第4話「本物の勇者……?」
「ハァッ、ハァッ……な……何とか助かった……」
太陽の温かさで乾いていく地面に倒れ込みながら、アズルは深い息を漏らした。
魔物の中には一部、太陽が苦手な種類と得意な種類がいる。
サラピ、つまりサラマンダーバードは、太陽の光に影響を受けない種だ。
しかしゴブリンは、光が大の苦手な種類だった。なので活動時間は夜と雨の日。太陽が現れたので、彼らはアズルたちの前から逃げて行ったのである。
「雑魚なりに頑張っていたっぴね」
「お前さぁ……」
ピンチを救ってもらったというのに高慢なサラピに対し、アズルは再びため息を出す。
サラピの瞳は、先ほどまでアズルを見ていたゴミを見る目とは変わっていた。
己が認めた者――彼だけが知る青年の姿に向けられる眼差しだ。
「オイラは、お前のことを勘違いしていたっぴ」
「……え?」
「お前は面白い奴だっぴ。でもたったそれだけであって、いざってときは逃げ出すような奴だと思ってたっぴ。でも……」
サラピはまっすぐにアズルを見つめる。
「お前は弱くても、勇気を出せる奴だったっぴ。危険を顧みず、オイラのために戦ってくれたっぴよね? お前はまさに、勇気ある者――勇者、と呼ばれるに相応しい存在だっぴよ」
「サラピ……お前って奴は……」
「オイラは本当に酷い誤解をしていたっぴ。お前は……」
少し涙ぐむ顔をしているアズル。
しかし次の一言で、それは完全に引っ込んでしまった。
「常識を逸した馬鹿だっぴ! そんでもって、世界一面白い奴だっぴ!」
「……あ?」
顔をしかめたアズルを後目に、サラピはあれこれと語り始める。
「マジでヤバいっぴ。『やってやろうじゃん』とかカッコつけたセリフ並べておきながら、実際は悲鳴を上げていたりとか。そもそもゴブリン3匹に突っ込んでいく猛者の地点で、脳を持っているのかを疑うっぴ。勇者って本当に呼ばれるには、あと百万年はかかるっぴねー。あと、あの股間蹴っていたやつ……」
「もうこれ以上深堀りすんなっ!」
ついにアズルが、顔を真っ赤にして叫んだ。
サラピは笑い声を出すが、一瞬だけ、アズルを見つめて微笑んだ。
ごく普通のことのように、彼は本音を口に出す。
「でもまぁ……お前が持つ勇気と優しさは、認めているってことっぴよ」
「……なんだよ、急によせよ」
今度は別の理由で、アズルが再び赤面する。
サラピは笑顔を浮かべたまま、ちょこんとアズルの前に立った。
そして、大きな声で言う。
「決めたっぴ。オイラはお前についていくっぴ!」
「……えっ!?」
「ちゃんと都会まで案内してやるっぴよ。いや、それ以降の旅もついていくっぴ。お前が何をするのか知らないけど、お前といれば飽きないっぴよ」
唐突な同行宣言に、アズルはしばらく理解に追いつけずにいた。
この口の悪い小鳥がついてくる? 毎回悪口を言い続けられる予感しかしない。
「や、やだな、ついてくんなよ! 街の場所を教えてくれたら、もうお前はいいんだよ!」
「それはお前、自分の要望しか言わないわがままっぴよ。しかも、さっきゴブリンたちを倒せたのは……いや、倒せていないっぴね。追い払うことができたのは奇跡っぴよ? オイラがいなくても、この先やっていけるっぴか?」
「……それは、そうだけどっ……ていうか俺、医者に会ったら家に帰るつもりなんだけど。お前が望むような旅をするつもりはないぞ」
「それでも構わないっぴよ〜」
アズルが何と言おうと、サラピは絶対についてくるつもりらしい。
「……ハァ、わかったよ、勝手にしろ」
アズルは諦めたようにつぶやき、立ち上がる。
サラピが勝手に彼の胸ポケットの中へともぐりこんだ。そしてアズルは、少しずつ歩き始める。
奇妙な感覚だった。表面上は、サラピに対する嫌悪感を露わにしているのに。
しかし、誰かがそばにいてくれるというのは、意外と悪い気分ではなかった。
「ところで、まだ名前を聞いていなかったっぴね」
「あれ? そうだっけ?」
あまりにも親しみすぎて、名前をサラピに教えていなかったことに、今更気づいた。
「俺はアズル。……えーと、よろしくな」
「改めて、オイラはサラマンダーバードの……」
「サラダだよな。ちゃんと覚えてるぜ」
「マジで今度こそぶっ殺すっぴよ!?」
またもやサラダネタの繰り返し。
するとアズルの腹が断末魔を上げた。
「あぅあああっああああ! 腹が……腹が減って死ぬ……」
「そういやアズル、お腹が空いたって言ってたっぴね。忘れてたっぴ?」
「早く都会まで案内して……じゃないとお前を本気でから揚げに……」
アズルの弱々しい声と、それに続くサラピの返答。
草原に、彼らの爆笑が響いた。
きっと、お天道様もつられて笑っている。だから、草原はこんなにも輝いているのだ。




