえた馬のうち二頭は、その日ほとんど動かなかったらしい。久作がそれを聞いて、「銭使って馬に昼寝させてるな」と笑う。親父も「金持ちは豪気でいい」と珍しく楽しそうだった。

ただ、久作は笑いを引っ込めてから続けた。「買い方が変わったぞ。今度は馬じゃない。“どの道の馬が、何刻に空くか”を聞いてる」。俺は札から顔を上げた。集めないことで、数そのものは読ませにくくした。でも相手も次へ進んでいる。

何頭いるかではなく、どの道がいつ太くなるか。戦の前に欲しい情報としては、その方がずっと厄介だった。


第345話 一便目より、二便目を読ませるな

明け方、城へ上げる荷は予定通り揃った。米俵、矢柄、縄、細かな鉄具。行き先はまだ城までしか聞いていない。半次が荷車の横で欠伸を噛み殺しながら、「結局どっち行くんだろ」と呟くと、藤兵衛が縄を締めたまま「知ってどうする。お前が先頭で敵に教えに行くのか」と返した。「聞いただけじゃん」と半次がむくれ、新吉が笑った。

俺は行き先を隠すこと自体より、その前で仕事が止まらない方を気にしていた。どこへ出るにしても、城へ上げるまでの米の量り方、俵の縛り、車の点検は同じだ。目的地が決まってから全部始める必要はない。逆に、町の段階で北用、南用と分け過ぎれば、その偏りがそのまま相手の答えになる。

AIへ、今日の荷のうち行き先に関係なく共通でできる作業と、最後まで決めない方がいい作業を分けさせた。『重量確認、結束、車両点検、積載順序の調整は先行可能です。経路別の分割、護送人員の割当、最終受取先の紐付けは、変更コストが上がる直前まで遅らせられます』。要するに、先に全部決めるんじゃなく、戻せる仕事だけ先に終わらせる。昨日の“止めずに確かめる”を、今度は戦支度そのものへ広げた形だった。

城へ入ると、荷は内側で二手に分けられた。俺たちへ細かな行き先は伝えられず、受取札だけが別々に出る。半次が「ここまで来ても教えてくれない」と不満そうに小声を漏らすと、年配の役人が「お前に教える必要がどこにある」と真顔で返した。半次は「ですよね」と一瞬で引き下がり、後ろで新吉が肩を震わせていた。

一便目は何も詰まらなかった。むしろ問題は、そのあとだった。通常なら朝一番の大荷を出すと、宿の手も馬も縄も一度薄くなる。相手の帳面が何度も測っていた“戻るまでの刻”だ。親父は荷宿へ戻るなり、「これで終わった顔するなよ。昼の商いがある」と皆を追い立てた。藤兵衛が「分かってるけど、朝飯くらい食わせろ」と本気で怒り、親父も「食いながら聞け」と握り飯を放った。

AIへ、出した物ではなく残った物を入れた。空荷車が何台。使える縄が何本。午前中に戻る馬がどこから何頭。今いる人間で持てる重さ。さらに、出した直後に起きた普段の注文も足す。箱は、『第一便の完遂だけを成功条件にすると、直後の通常物流が空白になります。回復時間を短くするには、使用済み資源の帰着を待つだけでなく、別経路の空き資源へ切り替える必要があります』と返した。

そこで、一便目に使った馬を待たなかった。北から味噌を運んできた二頭を昼の紙荷へ、西から戻った空車を油樽へ回す。朝に使った縄は乾かす間、普段は別の蔵で使う短い縄を継いだ。全部、前日までなら「戻るまで待つ」しかなかったものだ。町の仕事が、同じ道具の帰りを待たずに続き始める。

昼過ぎ、城から二便目の小さな追加が来た。矢柄をもう少し、ただし急ぎ過ぎなくていいという。若い手代が一瞬固まったが、札を見てすぐ「西から戻る車が半刻で空きます」と答えた。親父が俺を見る。「昨日なら?」。「朝の馬が戻るまで待ってた」。親父は短く「だな」と言って、また帳面へ戻った。

その時、久作が戸口へ顔を出した。息は切れていない。でも、表情が朝と違った。「面白いもん見た。昨日まで馬の刻を聞いてた奴ら、今朝の一便が出たあとで町を見てた。けど昼前に一人、慌てて出ていった」。半次が握り飯を持ったまま「どっちへ?」と聞く。久作は首を振った。「荷が行った方じゃねえ。昨日まで“戻りが遅い”って書かれてた道だ」

俺はAIの画面を見た。相手は一便目の行き先より、出した後にどこが空くかを確かめに来ていた。ところが、今日はその空きが昨日までの数字どおりには残らなかった。古い清須を測った帳面が、初めてはっきり外れた。

ただし、これで勝ちじゃない。相手が古い数字を捨てるなら、次は新しい清須を測り直しに来る。しかも今度は、町の外からかもしれない。


第346話 遅れた馬だけで、道を止めない

昼を回っても、西から戻るはずの馬が二頭来なかった。昨日なら『古い清須の数字が外れた』で笑えたところだが、今日は逆だ。新しい清須を測り直す者がいると分かった直後だったから、半次は店先から道を覗き込み、「これ、外で止められてるんじゃない?」と声を落とした。

親父は帳面を閉じずに、「二頭遅れただけで敵にするな」と言った。半次が「でも昨日の今日だよ」と食い下がると、新吉が荷札を束ねながら、「お前、腹減って帰り遅れた日も敵に捕まったことにされるぞ」と笑う。半次は言い返そうとして、少し考え、「それは困る」と真顔になった。

AIへ、遅れている二頭だけでなく、西から今日戻る予定だった荷を全部並べた。薪を下ろす馬、空樽を返す車、紙荷を持つ小荷駄。箱は、『遅延は確認できますが、現時点で経路全体の停止とは一致しません。予定より早く通過した便も一件あります。原因を道そのものへ固定するのは早計です』と返した。

なら、見に行くより先に、帰ってきた物を見ればいい。最初に戻った空樽の車は、車輪に泥が厚く付いていた。御者は水を飲みながら、「西の浅瀬、朝の雨でぐちゃぐちゃだ。重い荷は一台ずつ渡してる」と愚痴った。次に来た紙荷はほとんど泥がない。こちらは川手前で北へ回り、別の渡しを使ったらしい。

半次が「あ、じゃあ敵じゃない?」と安心しかける。俺は首を振った。「まだ分からない。でも『西の道が止められた』ではない」。遅れている二頭はどちらも重い荷を下ろした帰りで、浅瀬を使う組だった。道を丸ごと避ける理由はないし、慌てて馬を別へ集めれば、その動き自体を外から読ませる。

親父は「なら今日の荷はそのままか」と聞いた。「軽い物はそのまま。重い物だけ、浅瀬を使う前に今の水を聞く」。新吉が「全部止めるでも、全部平気でもないってやつか」と言い、藤兵衛は荷車の軸を拭きながら「最近そればっかだな。たまには『今日は全部休み』って答えを出せ」とぼやいた。親父が「お前だけなら今すぐ休ませてやる」と返すと、「給金も休むやつだろ、それ」と藤兵衛が鼻を鳴らした。

午後、遅れていた一頭が戻った。馬方は顔を見るなり、「俺、清須へ帰るって言ったら妙に話が長くなったぞ」と言った。浅瀬の待ち時間とは別に、西の辻で見慣れない男二人から、どこの宿へ戻るのか、次は何を運ぶのかを聞かれたという。銭をせびるでもなく、荷を改めるでもない。ただ聞くだけだった。

久作を呼ぶと、男の話を聞いたあとで口元を歪めた。「道を止める気なら、もっと簡単だ。棒一本置いて揉めりゃいい。聞いてるだけって方が嫌だな」。俺も同じだった。雨で遅れた道に、たまたま人が立っている。それだけなら何でもない。でも、その人間が知りたいのが『どこへ行くか』ではなく『清須へいつ戻るか』なら話が変わる。

AIへ、馬方が聞かれた順番まで足した。『質問は経路の安全確認より、清須向け輸送者の帰着時刻と次回稼働可能時刻を推定する目的と整合します。ただし、二名の意図は未確認です』。半次が画面の言葉を聞いて、「敵って言い切らないの、こういう時は腹立つな」と呟く。俺も少しだけ同意した。

それでも、腹が立つから答えを決めるわけにはいかない。西の道は止めない。重い荷だけ泥を見て調整する。見慣れない男を捕まえにも行かない。代わりに、戻ってくる馬方へ一つだけ聞くことにした。『何を聞かれたか』ではなく、『清須行きだと分かった時だけ、相手の聞き方が変わったか』。

夕方までに三人から同じ答えが返った。津島へ抜ける者はほとんど止められない。清須へ戻る者だけ、次の仕事まで聞かれる。西の道が見られているんじゃない。清須へ戻る流れだけが、選ばれて見られていた。


第347話 見られているのは道じゃなく、「清須行き」だった

翌朝、俺たちは西の辻へ人を張らなかった。張れば、そこが大事だと自分から教えることになる。半次は不満そうに、「一回くらい捕まえようよ。顔見たいじゃん」と言ったが、親父に「お前が顔見に行って、向こうに顔覚えられて帰ってくるのが一番ありそうだ」と返され、むっとしながら縄束を抱えた。

代わりに変えたのは、町の外で馬方へ伝える予定だった『次の仕事』だった。今までは帰り道の途中で、清須へ戻ったら米、薪、紙荷のどれへ回すかまで分かっている便がある。早く動けるからだ。でも、それを外で聞かれれば、一人の帰着時刻だけでなく、その後どの荷が動くかまで一緒に渡してしまう。

AIへ、次の仕事をいつ決めれば遅れが出るかを計算させた。全部を店へ戻ってから決めると、荷宿が混む時間帯には半刻ほど無駄が出る。逆に外で固定し続ければ読まれやすい。箱は、『清須へ入る直前の宿または荷置き場で次便を割り当てれば、待機増を抑えつつ、町外で保持する情報を減らせます』と返した。

「要するに、帰ってから働き先を決める?」と新吉が聞く。「全部じゃない。決まってる仕事は変えない。まだどれでもいい荷だけ」。俺が答えると、藤兵衛が「俺も朝、店に来てから今日は何するか決めてくれ」と口を挟んだ。親父は顔も上げず、「お前は昨日から車輪三台って決まっとる」と切り捨てた。

昼前、西から戻る馬方の一人が、例の辻でまた男に呼び止められた。『清須へ戻るのか』『戻ったら何を運ぶ』。馬方は嘘をつかなかった。「清須へ戻る。次は戻ってから聞く」。それだけ答えたという。見慣れない男は、そこで初めて少し困った顔をしたらしい。

同じ頃、北から来た味噌荷の馬は、清須へ入ったところで紙荷へ回った。西から帰った空車は、予定になかった油樽を南へ持った。外から見れば、誰が次に何を運ぶかは以前より分かりにくい。でも町の中では、今空いている馬と車へ、今ある仕事を当てているだけだ。わざと遠回りさせる囮も、空荷を走らせる見せかけも作っていない。

午後、久作が面白くなさそうな顔で戻った。「向こうも変えた。次の仕事を聞けんから、今度は名前を聞いてる」。半次が「名前?」と聞き返す。久作は板切れへ三人の名を書いた。「庄八、伊助、弥三郎。昨日まで戻りの刻を聞かれてた馬方だ。今日は『いつもどの宿へ入る』『どの馬を使う』まで聞かれたってよ」

親父の手が止まった。荷の流れなら変えられる。道も、その日の泥や荷で変わる。でも人の名前は簡単には変わらない。十五年積んだ俺たちの記録にも、『この道ならこの人が強い』『この馬ならこの人が扱える』という結びつきが山ほどある。AIが有能になるほど、こちらだって人の癖を使っている。

俺が黙っていると、新吉が紙を覗いて、「これ、うちと同じことしようとしてる?」と小さく言った。その言葉が一番しっくり来た。相手も、物だけ見ているんじゃない。誰がどの道を知っているか。誰なら重い荷を早く運べるか。誰が休めば何が遅れるか。町の能力を、人の名前へ結びつけ始めている。

AIへ三人の名と過去の仕事を重ねる。『三名はいずれも特定経路への依存度が高く、欠けた場合に同等の代替が少ない作業を持ちます。外部が個人単位の稼働特性を把握する場合、経路妨害より小さい介入で物流へ影響を与えられる可能性があります』。藤兵衛が嫌そうに眉を寄せ、「道じゃなくて、人を一人風邪ひかせりゃいいって話か」と言う。誰も笑わなかった。

その夜、城から使いが来た。明日の荷の話ではない。上総介様が、戦の前でも確実に使える馬方、人足、木挽き、荷宿の者を、一度名前で出せと言っているらしい。『何があっても動かせる者を知っておきたい』。命令としては正しい。俺だって、前世なら名簿を作る。

でも今、その名簿こそ相手が作ろうとしている。


第348話 人の名簿を作るほど、敵にも地図になる

城の使いが帰ったあと、親父はしばらく黙っていた。やがて帳面を指で叩き、「出さないわけにはいかんぞ」と言う。俺も分かっている。信長が知りたいのは、明日戦になった時に本当に動く人間だ。『名簿は危ないので作りません』で済ませたら、守るために自分から使えなくなる。

新吉は筆を持ったまま、「じゃあ、どう書く?」と聞いた。半次が横から「俺も入る?」と顔を出す。親父が「お前はまず、頼まれてない帳面を覗く癖を直せ」と言うと、半次は「それ、能力に数えられない?」と真剣に返した。藤兵衛が吹き出し、「敵の帳面なら役に立つな」と笑い、少しだけ空気が戻った。

俺はAIへ、これまでの急ぎで実際に必要になった役割を、人名を外して並べさせた。重い荷を扱える。浅瀬を知る。夜道を走れる。壊れた車輪を直せる。馬が暴れた時に押さえられる。町の外の村と顔がつながっている。箱は、『個人名だけの一覧より、必要能力ごとに複数の候補と代替条件を持つ方が、欠員時の実行可能性を保てます』と返した。

「名前を消すんじゃなくて、一人に一仕事を背負わせない」。俺が言うと、親父は眉を上げた。「上総介様へ、庄八は何でも出来ます、じゃなくて?」。「庄八は西の浅瀬と重荷。伊助も浅瀬を知ってる。重荷なら藤兵衛と別の二人。夜ならまた別。必要な仕事から人を選べる形にする」。親父は少し考え、「名簿というより、替えが分かる帳面か」と言った。

ここで無理に全員を何でも出来るようにはしない。そんなのは嘘だ。AIも、庄八に慣れていない暴れ馬を任せればかえって遅くなると出している。得意は得意のまま残す。ただ、その人がいないと町ごと止まる仕事だけ、二人目、三人目を探す。足りないなら、足りないと書く。

翌朝、その考えを試す前に本物の急ぎが来た。城から飼葉を追加で上げたいという。量は多くないが、昼まで。いつもなら西の庄八が使う大きな馬を当てるところだった。ところが庄八は戻らない。昨日名前を聞かれた辻の向こうで、馬具の緒が切れて直しているという知らせが入った。

半次が「やっぱり狙われた?」と身を乗り出す。親父が「緒が切れただけで敵にするなって昨日覚えただろ」と押し戻した。俺も原因は後でいいと思った。今必要なのは飼葉を城へ上げることだ。AIへ重量、道、今いる馬、人を入れると、庄八の大馬一頭ではなく、北から戻った小さめの馬二頭へ分ければ間に合う。扱えるのは伊助と、普段は紙荷を運ぶ市松だった。

市松は最初、「俺、飼葉なんて積んだことねえぞ」と嫌がった。伊助が俵を叩きながら、「紙より噛みつかん。馬だけ見とけ」と笑う。藤兵衛が横で結びを直し、「荷がずれたら俺のせいにすんなよ。結びは教える、走らせるのはお前だ」と念を押した。誰か一人を万能にしたわけじゃない。出来るところを持ち寄って、一つの仕事を作った。

飼葉は昼前に城へ入った。庄八はその少し後、切れた緒をぶら下げて戻ってきた。「俺がいなくても終わった?」と悔しそうに聞くから、親父が「お前の仕事がなくなったわけじゃない。今日は別の奴でも出来たってだけだ」と答えた。庄八はまだ少し不満そうだったが、藤兵衛が「休める日が増えるぞ」と言うと、「それなら悪くねえな」とすぐ機嫌を直した。

午後、俺は城へ帳面を持っていった。信長は最初の頁を見て、露骨に顔をしかめた。「名を出せと言ったぞ」。俺は「出してあります。ただ、一人ずつの名の横に、その人が欠けた時の次も書きました」と答えた。上総介様は頁をめくり、庄八の下に伊助、市松、さらに『重荷だけなら藤兵衛ほか二名』とあるのを見て鼻を鳴らした。

「一番を決めぬのか」と信長が聞く。「決めます。今日その仕事をする時に。でも、明日も同じ一番とは限りません」。年配の男が横から、「殿が欲しいのは、いざという時にすぐ呼べる者の帳面です。毎度選び直していて遅れませぬか」と問う。そこで、今日の飼葉の話をした。庄八を待たず、役割を分けて間に合わせた。事前に代わりが分かっていたから、選び直しても遅れなかった。

信長は最後まで読んでから、帳面を閉じた。「面白い。名を集めたのに、名で縛らぬか」。少し笑い、それから急に真顔になった。「なら、これを城の外へ出すな」。俺は頷いた。名簿を作らないんじゃない。必要な人は知る。ただし、一枚盗めば清須の弱点が全部分かる形にはしない。

店へ戻る途中、久作が待っていた。今日は笑っていなかった。「庄八の緒な。切れたんじゃねえ。刃が入ってる」。半次が息を呑む。俺はすぐに庄八の顔を思い浮かべた。怪我がなくてよかった。偶然の傷ではない。だからといって昨日までの連中と同じだと、まだ決める気はなかった。それでも、誰かが人を一人外した時の清須を試した可能性は無視できない。

AIへ、切れた緒と今日の代替結果を記録する。箱は、『外部が特定個人の離脱効果を検証している場合、今後は複数人物、異なる役割で同様の試行が起きる可能性があります』と出した。俺は城へ出した帳面の控えを見た。

次に守るのは、荷でも馬でも道でもない。人が一人欠けても、町がその人ごと止まらないことだ。


第349話 一人を外しても、仕事まで消させない

翌朝、庄八の緒に刃が入っていた話は、まだ町じゅうへは広げなかった。広げれば「誰が狙われたか」をこちらから教えることになる。それでも、城へ出した帳面に載せた者には、いつもと違うことが続いていないかだけ聞く。大げさな見張りは置かない。仕事を止めないまま、変なところだけ拾う。

昼前、伊助が来なかった。北の宿へ聞きに行かせると、朝早く「南で弟が怪我をした」と知らされ、馬を飛ばして出たという。半次がすぐ「またやられたじゃん」と言いかけたが、親父が手で止めた。「弟が怪我してたらどうする。先に確かめろ」。その通りだった。

しばらくして伊助本人が戻ってきた。弟は怪我などしていない。南の辻でようやく話がおかしいと気づき、家まで行かずに引き返したらしい。「知らん小僧だった。うちの弟の名まで知っとったぞ」と、伊助は腹を立てるより気味悪そうに言った。庄八の馬具と違い、今度は物を壊していない。人を、自分から仕事場の外へ出している。

その時、城から荷が来た。西門脇で使っていた小荷車の車軸が割れ、積んでいた矢柄を昼までに別の車へ移したいという。普段なら伊助が馬を扱い、藤兵衛が車を見て、庄八が西の道を通す。ところが庄八は昨日の馬具を直していて、伊助は戻ったばかりで馬を休ませたい。藤兵衛は南の蔵で別の輪金を締めている。名簿の上では、きれいに三人とも外れていた。

半次が「これ、わざとなら当たりじゃん」と顔をしかめた。俺は返事をせず、AIへ矢柄の量、壊れた車の位置、近くにいる人間、道具、馬の状態を入れた。箱はすぐに人名ではなく作業へ分ける。『必要なのは、荷の保持、車体の安定、代替車への積み替え、馬の再接続です。各作業は同一人物が連続して行う必要はありません』。

近くの鍛冶場には、藤兵衛ほど車を直せなくても割れた軸を動かないよう仮止めできる若い職人がいる。北から紙荷を運んできた市松は、伊助ほど荒い馬に強くないが、今日の二頭は普段から扱っている。西門の道そのものは、荷を持ってきた城の小者が今朝通ったばかりだ。誰か一人を“代わりの伊助”にするんじゃなく、伊助が普段まとめてやっていた仕事を三つへ分ける。

市松は話を聞いて露骨に嫌な顔をした。「また俺? この前は飼葉で、今度は矢柄かよ」。鍛冶場の若い男が笑って、「出世したな」と茶化すと、「荷の種類だけ増えても給金変わらんわ」と返す。それでも馬の口を取る手は落ち着いていた。若い職人は車軸へ木片を噛ませ、「直すんじゃないぞ。倒れんようにしてるだけだ」と何度も念を押した。

積み替えは昼前に終わった。壊れた車はその場に残し、矢柄だけが別の車で城へ入る。誰も庄八にも伊助にも藤兵衛にも化けていない。それぞれが出来る部分だけ持ち寄った。AIは結果を見て、『個人離脱による停止時間は発生していません。ただし、仮止め作業は恒常代替ではなく、修理能力の不足は残っています』と出した。そこも大事だった。何でも代われたことにはしない。

夕方、伊助が弟を連れてきた。弟は元気で、兄が朝から血相を変えて来たことを面白がっている。「兄貴、俺が死にそうって聞いて泣いた?」。「馬鹿言え。お前が死んだら借りた銭を誰に返させるんだって思っただけだ」。弟が「借りてんの兄貴だろ」と返し、店先が少し笑いに包まれた。人を狙われる話ばかりしていると、本人まで弱点みたいに見えてくる。こういう雑な笑いがある方が、俺は安心した。

久作が来たのは、その笑いが消える前だった。「次の買いが出た」。差し出した板には、人の名ではなく短い言葉があった。――代わりを決めるのは誰だ。

親父が俺を見た。半次も、新吉も、同じように俺を見る。

相手が次に外したい一人は、たぶん分かった。


第350話 俺がいなくても、清須が考えられる形にする

「今日は城へ来い」。翌朝、本物の使いが来た。上総介様からの呼び出しで、断る理由はない。昨日の板切れを見たあとだけに、半次は「すごい嫌な日だな」と俺より嫌そうな顔をした。親父は逆に淡々としている。「行け。お前が城へ行ったくらいで店が止まるなら、それは昨日の帳面が嘘ってことだ」。

問題は、俺が持っているAIまで店から離れることだった。だから出る前に、AIへ今朝の清須を一度まとめさせた。急ぎの仕事、まだ戻せる仕事、遅れると困る時刻、近くにいる人と道具。そこから必要なところだけを、人が読める札へ落とす。答えの一覧ではない。「何か起きたら誰を何人出せ」でもない。今どこに余りがあり、どこを空にすると戻せなくなるかだけを残す。

新吉が札を見て、「これ、結局俺たちが決めるんだよね」と確認する。「そう。分からなかったら全部止めるんじゃなく、戻せるところまで進める。人が足りなければ、仕事を分ける。変なことが二つ重なったら、起きたことだけ別々に書いといて」。半次が「最後だけ急に雑じゃない?」と笑う。「そこは帰ってからAIに食わせる」。「俺ら、餌集め?」。「かなり大事なやつ」。半次は納得していいのか分からない顔をした。

城へ着くと、信長は戦支度の帳面を広げていた。どこへ出るかは言わない。代わりに、「荷を二日続けて出した時、清須はどこから痩せる」と聞かれた。俺は昨日までの記録をAIへ入れ、馬より先に車輪の補修と夜道を知る人間が薄くなる可能性を示した。上総介様は「馬ではないのか」と意外そうに言う。「馬は外からも入ります。直せる手と、暗くなってから戻す道を知る人は、急には増えません」

年配の男が「なら、その者を城へ抱えればよい」と言った。俺が首を振る前に、信長が笑った。「抱えたら町から消えるではないか」。話が早い。城が強くなるために町を空にしたら、二便目、三便目が続かない。必要なのは一度だけ多く持っていくことじゃなく、出したあとも次を作れることだった。

昼を過ぎた頃、店から半次が走ってきた。顔を見た瞬間、悪い知らせかと思ったが、息を整える前に「二件あった。で、終わった」と言う。説明が下手すぎる。年配の男まで眉をひそめたので、半次は慌てて続けた。「東で荷車の輪が外れたのと、北で馬が暴れた。でも新吉が札見て、東は近くの鍛冶に仮止め頼んで、北は馬方二人で人どけてから荷だけ外した。誰もこっちに聞きに来てない」

俺はほっとした。でも、それだけじゃ足りない。「怪我は?」。「なし。荷は?」。「東の紙が二束だけ遅れた。北は味噌一樽割れた」。半次はそこまで言ってから、少し胸を張った。「親父さんが“結果まで持ってけ”って。俺、ちゃんと覚えてきた」。城の年配の男が小さく笑った。半次は褒められたと思ったのか、さらに胸を張った。

AIへ二件を入れると、どちらも妥当な初動だった。完璧ではない。東では仮止めを選んだため紙荷が少し遅れ、北では馬を先に落ち着かせず荷を急いで外したせいで味噌樽を一つ割っている。それでも、人が怪我せず、道が長く止まらず、別の仕事から大勢を剥がしていない。箱は、『中央判断者不在時にも、既存の状態情報と局所判断で復旧が成立しています』と淡々と出した。

信長は画面を見ることはできない。俺が結果だけ話すと、上総介様は面白そうに半次を見た。「つまり、こやつでも回ったか」。半次が一瞬固まり、「“こやつでも”は余計じゃないですか」と小声で返す。年配の男が咳払いをしたが、信長はむしろ声を上げて笑った。「余計な口を利けるなら、まだ余裕があるな」。半次は帰り道までぶつぶつ言っていた。

店へ戻ると、久作が待っていた。板切れを出す前に、「見てた奴がいた」と言う。俺が城へ入ったあと、荷宿の向かいで半刻ほど動かなかった男が二人。二件の騒ぎが起きても店から大勢が出ないのを見て、片方が先に離れたらしい。昨日の問いへの答えを、向こうも今日確かめに来ていた。

親父が帳面を閉じ、「で、どうだった。お前がいないと止まったか」と聞く。「止まらなかった」。そう答えると、親父は満足そうにするでもなく、「なら次だ」とだけ言った。その言い方が妙にうれしかった。俺がAIを持っていることと、俺が全部の判断を抱えることは同じじゃない。AIが強いほど、俺一人の頭の中だけに閉じ込めない方が町は強くなる。

その夜、城から二度目の使いが来た。今度は帳面の相談じゃない。明け六つより前に、米、矢柄、縄、飼葉を順に城へ上げろ。人足と馬は、出せるだけではなく「翌日も回せる分を残せ」と、信長自身の言葉が添えてあった。

試される側の支度は、そこで終わった。

明日は、本当に兵が動く。


第351話 戦が始まっても、町を空にしない

まだ空が白む前から、清須は音で目を覚ました。馬の鼻息、俵を置く鈍い音、縄を締める掛け声。城の方では灯りがいつもより多く、門へ向かう人の流れが途切れない。行き先は知らされていない。それでも、昨日まで「戦が近いかもしれない」と読んでいた町が、今朝ははっきり戦の側へ動き始めていた。

一番簡単なのは、使える人と馬を全部城へ出すことだ。信長も急いでいる。現場だけ見れば、多ければ多いほど早い。でも、それをやった瞬間、清須は一便目だけ強くて二便目から弱くなる。AIへ、今朝出す量だけでなく、昼に戻る荷、壊れた時に直せる人、夜までに必要な町の仕事まで入れる。

箱は、城へ出せる最大量ではなく、出したあとに残る能力を並べた。『現時点で追加可能な人員はありますが、車輪修理経験者を全員同一便へ割り当てると、帰路障害時の復旧能力が著しく低下します。また、西の浅瀬を知る馬方を全員出すと、午後の戻り便の経路変更余地が減ります』。一人ずつ見ると余っている。役割で見ると、全部は出せない。

親父へ伝えると、「余ってる人を残すんじゃなく、余らせる仕事を決めるのか」と言った。俺は頷いた。藤兵衛は朝一番の便へ出さない。代わりに車輪を見られる若い職人一人を城まで乗せる。庄八は西の道を知っているが、今日は町へ残し、伊助を第一便へ。市松は北の通常荷を終えてから二便目へ回す。誰が上かではなく、次に何が壊れたら困るかで残す。

半次は自分の札を見て、「俺、第一便にも第二便にも名前ないんだけど」と不服そうだった。新吉が笑いながら、別の札を渡す。「お前、城から戻る空車拾ってこいって書いてある」。半次は読んでから余計に嫌な顔をした。「地味」。親父が俵を数えながら、「地味な仕事が嫌なら、派手に走って帰ってこい」。藤兵衛が「ただの早駆けじゃねえか」と吹き出した。

第一便が城へ入るころ、町では普通の商いも始まった。味噌荷が下り、紙荷が入り、油樽が南へ出る。戦支度だけ別の町でやっているわけじゃない。そこへ半次が空車を二台連れて戻ってきた。「地味なの取ってきた!」と妙に大声で言う。新吉が「自分で地味って言ってるじゃん」と笑いながら、一台を飼葉、もう一台を矢柄へ回した。

二便目の準備中、西から戻る馬方が一人、見慣れない男たちを見たと言った。昨日まで辻で清須行きを聞いていた連中と似ている。ただ今日は話しかけてこない。少し離れたところで、城へ向かう便と、町へ残る馬を見比べていたらしい。久作が「人数じゃなく、誰が残るか見に来たな」と口を歪める。

俺は追わせなかった。今捕まえに人を割くより、相手が見ても役に立たない状態を続ける方がいい。昨日までは庄八が外れれば西が薄くなった。今日は庄八が残る。でも明日も残るとは限らない。伊助が出たから北が弱いわけでもない。仕事ごとに組み替わる町は、名前を見ただけでは次の空白が読みにくい。

昼前、城から追加が来た。矢柄をもう一便、それに乾飯を少し。若い手代が「まだ出せます」と言ったので、俺は逆に「出したあと、夕方の荷は何で動かす」と聞いた。手代は札を見て黙り、すぐに書き直す。「空車一台残します。馬は北から戻る二頭を待つ」。少し前なら俺が全部決めていた。今は問いだけで、次の形が出る。

AIへ午前の実績を足すと、第一便の遅れはほとんどなく、通常商いの停止時間も昨日までの大荷の日より短かった。さらに、庄八、伊助、藤兵衛の誰か一人を欠いた場合の代替可能性も、昨日より上がっている。敵が人を一人外す試しを始めたせいで、結果として清須は「誰がいないと何が止まるか」を自分で知ることになった。皮肉な話だった。

午後、信長から呼ばれた。上総介様は鎧姿だった。ここ数日、畳の上で帳面を見ていた男と同じ顔なのに、部屋の空気がまるで違う。俺が午前の荷と残りを報告すると、信長は「町は動いておるか」とだけ聞いた。「動いてます。次も出せます」。答えると、満足そうに頷いた。

「なら、よい」。信長は立ち上がり、年配の男へ短く何かを命じた。外で人が走り出す。俺には行き先を教えないまま、上総介様は一度だけ振り返った。「勝つために全部持っていくのは、馬鹿でもできる。戻って次を出せるようにしておけ」

城を出たところで、久作が駆けてきた。珍しく息が切れている。「西の辻にいた連中、消えた。二人ともだ。それと北で、武装した一団を見たって話が入った。数はまだ分からん。こっちへ来るとも決まってねえ」。半次なら敵だと騒ぎそうな話だ。だからこそ、俺はまず誰が見たのかを聞いた。

未来の歴史を知っていても、今日の北の道に何人いるかまでは分からない。AIも同じだ。だから現地の目を積む。戦が始まったからこそ、今までやってきたことが全部必要になる。

城の門が開き、最初の兵が外へ出た。清須の店では、その横で昼の荷札がめくられていく。

戦は始まった。

それでも、町は止まらなかった。


第352話 北の兵より、帰ってこない荷を見る

止まらなかった町に最初に届いたのは、勝った負けたではなく、向きの違う二つの話だった。北で見た武装した一団は、清須へ真っすぐ来ていない。道沿いの畑を避けるように西へ外れ、そのまま見えなくなった。一方で、西南へ出た小さな荷が二つ、いつもの刻を過ぎても戻らない。

半次は城から戻った空車の縁に腰を掛け、「北の兵、追わなくていいの?」と聞いた。親父は荷札をめくりながら、「追って何になる。こっちへ来てから困れ」と乱暴に返す。半次が「困ってからじゃ遅い時もあるじゃん」と口を尖らせると、新吉が笑いながら板切れを差し出した。「だから弥吉は、来るかどうかより帰ってない方見てるんだろ」

その通りだった。北の一団は本物でも、今は清須の流れを止めていない。けれど、西南へ米を運んだ馬方と、縄を載せた小荷車が戻らないのは、次の便を直接減らす。AIへ出発した刻、普段の戻り、道の泥、荷の重さを入れる。箱は、『二便とも通常範囲を超えて遅延しています。共通区間は西南側の二つの辻以降です。事故、通行規制、軍勢通過など複数要因が考えられます。北方の武装集団との関連は現時点では不明です』と出した。

「不明ばっかだな」と藤兵衛が車輪へ油を差しながらぼやく。俺は「分からないのに一緒にしない方が助かる」と返した。北に兵がいた。西南の荷が遅れた。二つを勝手に“北から敵が来て西南も止めた”という一つの話にした瞬間、町は自分で迷子になる。

しばらくして、西南から戻るはずだった馬方が一人だけ現れた。馬を急がせたらしく、本人も馬も息が荒い。「向こう、兵が出てる。蟹江の辺りだ。今川方らしいって皆言ってる」。半次がすぐ身を乗り出す。「今川?」。俺は馬方へ水を渡してから、「見たのは何?」と聞いた。

男は息を整え、「槍持った連中。数は……遠かったから分からん。蟹江へ行く道で人が止められてた。今川ってのは、止められた奴らがそう言ってた」と答えた。そこまでで十分だった。兵は見た。数は不明。所属は伝聞。蟹江へ向かう道の一部で、人と荷が止められている。話を大きくせず、今ある事実だけ札へ分ける。

AIへ追加すると、西南の遅延と初めて線がつながった。『軍勢または警戒線による交通影響の可能性が上がりました。次便を同一路へ投入すると、帰着遅延が連鎖する恐れがあります。必要物資がある場合、出発前に帰路候補と途中引き継ぎ地点を分けて確保する方が継続性を保てます』。

親父が札を見て、「まだ何も送れとは言われとらんぞ」と言う。「だから今やるのは送る支度じゃない。戻る道が一本死んでも、町へ帰れる場所だけ見とく」。新吉が頷き、普段西南から戻る馬方の寄る宿、井戸、荷置き場を書き始めた。そこへ人を待機させるんじゃない。誰かが通った時、どの道が生きているか一言残せる場所を決めるだけだ。

夕刻前、城から使いが飛び込んできた。汗だくのまま「西南へ出す米と縄をまとめろ。行き先は後で言う。まず一便」と告げる。親父は俺を見たが、もう驚かなかった。「ほら来たぞ」。

俺は荷札を一枚抜いた。戦が始まったから、全部を急がせるんじゃない。戦が始まったからこそ、一便目が帰ってこない前提まで先に作る。

蟹江という地名を、俺は歴史の中で知っている。けれど、今日どの道が生きているかは、歴史書には書いていない。


第353話 戦場へ送る前に、帰る場所を決める

城から来た一便目の注文は、米、縄、それに矢柄だった。量だけ見れば昨日までの荷と大差ない。ただし今回は、城へ入れて終わりじゃない。西南へ回す可能性がある。荷を積む藤兵衛が「今度こそ行き先くらい先に教えてくれ」とぼやいたが、使いは「俺も知らん」と真顔で返した。二人で顔を見合わせ、藤兵衛の方が先に「じゃあしょうがねえな」と折れた。

行き先が決まらなくても出来る仕事はある。米の重さを揃え、縄を濡らさず包み、矢柄は崩れないよう束ねる。AIには、西南へ向かう場合の道だけでなく、戻り便が清須まで帰れなくなった時に荷車と馬をいったん置ける場所を入れた。普段商いで使う宿や荷置き場だから、新しい砦を作るわけでもない。

新吉が札を並べながら、「帰る場所って、逃げ道みたいだな」と言った。親父は鼻で笑う。「商いじゃ当たり前だ。売れんかったらどこへ持ち帰るか決めずに荷を出す馬鹿がおるか」。半次が「親父さん、戦も商いみたいに言うね」と茶化すと、「銭の代わりに首が飛ぶだけで、荷が消えりゃ困るのは同じだ」と返され、半次は「急に怖いこと言うじゃん」と黙った。

昼前、行き先が出た。西南。蟹江そのものではなく、その手前で城方の者へ渡す。そこから先は軍の判断で動かすという。信長が町の荷運びをそのまま戦場へ突っ込ませなかったのは助かった。こちらは手前までの流れを速くし、軍は危ない先だけを引き受けられる。

一便目には伊助を乗せなかった。朝から西南の道を知る者ばかり出せば、戻りが一つ詰まった時に町側の判断が鈍る。市松と別の馬方を出し、伊助は清須に残す。半次が「一番知ってる人を残すの、もったいなくない?」と聞く。俺は「一番を一便目で使い切る方がもったいない」と答えた。

荷は順調に出た。問題が起きたのは、受け渡し場所の一つ手前だった。先行した小者が戻り、「南寄りの道に兵がいる。通れん」と言った。昨日までなら、そこで荷車ごと清須へ戻したかもしれない。でも今朝、別の馬方から西寄りの細い道はまだ荷が通っていると記録が残っている。道幅は狭いが、今回の車なら通せる。

AIへ直近の通行時刻と車幅を入れる。『西寄り経路は一刻前に荷車一台の通行実績があります。ただし、現状維持は保証できません。先頭車のみ分岐まで進め、通行確認後に後続を動かすことで、全便の同時滞留を避けられます』。止めるか全部行くかじゃない。一台だけ先に進め、戻れる所で次を待たせる。

藤兵衛が先頭車の輪を叩き、「俺が行く」と言った。俺が「今日は残る役だろ」と返すと、「ここから先の道見るだけだ。荷は市松に渡す。車の音がおかしかったら戻す」。自分の役割を全部抱え込むんじゃなく、必要なところだけ出る。最近の藤兵衛は、文句を言いながら一番早くそれをやる。

半刻ほどして、藤兵衛が徒歩で戻った。「通れる。ぬかるんでるけど一台ずつならいける。それと、向こうの宿に空車が一台ある。帰りで車輪やったら置いて帰れる」。後続を出す。市松が「結局俺が一番先まで行くのかよ」と苦笑し、半次が「出世したな」と第349話と同じことを言って、今度は本気で蹴られそうになっていた。

夕方前、一便目の荷は受け渡し場所へ届いた。戻りは二台とも同じ道を使わなかった。一台は西寄り、もう一台は途中の宿へ空車を置き、馬だけ先に戻した。車輪が割れたわけじゃない。日が落ちて狭い道を空車で急ぐより、馬と人を次に使える方が早いと現地で判断した。

清須へ戻った市松は土まみれだった。店先へ座り込み、「戦って、槍より道が腹立つな」と水を飲む。藤兵衛が「槍は避けろ。泥は避けても付いてくる」と真顔で返し、半次がなぜか感心していた。

AIへ実績を足すと、一便目は予定より少し遅れたが、人と馬の大半は日暮れ前に戻り、二便目へ使える余力が残った。城へ知らせると、返ってきたのは短い命令だった。――二便目、同じ量。

親父が札を見て「来たな」と言う。俺は一便目の帰着を見た。次を出せる。問題は、相手もそれを見ているかもしれないことだった。


第354話 歴史を知っていても、二便目は今日の町で作る

二便目を積み始めた時、俺の頭には前世の知識が浮かんでいた。天文二十四年。今川方が蟹江を攻める。結果まで、AIに教えられる前から大筋は知っている。だから「どうせこうなる」と言ってしまえば、少しは楽だったかもしれない。

でも、目の前では市松の馬がまだ汗をかいている。西寄りの道が今も通れる保証はない。一便目の荷が届いたからといって、二便目も同じように届くとは限らない。何より、俺たちがこの十五年で変えたものが増えすぎた。歴史の結末を、今日の現場へそのまま貼る方が危ない。

AIも同じだった。俺が史実上の蟹江攻撃を確認すると、箱は結果を答えたあと、『既知の史実は参考情報として利用できますが、現時点の局地状況、兵力、補給、意思決定が史実と一致する保証はありません。現在の行動判断には、現地観測を優先してください』と出した。半次が画面を覗き込み、「未来知ってるのに使わないの?」と不思議そうに言う。

「使うよ。でも答えじゃなくて、気を付ける場所に使う」。俺がそう返すと、新吉が米俵の口を縛りながら、「知ってる話に合わせて現場の方を曲げたら、前に噂でやったのと同じになるもんな」と言った。親父は一言、「やっと商人らしくなったな」とだけ言う。十五年やってそれか、と言い返したかったが、忙しくてやめた。

二便目は一便目と同じ道へ出さなかった。わざと隠すためじゃない。一便目で西寄りの細道へ負担が集まったから、戻ってきた小者の話を使い、中央寄りの道がどこまで開いたかを確認した。朝に兵が止めていた辻は、軍勢が移ったあと人が通り始めている。ただし大荷車はまだ危ない。そこで米を小分けし、一部を馬背へ移す。

藤兵衛が俵を見て、「最初からこうすりゃ早かったんじゃねえか」と言う。俺が首を振る前に、新吉が「最初から小分けしたら積む手が倍いるだろ。道が広いなら車の方が早い」と返した。藤兵衛は少しだけ悔しそうな顔をして、「お前、最近そっち側だな」とぼやく。新吉は「どっち側だよ」と笑った。

二便目が出た直後、久作が飛び込んできた。「朝、西の辻で見てた二人。片方の足取りが出た」。親父が顔を上げる。久作は息を整えながら続けた。「昨日まで清須の馬が何刻で戻るか聞いてた男だ。今朝、西南へ向かった荷宿で見られてる。兵に混じったかどうかは分からん。けど、町を見るのをやめて戦の方へ動いた」

半次が「じゃあ今川の手だった?」と聞く。久作はすぐ首を振った。「そこまでは言えん。今川の銭か、こっちの誰かの銭か、それとも戦が始まるから売り先変えただけか。分からん」。俺はその答えが気に入った。十五年前の俺たちなら、ここで一つの物語にしていたかもしれない。今は、分からないものを分からないまま持てる。

AIへ、男たちが測っていた時刻と今日の二便目を重ねる。すると面白いずれが出た。相手の記録では、一便目を大きく出した日の二便目は、もっと遅い。人も馬も戻らず、車輪直しまで薄くなっていた頃の清須ならそうなる。けれど今日は、通常商いを残し、人を役割で分け、戻り場所を先に決めた。相手が持っている“清須の息切れ”より、二便目が一刻近く早い。

「古い清須を持って帰らせるって、上総介様が言ってたやつだ」。新吉が札を並べながら言った。俺は頷いた。嘘の数字を見せたわけじゃない。昨日まで本当にそうだった数字を、今日使えなくしただけだ。

日が傾いた頃、二便目の先頭が戻った。荷は渡せた。蟹江の城が落ちたという話はない。逆に勝ったという確かな話もない。戦場の勝敗はまだ霧の中だ。ただ、道の一部がまた開き、負傷した者を運ぶため空荷車が求められているという現地の話が届いた。

親父が「三便目は?」と聞く。城からまだ命令は来ていない。半次は「さすがに今日は終わりでしょ」と腰を伸ばした。その瞬間、城の方角から馬が一頭、こちらへ駆けてくるのが見えた。

使いは店先で馬から飛び降り、息を切らしながら言った。「米じゃない。空車と、怪我人を運べる手が要る。すぐ出せるか」

俺はAIへ目を落とした。二便目まで成功した数字に喜ぶ暇はない。戦が荷を欲しがる段階から、人を返す段階へ変わった。

そして相手が測っていたのが“何便出せるか”だけなら、次からはこちらの方が一手先に行ける。


第355話 怪我人は、急ぐほど揺らしてはいけない

「出せます。ただ、空いてる車を全部は出しません」。俺が答えると、城の使いは一瞬だけ顔をしかめた。急いでいるのだから、あるだけ寄こせと言われると思った。でも今、清須に残っている空車は、二便目まで人と馬を戻すために作った余白でもある。全部を西南へ送れば、次に町で何か起きた時、今度はこちらが動けなくなる。

まず聞いたのは人数ではなく、どんな怪我人がいるのかだった。使いは息を整えながら、「足をやられた者が多い。自分で歩けるのもいる。一人は血が止まらんらしい。あとは詳しく知らん」と答えた。知らないなら、知らないままでいい。俺はAIへ、出せる車、荷宿の筵、戻っている馬、途中の道、それに今分かっている怪我の状態だけを入れた。

箱は、速く走れる車の順ではなく、揺れを小さく出来る車、横になれる広さ、付き添える人数を並べた。『自力歩行が可能な者と、体を起こせない者を同じ搬送手段へ集中させると、重症者の収容余地を圧迫します。大量出血や意識低下が疑われる者は、速度よりも揺れを抑えた搬送と早い手当て先の確保を優先してください』。治す方法をAIが作るわけじゃない。運ぶ途中で悪くしない順を選ぶ。

半次が筵を車へ敷きながら、「歩ける人は歩いて帰ってこいって、ちょっと鬼じゃない?」と眉を寄せた。新吉は縄を結ぶ手を止めず、「一人で歩かせるって話じゃないだろ」と返す。俺も頷いた。「肩を借りれば歩ける人まで車へ寝かせたら、本当に寝かせないと駄目な人が乗れない。途中で無理なら、そこで替える」。半次は「それなら先にそう言ってよ」とぼやき、筵をもう一枚厚くした。

藤兵衛は二台目の車輪を蹴って音を聞き、「こいつは速く走らせるな。空でも跳ねる」と言った。普段なら荷を早く運ぶために避ける車だが、今日は逆だった。荷台が低く、乗せ降ろしがしやすい。庄八には西南へ出ず、町側の受け入れを頼む。伊助は馬を一頭だけ連れて途中まで行き、歩ける者が途中で動けなくなった時のために残す。

城の使いが「三台出せるなら三台とも」と言いかけたところで、親父が帳場から顔を上げた。「二台で一度取ってこい。戻ってきた顔を見てから三台目だ」。言い方は乱暴だが、俺も同じ考えだった。現場の人数も道の混み方も、今は分からない。最初から最大にせず、戻った実績で増やせる形にする。

二台が出てから半刻ほどして、先に伊助だけが戻った。「思ったより歩けるのが多い。けど一人、腹じゃなく腿から血がひどい。向こうの奴らが布で押さえてる」。俺は医者の家へ人を走らせるのではなく、荷宿の奥へ来てもらえないか頼ませた。怪我人を一人ずつ医者の家へ運ぶより、横にしておける場所へ医者が来る方が、車を次へ戻しやすい。

最初の車には三人が乗って帰った。二人は脚を痛め、もう一人は顔色が悪く、車が止まっても目を開けなかった。半次が思わず近づこうとすると、医者が「覗き込むなら湯を持ってこい。顔は足りとる」と追い払う。半次は「顔は足りてるって何だよ」と小声で言いながら、それでもすぐ湯を取りに走った。

二台目には横になった者が一人だけで、残りは肩を借りながら歩いていた。市松がその列の後ろから戻り、「車を空けろって言われて腹立ったけど、あれ見たら言えんわ」と汗を拭う。怪我人本人たちも同じで、歩ける者の一人が「寝て帰れると思ったのによ」と笑い、隣の男に「お前その口なら走れるだろ」と肩を小突かれていた。

AIへ帰着時刻と状態を足す。最初に想定したより、自力で移動できる者が多い。三台目を丸ごと西南へ出す必要はなくなった。そこで一台は清須へ残し、二台だけをもう一往復させる。空いた車は、町の荷にも使えるし、次にもっと悪い怪我人が来た時にも使える。

夕暮れまでに、最初に求められた怪我人は清須側へ戻った。全員が無事とは言えない。医者の顔を見れば、それくらいは分かる。それでも、急いだから全員を乱暴に積んだわけでも、慎重になりすぎて車を止めたわけでもない。今ある車と人で、悪くしにくい順を作れた。

ところが、戻った男の一人が水を飲んだあと、妙なことを言った。「俺ら、矢でやられたのより、帰り道で転んだ奴の方が多いぞ」。横にいた別の男が「狭いとこへ荷車も人も一緒に入ってきたんだよ。前へ行くのと、戻るのがぶつかってな」と付け足す。

戦場で人が傷つくのは、刃と矢だけじゃない。送る道と、返す道が同じなら、清須が増やした二便目そのものが怪我人の帰りを塞ぐ。俺はAIへ、今日通った荷車と怪我人の時刻を重ねた。次に直すべきなのは、車の数じゃなかった。


第356話 戦場の話は、傷口より先に大きくなる

翌朝、荷宿の奥にはまだ二人が横になっていた。医者は夜明け前まで何度も様子を見て、俺たちには「運ぶ話をするなら外でしろ」と釘を刺した。親父が「こっちは店だぞ」と言い返すと、「今日は半分病人の部屋だ」と即座に返され、珍しく親父が負けた。新吉と半次は笑いを堪えながら、帳面を店先へ移した。

昨日戻った者たちから聞くことは三つだけにした。どこで傷ついたか。何で傷ついたか。どの道を通って戻ったか。戦の勝ち負けや、誰が強かったかは聞かない。しゃべれる者だけ、思い出せる範囲だけ。それでも半次は「怪我して帰ったのに帳面まで取られるの、嫌だなあ」と言う。俺もそう思うから、答えたくない者には聞かなかった。

ところが、その少ない話だけでも食い違った。「蟹江はもう駄目だ」と言う男がいる一方で、「いや、俺が離れた時はまだ味方が中にいた」と言う者もいる。店先へ話が漏れると、荷を待つ人足まで「落ちたらしい」「まだ持ってるらしい」と勝手に二派へ分かれ始めた。戦場の話は、傷口より先に大きくなる。

俺は二人を呼んで、どちらが本当か決めさせるのをやめた。最初の男が見たのは日が高くなる前、東寄りの道から遠くに人が崩れるところ。二人目はそれより後、西寄りの受け渡し場所から戻る途中で、城の内側にまだ人影を見ている。見た場所も刻も違う。二人とも嘘をついていなくても、見える戦は違う。

AIへ時刻と位置を入れると、『二つの証言は直接矛盾しません。第一証言は外側の戦線後退を示す可能性がありますが、城全体の陥落を確認していません。第二証言も城内に人影を確認しただけで、支配状況を確定できません』と出た。俺は店先の札から「落ちた」「持った」を消し、『東側で後退を見た』『後刻、西側から城内に人影』と書き直す。

藤兵衛が札を見て、「読みにくくなったな」と言う。「うん。でも間違って分かりやすいよりいい」。俺が答えると、藤兵衛は少し考えてから「それ、上総介様の前で言える?」とにやっとした。「言い方は変える」。親父が横から「変えるのそこだけか」と呆れた。

怪我の方にも偏りがあった。矢傷や切り傷だけではない。転倒、車輪に足を挟まれた、馬に押された。しかも、その多くが同じ細道の前後に集まっている。昨日の二便目を通した西寄りの道だった。荷が前へ行き、空車と怪我人が後ろへ戻り、さらに様子を見に行く小者が間へ入る。道そのものは通れていても、使い方がぶつかっている。

「道が死んでるんじゃなくて、混ぜ方が悪い?」と新吉が指で時刻を追った。俺が頷くと、半次は昨日の荷車を思い出したらしく、「あそこ、一台来たら横へ避ける場所ほとんどないよ」と口を挟む。市松も「荷だけなら何とかなる。人が逆から来ると、馬を止めるしかない」と続けた。三人とも、地図より具体的だった。

AIは、同じ道を上りと下りで同時に使う時間を減らし、途中の広い場所で一度ためてから流す案を出した。完全な一方通行には出来ない。戦場から戻る者に「今は帰るな」とは言えない。でも清須から出す荷なら、半刻ずらせる。危ないほど急ぐ一便と、少し待てる二便を分ければいい。

ちょうど城から、矢柄と米をもう一度西南へという使いが来た。若い使いは「すぐ」と言ったが、俺は昨日の帰路で怪我が増えたことを話し、「先頭だけ先に出します。後ろは戻りを一度通してから」と返した。使いは不満そうに口を開きかけたが、親父が「荷を着けたいんだろ。道で詰めたいんじゃなかろ」と低く言うと、黙って頷いた。

最初の小荷だけを出し、残りは荷宿で止める。その間に西南から戻った者を先に清須側へ通した。昨日なら同じ時刻に三台が向かっていた道を、今日は一台しか上らない。待たされた市松が「戦なのに店先で立ち話かよ」とぼやくと、新吉が「立ち話じゃなくて渋滞待ち」と返し、「余計格好悪いわ」と笑われた。

半刻後、戻りの列が切れた知らせが入り、後続二台を出す。出発は遅れた。でも、途中で馬を止めてすれ違う回数が減り、先の受け渡しまでの時間はほとんど変わらなかった。止めたのに遅くならない。むしろ、行きも帰りも動ける時間が増えた。

夕方、AIへ今日の結果を足すと、道上での停止時間は昨日より明らかに減った。怪我人の話を勝敗の噂として聞けば、町は「落ちた」「まだだ」で騒ぐだけだった。どこで何が起きたかとして聞けば、明日の道を直せる。

その時、荷宿の奥から昨日の男が杖をついて出てきた。「なあ。今日、帰りは楽だったって聞いたぞ」。俺が頷くと、男は少し笑い、「じゃあ俺が転んだのも、無駄じゃなかったな」と言った。医者が後ろから「格好つける前に寝ろ」と怒鳴り、男は素直に戻っていった。

俺は笑いながら帳面を閉じかけて、手を止めた。今日戻った者の中に、一人だけ話を聞けていない男がいる。怪我が重いからじゃない。着ている物が、こちらの兵と違っていた。


第357話 行きと帰りを、同じ道でぶつけない

男は荷車の一番奥に乗っていた。泥で色はくすんでいるが、こちらの者がよく使う印とは違う。誰が乗せたのか聞くと、市松が肩をすくめた。「道端で倒れてた。あの場で敵味方の札なんか付いてねえよ。息してたから乗せた」。言い訳するような口調ではない。ただ、置いてくる理由がなかったという顔だった。

半次は声を落として、「今川の兵だったらどうすんの」と俺へ寄る。親父がすぐ「聞こえる距離で言うな」と頭を小突いた。男は意識こそ戻っていたが、熱があり、脚を巻いた布には血が滲んでいる。医者は着物の色など見もせず、「今しゃべらせたら追い出すぞ」と俺たち全員を睨んだ。

だから、その場では何も聞かなかった。敵か味方かより先に、今は患者だ。とはいえ清須へ入れた以上、見張りまでなくすわけにはいかない。武器は預かり、荷宿の奥には庄八ともう一人が交代で残る。人間扱いすることと、無防備にすることは別だ。AIにも男の素性は推定させず、観察済みの事実だけを記録した。

昼前、城からまた荷の指示が来た。米より矢柄を多く、西南へ。昨日ならすぐ二台を出していたところだが、今は帰り道の流れも分かっている。AIへ、朝からの戻り人数、途中の広場、前便の通過刻を入れ、『次に帰りが集中する前に先頭一台だけ通す。後続は広場を空けてから』と決めた。

使いが「また待たせるのか」と言うと、新吉が俺より先に答えた。「昨日、待たせた方が早く着きました」。言ってから自分でも少し驚いた顔をする。藤兵衛が車輪を締めながら「お前、上総介様の使いに言うようになったな」と笑うと、新吉は「弥吉が言わないからだよ」と俺へ振った。使いまで笑って、張っていた空気が少し緩んだ。

今回は途中の広場に一人だけ置き、帰りの列が切れたら布を上げることにした。合図はそれだけ。細かい命令を何個も持たせない。先頭車の市松は「布見えなかったら止まる。見えたら行く。珍しく俺でも分かる」と言い、半次に「いつも分かってないみたいに言うなよ」と突っ込まれていた。

西南から最初に戻ってきたのは、怪我人ではなく空の馬だった。次に歩ける者が四人。その後ろに、横になった者を載せた一台。上りの荷車は広場の手前で待ち、帰りが抜けてから動く。道の途中で向かい合って止まる車がなくなっただけで、馬の息も、人の怒鳴り声も昨日より少ない。

AIの記録では、出発を遅らせた後続車の到着は昨日より早かった。途中停止が減ったからだ。さらに戻りの怪我人も早く町へ入っている。半次が数字を見て、「待つって、遅くすることじゃないんだな」と感心すると、親父が「お前は普段、待たせるだけで遅いけどな」と返す。「今それ関係ある?」と半次が本気で抗議し、店先がまた笑った。

午後、信長から短い返事が来た。『道で荷を殺すな。続けよ』。上総介様らしい。褒めるでもなく、理屈を聞き直すでもない。前へ送る量だけでなく、帰ってくる人間を含めて道を使うことが、城側の命令にも入り始めた。俺たちが十五年かけて集めた現地の癖が、少しずつ戦の動き方そのものへ染み出している。

夕暮れ前、荷宿の奥の男が目を覚ました。医者が「短くなら」と許したので、俺と親父だけが中へ入る。男は俺たちを見るなり、乾いた声で言った。「ここは……清須か」。親父が「そうだ」と答えると、男は目を閉じ、しばらく何も言わなかった。

やがて男は、自分から「俺は、そっちの兵じゃない」と言った。親父の肩がわずかに動く。俺は所属を問い詰めず、「どこで倒れた」とだけ聞いた。男は西南の地名を一つ挙げ、それから「退いたんじゃない。道を替えろと言われて、そこで散った」と続けた。

その言葉だけで勝敗は分からない。ただ、今日まで戻ってきた者たちの話と重ねると、一つだけ新しい形が見えた。戦線が単純に清須側へ押してくるのでも、蟹江の一か所へ集まるのでもない。人が細い道へ分かれ、また集まり直している。だから昨日まで生きていた道が、次の刻には兵の通り道へ変わる。

AIへ時刻と場所を入れる。箱は、『証言単独で部隊行動を確定できません。ただし、既存の通行観測と合わせると、西南の複数経路で軍勢移動が入れ替わっている可能性が上がります。固定した安全経路を前提にせず、直近の通過実績で更新を続ける必要があります』と返した。敵の兵一人を拾ったから、敵の作戦が全部分かるわけじゃない。それでいい。

男はもう一度目を閉じる前に、「俺を、どうする」と聞いた。親父はすぐ答えなかった。俺も答えを急がなかった。助けたことと、自由に帰すことは同じじゃない。城へ知らせる必要もある。けれど、怪我人を運ぶ仕組みを作った日に、着物が違う一人だけ道端へ戻すつもりもなかった。

外へ出ると、ちょうど西南から次の合図の布が見えた。行きの荷と帰りの人をぶつけない。その仕組みは、味方だけを選んで道を空けてくれるわけじゃない。戦が本当に始まったのは、たぶんここからだ。


第358話 敵兵一人を、答えにしない

男のことは、その日のうちに城へ知らせた。返ってきたのは『見張れ。医者が動かしてよいと言うまで運ぶな』という短い指図だった。城へ連れていけば話は早い。でも、脚から血を流して熱まで出している男を無理に揺らし、途中で死なせたら何も残らない。親父は使いの背を見送りながら、『上総介様も、生きとる方が使い道があるってことだな』と身も蓋もないことを言った。医者に聞かれたらまた怒鳴られそうなので、俺は黙っていた。

翌朝、男はまだ顔色が悪かったが、水は自分で飲めた。医者が『三つか四つなら聞け。長話したらお前らも寝かせる』と指を立てる。半次が外で『何で俺まで?』と小声を出し、新吉に袖を引かれていた。俺は所属ではなく、昨日どこを通ったかから聞いた。男は最初こそ警戒していたが、こちらが旗印や人数を急いで聞かないのを不思議そうに見てから、途切れ途切れに答えた。

三河から来た。大給の衆が前にいた。自分たちはその後ろを歩いた。大きい道が人と荷で詰まり、『田の間の細い方へ回れ』と言われて列が分かれた。誰がその命令を出したかは知らない。男自身も、分かれた後は前の組がどこへ行ったか見ていない。そこまで聞いたところで医者が『終い』と割って入り、問答は本当に終わった。

半次は店へ戻るなり、『大給って言ったよね。じゃあ今川方で決まり?』と身を乗り出した。久作が先に首を振る。『三河の兵が混じっとるのは珍しくもない。あいつが誰の直臣かまで分からんし、昨日の列全部が同じ頭で動いとるとも限らん』。俺も同じだった。敵兵一人を拾ったからといって、敵軍全体の答えを拾ったことにはならない。

AIへ、男の通った順と、昨日こちらが拾った武装集団の目撃、荷の滞留、戻りの怪我人が増えた場所を重ねた。箱は、『証言に含まれる“大路の混雑による分散”は、既存観測と整合します。ただし、分散が計画的な迂回か現場判断かは判別できません。証言だけを根拠に特定経路を安全・危険と固定することは推奨できません』と出した。敵の道も、こっちと同じで生き物みたいに変わっている。

そこへ西南から荷を戻した市松が入ってきた。泥を落とすより先に、『昨日の西の細道、今日は兵が二十……いや、二十は見てねえ。十より多いくらいが通った。荷車はなし』と言い直す。少し前なら“敵二十”と帳面に残りそうな話だ。新吉がすぐ『十より多い、荷車なし、どっち向き?』と聞き、市松が『南から北寄り。俺は途中で脇へ入ったから、その先は知らん』と返した。

男の証言と、市松の今日の目撃。それに朝の空車の戻り。三つを合わせると、昨日まで帰路に使えた細道へ、今日は兵が流れ込んでいる可能性が高い。俺は道を閉じるのではなく、次の便だけ一つ西へずらし、途中の宿で最新の通過を聞いてから先へ進ませることにした。もし市松が見た兵がもう抜けていれば、その道はまた使える。固定した“危険な道”を一つ増やさない。

昼過ぎ、城へ結果を持っていくと、信長は敵兵を拾ったことより、こちらがその話だけで荷の道を変えなかったことに食いついた。『喋ったことが本当でも、もう古いかもしれぬ、か』。俺が頷くと、上総介様は口の端を上げる。『なら、捕えた者は地図ではないな』。年配の男が『口は口にございます』と真面目に返し、信長が一瞬だけ変な顔をした。笑っていいのか迷っていたら、上総介様が先に吹き出した。

帰り際、信長は『そやつは治ったら城へ寄越せ。斬るか帰すかはその後だ』と言った。優しい命令ではない。でも、今すぐ敵だからと殺す命令でもなかった。俺はそれで十分だった。清須へ戻ると、医者が男の包帯を替えていた。男は俺を見るなり、『そっちは、帰る道まで決めてから人を出すのか』と聞いた。

俺が答える前に、外から庄八の声が飛んだ。『弥吉! 西南から戻る連中が、いつもの道じゃなく北寄りへ流れてる!』。男は目を閉じたまま、小さく言った。『なら次は、そこも詰まる』。

俺はその言葉を信じなかった。けれど、無視もしなかった。答えではなく、次に確かめる場所が一つ増えた。


第359話 安全な道より、次に通れる道を作る

北寄りへ回り始めた戻りの列は、まだ清須まで詰まっていなかった。問題は、このまま皆が『北なら通れる』と覚えた時だ。一つの道を危ないと避ければ、残った一本へ人も馬も荷車も寄る。昨日まで西で起きたことを、今日は北で繰り返すだけになる。

新吉が帳面を見ながら、『じゃあ北を使うなって言う?』と聞いた。『違う。今は使える。でも、次も使えるとは決めない』。そう答えると、半次が面倒そうに眉を寄せた。『毎回聞くの? 道に“今日どう?”って』。親父が俵の数を見たまま、『道が口利けりゃ楽だな』と返し、藤兵衛が『そのうち弥吉なら聞き出すぞ』と真顔で乗っかった。半次だけが少し本気で信じかけていた。

AIに欲しかったのは“安全な道”の名前ではなく、次の半刻で使える可能性が高い道だった。荷宿、井戸、馬が水を飲む場所、寺の前、いつも商人が一息入れる辻。そこを通る者から、見た事実を一つだけ拾う。兵が通った。荷車が止まっていた。戻る人が多かった。何も見なかった。それだけで、最新の道の状態が少しずつ変わる。

専用の見張りを何十人も置く余裕はない。だから、もともとそこへ行く者に聞く。油を取りに行く小僧、空樽を戻す男、城から帰る小者。新しい仕事を町へ山ほど増やすんじゃなく、普通の動きへ一問だけ乗せる。半次が『俺の仕事また増えた?』と聞くので、『人に聞くの一個だけ』と答えたら、『その“一個だけ”が最近多いんだよなあ』とぼやいた。

昼前、そのやり方がすぐ役に立った。北寄りの道を通った味噌屋の男が、『兵はいなかったけど、怪我人を載せた車が二台、広い辻で止まってた』と教えてくれた。少し後には、南から戻った小者が『西の細道はもう兵が抜けた。空の馬が三頭通った』と話す。昨日なら北へ全部寄せていたところだが、今日は戻りの列を二つへ分けられる。

城から矢柄の追加が来た時も、同じだった。上りは西へ一台、北へ一台。ただし同時には入れない。西は先に小荷、北は戻りの怪我人が広い辻を抜けてから。地図の線を増やしたわけじゃない。同じ道の使える時間を細かく刻んだだけだ。

市松は西へ向かう札を見て、『昨日避けた道に今日行けって、気持ち悪いな』と顔をしかめた。藤兵衛が車輪の縄を確かめながら、『昨日腹壊したからって、今日も粥しか食わんのか』と言う。市松が『道と腹を一緒にすんな』と笑い、それでも馬の向きを西へ変えた。人は昨日の怖さを覚える。AIは、昨日と今日を混ぜないために使った方が強い。

午後、荷宿の奥の男を城へ動かせると医者が判断した。歩かせるのはまだ無理だから、帰ってきた低い荷車を一台使う。武器は返さない。庄八と城の小者が付き、荷ではなく捕虜として運ぶ。男は車へ乗せられる前、俺へ『あんたら、敵の道まで直すのか』と聞いた。

『敵のためじゃない。こっちの荷と人がぶつからないためだ』。そう答えると、男は少し笑った。『同じ道を使ってるうちは、半分は敵のためだろ』。言い返す言葉がすぐ出なかった。戦場の道は、こちらだけの物じゃない。相手が詰まれば、こっちも詰まる。相手が散れば、こっちの帰り道へ出る。敵を助けるつもりがなくても、流れを整えるほど死ににくくなる人間は両方に出る。

その夕方、西南から戻った小者が、店先で馬から転げるように降りた。怪我はない。ただ、顔が真っ白だった。『蟹江の外が崩れた。中へ戻る人が一気に増えてる。まだ落ちたとは聞いてない。でも、帰るのが……多すぎる』。

親父がすぐ空車の札へ手を伸ばした。俺はそれを止めた。今から全部送り込めば、細い道で帰る人間とぶつかる。必要なのは車の数より先に、溢れてくる人をどこで受けるかだ。

戦場から帰る道は、勝った者より先に負けかけた者が使う。次に詰まるのは道じゃない。人だった。


第360話 城から人が溢れる前に、帰る場所を空ける

蟹江の外が崩れた。その一言だけなら、清須中の空車を西南へ向ける理由にはなる。でも、どこまで崩れたのか、何人が戻るのか、城が持っているのかはまだ分からない。俺たちはまず、帰ってくる人間が清須の入口で団子にならない場所を作った。

新しい陣屋を建てる時間なんてない。普段、荷を広げる西の広場を一つ空ける。乾いた荷だけ北の蔵へずらし、井戸の近くへ筵を集める。怪我人は荷宿へ直行させず、まず広場で歩けるか、横にする必要があるかを見てもらう。医者は『俺一人で全部見る気はないぞ』と怒ったので、傷を洗う湯、布、運ぶ手だけ別に分けた。診るのは医者、運ぶのは俺たち。そこを混ぜない。

半次は筵を抱えたまま、『城が落ちる前提みたいで嫌だな』と言った。新吉も返事をせず、少しだけ手を止めた。俺だって同じだった。未来の知識では、天文二十四年に今川方が蟹江へ攻め込むことを知っている。けれど、今この瞬間の城がどうなっているかは知らない。歴史を知っている俺が“落ちる”と決めたら、皆の動きまでそこへ引っ張ってしまう。

『落ちる前提じゃない。戻る人が増える前提』。俺が言うと、親父が横で頷いた。『勝っても怪我人は帰る。負けりゃもっと帰る。それだけだ』。半次は『親父さん、そういう時だけ言い方うまいんだよな』とぼやき、筵を抱え直した。親父は聞こえないふりをしていた。

AIへ、昨日と今日の帰着時刻、広場へ入れる車の数、井戸から荷宿までの距離、今残っている空車を入れる。箱は、『帰着者数が不明なため最大収容を前提にするより、入口で滞留させず、歩行可能者・搬送必要者・再出発可能者を早期に分ける方が流量を維持できます。また、全空車を前方へ送らず、清須側に折り返し用車両を残すことで追加波へ対応できます』と出した。人間を荷物みたいに扱う言葉に見える。でも、やることは逆だ。一人ずつ同じ扱いにしないための分け方だった。

城からは『出せる空車を西南へ』と追加の使いが来た。年配の武士は広場を見て、『ここに残してどうする。前で要るのだぞ』と苛立っている。俺が二台だけ先に出し、残りは帰りの最初の波を見てからと答えると、武士は露骨に顔をしかめた。そこへ親父が、『前で車が要るのは、戻す人がいるからでしょう。帰ってきてから足がなくなったら、また前へ返せません』と割って入った。武士は親父を睨んだが、言い返さず馬へ戻った。

最初の二台が出て半刻もしないうちに、人が来た。五人、十人というまとまった列ではない。二人、三人、また一人。その後ろから肩を貸された者、槍を杖代わりにする者、荷を捨てて馬だけ引いてくる者。皆が同じ道から来るわけでもない。北寄り、西寄り、田の間。戦線が裂けると、帰り道まで裂ける。

広場を空けておいた意味は、すぐに出た。歩ける者は水を飲ませたあと、城へ戻る者、家へ帰す者、次の指図を待つ者へ分かれる。怪我人だけを低い車へ載せて荷宿へ送る。馬は馬でまとめ、使えるものは休ませて次の便へ。藤兵衛が『人と馬と車が全部一緒に帰ってくる方が珍しいな』と呟き、市松が『戦場でそんな綺麗に揃うかよ』と返した。昨日までなら、俺たちは揃う前提で帳面を作っていた。

その中の一人が、息を整えるなり『矢柄をまだ出せるか』と聞いた。負けて逃げてきた顔じゃない。戻された小者だった。『城内へ入れる手が減ってる。外で受けてる奴らが足りん』。つまり、帰る人が増えている一方で、まだ前へ送る物も要る。後ろへ流れるからといって、前が全部終わったわけじゃない。

俺はAIへ新しい帰着を足し、残していた空車のうち一台だけを矢柄へ回した。もう一台は怪我人用のまま置く。人足も同じで、広場を空にしない。上総介様が前へ出せと言えば出す。でも、次の一波が来た時に誰も受けられないほどは出さない。今まで作ってきた“余り”が、初めて戦そのものへ食われ始めていた。

日が傾く頃、城から信長自身の言葉が届いた。『蟹江へ向ける荷は続けよ。ただし、戻る者を道で潰すな』。命令を読んだ親父が、『あの人、だんだんお前みたいなこと言うな』と俺を見る。半次がすぐ『逆じゃない? 弥吉が上総介様みたいになってきたんじゃない?』と余計なことを言い、新吉が笑った。こういう時でも笑えるなら、まだ町には余裕がある。

笑いが消えたのは、そのすぐ後だった。西南から来た馬が一頭、泡を吹きながら広場へ入ってきた。乗っていた男は落ちるように降り、誰かが支える前に膝をついた。久作が駆け寄り、水を渡す。男は一口だけ飲んで、震える声で言った。

『蟹江へ……今川方が入った。城の中までだ』。

広場が静かになった。半次が俺を見る。新吉も、藤兵衛も、親父も何も言わない。俺の中にあった“史実”と、目の前の男が持ち帰った“今日”が、初めて同じ場所で重なった。

それでもAIの画面に出たのは、歴史の答えじゃなかった。今この瞬間に西南から戻っている人、まだ前へ向かっている荷、清須に残る馬、空いている筵、使える車。その数字だけだった。

城が落ちたからといって、帰る道まで落とす必要はない。俺は次の札をめくった。


第361話 「城の中に入った」を、「城が落ちた」にしない

「城の中までだ」と言った男を、俺はそのまま座らせた。広場ではもう何人かが「蟹江が落ちたらしい」と言い始めている。半次も顔をこわばらせたが、親父が先に水椀を男へ押しつけた。「飲め。で、落ちたのを見たのか、入ったのを見たのか、どっちだ」。言い方は乱暴だったが、聞きたいことは俺も同じだった。

男が見たのは、蟹江の南寄りだった。今川方らしい旗を持つ者が、城の外側の囲いを越えて中へ入った。城方の者が退くのも見た。ただし、奥まで取られたかは見ていない。「俺が離れた時には、まだ中で怒鳴り声がしてた」と男は言う。つまり、“入った”は実見。“落ちた”はまだ誰も見ていない。

そこへ西寄りから戻った小者が来た。こちらは男より少し後の刻に、蟹江の北側で織田方の者が矢柄を受け取っているのを見たという。半次が「じゃあ落ちてない?」とすぐ顔を上げる。新吉が筵を畳みながら、「それも早いって。南から入られて、北ではまだ動いてるってだけだろ」と止めた。最近は俺が言う前に、皆が勝手に答えを大きくしなくなった。

AIへ、二人が見た場所と刻、それに今朝から届いている荷の受け取り記録を重ねた。箱は、『今川方の城内侵入は複数情報と整合します。一方、侵入後の時刻にも織田方による受領行動が確認されています。城全体の支配が移ったとは現時点で確定できません。城内で支配領域が分かれている、または短時間で入れ替わっている可能性があります』と出した。城は一つでも、今は「取った」「取られた」の二択で見ない方がいい。

問題は、噂の方が二択を好むことだった。市場から戻った半次が、「もう“蟹江落ちた”で回ってるよ。魚屋のおばちゃんなんか、明日の値段まで上げる気だし」とぼやく。俺たちは町じゅうへ訂正を叫びに行かなかった。代わりに、荷を出す場所と人へだけ、「城内へ今川方侵入。城全体は不明。受け取り場所は毎便確認」と伝える。噂を全部直すより、噂で次の行動を間違える場所を先に直す。

昼前、信長に呼ばれた。上総介様は報せを読み終えるなり、「城が落ちたと書いた奴は誰だ」と年配の男へ聞いた。男が「まだ、その報せはございませぬ」と答えると、信長は鼻で笑う。「なら落ちた顔をするな。中へ入られたなら、どこまで入られたかを持ってこい」。俺が清須側の受け取りを城手前へ下げていると話すと、「勝手に荷を止めるなよ」とだけ念を押された。

「止めません。受け取る相手が見えている所までは出します。ただ、昨日の受け取り場所を今日も同じだとは扱いません」。俺が答えると、信長は少しだけ目を細めた。「城の中まで日替わりか」。年配の男が「殿、笑い事では」と低く言う。「笑ってはおらぬ」。そう返した上総介様の口元は、ほんの少し上がっていた。

清須へ戻ると、ちょうど矢柄を積んだ車が西南へ出るところだった。昨日まで使っていた受け渡し場所へそのまま行かせず、手前の荷置き場で城方の小者と会ってから先を決める。藤兵衛は「目的地が途中って気持ち悪いな」と荷縄を引いた。市松が馬の口を取りながら、「城まで行って敵に“どうぞ”よりはましだろ」と返し、藤兵衛は「それはそう」とすぐ折れた。

半刻後、その判断が効いた。先へ様子を見に行った小者が戻り、昨日の受け取り役がもうその場所にいないと分かった。死んだのか、移ったのか、城内へ戻ったのかは不明。ただ、新しい受け取り役が別の辻へ出ていた。荷車はそこまで一度も敵味方の分からない道を探し回らず、手前から向きを変えられた。

AIへ結果を入れると、遠回りしたのに所要時間は昨日とほとんど変わらなかった。受け取り相手を探して城際をうろつく時間が消えたからだ。戦では、最短の道が一番早いとは限らない。それより、「ここまで行けば次が分かる」という場所を残した方が強い。

夕方、三人目の報せが来た。今度は肩に浅い傷を負った若い兵だった。広場へ座るなり、「南から入られた。でも北の方じゃ、まだこっちの奴らが出入りしてる。中で押し返してる所もある」と早口で言う。親父が「全部見たのか」と聞くと、兵は悔しそうに首を振った。「俺が見たのは途中までだ」。

それで十分だった。城に入られた。けれど、城が一枚の色に塗り替わったわけじゃない。味方のいる場所と、敵のいる場所が、同じ“蟹江城”という言葉の中に同時にある。

俺は荷札の「行先 蟹江城」という字を見て、線を引いた。今いちばん危ないのは、城が落ちたと決めつけることじゃない。

城を一つの行き先だと思い続けることだった。


第362話 城あての荷を、城には送らない

次の朝から、荷札の書き方を変えた。行き先を「蟹江城」で終わらせない。誰に渡すか、どこで会うか、いつまでその指図を使うか。三つが揃って初めて、その先へ出す。字の読めない者もいるから、札には墨の印と切り込みを足し、口頭でも同じことを繰り返した。

半次は札を見て、「荷物なのに、待ち合わせみたい」と笑った。新吉が「今までも待ち合わせだろ。相手が城だっただけで」と返す。藤兵衛は縄を締めながら、「城が待ち合わせ場所として急にでかすぎるって気づいたんだろ」と口を挟んだ。言い方は雑だが、その通りだった。

AIには、昨日までの受け渡しが何刻で古くなったかを入れた。城際の受け取り役が移った回数、道が使えなくなった時刻、実際に探し回った時間。箱は、『現状では固定目的地より、確認済みの受取人・接触地点・有効時間を組み合わせる方が誤配送を減らせます。指定時刻を過ぎた場合は、先へ探索せず一段手前へ戻す運用が適します』と出した。戦場で“期限切れの命令”を抱えたまま走るのが、一番怖い。

午前、城から米と縄を一便出せと使いが来た。若い武士は「前と同じ場所へ」と言ったが、親父がすぐ「前って、いつの前です」と返した。武士はむっとした顔をしたものの、答えられない。昨日の夕方に使えた場所が、今朝も同じとは限らない。俺は「手前まではすぐ出します。受け取りは今いる者を一人、先に立たせてください」と頼んだ。

「軍の荷を途中で止めるのか」。武士が低い声を出す。俺が言い返す前に、親父が帳面から顔も上げず、「敵へ渡すよりは一刻止めた方が安いでしょう」と言った。半次が思わず吹き出しそうになり、新吉に脇腹をつねられていた。武士も怒るより先に言葉を失い、結局、城方の小者を一人走らせた。

一便目は手前の荷置き場まで問題なく着いた。ところが、そこで待つはずの受け取り役が来ない。市松は「探しに行くぞ」と馬を進めかけたが、札の切り込みを見て止まった。指定の刻を半刻過ぎたら先へ探しに行かず、そこで待つか戻る。今までなら“もう少し先ならいるかも”で城際へ入り込んでいたところだ。

しばらくして、別の小者が息を切らして現れた。「受け取りが変わった。北寄りへ回してくれ」。市松は露骨に嫌な顔をする。「また変わったのかよ」。小者も「俺だって今聞いたんだ」と言い返す。二人でぶつぶつ言いながら、それでも荷は新しい場所へ動いた。文句を言えるくらいの余白を残したまま、仕事は進んでいる。

二便目では逆のことが起きた。指定された相手がきちんと来たが、その男は「これ以上は城へ入れるな。水と布だけ寄こせ」と言った。矢柄も米も、今は積めば詰まるらしい。俺たちはそこで荷を全部戻さず、必要な物だけ小さく分けた。AIも、『要求内容の変化は局所的な戦況変化を示しますが、城全体の優勢劣勢は確定できません。現在必要と確認された物資のみ前進させることで、滞留を抑えられます』と出す。

昼過ぎ、清須へ戻った市松が「昨日より指図増えたのに、今日は城の前で待ってねえ」と不思議そうに言った。実際、出発前に確認する手間は増えたのに、全体の所要時間は短い。途中で“誰に渡すんだ”と探す時間が消えたからだ。半次が「ちゃんと面倒くさくしたら、楽になった?」と首をかしげ、藤兵衛が「お前の言い方だと全部台無しだな」と笑った。

夕方、信長へ報告すると、上総介様は札の切り込みを指で撫でた。「古くなった命令を、古いと分かるようにしたか」。俺が頷くと、「よい。戦で一番しぶといのは、死んだ人間ではなく死んだ指図だ」と言った。年配の男が一瞬だけ顔をしかめたが、否定はしなかった。昨日まで正しかった命令が、今日の人を死なせる。たぶん、信長は俺たちよりずっと多く見てきた。

城を出たところで、南の渡しから弥助が来た。船頭の弥助が城まで来るのは珍しい。顔を見るなり、「弥吉、舟を三艘知らんか」と言う。「俺に聞く?」。「お前最近、何でも帳面にあるだろ」。半分本気らしい。

話を聞くと、朝に南へ下った小舟が三艘、いつもの刻を過ぎても戻っていない。沈んだという話はない。川が荒れているわけでもない。しかも三艘とも、普段なら蟹江寄りから荷を拾って戻る舟だった。

ここ数日、俺たちは道ばかり見ていた。どの辻が通れる。どの荷車が戻る。どこで兵が流れた。けれど、蟹江は道だけで出来ている場所じゃない。

AIの画面へ、久しぶりに舟の記録を開いた。


第363話 道ばかり見ていたら、舟が消えた

南の渡しへ着くと、弥助は舟を一艘、岸へ半分上げていた。戦が始まっても川の水はいつも通り流れている。それが妙に腹立たしいらしく、「こっちは三艘消えとるのに、川は知らん顔だ」と棹の先で水面を叩いた。半次が「道より性格悪いね」と言うと、弥助は「道は流れてこんだろ」と真顔で返した。

消えた三艘には共通点があった。大きな荷を載せる舟ではない。浅い所へ寄せやすく、二、三人と小荷ならすぐ乗せ降ろしできる小舟だった。一艘は塩荷を下ろしたあと、二艘はほぼ空で南へ下っている。誰に雇われたかは船頭仲間も知らない。ただ、「帰りは遅くなるかもしれん」と朝のうちに言っていた者が一人いた。

AIへ、普段の戻り時刻、今日の水の流れ、積んでいた荷、船頭の行き先を入れる。十五年分の記録があるから、“戻ってこない”だけでも平時との差が出る。箱は、『河川状況による一斉遅延とは整合しにくく、特定用途への転用または通常航路外への移動の可能性が上がっています。三艘すべてが小回りの利く舟である点から、大量輸送より人員・小荷の短距離移送に適します』と出した。敵の舟だとは言っていない。でも、戦の始まった日に、使いやすい小舟だけが三つ消えた。放っておく理由もない。

半次が「じゃあ舟も全部押さえる?」と聞いた。弥助が俺より先に「やめろ。渡し止めたら俺が困る」と即答する。親父がいなくても、最近は皆が“全部確保”に反射で嫌な顔をするようになった。俺も舟を集める気はなかった。川を止めれば、陸路へ荷が寄って、今やっと分けた道がまた詰まる。

やったのは、舟の帰りを待つ場所を一つ増やすことだった。南へ下る船頭に、蟹江寄りで「舟を借りたい」と声を掛けられたら、誰に、何を、どちら向きへ運ぶ話だったかだけ覚えてきてもらう。断れとは言わない。尾行もしない。普段の商いへ一問だけ乗せる。弥助は「また一問か」と嫌そうに言い、半次が「それ、俺がいつも言ってるやつ」と嬉しそうに仲間を見つけた顔をした。

同時に、城から来ていた水と布の荷を見直した。陸だけで全部を西南へ入れると、戻る人とまたぶつかる。そこで渡しを越える短い区間だけ舟を使い、向こう岸で小荷へ替える。舟で蟹江城まで行くわけじゃない。使える水路を一つ挟んで、混んでいる道を短く切るだけだ。

藤兵衛は荷を小分けにしながら、「十五年やって、とうとう荷車から荷取られた」とぼやいた。弥助が「川じゃ車輪は回らん」と返す。「分かってるよ」。二人とも不満そうなのに手は早い。市松は空いた荷車を見て、「じゃあ俺、今日は楽?」と聞いたが、新吉に「向こう岸でまた積む」と言われ、「知ってた」と肩を落とした。

最初の一往復は、水桶と布だけだった。舟は渡しの先で荷を下ろし、すぐ戻る。陸ではその間に怪我人の帰りを通す。AIで時刻を重ねると、同じ道を無理に空けようとするより、荷と人の重なる時間が減った。川を使ったから速いんじゃない。陸と水の二つへ、同じ一刻を分けたから詰まりにくい。

昼過ぎ、消えていた三艘のうち一艘が戻った。船頭はへとへとで、岸へ上がるなり「銭は良かった。二度はやらん」と言った。弥助が「何運んだ」と詰めると、男は顔をしかめる。「人だよ。五人。槍持ち。蟹江の手前まで。旗は巻いてたから知らん」。誰の兵かは分からない。けれど、道で分散していた兵が、水でも動き始めていることだけは分かった。

「どっちから乗った?」と俺が聞く。船頭は場所を答え、さらに「帰りに別の組からも声かけられた。今度は怪我人を上へ運びたいって。断った」と付け足した。同じ舟が、前へ行く兵にも、後ろへ戻る怪我人にも欲しがられている。陸で起きていた“行きと帰りのぶつかり”が、水の上でも始まりかけていた。

AIへ新しい実績を足す。箱は、舟の数を増やせとは出さなかった。『水路でも上り・下りの需要が同時化する場合、狭い接岸場所で滞留が発生します。舟そのものより、どこで乗せ、どこで降ろすかを分離する方が有効です。また、軍勢移動が水路へ拡大したため、陸路観測だけでは戦場の流動を過小評価します』。道の地図だけを最新にしても、もう半分しか見えていない。

夕方、その話を信長へ持っていった。上総介様は「蟹江へ舟が寄るのは昔からだ」と最初は平然としていた。俺が、普段の小舟だけが同じ日に三艘消え、一艘は武装した五人を運んだと話すと、表情が変わる。「誰の兵だ」。「分かりません」。俺がそう答えると、信長は舌打ちする代わりに、「なら次は、舟がどちらへ空で戻るかを見ろ」と言った。さすがに話が早い。

城からの帰り、久作が川沿いで待っていた。「もう一艘、戻ったぞ。そっちは人じゃない。縄と矢、それに空の水樽を積んだらしい」。半次が「どっちの?」と聞く。久作は肩をすくめた。「だから分からんって」。

俺は川の向こうを見た。蟹江へ入った今川方と、まだ中で動く織田方。陸では同じ城の中に両方がいる。水では、同じ小舟をどちらも欲しがり始めている。

戦は道から来るとばかり思っていた。

蟹江は、水の城でもあった。


第364話 空の舟は、次に誰を乗せるかを教える

翌朝、俺たちは荷を積んだ舟より、何も載せていない舟を数え始めた。半次は渡し場へ着くなり、「とうとう空っぽまで帳面につけるの?」と嫌そうな顔をした。弥助が棹を肩へ担ぎ、「空っぽだから見ろって話だろ。荷がありゃ、どこから来たか大体分かる」と返す。昨日の信長の言葉は、船頭には説明しなくても通じていた。

普段の空舟には理由がある。荷を下ろして家へ戻る。上流で次の荷を拾う。浅い場所では積み替える。その十五年分の癖は、うちの記録にも弥助たちの頭にも残っている。だから今日は、「空で走った」こと自体ではなく、いつもなら空で行かない向きへ、何度も戻る舟だけを拾った。

朝のうちに一つ出た。昨日、縄と矢と空の水樽を運んだ小舟が、荷を下ろしたあとも上へ戻らず、もう一度海寄りへ下っている。船頭は自分から仕事を探しに行ったわけではない。降ろした所で「空のまま戻れ。次もある」と言われたらしい。半次が「それ、舟を借りたっていうより往復で雇ってるじゃん」と言うと、弥助が「やっと分かったか」と鼻を鳴らした。

AIへ昨日の三艘と今朝の動きを重ねる。箱は、『荷下ろし後に通常帰着地へ戻らず、同一方向へ空船回送する行動が反復しています。単発輸送より、特定の乗船地または積込地と前方地点を往復する運用と整合します。所属は未確定ですが、輸送需要が一時的ではない可能性が高いです』と出した。誰の兵かは、まだ分からない。でも、誰かが舟を一回借りたのではなく、舟の回し方そのものを作り始めている。

久作には、空舟を追わせなかった。追えば相手にも「見られている」と分かる。代わりに、もともと下る魚売りと塩荷の男へ、いつもの岸に誰が増えていたかだけ聞いてもらう。新しい見張りは置かない。商いの途中で見えるものを拾う。半次が「また一問」とぼやくと、弥助が「お前、そのうち一問で飯食えるぞ」と笑った。「もう食ってるようなもんだよ」と返した半次だけ、少し本気で嫌そうだった。

昼前、魚売りが戻った。海寄りの低い岸に、朝から人が溜まっているという。槍を持つ者もいるが、旗は見えない。商人らしい荷は少ない。ただ、舟が着くたび二、三人ずつ乗せて上へ出している。魚売りは「銭払いはいいみたいだぞ。うちの親戚も行きたがっとる」と余計なことまで教えてくれた。

親父はその話を聞き、「銭がいいなら、こっちの舟も減るな」と先に商いの心配をした。そこが大事だった。敵味方より先に、高い銭へ船頭が吸われれば、清須が使える舟が減る。俺はAIへ今使える舟、通常荷、今日すでに軍用へ回った時間を入れた。箱は、舟を差し止めるのではなく、清須側で必要になる最低の便数と、代替できる陸路だけを出した。

「舟を守るって、舟を縛ることじゃないんだな」と新吉が帳面へ線を引きながら言った。「縛ったら船頭ごと逃げるだろ」と弥助が即答する。親父も「銭が高い方へ行くのは普通だ。戻ってきても稼げるようにしとけ」と言う。戦が始まっても、人は忠義だけで動かない。そこを忘れた仕組みは、たぶん長く持たない。

午後、三艘目がようやく戻った。舟には荷ではなく、足を傷めた男が二人乗っていた。船頭は顔を見るなり、「乗せるつもりなかったんだぞ」と言い訳した。「空で戻れって言われた岸に行ったら、今度はこいつらを上へ運べって。断ったら一人歩けんっていうから」。二人の所属はすぐには分からない。俺たちは武器だけ離して、先に傷を見た。

船頭が指した乗船地は、朝の魚売りが人を見た岸と同じだった。そこで兵らしい者を上へ送り、空舟を戻し、帰りには傷んだ者まで上へ流している。行きと帰りの両方で同じ岸を使い始めたせいか、すでに舟待ちが増えていたらしい。AIは、『固定された乗船地点の混雑が進む場合、舟数より接岸処理が律速になる可能性があります』と出した。

夕方、信長へは「今川方の舟が増えています」とは言わなかった。海寄りの一つの岸で、武装した者の乗船、空舟の回送、負傷者らしい者の上りが重なり始めている。そこまでを報告した。上総介様は少し考え、「なら舟を数えるな。その岸で、舟を待っておる者を見ろ」と言った。昨日は空で戻る向き。今日は待っている人間。見方が一つずつ先へ進む。

城を出ると、半次が待っていた。「弥助さんが呼んでる。こっちの渡しも詰まり始めたって」。敵の岸を見ていたら、今度は自分たちの岸だった。舟が足りないんじゃない。舟を使う場所が、先に足りなくなり始めていた。


第365話 舟を増やすより、岸を二つに分ける

南の渡しへ戻ると、舟はあるのに動けていなかった。一艘は水と布を積み終えている。もう一艘は怪我人を降ろしたい。さらに魚荷の舟が横で待っていて、三艘とも同じ狭い岸へ鼻先を向けている。弥助が岸から怒鳴っていた。「順番に来いって言っとるだろ! 棹ぶつけんな、割れたら俺は知らんぞ!」。半次が俺の横で、「道の渋滞よりうるさい」と小声で言った。

昨日までなら、舟を一艘増やす話をしていたかもしれない。でも目の前では、増やした舟を着ける場所がない。AIへ接岸してから離れるまでの時間、荷下ろし、怪我人を担ぐ人数、岸の深さを入れる。箱は、『現状の待機時間は舟不足より接岸地点の競合による影響が大きいです。積載物と降船者の性質が異なるため、乗せる岸と降ろす岸を分けることで回転時間を短縮できる可能性があります』と出した。

弥助に見せる代わりに、俺は「怪我人を向こうの浅い岸で降ろせる?」と聞いた。弥助は一度だけ水面を見て、「人なら降ろせる。荷は無理だ。底が泥で、俵置いたら終わる」と答える。そこへ藤兵衛が低い荷車を引いてきて、「じゃあ人はそっち、俵はこっち。車は間を回すか」と言った。市松が「俺、今度は岸と岸の間だけ?」と嫌そうに聞く。「近くてよかったな」と新吉が笑うと、「近い仕事ほど回数増えるんだよ」とすぐ返した。

出す荷は今までの深い岸。戻る怪我人や歩けない者は、少し離れた浅い岸。歩ける者はさらに手前で降りてもらう。全部を固定はしない。水位が変われば浅い岸は使えなくなるし、夜は足元が危ない。だから「ここは怪我人専用」ではなく、今の水位と明るさなら人を先に降ろせる岸として扱った。

一往復目から違いが出た。水と布を積んだ舟が出るのを、怪我人の舟が待たなくていい。浅い岸へ着いた舟では、医者の所まで運ぶ者が先に待っている。荷を積む人足と、傷んだ人を担ぐ手も混ざらない。半次は二つの岸の間を走らされ、「これ絶対、俺だけ忙しくなってない?」と息を切らした。親父が後ろから「忙しい奴が一人で済んどるなら上出来だ」と言うと、「褒め方がひどい!」と返す余裕はあった。

AIで半刻ごとの実績を重ねると、舟の数は朝と変わらないのに、岸で止まる時間が減っていた。少し遠い浅瀬へ回る分だけ水の上では長くなる。でも、順番待ちが消えるので全体は早い。昨日、陸でやったことと同じだった。最短の場所へ全部を集めるより、流れを二つへ分けた方が結果として早い。

問題は、分けた途端に「じゃあ舟をもっと回せる」と前が言い始めることだった。城から来た若い武士が、空いた舟を見て「あと二艘、前へ出せるな」と言う。親父が嫌な顔をしたが、今回は俺が先に止めた。「回転が速くなった分は、次の怪我人と普通の荷にも使います。全部前へ出したら、また同じ岸で詰まります」。武士は「余裕を作ったのに使わぬのか」と不満そうだった。

「余裕は、余ってるんじゃありません。次が来た時に止まらない分です」。そう言うと、弥助が横で「おう、それ取るな。やっと飯食える」と勝手に付け足した。武士が弥助を睨み、弥助は知らん顔で舟の綱を結び直す。戦場に近いほど、空いているものは全部欲しく見える。でも、空きを全部使った瞬間、次の変化へ動けなくなる。

昼過ぎ、海寄りから戻った船頭が新しい話を持ってきた。朝に人が溜まっていた岸で、舟を待つ者がさらに増えている。しかも一組が乗ったあと、別の一組がすぐ前へ出るらしい。「十人とか二十人とか、そんな綺麗に数えちゃいねえぞ」と船頭は念を押した。「でも商いの客じゃない。荷を持っとらん奴が、あんなに舟待つことは普段ない」。

AIへ時刻だけ足す。朝は二、三人ずつ。昼は舟が着く前から複数の組が待つ。所属はまだ決めない。それでも、輸送の需要が先ほどより増えていることは言える。箱は、『乗船待機者の増加が継続する場合、今後の舟運回数が増える可能性があります。舟が動く前の待機者数は、移送量の先行指標として利用できます』と出した。動いた兵を数えるより、動く前に並んだ人間を見る。信長が言った通りだった。

その報せを城へ回した直後、蟹江寄りから小者が来た。「水際から、また人数が入ったらしい。どこの組かまでは分からん。ただ、南の方で急に人が増えた」。海寄りの岸で待つ人。空で戻る舟。蟹江の水際で増える人。別々だった三つの観測が、やっと一本につながる。

半次は「じゃあ、今川の兵を運んでるってこと?」と聞いた。俺は首を振った。「そこまで言えるのは、旗か顔を見た奴が出てから」。半次は一瞬むっとしたが、すぐ「でも、人が水から増えてるのは本当」と言い直した。「それで十分だ」。答えを小さくするのではない。分かっている所まで、強く使う。

夕方、こちらの二つの岸はまだ回っていた。前へ送る舟も、戻る怪我人も、魚荷も止まっていない。けれど海寄りの岸では、舟そのものより、舟を待つ人が増えている。戦場の人数は、兵が到着してから数えるしかないと思っていた。水の上では、その一刻前から兆しが並び始めていた。


第366話 兵が乗る前なら、戦場より早く見える

次の朝、海寄りの岸を見た者が三人戻ってきた。魚売り、塩荷の手代、それに普段は葦を刈る男。三人とも別々に動いていて、互いに話を合わせていない。なのに言うことが似ていた。「舟待ちが昨日より多い」「槍を持つ奴が混じってる」「荷は少ない」。違ったのは人数だけで、十人余りと言う者もいれば、もっといたと言う者もいる。

俺は人数の平均を取らなかった。見た場所も刻も違うからだ。AIへ三人の位置と時刻を入れると、箱は、『同一集団を異なる時刻に観測した可能性と、待機者が入れ替わりながら継続している可能性の双方があります。人数の単純合算は不適切です。一方、複数時点で武装者を含む乗船待機が継続している点は一致しています』と出した。二十人か三十人かより、「待ち続けている」方が今は大事だった。

親父は朝飯の残りをかき込みながら、「で、こっちは何をする」と聞いた。敵の岸へ舟を出して数える気はない。見張りを増やして商いを止める気もない。やるのは、こちらの船頭へ「高い銭で急に雇われても、戻れる時刻だけ残せ」と伝えることと、帰ってきた時に乗せた人数より乗せた場所を先に聞くこと。それだけだ。

弥助は説明を聞いて、「船頭に帰る刻まで約束させるのは無理だぞ」と先に釘を刺した。「戦の近くじゃ、川も人も予定通りには動かん」。俺もそこは分かっている。「戻れなかったら罰にするんじゃない。戻らない舟が何艘になったら、こっちの通常荷を陸へ逃がすか決めとく」。弥助はそれなら、と頷いた。「帰ってこないのを罪にするんじゃなく、残った方で困らんようにするなら話は別だ」。

午前のうちに、城から布と乾飯を少量だけ水路へ回せと来た。昨日の二つの岸をそのまま使う。市松は「今日は俺、陸だよね」と期待した顔をしたが、新吉が「向こう岸で受け取り」と札を渡す。「お前ら、俺が川に慣れたと思ってない?」。「慣れたんじゃない?」。「昨日からだぞ」。藤兵衛が「戦は人を育てるな」と適当なことを言い、市松が「雑にまとめんな」と言い返した。

その便が出た直後、海寄りから戻った小舟が一艘、予定より早く渡しへ入ってきた。船頭は荷も人も載せていない。「何で空で戻った」と弥助が聞くと、男は「乗せるはずの奴らが、別の舟へ先に乗った。で、次を待てって言われたけど帰ってきた」と答えた。銭は惜しかったらしいが、昨日から家へ戻っていなかったので嫌になったという。

「どこへ行く連中だった?」と俺が聞く。船頭は蟹江寄りを指した。ただ、城へ直接ではない。「水の低い所で降ろす。そこから歩くって話だった」。昨日までの受け取りと違う。舟が城際まで入らず、少し離れた岸で人だけを落としている。道で言えば、荷を手前で渡して最後だけ別の者が運ぶのと同じだ。

AIへ場所を入れると、昨日から武装した者を乗せた地点、空舟が戻った向き、今日の降船予定が近い範囲に寄った。箱は、『複数の小舟が同一の大規模船団として動いている証拠はありません。ただし、海寄りの乗船地から蟹江周辺の複数接岸点へ人員を反復移送する小規模輸送網が形成されている可能性があります』と出した。大船が一列で押し寄せているわけじゃない。小舟を何艘も使えば、道で目立たず人を足せる。

その報告は、さすがに信長へ急いで回した。上総介様は俺の話を最後まで聞き、「敵だと決めぬのに急ぐのか」と聞いた。「敵かどうかが分かるまで待つと、水から人が増えている事実まで遅れます」。信長は一度だけ笑った。「よい。敵でなくとも、人が増えれば道も荷も変わる」。年配の男へ向き直り、蟹江側から来る報せに「どの門」だけでなく「どの水際」を足せと命じた。

昼過ぎ、その効き目がすぐ出た。蟹江寄りから戻った小者が、「南の水際で今川方らしい者が増えた」と言ったあと、自分で言い直した。「いや、俺が見たのは今川の印を付けた二人と、その近くで舟から降りる連中です。全員が同じかは分からん」。以前なら“今川勢が大量に上陸”へ膨らんでいた話だ。それでも、今川方の印を見た者が水際にいて、舟から降りる人員が増えている。昨日より一段、確度は上がった。

俺たちは清須から戦いに行かない。代わりに、前へ出す荷の受け取り地点を水際から少し離し、戻る怪我人の舟とぶつからないよう時刻をずらした。AIで今朝の舟と陸の流れを重ね、同時に一つの辻へ集まらない形へする。敵の兵を止めたわけじゃない。それでも、相手が水から人数を足した瞬間に、こちらの補給まで同じ場所で詰まることは避けられる。

夕方、海寄りを見ていた葦刈りの男が、また店へ来た。今度は顔が違った。「朝の連中、減ったぞ」。半次が「舟で行ったから?」と聞くと、男は首を振る。「行ったのもいる。でも、戻ってきた奴が増えとる。怪我しとるのもいた。舟待ちの向きが逆になった」。海寄りから蟹江へ送る列の横で、今度は蟹江側から海寄りへ抜けようとする人間が溜まり始めたという。

AIへ朝からの観測を並べる。乗船待ちの増加、蟹江側への反復移送、今川方の印、そして数刻後に逆向きの待機者が増えた。箱は、『水路上の人員流動が短時間で双方向化しています。前進輸送の増加だけでは説明できず、戦闘接触または局地的な押し戻しに伴う後送需要が増えた可能性があります』と出した。勝ったとも、負けたとも言わない。でも、水の向きが変わった。

親父が帳面を覗き込み、「朝は行く奴を見て、夕方は帰る奴を見るのか」と言った。「たぶん、明日はまた変わる」。俺が答えると、親父は嫌そうに笑った。「戦ってのは忙しいな」。半次が横で「やってる本人たちはもっと忙しいでしょ」と言い、誰も反論しなかった。

城から正式な戦況が届くより先に、川では人の向きが変わっていた。未来の歴史を知っていても、この数刻の押し引きは書いていない。AIが強いのは答えを持っているからじゃない。今日の清須と蟹江が出した小さな変化を、次の一手に間に合う形へまとめられるからだ。

そしてその夜、弥助が低い声で言った。「弥吉。下の方に、まだ帰ってこない舟が七艘ある」。三艘どころではなくなっていた。


第367話 帰らない七艘は、沈んだ七艘じゃない

弥助が「七艘」と言ったあと、渡し場では誰もすぐ口を開かなかった。夜の川は黒く、岸へ引き上げた舟の腹だけが松明に照らされている。半次がしばらくして、「……沈んだって話は?」と聞くと、弥助は棹を地面へ突き立てた。「一つもない。だから気色悪いんだ。沈みゃ流木か荷か、何かしら話が来る。七艘まとめて音もなしって方が変だろ」


俺は店へ戻って、ここ三日の舟の帳面を開いた。三艘、四艘、七艘と、帰りの遅い舟は増えている。ただし同じ七艘がずっと消えているわけではない。昨日遅れた一艘は朝に戻り、別の二艘が昼から帰っていない。AIへ船頭、出た刻、普段の帰着、最後に見た岸を入れると、箱は『喪失数ではなく、通常航路から外れている舟の同時滞留数が増加しています。事故による消失より、複数地点で舟が長時間拘束されている状況と整合します』と返した。


「沈んだ数じゃなくて、帰してもらえない数か」。新吉が帳面を覗き込み、指で七つの印を追った。親父は腕を組んだまま、「銭がいいから残っとる奴も混じるだろ」と言う。そこへ弥助が「そりゃいる」と即答した。「船頭なんて、銭積まれりゃ昨日の悪口言った相手でも乗せる。俺は乗せんけどな」。半次が「最後の一言いる?」と笑い、張りつめていた空気が少しだけほどけた。


事故と決めない。敵に奪われたとも決めない。だからといって、七艘が普段の商いから抜けている事実は消えない。俺たちは翌朝の塩と魚の荷を二便だけ陸へ逃がし、舟が三艘戻ってもすぐ全部を通常便へ戻さないことにした。欠けた舟を埋めるために残りを使い切ったら、次の一艘が遅れた瞬間にまた止まる。


夜半を少し回った頃、岸から怒鳴り声がした。弥助が真っ先に飛び出し、俺たちもあとを追う。一艘の小舟が、灯もほとんど持たずに上ってきた。船頭は岸へ着けるなり「手ぇ貸せ!」と叫んだが、乗っていたのは荷ではない。肩を押さえた男、額から血を流す若い兵、足を引きずる小者。全部で四人だった。


「お前、どこにいた」。弥助が船頭の胸倉をつかみかけ、途中で手を離した。男の腕まで震えているのを見たからだ。「下の岸だよ。朝からずっとだ。行く奴乗せたら、空で戻れって言われて、戻ったら今度は傷んだ奴運べって……降ろそうにも岸が人で埋まってやがる。舟が足りねえんじゃねえ。降ろせねえんだよ」


その一言で、朝からの数字の意味が変わった。舟が七艘消えたのではない。前へ送る人、戻す怪我人、逃げる人が同じ狭い岸へ重なり、舟ごと流れの中へ捕まっている。AIへ船頭の滞在時間と、今まで聞いた乗船地・降船地を足すと、『帰着遅延の主因が航行時間ではなく接岸待機へ移っている可能性が高いです。今後、後送者が増えた場合、下流側の滞留が急増し、帰着舟数がさらに減るおそれがあります』と出た。


半次が怪我人へ水を渡しながら、「じゃあ七艘が十艘になる前に、こっちが困る?」と聞いた。「困る」。俺が答えると、親父はもう荷札を外していた。「明日の朝一、川へ載せる予定の分を半分ずらすぞ。舟が戻ってから考えるんじゃ遅い」。藤兵衛は眠そうな顔のまま「また荷車の出番か」とぼやき、市松は「さっきまで川に取られたって怒ってたじゃん」と笑った。「返してくれるなら文句はない」。藤兵衛の返事だけは早かった。


運ばれてきた四人のうち、額を切った若い兵は傷を洗われる間も、何度も「城の中はまだ」と言いかけてやめた。親父が「見てないなら言わんでいい」と止めると、若者は悔しそうに唇を噛んだ。それでも一つだけ、自分で見たことがあった。「俺らが出たあと、南の岸へまだ舟が寄ってた。行く奴より、乗せて帰れって怒鳴る声の方が多かった」


正式な戦況はまだ来ていない。けれど川は、前へ運ぶための道から、戻すための道へ変わり始めている。俺は七つの印を消さず、その横へ「岸で止まっている可能性」と書き足した。


帰らない舟の数は、次に帰ってくる人の多さを、少し先に映していた。


第368話 「落ちた」の報せより先に、帰ってきた場所を並べる

朝になる前から、西の広場へ人が入り始めた。昨夜の四人だけではない。歩ける者は二人、三人で戻り、歩けない者は戸板や荷車で運ばれてくる。いつものように「何人帰った」だけを数えると同じ者を二度書くので、俺たちは名前が分かる者は名前、分からなければ組、怪我、最後にいた場所を一つだけ聞いた。半次は眠そうな目で札を持ち、「昨日まで船頭に一問、今日は怪我人にも一問か」とぼやいた。


「二問聞いたら怒るぞ」。傷を洗っていた男が、顔も上げずに言った。半次は一瞬固まってから、「じゃあ一問にします」と真面目に返す。横で新吉が吹き出し、男も少し笑った。怪我人へ聞き取りをしているというより、話せる時に自分が見た一点だけ残してもらう。それで十分だった。


AIへ時刻と最後の場所を重ねると、ばらばらに帰ってきた人間の間に線が出た。南寄りから戻った者が早い刻に増え、そのあと城の西寄り、さらに少し北寄りからも帰着が出ている。ただ、北側では遅い刻まで荷を受け取った者の証言が残っていた。箱は『後退・離脱地点が時間経過とともに北側へ移っています。一方、同時刻帯にも織田方の活動継続を示す観測があり、城内全域が一時に失われたとは断定できません』と出した。


「地図が逃げてくるみたいだな」。新吉が、俺たちが炭で付けた印を見て呟いた。俺は頷いた。城から地図を持ち帰った者はいない。でも、どこから帰ってきたかを並べると、戦いの場所が少しずつ動いている。未来の歴史に「蟹江城を攻略」と一行で書かれる日が、今は何刻もかけて町へ流れ込んできていた。


昼前、信長から呼び出しが来た。清須城へ入ると、上総介様の前には「蟹江落城」と書かれた報せと、「北側なお持ちこたえる」と書かれた報せが、同じ板の上に置かれていた。信長は俺を見るなり、「どちらを信じる」と聞いた。


俺が答える前に、年配の男が「弥吉はまた、どちらも決めぬと申すのでしょう」と少し疲れた声を出した。上総介様が鼻で笑う。「先に言うな。面白くない」。俺は思わず口元を緩めてから、広場へ戻った者の最後の位置と刻を話した。「南から戻る者が先に増え、その後、西と北寄りからも戻り始めています。ただ、遅い刻まで北側で荷を受けた話もあります。城全体の今は分かりません。でも、使える場所が縮んでいるのは確かです」


信長は落城の報せを指で二度叩いた。「城が落ちたかどうかより、今使える場所の方が荷には要るか」。それから年配の男へ向き直り、「以後、“落ちた”だけ持ってくるな。最後に味方を見た場所と刻を一つ付けろ」と命じた。男は小さく息を吐いた。「報せを持つ者が皆、弥吉の店の者のようになりますぞ」。「ならぬから、一つでよい」。信長は即答した。


城を出る時、別の小者が駆け込んできた。泥だらけで、息もまともに整っていない。年配の男が水を飲ませ、同じ問いをする。小者は「蟹江城は……今川方に取られました」と言ったあと、自分から続けた。「俺が最後に見た時、北の囲いからも味方が出ていました。城内へ戻る道は、もう使えません」


今度の報せは、これまでより重かった。取られた城を実際に離れ、戻る道が閉じたことまで見ている。信長はしばらく黙り、「分かった」とだけ言った。怒鳴りもしなければ机も蹴らない。その代わり、「蟹江へ向けた荷を全部止めるな。城へ入れる荷は止めろ。外で受け取れる者がいる分だけ出せ」と命じた。


清須へ戻る頃には、「蟹江が落ちた」という噂はもう市場を一周していた。けれど、こちらの仕事は昨日と全部逆にはならなかった。城あての札は外す。手前で受け取れる者が確認できた布と水だけは出す。帰ってくる者のために舟と車を残す。AIは新しい確定情報を入れても、それまでの仕組みを全部捨てろとは言わなかった。『目的地の支配変化により直接搬入は停止すべきですが、周辺で継続する味方活動と後送需要は残っています。用途ごとに経路を分離してください』と出す。


夕方、昨夜帰らなかった七艘のうち、さらに三艘が戻った。一艘は怪我人、二艘は空だった。空で戻った船頭の一人が、岸へ上がるなり弥助へ言った。「蟹江の岸、今川の奴らが舟を帰さんぞ。荷降ろした舟まで並べてる。杭打って、縄張って……あそこを使い続ける気だ」


城を取られた。それで終わりじゃなかった。


取った側も、次の一便をもう始めていた。


第369話 落ちた城より、次に使われる道を読む

蟹江城が今川方へ渡った翌朝、俺たちは城そのものより、岸へ残された舟を見た。昨夜戻った船頭の話だけでは足りないので、塩荷、薪舟、魚売りにいつもの一問を頼む。「今川が何人いた」ではない。「どこで舟を待たされたか」。人数は見間違える。旗は巻かれる。でも、船頭が半刻待たされた岸は、商いをしている者ほど間違えにくい。


昼までに四つの話が集まった。蟹江寄りの二つの岸で舟が待たされ、片方では人より米、縄、水樽の積み下ろしが増えている。別の岸では傷んだ者を上へ返している。AIへ昨日までの人員移送と合わせると、『城の占有後も小舟運用が縮小せず、物資搬入と後送が並行しています。短時間の襲撃後に離脱する挙動より、占有地点を継続利用する補給運用と整合します』と出した。


半次は画面を覗き込み、「つまり、取った城でちゃんと暮らす準備してるってこと?」と聞いた。藤兵衛が荷縄を締めながら、「暮らすって言うと急に所帯じみるな」と笑う。新吉は笑わず、「でも、一晩で帰る奴は米俵まで何度も運ばないだろ」と言った。戦の言葉に直せば拠点化。でも俺たちが見ているのは、飯と水と縄と、帰らない舟だ。その方が嘘をつきにくい。


問題は、敵が蟹江を使い続けるなら、清須側も「蟹江が危ない日」だけのつもりで組んだ仕組みでは足りないことだった。親父は帳面を閉じ、「毎日こんな人数で川見とったら商売にならんぞ」と言う。俺も同じだ。見張りを増やして解決するなら、AIを持っている意味が薄い。必要なのは、普段の商いがそのまま観測になる形だった。


そこで質問を一つに絞った。清須へ戻る舟には、荷の値や敵の旗ではなく、「いちばん長く待たされた場所」だけを札へ残してもらう。待たされなかったなら丸を一つ。船頭が字を書けなければ、渡し場で弥助たちが印を付ける。誰かを密偵にしなくても、商いを続けるほど川の詰まり方が溜まっていく。


弥助は札の束を見て、露骨に嫌な顔をした。「俺の仕事増やしたな」。半次が嬉しそうに「一問で飯食えるらしいですよ」と昨日の言葉を返すと、弥助はじろりと睨んだ。「お前、覚えんでいいことだけ覚えるな」。親父が横から「三日やって役に立たなきゃやめる。それでどうだ」と言うと、弥助は少し考え、「三日なら」と渋々受けた。続く仕組みは、正しいだけじゃ駄目だ。やる人間が嫌にならない大きさでないと残らない。


夕方までに十数枚の札が集まった。AIは待ち時間を地図へ置き、普段の同じ曜日、同じ刻と比べる。蟹江寄りは当然長い。けれど一か所だけ、城から少し離れた西寄りの岸で、荷の少ない舟が続けて待たされていた。魚売りは「兵は見とらん」と言い、薪舟の男も「旗なんかない」と言う。ただ二人とも、普段そこでは待たない。


箱は『既知の蟹江周辺拠点とは別に、同一時間帯で待機増加が集中する地点があります。軍事利用とは確定できませんが、通常需要の増加を示す荷量が伴っていません。人員または小荷の積み替え、舟の待機指定など、非通常用途の可能性があります』と出した。半次が「また敵かどうか分からないやつ?」と顔をしかめる。「分からない。でも、分からないうちに見つけた」。俺が答えると、半次は少し考えてから「それなら前より早いか」と納得した。


その札を持って信長の所へ行くと、上総介様は蟹江城を取られた翌日だというのに、もう別の三通を読んでいた。俺が岸の待ち時間を説明すると、「舟を見ずに、待たされた刻を見るのか」と言う。「舟は入れ替わります。待たせる場所が同じなら、使う側の都合が残ります」。信長は札を一枚持ち上げ、裏返した。「これを何人で集めた」。「新しく置いた見張りは一人もいません。普段の船頭と商人です」


そこで初めて、信長の目が少し変わった。「なら増やせ」。年配の男がすぐ「殿、川すべてを調べるおつもりで?」と聞く。信長は札を置き、「調べるのではない。帰ってきた奴に一つ聞くだけだ。弥吉、道でも同じことはできるか」。俺は一瞬だけ考えた。「できます。ただ、聞くことは道ごとに変えます。全部同じ問いにすると、役に立たない」


「勝手に変えろ」。信長はあっさり言った。「敵の名を当てるためではない。昨日と違う場所を、昨日のうちに使わぬためだ」。少し言い間違えたのかと思ったが、上総介様はそのまま続けた。「……今日と違う場所を、明日も同じと思わぬためだ。そっちだ」。年配の男が咳払いをし、俺は笑わないように下を向いた。


店へ戻ると、弥助が新しい札を一枚持って待っていた。「三日どころか半日で仕事増えたぞ」と不機嫌そうに差し出す。札には、西寄りの岸で長く待たされた印。その下に、船頭が口で伝えた一言が添えてあった。


「空の舟を三艘、もっと南へ下らせた。蟹江には寄ってない」


蟹江城を取った流れだけを見ていれば、見落としていた動きだった。AIへ新しい一点を入れると、地図の端に小さな印が灯る。


城を失った日、俺たちは城より広いものを見始めていた。


第370話 空の舟は、行き先より戻る刻を見る

三艘の空舟が蟹江を通らず、さらに南へ下った。そう聞いた瞬間、半次は『見に行く?』と身を乗り出した。弥助はその後頭部を軽くはたく。『夜の知らん岸を、物見遊山みたいに言うな。舟で追ったら相手にも“追ってます”って札ぶら下げるようなもんだぞ』。半次は頭を押さえ、『じゃあどうすんの』と俺を見る。俺も追うつもりはなかった。


今まで集めた舟の記録には、行き先が分からなくても残るものがある。出た刻、戻った刻、船頭が飯を食ったか、棹に泥が付いていたか、舟底が深く沈んでいたか。南へ下った三艘のうち一艘は、日が落ちる前に戻った。空で出たのに、帰りは船縁が少し低い。荷は筵を掛けられ、船頭は『積み替えただけだ』としか言わなかった。


弥助が筵をめくろうとしたので、船頭が慌てて手を押さえた。『頼むから余計なことすんな。俺、明日も商売あるんだぞ』。声が本気だった。俺は弥助を止め、代わりに一つだけ聞く。『いちばん長く止まったのは、いつもの岸より南か』。船頭は少し迷ってから頷いた。『南。葦が高い所だ。荷は向こうで載せられた。誰の荷かは知らん』。


積み荷を奪って調べれば、一回の答えは早い。でも、明日から船頭が何も話さなくなれば観測網そのものが死ぬ。AIへ、往復時間、今日の流れ、停泊時間、舟が沈んだ深さの目測、それに普段の南行き便を重ねた。箱は『通常の蟹江往復より滞在時間が長く、航行距離だけでは説明しにくいです。南側で積み替え、待機、または人員交代を行った可能性があります。目的地を一点に確定するより、帰着便の所要時間分布を継続観測する方が有効です』と出した。


新吉が『つまり、場所を当てに行くんじゃなくて、戻ってくる方を見る?』と聞く。『そう。三艘を追えば三艘しか見えない。でも南から戻る舟を全部見れば、その場所を使った舟が勝手に混じる』。親父は帳面を閉じ、『追いかけ回すより店で待っとる方が楽でいい』と言った。半次が『親父さん、最近そこ大事にするよね』と笑う。『楽で続くなら正義だ』。返事が早かった。


翌朝までに、南から戻った舟は八艘。そのうち三艘が、普段より一刻近く遅い。二艘は泥の色が似ていて、船底に細い葦の切れ端が挟まっていた。もう一艘は船頭が『水を待った』と言ったが、その日の川は潮待ちをするほど悪くない。三艘とも荷の種類は違う。塩、縄、空樽。それなのに遅れ方だけが似ていた。


AIは同じ荷を探さなかった。停泊の長さと戻り始めた刻を比べ、『同一地点または近接地点で、舟の用途に関係なく順番待ちが発生している可能性が上昇しています。軍勢の専用港と断定する根拠はありませんが、通常商取引だけでは説明しにくい共通待機です』と出した。敵の旗が一本も見えなくても、“誰かが舟を順番に使っている”ところまでは言える。


昼前、弥助が一枚の札を投げてよこした。『ほら、まただ。昨日まで蟹江で待たされた奴が、今日はもっと下で待たされとる』。札を見た半次が、『これ、蟹江がいっぱいだから下へ逃がしてるだけじゃない?』と首をかしげる。いいところを突いた。城を取って新しい拠点を作ったのではなく、蟹江の岸が詰まったから別の岸へ溢れているだけかもしれない。


その違いは大きい。新しい攻め口なら、これから兵や荷が増える。詰まり逃がしなら、蟹江の混雑と同じ呼吸で増減するはずだ。俺は南の待ち時間と、蟹江の待ち時間を時刻で並べた。すると午後、蟹江側の待ちが一度短くなった直後、南側の遅れも少し減った。完全ではない。でも別々の二点というより、同じ流れの逃がし口として動いている可能性が高くなった。


藤兵衛が『城取ったのに、荷降ろす場所が足りんのか』と笑う。市松は馬の鞍を直しながら、『取れば終わりじゃないって、こっちが毎日やってるだろ』と返した。戦も商いも、場所を持っただけでは回らない。城を取れば人が増える。人が増えれば飯、水、縄、怪我人、舟が増える。勝った側にも、勝った直後から詰まりは始まる。


夕方、俺は札を持って清須城へ上がった。信長は南の岸そのものより、『蟹江の詰まりが下へ逃げている』という話に食いついた。『なら、あやつらは城を取って道を増やしたのではなく、足りぬから増やしておるのか』。『今はその可能性が高いです。ただ、南の岸が使いやすければ、そのまま別の拠点になるかもしれません』。俺が答えると、上総介様は机を指で叩いた。


『追うな』。信長が先に言った。年配の男が驚いて顔を上げる。『よろしいので?』。『三艘追って、こっちが見とると教えて何になる。戻る舟で見えるなら戻る舟を見ろ』。俺が言おうとしていたことを先に取られ、少しだけ悔しい。信長はそれに気づいたのか、『その顔をするな。お前の真似だ』と笑った。


城を出る時、年配の男が俺へ低い声で言った。『殿が“見張れ”ではなく“帰りを見ろ”と仰るようになった。お前、責任を取れよ』。冗談なのか本気なのか分からない顔だった。俺は『できれば見張り役を増やさない方向で』と答え、男は鼻を鳴らした。


渡しへ戻ると、南へ下った二艘目がちょうど帰ってきた。空だった。けれど船頭が降りるなり、弥助へ変なことを言った。『向こうで、舟より先に“帰る奴”を数えてたぞ』。誰が、と聞くと、男は首を振る。『知らん。侍じゃない。帳面みたいなの持った若いのだ』。


俺たちが帰る舟を見ている間に、南でも誰かが流れを数え始めていた。


第371話 向こうも、川を読もうとしている

帳面を持った若い男。その話だけで敵の目付だと決める気はなかった。船荷を扱う商人なら数を取るし、舟賃を割るなら帰りの人数も見る。俺たちが普段の商いを観測に使っている以上、向こうの普通の商いまで全部“敵の知恵”に見え始めたら終わりだ。


半次は納得していない顔で、『でも戦の最中に、わざわざ帰る奴を数える?』と聞いた。新吉が先に『俺らもやってるじゃん』と返す。『そうだけど、俺らはAIがあるから』。半次が言った瞬間、皆が黙った。藤兵衛がゆっくり振り向き、『それ、外で絶対言うなよ』。『分かってるって! 今ここだけ!』。半次の声が一段小さくなった。


AIがあるから、相手が馬鹿になるわけじゃない。むしろ、川を使って城を取った側なら、舟の数と戻りを数える人間がいて当然だ。差を付けるなら、相手に出来ないことを祈るんじゃなく、こちらの方が早く、広く、間違いを直せる形にするしかない。


船頭の話を細かく聞くと、若い男は舟の名も船頭の名も聞かなかったらしい。『何人戻した』『空で戻るか』『次はいつ来る』。質問が三つ。弥助は顔をしかめた。『舟そのものじゃなくて、次に何人運べるか見とる聞き方だな』。俺も同じに感じた。南の岸は単なる詰まり逃がしから、少しずつ“次の便を組む場所”へ変わり始めている。


AIへ、南の待ち時間、質問内容、蟹江の岸から戻った舟数を足した。箱は『輸送能力の把握を目的とする質問と整合します。ただし質問者の所属は不明です。重要なのは、南側で単発の臨時利用ではなく、次便を前提とした運用が始まっている可能性です。今後は舟数だけでなく、再出発までの間隔、船頭交代、積載物の変化が有効な指標になります』と出した。


親父は『指標とか言われても腹は膨れん』と言いながら、朝飯の残りを俺の前へ置いた。『食え。昨日から飯が遅い』。自分でも忘れていた。半次が『AI、弥吉の飯の時間も管理してよ』と笑う。俺が箱へ視線をやると、新吉が『本当に聞くなよ。怖いから』と止めた。戦のデータが増えるほど、こういうどうでもいい一言がありがたい。


午前、南から戻った舟の一艘で変化が出た。船頭が違う。舟の持ち主は昨日と同じなのに、棹を握っていたのは若い男だった。『いつもの親父は?』と弥助が聞くと、『寝てる。向こうで二往復させられてへばった』と返す。二往復。つまり舟だけでなく、船頭まで交代させて回転を維持している。


しかも積んでいたのは米ではなく、空の水樽と切れた縄、汚れた筵だった。前へ持っていく物ではない。使った後の物が戻ってきた。新吉が筵を見て、『これ、拠点っていうより仕事場になってるな』と呟く。使い捨ての上陸点なら、こんな“後片付けの荷”は出にくい。南の岸は、続けて使う場所へ一段近づいていた。


ここで城へ『第二の敵拠点です』と持っていくのは簡単だ。でも確定させるにはまだ早い。俺は“続けて使われる輸送点の可能性”とだけ書いた。半次が覗いて、『相変わらず言い方が地味』と文句を言う。『地味でも外れにくい方がいい』。『噂なら派手な方が広まるのに』。藤兵衛が『お前、何の話してんだ』と突っ込み、半次は慌てて札を束ねた。


昼過ぎ、城から来た小者が珍しい命令を持ってきた。『上総介様より。南の岸を潰せるか、だ』。親父がすぐ俺を見る。俺は答えを急がず、今ある舟の記録を並べた。岸を一つ使えなくしても、昨日の蟹江みたいに別の浅瀬へ移れば終わりだ。それどころか、こちらが岸を潰すため人を出した瞬間に、今まで見えていた流れが散って見えなくなる。


俺は城へ行き、信長へそのまま伝えた。『潰すことは出来るかもしれません。でも、岸を一つ潰しても舟は別へ寄せます。今は、そこへ集まることで向こうの一日の回し方が見えています』。信長は不満そうに眉を寄せる。『敵の道を残せと?』。『残すんじゃありません。今すぐ壊す価値より、読める価値が高いと言っています』。言ってから、かなり危ない言い方をしたと思った。


年配の男が横で咳払いをした。上総介様は怒る代わりに、しばらく黙って札を見た。『では、いつ壊す』。やっぱりそこへ来る。俺は『南へ集まることで、蟹江と南の両方が一度に止まる条件が見えた時です。今はまだ、代わりを作られるだけです』と答えた。AIが出したのも同じだった。単一点の遮断より、代替経路を含む全体の余力を見た方が効果は大きい。


信長は笑わなかった。『分かった。今は手を出すな。ただし、見えるからといって眺めるだけになるなよ』。『はい』。その一言は重かった。観測は目的じゃない。次に何を変えるかへ繋がらなければ、ただ賢そうな帳面が増えるだけだ。


帰り際、年配の男が追ってきて、『お前、殿に“敵の道を壊すな”と言えるようになったのか』と呆れた顔をした。『言いたかったのはそこじゃないです』。『分かっとる。だから余計に質が悪い』。そう言いながら、男の口元は少し笑っていた。


その夕方、三艘目の空舟が戻った。船頭は何も積んでいなかったが、舟の舳先に見覚えのない白い布が結ばれていた。『何だそれ』と弥助が聞くと、船頭は自分でも今気づいた顔をした。『向こうで結ばれた。次に来る時、これ付けとけって』。


舟を数えるだけだった岸が、次に来る舟を見分け始めていた。


第372話 読まれる前提で、こちらの流れを作り直す

白い布はただの目印かもしれない。船賃を払った印、荷を受けた印、もう一度使いたい船頭の印。敵味方の印だと決める材料はない。けれど『次に来る時も付けろ』という言葉だけは明確だった。同じ舟を再び呼び戻すための仕組みが、南の岸で始まっている。


弥助は布を外して地面へ投げようとした。俺は止めた。『今日は外さないで』。『何でだ。向こうの札みたいなもんだろ』。『外したら、次に同じ舟が行った時、向こうがどうするか分からない。付けたままなら、何に使う印か見えるかもしれない』。弥助は嫌そうに布を見て、『俺の舟じゃないからいいけどよ』と責任だけ綺麗に逃がした。


問題は、向こうが舟を選び始めたということだった。こちらも帰着札で流れを見ている。もし南の岸で『清須へ戻る舟』『よく質問される船頭』『同じ時刻に戻る舟』を選別し始めたら、こっちの観測は読まれる。AIへ、今まで聞いていた質問と、船頭ごとの接触回数を入れた。箱は『同一人物・同一地点・同一質問に観測が集中すると、観測行為自体が識別されやすくなります。情報量を維持しつつ、質問の分散、不要項目の削除、集約地点の分離が有効です』と出した。


半次が『つまり、俺らが怪しい?』と顔をしかめる。新吉が『お前は前からちょっと怪しい』と即答し、半次が『そういう話じゃない!』と声を上げた。弥助まで笑った。けれど笑って終わりではない。今までは“どう集めるか”しか考えていなかった。これからは“集めていることをどう読ませないか”も要る。


俺たちは質問を増やさず、むしろ減らした。舟は『いちばん待った場所』、陸は『最後に止まった場所』、怪我人は『最後に自分で見た場所』。全部を同じ店へ持ってこない。渡し場、荷宿、店、城の小者で一度受け、必要な印だけがこちらへ集まる。誰か一人を捕まえても、全体の地図がそのまま出ない形にする。


親父は説明を聞くなり、『やっと店へ人が押しかけんようになるなら賛成だ』と言った。半次が『理由そこ?』と聞く。『店先で舟の話ばっかされたら、本当の客が入れん』。戦が始まっても親父は商人だった。俺はそれでいいと思う。観測のために商いを潰したら、観測に使う普段の流れそのものが消える。


翌朝、白布を付けた舟はもう一度南へ下った。こちらから人を付けない。特別な荷も載せない。いつもの空樽を運ぶ仕事のまま行かせた。半次は何度も川を見て落ち着かなかったが、弥助に『見つめたら早く帰ってくるのか』と言われ、ようやく店へ戻った。


昼を過ぎ、舟は帰ってきた。白布はなくなっていた。代わりに船頭が、今度は銭を少し多く受け取っている。『布付いてたから、並ばず入れた。荷は載せず、人を二人だけ送った。帰りは空』。その二人が誰かは知らない。重要なのは、白布が“優先して回す舟”の印として働いたらしいことだった。


AIは『南側では利用実績のある舟を識別し、再利用時の待機を短縮する運用が形成されつつあります。これにより限られた舟数でも反復輸送量を増やせます』と出した。相手も改善している。昨日の詰まりを、そのまま今日も繰り返してくれるほど親切じゃない。半次が画面を見て、『向こうにも弥吉いるじゃん』と嫌そうに言った。『いると思った方がいい』。俺は本気で答えた。


そこで、こちらも“昨日うまくいったから今日も同じ舟”をやめた。安全だから同じ船頭、早いから同じ車、話が通じるから同じ受け取り役。楽な運用ほど、外から見ると癖になる。AIへ過去三日の便を入れると、特定の船頭と市松に負荷が寄り過ぎていた。市松は結果を聞いて、『やっと気づいた?』と両手を広げる。『俺、陸も川も城前も行ってるんだけど』。藤兵衛が『人気者はつらいな』と肩を叩き、すぐ払いのけられた。


便を無理にばらばらにするわけではない。経験が要る場所は経験者を使う。ただ、その隣に一人ずつ別の者を付け、次から交代できるようにする。受け取り場所も一つへ固定せず、相手と刻が確認できた二か所を使い分ける。敵から隠すためだけじゃない。一人が怪我した時、一つの岸が塞がった時にも止まりにくくなる。


午後、信長へ変更を話すと、上総介様は『向こうが舟を選ぶようになったから、こちらは選ばせぬのか』と聞いた。『完全には無理です。でも“この舟を見れば清須の次が分かる”状態は減らせます』。信長は頷き、それから急に『俺の使いも替えるか』と言った。年配の男が横でむせた。『殿ご自身の使者まで実験に入れぬでください』。『同じ奴ばかり走らせる方が読まれるだろ』。『それはそうですが』。珍しく男が言い負けていた。


俺は笑いながらも、背筋が少し冷えた。道も舟も、人も、繰り返せば型になる。AIは型を見つけるのが得意だ。なら、相手に同じことをする人間が一人いるだけでも、こちらの型は読まれる。AIを持っている側ほど、“自分だけが分析する”という思い込みは危ない。


その日の暮れ、分散させた札の一つが荷宿から届いた。内容は短い。南から戻った船頭が、向こうで聞かれたという。『清須へ戻るなら、どこの店へ寄る』。船頭は魚屋と答えて誤魔化したらしい。


偶然なら、まだいい。けれど次の札には、もっと具体的な言葉があった。


『清須で、舟の刻を集めている若い商人を知っているか』。


第373話 戦場より先に、名前が届いた

札を読んだ半次が、最初に俺の顔を見た。新吉も、弥助も同じだった。誰も『弥吉のことだ』とは言わない。若い商人なんて清須に何人もいる。それでも“舟の刻を集めている”まで付けば、偶然で片づけるには具体的すぎた。


親父は札を取り上げ、もう一度最初から読んだ。『名前は聞かれてないんだな』。『この船頭は、そう言ってる』。俺が答えると、親父は札を机へ置いた。『なら今日から、お前が船頭に直接聞くのは減らせ』。迷いがない。俺は反射的に『でも』と言いかけたが、親父が睨む。『仕組み作ったのは何のためだ。お前一人で全部聞かんでも回すためだろ』。


言い返せなかった。AIも同じだった。俺という一人の観測者へ情報が集まり過ぎると、相手は俺を見れば全体を読める。箱は『情報収集機能を維持したまま、特定人物への接触頻度を低下させることが推奨されます。既に分散した受領地点を活用し、集約は遅延しても構いません。即時性が必要な異常だけを優先通知してください』と出した。有能なAIほど、俺が働き続けることを勧めない時がある。


半次は妙に真面目な顔で、『弥吉、今日は店から出ない方がいい?』と聞いた。俺が『そこまでじゃない』と答えると、弥助が『お前が決めるな。狙われる奴はだいたい“そこまでじゃない”って言う』と割り込む。新吉まで『今日は城も誰かと行け』と続ける。三人に囲まれて、俺は少し腹が立った。『俺、子どもじゃないぞ』。親父が『知っとる。だから言うこと聞け』と締めた。


結局、城への報告は久作と一緒に行った。道中、久作は普段通りで、護衛らしいことを一つもしない。途中で団子まで買った。『緊張感ないな』と俺が言うと、『緊張して腹減ったまま歩いたら余計怪しいだろ』と一つ渡された。甘くもない団子だったけれど、少しだけ頭が冷えた。


信長は札を読むと、笑わなかった。『やっとお前の名の前まで来たか』。まるで待っていたみたいな言い方だった。年配の男が『殿』とたしなめる。上総介様は俺へ視線を戻し、『怖いか』と聞いた。俺は少し考えた。怖くないと言えば嘘になる。でも、それ以上に腹が立っていた。こっちは誰かを殺すために舟を数え始めたわけじゃない。町を止めないために集めたものが、戦の中で価値を持ち過ぎた。


『怖いです。でも、集めるのはやめません』。俺が答えると、信長はすぐ『ならお前が集めるのをやめろ』と言った。意味が分からず見返す。『町に集めさせろ。お前は最後に見るだけにしろ。相手が探しているのは“舟の刻を集める若い商人”だ。そんな奴がいなくなればよい』。年配の男が、今度は何も言わなかった。


その発想はAIの答えとも重なった。ただ隠れるのではなく、機能と人物を切り離す。俺が動けない日でも観測が残る。俺を見ても全体が見えない。ここ数日、効率のために作ってきた分散が、今度は俺自身を守る仕組みに変わる。


清須へ戻ると、親父はもう店の位置を変えていた。帳面を置いていた机を奥へ下げ、船頭の札は弥助の所、荷車の札は荷宿、怪我人の一問は広場。店へ持ってくるのは“いつもと違う”印だけにする。半次が『俺、何担当?』と聞くと、新吉が『余計なこと言わない担当』と答えた。『一番難しいの来た!』。皆が笑った。


俺は笑いながらも、流れを一つずつ確かめた。弥助は待ち時間の異常だけを印にする。荷宿はいつもの道が使えなかった時だけ札を上げる。広場は帰着場所が前の半刻より動いた時だけ知らせる。全部の細かい話を俺へ急いで運ばない。必要ならあとでまとめてAIへ入れる。異常だけはすぐ来る。情報を減らしたのではなく、急ぐ情報と急がない情報を分けた。


夕方まで試すと、店へ来る札は半分以下になったのに、AIが出す川と道の状態はほとんど粗くならなかった。むしろ重複した話が減り、変化が見やすい。箱は『観測件数は減少していますが、異常検出に必要な地点被覆は維持されています。現在の分散方式は、特定人物への接触集中を抑えながら実用情報を保持しています』と出した。半次が『働く量減って強くなるの、ずるくない?』と本気で羨ましそうに言う。親父が『お前はまず普通に働け』と返した。


その頃、南の岸では白布の舟が増えていた。二艘、三艘。向こうも、使える舟を選び、回転を速くしている。こちらは逆に、一人や一艘へ情報が寄らないよう散らした。同じ川を使っているのに、相手とこちらで強くしようとしている場所が違う。どちらが正しいかは、まだ分からない。


日が落ちる少し前、弥助から“異常”の札が一枚だけ来た。南の待ち時間が急に短くなった。舟が減ったわけではない。白布を付けた舟だけが先に通され、ほかの舟が別の岸へ回され始めたという。AIへ入れると、『南側の運用が選別型へ移行しています。利用実績のある舟を優先し、一般舟を分離することで軍事または特定用途の輸送を安定化している可能性があります』と出た。


向こうも昨日の混雑を直した。こちらも昨日の集中を直した。戦は槍を合わせる場所だけで進んでいるんじゃない。相手が何を失敗し、次の日どう直したか。その積み重ねでも形が変わる。


そして夜、久作が西の広場から戻ってきた。『弥吉。今日帰ってきた小者がな、蟹江の外で変なこと聞かれたらしい』。親父が先に『何をだ』と聞く。久作は俺を見た。


『清須の荷は、どうして道が塞がる前に変わるのか、だと』。


名前の次は、仕組みを探し始めた。


俺は箱の画面を閉じた。隠すためじゃない。今まで通り、町の中では使う。ただ、戦場へ届くのは結果だけにする。AIそのものを守るためではなく、AIがなくても動ける形に見せるためでもない。俺たちが十五年かけて積んだ現地の記録と、人の癖と、普通の商いを、たった一人の秘密に戻さないためだ。


蟹江城を取られた時、戦場は西南にあると思っていた。違った。舟を数える問いが南へ渡り、俺の名の手前まで戻ってきた時、戦はもう清須の店先まで来ていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。