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 天と地の宿命の戦いが、今まさに始まろうとしている。

 

 張り詰めた空気が闘技場を支配する中、静寂を破ったのは地獅子族の獅童(しどう)だった。

 

「……貴様が、天鷹族の禁術を生き抜いたという翔刃(しょうは)か」

 

 あどけなさを残す声だが、その響きはどこか硬く、抑揚がない。銀の機械眼帯の単眼は翔刃にぴたりと向けられている。

 

「如何にも。地獅子族の獅童。聞くに禁術により機械の肉体を得たとか」

 

 翔刃もまた、隙のない佇まいで応じる。額には玉のような汗が浮かび、声には微かな震えが混じっている。

 

 いよいよ戦いの火蓋が切られる――その刹那。彼らの立ち姿は、常軌を逸したものへと変貌した。

 

「いくぞ翔刃……! 見よ、我が一族の秘伝『獅子の型』を……!」

 

 獅童が唐突に床に四つん這いになった。膝と手をつき、つま先で踏ん張って尻を高く突き上げる。

 

「ほう、ならば獅童よ! 見よ、空を舞う『鷹の型』を!」

 

 翔刃は両腕を天へ突き上げ、手首を猛禽の爪のように鋭角に曲げた。そして片足立ちになり、不安定な姿勢のまま、ぴょんぴょんと不規則なステップを踏み始めた。

 

 俺の筆が、和紙の上でぴたりと止まった。

 

(……なんだ、あれは)

 

 四つん這いで尻を突き上げる男と、片足で不格好に跳ねる男。おまけに獅童は、生まれたての子鹿のように四肢をプルプルと小刻みに震わせている。

 

 威風堂々たる魔人たちの死闘。双子が望み、俺が書き記さねばならない「聖戦」と、眼前のひどく滑稽(こっけい)な光景。そのあまりの乖離(はくり)に、俺は眩暈(めまい)を覚えた。

 

「――ふははははっ! やあやあ、これはなんという猿芝居か!」

 

 俺が混乱の極みに達しかけたその時、特等席の上段から、腹の底から湧き上がるような冷酷な嘲笑が響いた。幕府筆頭戦術顧問、巌陀羅(がんだら)だ。

 

「戦術顧問殿……?」

 

「見よ、あの無様さを! 片足で跳ねる小鳥と、這いつくばって震える子鹿! これが伝説の魔人だと? これが幕府の命運を懸けた『聖戦』だと!? 滑稽な泥仕合ではないか!」

 

 巌陀羅は手すりを叩き、周囲の観客――特に最前列に座る双子に聞こえよがしな大声で、嬉々として(まく)し立てた。

 その瞬間、俺の脳内で散らばっていた点と点が、一本の線に繋がった。

 

(……そういうことか、巌陀羅殿)

 

 第三の跡目候補を推す巌陀羅にとって、双子が画策したこの戦いは邪魔でしかない。だからこそ、彼はこの神聖なる御前試合を『歴史的な茶番』に仕立て上げようとしているのだ。

 

 あの若者たちがなぜあんな奇妙な踊りをしているのか。それはわからない(何者かの仕込みかもしれない)。とにかく巌陀羅はそれを好機と見た。「聖戦」が泥仕合(茶番)だと観衆に気づかせ、双子の権威を失墜させるつもりなのだ。

 

 観客席がざわめき始める。双子の顔からサァッと血の気が引いた。このまま暴動になれば、あの二人の若者は「神聖な儀式を汚した罪」として、この場で処刑されてしまうだろう。

 

 俺が歴史を改竄したせいで、一族の誇りを奪われた彼らが、今度は巌陀羅の政治闘争のダシにされ、嘲笑の中で殺されようとしている。

 

(……ふざけるな)

 

 俺は特等席から、弾かれたように立ち上がった。

 

「静まれ、戦術顧問殿!」

 

 幕府筆頭記録官の一喝に、巌陀羅が目を丸くし、全観衆の視線が俺に集中した。背中を冷たい汗が滝のように流れていく。だが、俺は歴史を司る絶対的な権威として、臆することなく巌陀羅を見下ろした。

 

「歴史の深淵を知らぬとは武士の恥。あれがただの猿芝居に見えるとは、貴殿の目は節穴か!」

 

「な、なんだと……!? 記録官風情が……!」

 

「よく見よ! 天鷹の小僧の『鷹の型』! あの足運び……接地時間を極限まで減らし、常に跳躍を維持することで大地の魔力干渉を断ち切っておるのだ。空の魔力を、取り込むためにな!」

 

「な……っ」

 

「対する獅童の『獅子の型』! 四肢を這わせることで地の魔力を全身で吸い上げておるわ! 地の魔力のクセの強さに肉体が耐えきれず痙攣しておるが、気合で耐えておる! なんという恐るべき精神力……!」

 

 闘技場が、水を打ったように静まり返った。

 

 もちろん俺のデタラメ(嘘八百)だ。だが、幕府の歴史のすべてを編纂する「筆頭記録官」が、専門用語を交えて血を吐くような迫力で語る『古代の真実』に、誰もが息を呑んだ。

 

「そ、そうか……! なんたる秘術……!」

 

 最も早く俺の嘘に飛びついたのは、最前列の双子だった。彼らは「聖戦」の権威を守るため、俺のハッタリに全力で便乗したのだ。

 

 巌陀羅が忌々しげに舌打ちをし、ドス黒い瞳で俺を睨みつける。だが、もはや双子と観衆の熱狂を止めることは彼にもできない。

 

 俺は冷や汗を拭い、震える手で和紙に勢いよく筆を走らせた。

 

『天鷹の翔刃、地の理を断つ歩法にて空の魔力を得る。地獅子の獅童、脚を震わせ地の魔力を得る』

 

 俺の筆と大嘘を通して、この不可解で滑稽な光景が、見事に「聖戦の歴史」へと変換されていくのだった。


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