五
激闘は、終わりなき泥仕合と化していた。
『白亜の巨根(大根)』の先端から放たれる凶悪な辛味成分が翔刃の臓腑を容赦なく蝕み、『黒褐の鞭剣(牛蒡)』の圧倒的な食物繊維と泥のえぐみが、獅童の肉体を限界まで追い詰めていた。
二人の若き戦士は互いに得物の半分以上を喰らい尽くした。そして口の周りを泥と白濁した汁で汚したまま、荒い息を吐いて距離を取った。
「……ふ、ふふ。我が体内に、忌まわしき大地の泥が重く渦巻いているのがわかるぞ……」
翔刃が顔をどす黒い土気色に変え、腹を押さえながら必死に虚勢を張る。
「ああ……俺の歯車も、天空の冷気でひどく軋んでいる……。だが、まだだ」
獅童も強烈な内臓へのダメージを堪え、震える足で再び闘技場の地を踏みしめた。
「さあ、決着をつけよう! 我が天鷹の極意、限界突破……!」
「獅子の型、最終術理……!」
二人は最後の力を振り絞り、再び両腕を天に突き上げる奇妙な姿勢と、四つん這いの激しい痙攣を再開した。両者の気が極限まで高まり、すべてを終わらせる最後の一撃が放たれる――観衆が固唾を飲んだ、次の瞬間。
「「……ぐ、ふぶッ……!!」」
二人は一歩も踏み出すことなく、同時に胃の腑を抱え、その場に崩れ落ちた。白目を剥き、闘技場の中心で泥の海に沈む。肩で激しく息をするのみで、もはや指一本動かそうとしない。
「あの……泥まみれの野菜を食い過ぎて、腹を下しただけでは……?」
観客席の端にいた下級武士の、至極真っ当な疑問であった。
「ふはははっ! その通りだ! 見ろ、あの無様な姿を!」
間髪入れず、特等席の巌陀羅が勝ち誇ったように嘲笑した。
「あんなものはただの食あたりだ! これが幕府の威信を懸けた聖戦の結末だとは、片腹痛いわ!」
観客席がどよめき、双子たちの顔が再び絶望に歪む。このままでは、彼らは道化として処刑されてしまう。
「ええい、黙らぬか戦術顧問殿ォ!!」
俺は特等席から身を乗り出し、喉が裂けんばかりの絶叫で巌陀羅の嘲笑を叩き斬った。
「食あたりだと!? あの崇高なる戦士たちを捕まえて、なんという侮辱か! よいか、あやつらが喰らったのは単なる泥野菜ではない。“魔”そのものぞ! 空と地の相反する属性を直接体内に取り込んだことで、彼らの術理回路は『魔力暴走』を引き起こしているのだ!」
「な、なにぃ……!?」
「凡人ならば肉体が内側から破裂し、闘技場ごと吹き飛ぶほどの凄絶な呪力の奔流……それをあやつらは、我らを巻き込まぬよう、己の強靭な精神力のみで胃袋の奥底に封じ込めているのだ!」
俺は、筆を握りながら微かに肩を震わせていた。冷や汗と、笑いを堪えるのに必死だったのだ。
(……俺の言う「魔力暴走」などというものは存在しない。あの二人が今苦しんでいるのは、生野菜の丸かじりによる消化不良だ)
(だが――俺は彼らを守ろう。俺の嘘に双子は乗ってくるはず。双子が権力を握りさえすれば、俺の嘘は真実になる……ただしそれは若者たちが嘘に見合う『聖戦』を演じてこそだ……嘘が誠になるかはあの二人次第)
俺は祈るように二人を見つめた。
「しかし、ふたりとも倒れてしまっては決着がつかぬではないか」
重臣の一人が、困惑したように声を上げた。
「勝負ありだ。両者失格、よってこの代理戦争は無効――」
巌陀羅が冷酷に宣言しようとしたその言葉を、俺は再び大音声で遮った。
「否! 己の内の魔をねじ伏せ、先に立った方が勝者だ!」
俺の声に呼応するかのように、泥の海に沈んでいた二人の指先がピクリと動いた。
(頼む!)
強烈な吐き気と激痛に耐えかね、ふらつきながらも上半身を起こそうとする翔刃と獅童。胃の腑を駆け巡る猛毒(大根の辛味)と呪縛(牛蒡の食物繊維)に顔を歪め、立ち上がろうとしては泥に沈み、それでもまた身を起こそうとする。交互に繰り返される、極限の苦痛に抗う二人の姿。
「立て……!」
「立つんだ、若鷲! 地獅子の誇りよ!」
俺の『嘘』によってただの腹痛を「命懸けの魔力封じ」だと信じ込んだ観衆が、派閥の垣根を忘れ、固唾を呑んで泥まみれの二人に声援を送り始めた。
そして――。
二人の戦士は、まるで目に見えない運命の糸に引かれるように、同時に上半身を起こし、震える足でしっかりと闘技場の地を踏みしめた。
「立った! 同時だ!」
「二人とも勝者だ!」
極限の苦痛に耐え、同時に立ち上がった両者に、堰を切ったような大喝采が沸き起こる。
その最高潮の光景を見下ろしていた特等席の最前列で、ついに双子の総帥候補たちが立ち上がった。彼らの目からは、大粒の涙がとめどなく零れ落ちていた。
「見てくれ、兄上……なんと愚かで、なんと純粋な戦いか! 互いのすべてを喰らい尽くし、魔の暴走に耐え、それでもなお共に立ち上がる。我々は、この気高い命を捨て駒にしてまで、醜く争おうとしていたというのか!」
「ああ、弟よ……。血を洗う争いとは、かくも悲しく、尊い犠牲の上に成り立つものだったのだな……。我らの争いは、今ここで終わらせよう」
その瞬間、俺は心の底から安堵した。
(……見事だ。実に見事な政治家の涙だ、次期総帥殿!)
双子は決して感動などしていない。彼らもまた、この戦いが泥野菜の食い合いという「どうしようもない茶番」に堕ちたことに薄々気づいているはずだ。
だが、二人が同時に立ち上がったこの劇的な瞬間と、俺がでっち上げた「尊い自己犠牲」という大義名分は、泥沼の内乱を美しく手打ちにするための完璧な逃げ道だったのだ。「彼らの気高い犠牲の前で、我々が血を流すわけにはいかない」と宣言するための口実として。
もはや、どちらが勝つかなど問題ではなかった。双子の冷酷な権力闘争は、若き戦士たちが胃袋の限界を超えて演じた「自己犠牲(生野菜の丸かじり)」によって、今完全に浄化されてしまったのである。
俺は、歓声の嵐の中でただ一人、静かな歓喜に震えていた。
俺の歴史改竄が彼らを舞台に引きずり出し、巌陀羅の悪意が彼らに野菜を持たせた。だが、俺のついた渾身の『嘘』が双子のしたたかさと噛み合い、ただの腹痛を「聖戦」へと昇華させた。全員が自分の都合の良いように勘違いし、嘘をつき、利用し合った結果――奇跡的に、幕府は一つにまとまり、誰の血も流れずに済んだのだ。
そして俺は――あの二人が野菜と知っていたのかどうか、ついにわからないまま、彼らのために筆を走らせた。無知だから書くのではない。知っていても知らなくても、極限の腹痛に耐えて共に立ち上がったあの眼の静けさだけで十分だった。
俺は、上質な和紙に向かい、今日一番の流麗な筆致で文字を刻んだ。
『空と地を分かつ二つの獣、互いの命を喰らい合い、共に立ち上がる。その崇高なる自己犠牲を前に、双子の王は涙し、長きにわたる血の争いは浄化された』
墨の香りが漂う中、俺は記録官となって初めて、心からの笑みを浮かべていた。




