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青二才のアズル  作者: 紫煌 みこと
第1章「青年と小鳥の旅立ち」
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第7話「血を操る者との対談 後編」

 目の前で、優美な雰囲気を醸し出している医師ロリーゼ。



 アズルはソファーに座ると、彼に向かってすぐさま事情を話そうとした。


「えっと、俺、相談したいことがあって――」

「待ちたまえ。君、服が濡れているじゃないか。客がそのような状態なのを無視して対話などできない。ブランケットを貸そう。羽織ってみるといい」

「あ、ありがとう……ございます」


 温かい茶色の毛布を、ロリーゼは親切に渡してくれる。

 なんて気が利く優しい人なんだと、アズルは心の底から思った。


 ロリーゼは再びソファーに腰掛け、まっすぐにアズルを見つめる。


「さて、まずは君の名を問おうか」

「俺はアズルです」

「僕はここで個人的に働く医師、ロリーゼだ。時々城下町に出向いて仕事をしている。さて、今宵はどのような要件かい? 内容は気にせず、遠慮なく相談してくれ。病気かい?」

「それが、ちょっと病気なのかはわかりませんが……最近の俺は、夢を見るんです」

「夢?」


 首をかしげるロリーゼに、アズルは意味のない手振りをしながら何とか話す。


「あの、毎日同じ夢なんですよ。あまりにも不自然に続くから、故郷の医者には一応相談したんですけど、原因不明のままで……」

「……」


 急に突拍子もない説明をされたところで、要点をすぐに呑み込める者などほとんど存在しないだろう。

 顔を赤くして困惑するアズルに――意外にも、ロリーゼは真剣な眼差しを向けた。


「なるほど。その話、もう少し詳しく聞かせてくれないかい」


 どうやら、アズルの話を疑っているわけではないようだ。第1段階である「信じてもらう」という条件はこれにて達成。

 アズルはわかる限りのことを、ゆっくりとロリーゼに説明した。





「……フム。大体は理解したよ。だが、これだけでは情報不足だ。特に、君が夢の中で聞くという女性の声、彼女がなにを言っているのかがわかれば、もう少し手がかりがあるかもしれないがね」

「すみません。それは俺にもわからなくって」


 申し訳なさそうに謝るアズルに、ロリーゼは首を振った。


「いや、君が悪いのではない。……ともかく、結論を出すにはもう少し調べる必要があるね。原因が、君の外見からは把握できない。体の内部を調べる必要がある」

「体の内部……!? じ、人体解剖とかするんですか」

「あははっ。どこで知ったの、そんな言葉。ただの検査で、急にそんな物騒なことはしないよ」

「なら、俺はどうすれば……」


 本格的な医者との相談など初めてであり、いろいろ早とちりをしているアズル。

 ロリーゼはにっこりと笑って答えた。


「そうだね。――君の血液を少し、採取してもいいだろうか。僕特有の治療法を使いたい」

「えっ? 血?」


 予想外の言葉に、アズルは目を丸くする。

 血? 血を使うだけで、夢の原因がわかるのか?

 看板に書かれていた、例の「血液魔法」とやらだろうか。


「血、を抜くんですか?」

「大丈夫、ほんの少しだよ。聞いてくれ――僕は少し特殊な魔法を使うことができるんだ」


 するとロリーゼは席から乗り出し、指先をアズルの前に出した。

 アズルが怪訝そうな目で指先を覗き込むと――急に、白い光と共に真っ赤な血液が吹き出た。

 地面に滴る赤い液体に不快感を覚え、アズルはソファーに足ごと飛び乗る。サラピも同じく、悲鳴を上げた。


「うーわっ! わぁぁっ!!」

「何するっぴよー!」

「すまない。今のは悪趣味な冗談さ。……でも、わかるかい。僕は血を操る魔法を使える」


 ロリーゼが再び指先を光らすと、吹き出した血はまるで逆再生するかのように、吸い寄せられて消えた。


 ついに今まで黙っていたサラピが、口を開く。


「どういうことだっぴ? この世の魔法は、炎、水、雷の3属性しか存在しないっぴよ!」

「『三原色(さんげんしょく)法則(ほうそく)』……のことだね。だが僕は、出身が少し特殊なのだよ」

「ピクシーのハーフだっぴ? だったらまぁ、3属性以外も納得できるっぴけど」

「いや、そういうわけではないのだが……すまない。この話は長くなるからよそう。とにかく僕は血の属性と名付けた、言葉にしたらゾッとする魔力を生まれながらにして持っているのだが……案外、医者の仕事には便利で、それが僕がこの職についたきっかけさ」


 ロリーゼは小さく笑うと、もとのソファーに座り直した。しばらくポカンとした様子で会話を聞いていたアズルだが、我に返ったように足を下ろす。


「この魔法によって僕ができることは2つ。1つ目、自分または他者の血を輸血採血、道具なしで自由にできること。そして2つ目は……」

「2つ目はなんですか……?」

「他人の血液から、その者の身体情報が遠隔で観察できる、ということだ。君の血を1滴もらうだけで、君の体温、心拍数、当時の身長体重、視界に映っている景色、そのすべてわかるんだ」

「……」


 ロリーゼは、紫紺の瞳を細めてアズルを見つめた。

 すなわちこの男に血を渡せば、体の情報をすべて与えることとなってしまう。

 どこにいるのか、何をしているのか、何もかもを遠い場所から知られてしまうわけだ。


 聞くと、なんだか不吉な予感が感じられ、アズルは冷や汗を浮かべる。

 するとロリーゼは苦笑した。


「失礼、少々気持ち悪いことを言ってしまったね。ストーカー目的で使うんじゃないよ。僕は血液を通じて、その人が見ている夢を共有させて見ることができるんだ」

「……えっ!? つまり!?」

「君が見る夢を僕も見るってことさ。百聞は一見にしかず、と言うだろう? 僕自身が実際に君の夢を体験するほうが効率的だ」


 つまり、アズルから得られる曖昧な情報で長々と夢の研究をするよりも、血を通じてロリーゼが直接夢を体験したほうが早い、ということだ。

 これこそが例の「血液魔法」と称するものだろう。相手の身体を簡単に完全分析できる。一体今まで、どれだけの患者がこの魔法に救われてきたのだろう。


「そこで得られた情報から、原因をもう少し詳しく調べてみようと思うんだ。その方がおそらく、早い段階で原因を解明できる。もちろん、君の同意が得られればの話だけどね。強要はしない」


 アズルはまるで、幻でも見ているようだった。

 この医者、どこまでも優秀じゃないか。血の魔法なんて聞いた時はゾクッとしたが、普通に善良でまともな使用法らしい。さすが王城でも有名と言われる医者兼権力者だ。やぶ医者とは訳が違う。


「ち……血を使っていろいろできるだなんて、すごいですね」

「さっき言った通りだよ。生まれつき持っていたもの。でも、こんな地味な魔法、賛否両論だろうよ。僕も三原色の魔法を使いたかったな」


 ロリーゼは自身を謙遜して苦笑し、頭に手を当てた。

 態度、治療、空気感。すべてにおいて、田舎にいた医者との違いに、アズルは驚いた。ロリーゼは医療機関に秀でている。正真正銘の天才医師である。

 サラピも彼の説明を信じて感心したのか、「おぉ〜」と独り言を言っている。

 すっかり信用したアズルは笑顔で身を乗り出した。


「ぜひお願いします! 血なんていくらでも採ってください」

「承知した。では、少しだけ血をいただこう」


 ロリーゼはそうつぶやくと、ソファーから立ち上がった。そして、座っているアズルの左腕に、そっと指だけを添えた。

 指が触れた部分が一瞬だけ白く光る。しかし、なんの痛みや異変を感じることもなく、それは消え、気がつけばロリーゼが片手に持つ試験管に、赤い液体が少量だけ溜まっている。


「失礼、痛覚を感じないよう、魔法で採取させてもらったよ。問題なかったかい?」

「も、もう終わったんですか? 全然大丈夫でしたよ」


 痛みをい伴わないように行うという思いやりに、アズルは再び感激する。

 ロリーゼは試験管をまじまじと見つめ、目を細めた。


「血液を通じて、今の君の様子が伝わるよ。心拍数は70、だいぶ落ち着いたかな? ただ、体感温度が低いようだね。まだ寒いかい? ブランケット、もう少し余っているが」

「いえいえ、全然結構です。それより、びっくりしました。なんでもわかるじゃないですか」 


 ロリーゼは再び試験管を真面目な目つきで見つめ、ため息をつく。


「そうだね……病原菌っぽいものは、含まれていない……かな。原因はやっぱり、実際に君の夢を見させてもらうのが早いだろうね。ご協力感謝しよう。これから、宿に泊まるのかい?」

「……あ! えっと、その――」

「アズルは誰かに財布を盗られたから、無一文だっぴよ」

「ちょっ――サラピっ! 恥ずかしいことを勝手に言うなよ!」


 アズルが顔を真っ赤にすると、ロリーゼは少しだけ驚いたような顔をしたが、やがて小さく吹き出した。笑い方さえも上品な大人だ。


「ぷはっ! いやぁ、失礼。だって君、本当に面白い客だからさ」

「ロリーゼさんまで面白いって笑うんですか」


 アズルは不満げに頬を膨らませた。

 笑いが収まったあと、ロリーゼがポケットから小さな地図を取り出す。


「これは簡略化したライトシティの全体図なんだが……この家から東の方に……」

「アズルに方向を教えないほうがいいっぴよ」


 サラピの的確なツッコミが入り、アズルはギロリとサラピを睨む。しかし、アズルが方向音痴だというのは、彼自身が作り出している事実である。反論はできない。

 するとロリーゼはすぐに頷き、表現方法を変えて説明してくれた。


「この家を出て、赤色の屋根の建物を探したまえ。そこが冒険者や旅人向けの宿泊施設だ。3階になら、二段ベッドもある。その小鳥と共に眠るといい」

「えっ、本当ですか!? わざわざ分かりやすく場所を教えてくれて、ありがとうございます! ……でも、金がないです」


 親切を極めたロリーゼのご厚意に、感謝の意が止まらない。だが無一文という根本的な問題が解決しなくては意味がないのだ。

 すると、ロリーゼは笑みを浮かべた。


「安心したまえ。宿に入れてもらえない時は、僕の名を出すといい。ほら、これ」


 出されたのは、小さな紙だ。滑らかな字体でメッセージとサインが書かれてある。


「僕だって一応、王城に精通している者だからね。多少なりとも権力は持ち合わせているつもりさ。君のことはタダで接待するように書いておいた。他の客には内緒にしてくれよ」

「ほっ……本当ですかああああああ!?」


 一言で、野宿という悲惨な結末を軽々と弾いたロリーゼ。アズルにとって、彼以上の神はこの世に存在しない。むしろ親切すぎて逆に怖いくらいだ。


「また明日、ここを訪ねに来るといい。君のことは優先客にしてあげるよ。僕も医者として、君の夢の原因に興味を持っている。なるべく明日中に原因を突き止めて、治すことに専念するさ。治療額は……うん、今回はなくて構わないよ。これは初回限定サービスだと思ってくれ」

「あっ……ありがとうございます。あなたは神です」


 一気に底辺が最高峰になった気分だ。ロリーゼと出会ったことが、街の中で一番の成功だろう。都合の良さというものが暴走しているが、いくら頬をつねっても現実だ。

 深々と頭を下げると、ロリーゼはふと、少しだけ気まずそうな表情になった。そして視線を左右させ、何か別の話題を探す。


「……えっと、その小鳥の名は?」


 急に、ロリーゼがアズルの胸ポケットへ質問をした。サラピはおなじみの「オイラはサラマンダーバードの……」と名乗ろうとしたが、アズルが秒で遮った。


「こいつはサラミっていうんです」

「サラミ……?」

「アズルウウウウウウウウゥゥ!」


 サラピは激昂し、火の玉を乱暴に吐き出した。それは一度ロリーゼの方へ飛んでいったが――彼は指先から血で出来た赤色のバリアを出し、軽々と跳ね返す。

 火の玉はそのままアズルの顔面にとんでいき――

 夜間に響く絶叫が、喉から絞り出されたのであった。





「宿屋は近いが、夜は気をつけたまえ。もっとも、この街は夜の安全性が自慢なのだけどね」

「わかりました。今日は本当にいろいろ、ありがとうございました!」


 玄関まで見送りに来てくれたロリーゼに向かって、大きく手を振り返しながら、アズルとサラピは再び街道を歩き始めた。

 まさか、これほどまで優秀な医者と巡り合うことができるとは思ってもいなかった。きっと明日には夢の原因がわかり、呪いだろうが病気だろうが、綺麗さっぱり治してくれることだろう。仮に治らなくとも、原因の追究は進展へと導かれるはずだ。


 周囲を眺めてみると、カラフルな炎の色で彩られた街灯が輝いている。

 これぞライトシティの醍醐味である、夜の明るさを誇るものだろう。


 希望を胸に、眠そうなサラピを胸ポケに。アズルは悠々と大股で歩いた。





 月が、雲に隠れている。

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