表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
青二才のアズル  作者: 紫煌 みこと
第1章「青年と小鳥の旅立ち」
4/14

第3話「唯一の取り柄」

 ゴブリンは、成人した大人と同じくらいの背丈の魔物である。

 武器を持ち、人間や他の弱い魔物を襲う面倒な輩たちだ。数が多いうえしょっちゅう見かけるので、知名度で言えば頭にのぼる存在である。

 そんなゴブリンたち3匹が今、サラピを執拗に追いかけている。

 アズルはしばらく呆然としていたが、やがて少しずつ理性が戻ってきて、大きく叫んだ。


「おいサラピ! なんだよこいつら!」

「お前、まさかゴブリンを知らないとか冗談っぴよね!?」

「いや、さすがに聞いたことはあるけど、こんな気持ち悪い奴なのかよ!?」


 アズルが育ったのは完全なるド田舎。魔物を今まで見たことがない。初めて見るゴブリンの気味の悪さに、心底ビビりまくっているだけである。


「ぴぎゃっ! こいつら、オイラを食おうとしているっぴね!?」


 サラピは成長すれば、巨大な体と豪快な炎を誇る鳥となるのだ。腹が減っているアズルに言うと危険なワードかもしれないが、サラピは魔物にとって栄養豊富な存在だ。


「くそっ、雨が降ったから、空が暗くなって襲ってきたんだっぴ」

「そいつら、炎で燃やしちまえよ」

「馬鹿言うんじゃないっぴ! オイラの炎じゃ限界があるっぴよ! あーもー! 今までは姿を隠して過ごしていたのに、見つかったっぴよ! お前が叫ぶせいだっぴ!」


 責任をアズルに押し付け、サラピは文句をまき散らしながら、ゴブリンたちの攻撃を避けている。


「ほれほれ、空には攻撃が当たらないっぴよ〜」


 サラピはドヤ顔を決めて空からゴブリンたちを見下ろす。なぜこのタイミングで、フラグを立てるような行為をしてしまったのだろうか。

 ――ゴブリンたちは、空にいるサラピに向かって、石を投げ始めた。


「ちょ、まっ、反則だっぴよ……ぎゃっ!」


 完全に自業自得。煽り散らかしていたサラピの羽に、石ころが直撃する。

 羽を痛め、彼は地面に落下した。

 ゴブリンたちがヨダレを垂らしながらサラピを囲む。


「あはは……なんでみんな、オイラを食おうとするっぴか……?」

「グオオオオオオオオオオ!!」

「ぎゃああっ、助けてっぴよ――!!」


 ゴブリンの雄叫びを聞き、サラピは思わず助けを求める声を上げた。

 誰に言ったのかは――彼自身、意識していないままに。




 細い剣を握り、やみくもに突っ込んでくる青年が現れた。


「うわああああああああああ!!」


 絶叫し、アズルは剣を振り――近くにいたゴブリンを斬りつける。


「えぇええぇぇええ!?」


 サラピは目を真ん丸にして驚愕した。


 アズル自身にも、どのように動いたのかはよくわからない。

 剣術は昔、父に教わっていた。しかし上達が遅く、父からは何度も呆れられていた。このような状況の実戦なんてしたことがないし、相手を見極めて着実に倒せるほどの実力もない。

 ただ、彼の中の何かが、瞬時にして目覚めた。そしてそれは、彼を動かす唯一の原動力となる。

 強くなく、賢くもないアズルが、持っているもの。そして己を誇れる――


「お前ら全員、寄ってたかってサラピをいじめてんじゃねぇよ!」


 純粋な怒りを叫び、アズルは体当たりで他の2匹を蹴散らす。そして地面に倒れていたサラピを片手で拾い上げ、胸ポケットに突っ込む。

 斬られたゴブリンは、傷ついた肩を押さえながら立ち上がった。他の2匹も、標的をサラピからアズルに切り替える。


 酷く驚いているのはサラピだ。


「ちょ、おま、何して――」

「あいつら、倒せばいいんだろ!? どうせやらないと、お前の次に俺もやられちまうだろうし。……やってやろうじゃん、死なない程度にな!」


 アズルはびしょ濡れの顔をキッと上げ、激しい雨の中で挑発的な笑みを浮かべた。


 死なない程度、と言ってはいるが、おそらく彼は命を投げ出す行為に出ている。

 魔法もろくに使えない、剣術もさほど強くはないこの青年が、いきなりゴブリン3匹を相手にするだなんて無謀すぎる。


 彼の取り柄。それは、物理的な強さなど関係ない、無限大の勇気と度胸、そして、仲間を思う心の強さ。

 そしてそれが奇跡と結びついた時――かつてない力を、振り絞ることができるのだ。


 ゴブリンの1匹が、持っていた斧を振り回す。


「うおっと!」


 アズルは慌てて剣を前に出した。鉄と鉄がぶつかり合い、雨の中で激しい火花が散る。剣にものすごい力が加わるが、弾き飛ばされないよう、なんとか姿勢をこらえてみせる。


 武器同士が交差する感覚。父との練習以外では、初めての経験だ。

 しかしいざ実戦となると、体は案外順応して動いてくれるものだった。

 今まで剣術が未熟だと思っていたのは、何かを守るため、一度も本気で戦ったことがなかったからだ。

 毎日、何かを求め続け、必死に素振りをしていた成果を、今ここで出してやる。


「すげぇ、俺、結構まともに戦えてね?」


 少しばかりの優越感を覚えた。しかしすぐそこにサラピの警告が入り――


「おい、左を見ろっぴ!」

「え、左?」


 左と口に出しながら、右を向くアズル。ここでもかと、方向音痴の炸裂だ。

 左から別のゴブリンが走ってきて、容赦なくアズルの左頬を殴った。


「――った!」


 ここで初めて、ゴブリンからの攻撃が当たった。頭から倒れそうになり、何とかバランスを取るアズル。殺意を込めた手で殴られたことなんて、生まれて初めてだ。強い衝撃が頬を伝って体に走り、鈍い痛みが走る。思わず涙が出そうになった。


「い……痛いんだよ! あっち行け!」


 あっちは苛立った声を上げ、殴ってきたゴブリン目掛けて足を乱暴に振り上げる。その蹴りは――なんと、股間に直撃した。


「ギャオオオオオ!?」


 情けない叫び声を上げ、運よく1匹がノックダウン。

 意図していない攻撃だったが、敵が減ったなら本望だ。

 一瞬だけポカンとした様子の一同だったが、すぐにゴブリンたちは戦闘態勢へと戻る。

 連携の取れた2匹(元3匹)だ。アズルは今、1匹と武器を交差させているため、もう1匹への注意を払えない。

 別の方角から、ゴブリンが攻撃を加えようと、タイミングを狙っている。



 しかし、こちらも連携なら負けてはいない。

 サラピが大きな声で叫んだ。


「そのまま押し返しちまえっぴーっ!」


 その声を確と聞き入れ、アズルは剣を握る手に力を込める。


「うおおおおおおおおおおおお!!」


 単純な力勝負だ。剣を器用に振れと言われると困るアズルだが、力を込めるだけなら、難しいことではない。

 全体重を前に。斧を掴んでいたゴブリンの顔に、焦りが浮かんだ。


「おらあああっ!!!」


 そして、ゴブリンの体を完全に地面へと叩きつけた。

 斧を持っていたゴブリンは頭を強打してしまい、気絶する。


「よっしゃ、あと1匹だぜ! どうよ、俺の剣さばき!」


 剣で敵を本当にさばいていたのかは謎だが……

 調子に乗ったアズルは、自慢げに剣の先を最後のゴブリンに向けた。

 他の2匹は気絶した。これほどまでの実力があれば、アズルの勝ちも同然だろう。

 タイミングを図り損ねたこのゴブリンは、あたふたと困惑する。



 そして、小さな木の実を取り出した。


「……? 何してるんだ?」


 アズルはキョトンとした顔になる。

 ゴブリンが取り出した木の実は、手のひらに収まるほどのものだった。黒色で、毒々しい色をしている。とても食べたいとは思えない見た目だ。


 そんな木の実を、ゴブリンは口の中に入れて丸呑みした。

 次の瞬間――ゴブリンの姿が、急変したのだった。




 巨大な1本の角が生え、体がひと回り大きくなる。おそらく、2メートルは軽く超えているだろう。

 手足が大きくなったかと思えば、爪も伸び、背中からは悪魔のような翼が生える。


 突然の変貌に、アズルは硬直してしまった。


「な、なにが起きて!?」

「……最悪っぴよ……あの木の実を食べたってことは……! 一気に力が増幅して……!」


 サラピはあの木の実が何かを知っているらしく、顔に戦慄が浮かんでいる。


「えーと……今のは、パワーアップ的な何かで……?」

「あれはクロの実っぴよ! 食った魔物は手に負えないっぴ! 早く逃げろっぴぃぃぃ!」


 これは……さすがに勝てない。

 アズルが頭でそれを理解し、脳が体に逃走命令を出すより、ゴブリンの動きの方が早かった。

 サラピの悲鳴も空しく、巨大化したゴブリンは、その大きな手でアズルの胴体を軽々と掴み上げる。

 唾液を垂れ流し、アズルに顔を近づけている。漂う口臭にアズルは顔をしかめたが、いやいやそれよりも。


「お、俺を食う気?」

「ギャオオオアアアアアアアアアッ!!」

「ひいいっ!!」


 耳をつんざくような叫び声をもろに浴び、アズルは悲鳴を上げる。サラピというと、もはや声も出ず表情だけが固まってしまった。

 そのまま巨大な牙に噛みつかれるかと思いきや――




 突然、雨が止んだ。

 灰色の雲が少しずつ開いていき、草原に陽光が差し込まれていく。

 一度は見捨てたお天道様が、再びやってきてくれたのだ。


 するとゴブリンは、よほど光が嫌いなのか、目を閉じて暴れ、アズルを放り投げた。

 そして倒れたままの小さなゴブリン2匹を両手に担ぐと、どこか陰になる場所を求め、慌てて逃げて行ってしまうのであった……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ