第37話「手に入れた証拠」
「うっ、あ――!」
マートは苦し気な表情を浮かべ、首元に手を当てる。
だが首に絡まった炎は物体ではない。手で握ることはできないのに、見えない力で締め上げていく。恐ろしい現象だった。
「まっ、マートさ……」
思わずアズルが近づこうとしたが、後から降り注いだ火の玉が、それを遮った。
「うわっ!」
「わたくしを暇にさせないでください」
前を見ると、余裕の笑みを浮かべたマグス。
彼は背中に生える妖精の羽を震わし、アズルに視線を向けた。
「あなたのような弱者が、何をしたら盗賊だと思われるんですかね」
「俺はっ……」
もちろんアズルが望んで指名手配を受けているわけがない。
マグスの言葉に反発したかったが……弱いことは事実であり、言い返す言葉が思いつかなかった。
「……何か言ったらどうですか」
「…………」
「その程度の覚悟で、お嬢様の考えに触れようと? ――愚かですね」
マグスは嘆息を吐き、格別に大きな火球を手のひらに生み出す。
その一発で、ケリをつけるつもりなのだ。
アズルは何とかしようと剣を拾い、周囲を見渡した。熱と酸欠に苦しむマートを助けることはできない。真正面からマグスに向かったって、叶うわけがないのだ。
「俺は……盗賊なんかじゃない。でも医者が嘘を広めたから! 俺にはやらなきゃいけないことがあるのに……それが邪魔をしている」
夢で知った、『翠勇』という存在の追求。
必ずやり遂げると、サラピと決めたのだから。そのためにフェアリーキングダムへ来たのだ。
行動範囲を広げるには、指名手配を覆す信頼が必要だ。用意されているお菓子を地下の囚人へ不当に作らせていると暴けば、相当の功績を得られるはず。フェアリーキングダムそのものを救うことになるのだから。
「お前らが悪いことしてるんだろ? わかってるからな!」
「なにを急に偉そうに……口先だけの人間は嫌いなんですけどね」
マグスは肩をすくめ、ため息をつく。
その時、アズルはマグスの背後で、小さな影が宙を動いているのが見えた。
(サラピ……?)
マグスは影の存在に気が付かない。
ひときわ大きな火球を手に出すと、勝ち誇った笑みを浮かべた。
「もういいです。暇をさせるなと言いましたが――あなたとは何をやっても、私の娯楽は満たされません。哀れですが、死んでもらい……」
その次の瞬間。
突然、何者かが走ってくる音が廊下に響く。
マグスは目を見開き、素早く後ろを振り返った。
だが――急に仕掛けられた無鉄砲な攻撃は、彼の実力があっても防ぐことはできなかった。
「……ぐぁっ!?」
マグスの体がのけぞり、口からうめき声が漏れる。
老人の背中を容赦なく蹴飛ばしたのは――爆速で廊下を走ってきたウェリーだった。
「はぁ!? 何だこの調子乗ったじじぃ!!」
登場早々、品のない言葉をぶちまけるウェリー。弾き飛ばされたマグスの体を睨み、その場で地団駄をした。
マグスが弱ったためか、マートの首を絞めていた炎が消える。
「……はぁっ! ゲホッゲホッ」
「おいアズルと魚野郎、じじぃ相手に何してんだよ」
剣を持ったまま立ち尽くしているアズルと、咳き込んでいるマートを見下ろし、ウェリーが呆れたような顔をした。
「アズル~! 大丈夫っぴか~!」
「大丈夫なわけねぇだろおおおおお!!」
飛んできたサラピに向かって、アズルはやっと大きな声で叫んだ。
「ウェリー呼ぶのに時間がかかっちゃったっぴ」
「もうそれはいいからさ……それよりこの人! マグスって人、頭おかしいくらい強いんだよぉ!」
倒れた姿勢から起き上がろうとしているマグスを指さし、アズルが喚く。
するとマートが再び槍を持ち、アズルの前に立った。
「私としたことが、すみませんね。あんな技にやられてしまうなんて」
「いや……ごめん、俺も何とかできなくて……」
「アズル君は生きていればいいですよ。ウェリー、マグスさんを倒してください」
「上等だぜ!」
腕を振り回すウェリー。
床から立ち上がったマグスはタキシードを整え、集まった3人を見つめる。
初めてその表情に、苛立ちの色を見せ始めていた。
「……3人もいたのですか」
「誤算でしたか?」
「いいえ。3人まとめて潰してやりましょう」
激しく燃える鞭を生み出し、3人の前に立ち塞がるマグス。
「3人……」
アズルが小さな声でつぶやく。
この強者だらけの戦場に、自分が含まれているのだろうか。
次の瞬間、マートとウェリーが同時に飛び出した。
「おらああああっ!! 舐めてんじゃねーぞこのウェリー様を!」
腕を振り回し、ウェリーはマグスの顔面を狙う。
しかしそこへしなやかに動く鞭の先端が襲い掛かり、彼は慌てて体をかわした。
「うぉっ。やべぇ武器使ってるな」
「私のことも忘れずに!」
左から現れたウェリー。右から槍を向けてきたのは、マートだった。
「この方に炎は効かない……。わたくしにとって一番相性の悪い相手ですね」
マグスはそうつぶやき、攻撃をやめてマートの攻めを避け続けた。
水で出来た槍を手首で回し、決まりのない型で突き刺そうとする。不規則な攻撃を見切るのは困難だが、マグスはすべての攻撃を読み切っていた。
「昔、槍を持った兵士と対峙したことがありましてね」
「…………っ」
マートは槍を握り、余裕の表情を浮かべるマグスを睨みつけた。
そして一瞬だけ、アズルの方を振り返る。
「あなたもお願いします!」
「へっ!?」
突然指名されたアズルは、目を丸くした。
マートは再び戦闘に戻る。その後の判断は、アズルに任せられてしまった。
「お、俺が……?」
「アズル、何してるっぴ! 早く出ろっぴよぉ!」
「だって俺、やるにしてもそんな強くないし……足引っ張るだけじゃないのかな」
他の2人が強いからこそ、不安げな表情を見せるアズル。
サラピは大袈裟にため息をつき、啖呵を切るように叫んだ。
「そんなんで旅するとか馬鹿にすんなっぴぃっ!」
「あぁもうわかったから!!」
サラピの声をかき消すように声を荒げたアズル。
剣を構え、マートの後ろから全速力で向かった。
「……あの青年、まだ来るんですか?」
マグスが心底鬱陶しいというふうにつぶやき、小さな火球でアズルを追い払おうとした。
――しかしそれは、彼にとって最大の誤算だった。
一度やると決めたアズルは引き下がらない。横に飛んで火球をかわし、そのまま剣を持って突っ込んできた。
「!!」
マグスは目を見開き、鞭でマートの攻撃をカバーしつつも、初めて真剣にアズルへ注意を向けた。
振り下ろされる剣を避けようとするマグス。アズルは素振りだけは昔からずっと練習してきたのだ。彼の剣の入れ方は、直線的で切れ味のよいものになっている。
――それだけあって、攻撃の仕方は素人。かえってそのがむしゃらな攻撃が、マグスにとって避けにくいものとなっていた。
「……くっ!」
「オレが最後は決めるんだぜええええ!!」
さらに脇から飛び掛かってきたのは、雄叫びを上げたウェリー。
彼は羽を使って宙に飛び上がると、右手を伸ばし、マグス目掛けて急降下してきた。
マグスほどの者でも、一度に加わる3つの攻撃を、同時に抑えることはできない。
「……ぐぅっ!」
ウェリーの攻撃が炸裂し、吹き飛ばされたマグスの体が壁に激突する。
それ以上立ち上がる体力は残されておらず、彼は壁に寄り掛かってぐったりとしてしまった。
「よっしゃーい! 最後のトドメさしてやるぜ!」
「待ちなさい、ウェリー」
動かなくなったマグスを睨み、腕を振り回しているウェリーを、マートが片手で制した。
「私たちは城の者を殺しに来たんじゃありませんから。しかしマグスさん、あなたには話してもらうことがあります」
マートは彼の喉元に、槍の先端を向けた。
静かに顔を上げたマグス。
しばらく彼は沈黙していたが――やがて、ため息をついた。
「……やれやれ、話せばいいのでしょう。あなた方の言う通り、スイーツパラダイスで用意されているお菓子は、ホーティ様が作ったものではありませんよ。地下で囚人に作らせているものです」
「よっしゃ!! こいつが言ったら証拠に――」
「待ってください。ただ口にしただけじゃ証拠になりませんから。紙を持っているので、これに今言ったことを書いてください」
マグスは肩をすくめ、紙の中に記述した。
その内容を確認したマートは頷き、うつむくマグスを見下ろす。
「しかし、私たちの顔を見られてしまった。この者はどうしましょうか――」
「若者は甘いですね」
「!?」
突然、弱り切っていたはずのマグスが素早い動きを見せ、3人から距離を取った。
書いた証拠を奪いもせず、ただ廊下を走っていく。
逃げ足は速く、マートたちが走っても追いつけそうになかった。
「……逃げられましたね」
「ねぇ、これってヤバくない? 証拠が手に入ったけどさ、マグスさんが逃げたら俺らのこと、ホーティさんとかに伝わっちゃうんじゃ……」
「面倒なことになる前に、この証拠を広めてしまえばいい話です。明日の朝には、住民たちに見せましょう」
「んじゃ、帰るか。わざわざ地下に行かなくて済んだな」
大きくあくびをしたウェリー。
3人はマグスとは反対方向へ廊下を走り、誰もいない城を出て行った。




