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私たちの子

その、オレンジ色に千代は目を疑った。

吐き気がするのと整理が来ていないので期待半分でやった妊娠検査。

もちろん、条件はそろっていたけど信じられなかった。

「いや、まて、舞い上がるな千代」

千代は小さくつぶやいた。

産婦人科に行かなくては。

妊娠していなかったとしても、何かのホルモンバランスが乱れているからなにか薬を飲まなくてないけないかもしれない。

一番近くの婦人科は徒歩10分で行ける。

「あっ、すみませーん」

千代は、受付に行った。

「はい。診察券は持っていますか?」

「持っています。古いのですけど…」

千代は、大学入試の直前、生理がひどかったので低用量ピルを飲んでいた。それも、悠里と結婚したころにやめていた。

「大丈夫です。現在12番ですので、あと20分弱で呼ばれると思います」

それからエコー検査、などとやったあとに言われた。

「妊娠8週ですね。おめでとうございます」

千代は、一気に心が浮き立った。

「これからは、あなたの体には、あなたの命だけでなく赤ちゃんの命もあるわけです。一層、体を大切にしてくださいね」

「はい!」

―夜

「ただいまー」

千代が作り置き用のおかずを作っていると、悠里が帰ってきた。

「お帰り」

「あれ?仕事は?」

いつも、早い時間に終わるレストランを経営している悠里のほうが、保育士の千代よりも早く帰ってくることが多かった。

「今日は休んだ。病院行ってきたから」

「病院?どこか悪いの?」

悠里は心配そうに聞いた。

「ううん。あのね、私、妊娠した」

悠里は目を見開く。

「マジ?」

「うん。ほら」

千代はもらったエコー検査の写真を見せた。

小さかったが、確実に頭と胴体がある、人の形をしていた。

悠里はそれをひったくるようにするとじっくり見つめた。

「マジじゃん。」

そういうと、悠里は千代を抱きしめた。

「よかったな」

千代は悠里を引き離してくすくすと笑った。

「そうだよ。もうあと10か月もすれば私たち親なんだからね」

「そうかー実感わかないな」

悠里もつられて笑う。

「こども園はいつから休むの?」

「残り3か月か2か月になったらかな。悠里は気使わなくていいからね」

「そんな。俺も知らないことだらけだと思うけど、役に立ちたいよ」

悠里は力強く笑って見せた。

「そう、ありがとう」

*        *        *

部屋の中に産声が響き渡った。

「おめでとうございます。元気な女の子ですよ」

女の子、ならば彩羽だと千代は思った。

胸に乗せられた小さな命に千代は微笑みかけた。

「彩羽」

悠里とは男の子なら歩太郎、女の子なら彩羽と決めていた。

どちらも直感で出した名前だが、しっかり意味が込められていた。

彩羽、たくさんの色のようにたくさんの表情、特技があって、それを留まらせず羽に乗って遠くまで行けますように。だった。

「そうか、彩羽」

悠里もいとおしそうに見つめた。

その子を見つめていられる時間は短く、すぐにどこかに連れていかれてしまった。

途端に襲ってきた睡魔に負けて眠ってしまった。

「千代、おーい」

悠里が体をさすっていた。

「彩羽にも千代にも問題なさそうだって。」

すぐ隣に彩羽がいた。

「よかったー」

千代は胸をなでおろす。

「もうすぐ誰か来ると思うけど」

と悠里が言うと、すぐに来た。

出産後は体調も良くなり、次の日は過ごす場所が病院というだけでほとんど何も変わらなかった。

彩羽も誰かに連れられてお風呂に入っていた。

数日たつともう退院だった。

お風呂の入れ方などを学んだ。

手続きはほとんどすべて悠里がやってくれたので助かっていた。

悠里の車に乗り込み、彩羽を胸に抱えて病院を出た。

「もう、人生第三期だね」

千代は遠ざかっていく病院を見ていた。

「第三期?」

悠里はハンドルを右に回す。

「うん。子供時代、自分で自分のことをすべてやらなくていい、できない時代が第一期。自立して、自分の好きなことをやるのが第二期。子供ができたりして、自分のほかに守るものがあるのが第三期。守るものがなくなって、第二期に戻るのが第四期。体が弱くなって、第一期に戻っていくのが第五期。友達が言ってたんだ。」

「へぇ。友達、どんな仕事してるの?」

「心理学者だよ。カウンセラーの資格も取ってるから緑ヶ丘のちかくで町の相談室もやってる」

今度その子に会いに行こう、と千代は思った。

「よもぎの同級生?すごいね」

「うん」

家に着くと、今まで用意していたベビーベッドや哺乳瓶が全く別のものに見えた。

もしあれに毒が入っていたら、この子はどうなってしまうのだろう。

そんなはずないとわかっていても、悪い想像が頭をよぎった。

私がこの子を守らなくては、そんな強い意志が千代の心の中に現れたのだった。

―数日後

「あっ、千代?」

10年以上も音信不通になることなく連絡を取り続けている千代の親友は少し変わっていて、すぐにはわからなかった。

よく見ると、千代が大学を卒業したころにあった時は下のほうのお団子だった髪型が、一つのお団子になっていた。

「華恋!久しぶり」

華恋は千代の正面の椅子に座った。

「出産したんだって?おめでとう!名前は?」

「彩羽。悠里と二人で決めたやつ。」

千代は家で大量に撮ってきた彩羽の写真を見せた。

「かわいー。悠里君のかわいさと千代のおしゃれ感、いい感じに受け継いでるじゃん。」

「そーかな、華恋は今どうしてる?」

「どうしてるって…」

華恋は少し悲しそうな眼をした。

「この前言ったとおりだよ。心理学者で、カウンセラー。いいな、千代は」

悲しそうな目に、うらやましそうな感情が混ざる。

「何が?」

「だってさ、中学の時の夢がそのままかなって結婚、出産も20代でできて、仕事も順調なんでしょ?」

それはそうだ。

でも華恋だって研究者にはなったじゃないか、と千代は言おうと思った。

「あっ、ごめんね。つい…」

悲しそうな目から、うらやましさが消えて、みじめさになった。

「華恋だって、研究者じゃん。思ってたのとは違うかもしれないけど」

「まあ、そうだね。」

華恋はくすっと笑った。

「私さ、年齢=彼氏いない歴なんだけど。どうにかなんないかなぁ」

華恋は後ろに大きくそった。

「マチアプでもやってみたら?加工しちゃえばわかんないよ」

「うーん、マッチングアプリってちょっと怖くない?もちろん大半は違うと思うけど、変な人もいそうだし。」

二人してうなった。

「この前CMで見たんだけど、なんか今は自分で探すんじゃなくて、AIが見つけてくれるらしいよ。」

「へぇ。時代の進歩はすごいね。やって、みようかな」

「うん。」

そのあとは、二人でおっきすぎるホットケーキを食べて、適当に話してから帰った。

次は仕事復帰したころにまた会うつもりだった。

「ただいまー」

「お帰りどうだった?」

悠里は彩羽をなでた。

「変わってなかったよ。」

「そっか」

「ねぇ、最後にミルクあげたのっていつ?」



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