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青二才のアズル  作者: 紫煌 みこと
第1章「青年と小鳥の旅立ち」
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第5話「世間は恐ろしや」

 絶望的な方向音痴。

 コンパスも失くし、もはや生き延びる希望がなかった男。

 都会までたどり着けず、草原で絶望。そんな彼は小鳥の魔物、サラピとの出会いを果たし、そして――



「着いたあああああああああああああああああ!!」


 声帯を爆発させるほどに大きな声を出し、その爆音は、都会の大きな街の入口に響いたのだった。




 アズルとサラピが約2時間かけてたどり着いたのは、「ライトシティ」と呼ばれる巨大都市だった。この辺りは魔物の出没が多いため(前のゴブリンのように)、夜になっても外を明るくする習慣があるので、そのような名前になったそうだ。

 今は昼間で、人々の動きが活発だ。石レンガや上質な木材で造られた家の前の街道を、子どもたちが元気に歩いている様子が窺える。商人の威勢の良い声も時々響いて、活気の良い街であることがわかった。


 田舎育ちのアズルにとって、これほどまで大きな都市に来るのは初めてである。


「うわぁ〜……すげぇ、こんなに大きな街なんて初めて見た」


 感嘆の声を漏らしているアズルに向け、胸ポケットからサラピが鼻を鳴らす。


「よかったっぴね、無事にたどり着けて。ということで、ありがたく思えっぴよ。オイラのおかげで着いたんだから」


 恩着せがましい様子で、感謝の意を求める小鳥の得意げな声。アズルは少し決まり悪そうな顔をしたあと、小声でつぶやいた。


「……まぁ、そうだよな。お前がいなきゃ、俺は死んでいた。ありがとな、サラダ」

「どういたしま――って、あぁぁん!? そこは間違えちゃあかんっぴよね!? もはやわざとっぴ!?」


 わざとじゃなかったら何だと言うのか。アズルの天然性は天井知らずである。


「そうだ、もう空腹が限界で……うぇっ、吐きそう」

「とにかくどこか飲食店を探すっぴよ!」


 サラピが甲高い声を上げ、アズルは疲労に満ちた顔をしながら、街道を歩き始めた。




 都会の賑やかな雰囲気を感じ取り、アズルは新鮮な気持ちを心に抱え、街道を歩いて飲食店を探していた。泥まみれの格好をまじまじと見つめてくる、いくつもの怪訝な視線や憫笑には気づかないままに。

 途中で知らない男性ともぶつかった。アズル自身は無意識に避けたつもりだったが、ぶつかった男性は「気ぃ付けろ!」と叫び、どこかへ行ってしまった。なので、あまり大事にはならなかったが。


 街を歩くその道中で――アズルの腕に、どこかからかツタのような植物が巻き付いてきた。


「うわっ、何!?」


 生きた植物が腕に巻き付く感覚が走り、体がゾッとする。

 すると、近くを通りかかった大人の女性が申し訳なさそうに言った。


「あら、ごめんなさい。あなたに絡ませるつもりはなかったけれど、なんだか両手を広げたい気分だったもので」


 その女性は燃えるような赤髪を持っていた。

 しかし体には、葉のような模様が描かれている。そして右腕の手先が人間の指ではなく、植物のツタのような形をし、伸び縮みしている。左手の先には、大きな赤い薔薇が1輪咲いていた。甘い香りを醸し出しているのはこの花だろう。

 不思議だった。まるで、植物の薔薇が目の前で人に化けているかのようだ。


 女性の神秘的な美しさに、アズルは一瞬呆気にとられてしまう。

 女性はアズルの顔をまじまじと見つめ、艶っぽい笑みを浮かべた。


「あなた、なんだかとても、綺麗な顔立ちをしているわね。だけど純粋。まだ世界を何も知らないって顔ね。ウフフ、気をつけなきゃだめよ、都会は怖いんだから」

「…………」

「あら、ごめんなさいね、つい余計なことを話すクセが。私、人の本性を見据えるのが得意なのよ、これも種族的な何かなのかしらね。まぁ、勘だけど」

「あっ……えっと、すみません」


 アズルはそそくさと女性から離れ、小声で胸ポケのサラピに質問。


「なぁ、今の人はなんなんだ」

「彼女はきっとグラスマン(陸族(りくぞく))っぴね。陸海空を司る三大亜種族(さんだいあしゅぞく)、知らないっぴか?」

「いや、聞いたことはあったけど、初めて見た……なんか、不思議な感じだったな」


 思い返してみれば街の中に、少し容姿が異なった人間が歩いている気がした。それを具現化して説明するのは難しいが、あえて言えば、海と人間、植物と人間……が合わさった、とでも表そうか。

 彼らがきっと「亜種族」なのだろう。初めて見ると、インパクトが強すぎてなかなか脳裏から消えないものだ。


 まだまだ知らないことが世の中には多くあるのだと、世間知らずである自分をアズルは強く痛感した。




「いらっしゃいませ〜、何名様ですか?」


 陽気な店員の声が、上品な店の中に響いた。


 アズルとサラピがやってきたのは、小さな飲食店だ。

 レストランというよりかは、カフェという言葉の方が合うだろう。質素だが、落ち着いた色合いの上品な建物だ。

 どうやら、冒険者や旅人が一息つくために建てられた飲食店らしかった。

 アズルたちの他にも、旅人らしき人物たちがゆったりと休息をとっている。


「無銭飲食は絶対禁止!」と書かれている看板を通り越して、アズルは女性の店員と話していた。


「何名様……? えっと、たぶん、1名と1匹で」

「1匹……? あぁ、その小鳥も含めてですか? 鳥って、1羽と数えるのでは――」

「あ、そうでしたっけ? ごめんなさい」

「別に構いませんよ。その鳥は……サラマンダーバード? 珍しいですね。だったら、1匹でもいいんじゃないんですか? 一応、トカゲの分類でもありますし。フフッ」


 慣れない口調のアズルに、店員が微笑む。一瞬アズルの知識不足が垣間見えたが、特に問題はなさそうだ。これからのサラピの表記は「1匹」となった。

「こちらです」と席を案内される1人と1匹。アズルは窓に近い席に座った。そして、メニューが書かれた紙を手に取る。


「やっと食事にありつけるぜ! 腹と背中がくっつきそうだったからな」

「よかったっぴね。でも、オイラにも分けるっぴよ。ていうかお前、ちゃんとメニューの頼み方とか、わかってるっぴよね?」

「さすがにわかってるさ。田舎町にも、小さな店くらいはあったんだから。すみませーん、店員さん。えっと、この――サラダとサラミのセットをください」


 明らかにあのネタを狙った、的確なオーダー。

 天然なのか悪意なのか、まったく読み取れない顔だ。

 店員はごく普通に「かしこまりました」と言って戻っていくが、サラピはアズルの失言を見逃さない。


「おい! なんでオイラの名前と似ている料理を頼むっぴ!?」

「え、サラミとか食ったことないけど、お前と似ている名前の食事だと、うまそうじゃね?」

「どういう意味っぴ――!」


 サラピは大激怒。しかし他の客から怪訝そうな目で見られたので、慌てて無駄な咳ばらいをした。


 気まずさを解消するために、話題を変えることにする。


「そういえばアズル、どうしてこの街に来たのかを詳しく聞いてなかったっぴね。医者……とか言っていたっぴか?」

「あ、そうそう、医者に会いたかったんだよ」

「どうして? お前は見たところ、身体は健康そうっぴけど……」


 サラピの純粋な疑問に、アズルはしばらく思考する。

 そして――


「――夢だ」

「え?」


 予想外の返答に、サラピは間の抜けた声を出してしまった。


「ごめん、単刀直入に言いすぎたよ」

「夢って、どういうことだっぴ?」


 まず前提として、医者に相談する内容は、アズル自身のことである。

 そして彼が持つ症状は――確かに「夢」なのだが、それはたった一文字、「ゆめ」という響きで表すには重すぎるほど、彼にとって深刻な問題だった。


 アズルは重々しい口調で語る。


「一週間くらい前からだっけな……最近、同じ夢を何度も繰り返して見るんだ」

「へぇ、どんな夢だっぴ?」

「もうよくわかんない悪夢だよ。突然、視界が真っ暗のままで、知らない女性の声がするんだ。なにを言っているのかまでは聞き取れないんだけど、それが逆に怖くて。しかもなんか、叫び声みたいに聞こえるし。……何日もこんな夢が続いたら、普通に変だと思うだろ?」

「まぁ、確かに……よくわかんないけど、同じ夢がずっと続くのはおかしいっぴね」


 サラピが頷く。


「でも、なんでわざわざ都会の医者を訪ねに来たっぴ? その田舎町に、医者がいなかったっぴか?」

「いや、いるにはいるんだけど……原因不明だったんだ。その医者から、都会の専門的な医師に診てもらった方がいいって言われて来たんだけど……」


 アズルにとって、この夢の連続は精神を蝕まれるものだった。

 知らぬ女性の声が、脳裏に不安定な音となって響く感覚。悲鳴のような甲高い声であるうえ、何を言っているのかわからないのだ。

 それが毎日続く。いい加減頭がおかしくなりそうだった。日によっては、自分が悲鳴を上げて目覚めてしまう時だってある。睡眠不足で生活に支障が出始めているのだ。

 サラピのことをから揚げと勘違いしたのも、9割は品のない飢餓が原因だったろうが、少なからずこのストレスは関与していたはずだ。

 だからこそ、早く良心的な医者に診てもらい、何かの病気ならさっさと治してもらいたいと思っていたのだ。


「アズルも大変っぴね〜」


 サラピが他人事のようにつぶやいた。

 それもそうだ。悪夢を見ていると言われても、実際に体験しなければ、その恐怖が他に伝わることはない。

 本当に関心が薄いのか、彼なりの配慮である軽口か。どちらにせよ、これ以上サラピがこの場で言及することはなかった。


 ちょうどそこへ、例の注文した品々が届く。


「お待たせしました。ご注文なされたサラダとサラミの盛り合わせでございます」


 アズルとサラピの前に出されたのは、カラフルな野菜が豊かに盛られた皿の上に乗る、薄く切られたサラミだった。

 燻製の芳しい匂いが鼻をつつき、アズルはうっとりした顔になる。


「うわぁ、うまそうな匂い。なんか、酒を飲みたい気分になるな」

「知ってるっぴ? 腹が極限に空いてる時に酒を飲むと、胃をぶっ壊すっぴ」

「え、そうなの?」

「お前は知識不足すぎていろいろ心配だっぴよ!」


 サラピは大袈裟に叫んだ。そして、目の前に置かれる極上のご馳走を見つめる。


「これが……サラミっぴか? オイラも食ったことがないっぴ。自分の名前に似ているものとは実に不服っぴよ。でも……ちょっと味見を」


 そしてピンク色の肉を少しだけついばみ、とたんに顔を輝かせ、頬を押さえる。瞳が完全にハートマークだ。


「ぴぃぃいぃぃいぃっ!? う、うますぎるっぴ――!」

「そんなにうまいのか?」


 アズルは首をかしげながら、肉のスライスを1枚口に入れた。とたんに顔を輝かせ、頬を押さえる。瞳が完全にハートマークだ。数秒前の誰かさんと同じ反応である。


「んんんんんんんん!? う、うますぎだろ――!」

「おい、アズル!」

「あぁ!?」

「これ全部オイラのだっぴ! アズルはこっちのパセリでも食ってろっぴ!」


 サラピがアズルの口にパセリを豪快に突っ込んだ。


「んぐぐぅ!? にがっっっ! ペッペッ……何してくれるんだ!」


 緑色の物体を全部吐き出し、アズルは空中で手を振ってサラピを捕まえようとする。


「オイラが全部食うっぴー!」

「ふざけんな! 誰が頼んだと思ってるんだぁー!」


 喧嘩を起こす1人と1匹。他の冒険者たちは、呆れたように別席から笑っていた。

 仲が良いのか悪いのかわからない彼らの物語は、まだ始まったばかりだ。





「えーっと、サラダとサラミのセットで……お代は、500マネーです。銅貨5枚か、銀貨1枚でのお支払いだと、ちょうどお釣りなしでの支払いが可能ですよ」

「じゃあそうしてもらいます。あ、でもその前に両替したいかもです。いくら持ってきたっけな、確か金貨5枚分くらいは……」


 レジカウンターの前に立ち、ベルトに付けた小さなバッグを漁るアズル。

 そこで、恐ろしい事実に気づいた。


「……え?」

「アズル? どうしたっぴ?」

「財布が……ない」


 そういえば……と、アズルは今までの記憶をたどる。

 街中を歩いていて、知らん男とぶつかって、「気ぃ付けろ!」と言われた時――


「……やばい、サラピ。すられたかも」

「は?」

「通りすがりに盗られたかもってことだよっ!」


 とんでもない事実に気づき、アズルは全身から冷や汗をかく。

 顔を上げれば、さっきまでの親しげな表情はどこへやら。ニコニコとした笑顔で怒りのオーラを露わにした、鬼のような店員が立っている。


「あのぉー、あなたたち? これは無銭飲食ってことでよろしいですか?」


 財布を盗られたアズルも不憫だが、それが言い訳として通じる世界ではない。

 何も言えず固まっているアズルに背を向け、店員は裏口へ入っていく。


「500マネーなんて大した額ではないと思っているかもしれませんが、こればっかりは厳しくしていますので。店長を呼んでくるから待っていなさい」

「は……はい……」


 完全に震え上がったアズルは、半ば泣きそうな顔でその場にへなへなと座り込んだのだった。

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