第36話「強者の領域は程遠く」
(どうやって、この執事を倒せばいいんだっ……!)
アズルは片手剣を握り、廊下で静かに立つ執事、マグスを睨んでいた。
相手はピクシーで、炎魔法を使う。ただがむしゃらに戦うだけで勝てる相手ではない。
「さぁ、あなたからどうぞ」
マグスは余裕の笑みで手招きしてきた。アズルの戦力を目で計り、勝利を確信しているのだろう。
しかしアズルは、サラピが他の仲間たちを連れてくるまで、耐えなくてはならない。
片手剣を右手に握りながら、彼は飛び出した。
「うらあっ!!」
「素人の動き方ですね」
マグスはアズルの突進を優雅にかわし、手のひらから火の玉を生み出した。
背中を焦がされる!
近づいてくる熱を感じ、アズルは反射的に身を転がした。
「……っ」
「どんどん行きますよ」
本物の実力者とは、マグスのことだろう。
ゴブリンもグランビットもアズルにとっては強敵だったが、所詮は両者とも、群れを率いる魔物。単体で生きているわけではない。
マグスのように、一人で強い相手を敵にしては、アズルでは歯が立たなかった。
(やべぇ……こいつマジで強いやつだ。俺の攻撃、まったく当たらな――)
「では次、わたくしから攻めさせてもらいます」
マグスは両手を広げる。
今度は火の玉がいくつも合体し、一本の長い紐のようになった。
「な、なんだそれ!?」
「わたくしの特技の一つ、メテオウィップです。わたくしは猛獣使い、あなたはわたくしへ歯向かう獣。さぁ、良い声で鳴いてくださいよ」
「ふざけっ……わっ!!」
マグスは片手で炎の鞭を掴む。そしてアズル目掛け、全力で打ち落としてきた。
空気を切る音と、炎が燃える音が交錯する。
鞭の先端がアズルの脇腹に直撃し、彼は悲鳴を上げた。
「あぁあああああ!!」
サラピの火の玉だとか、生半可な攻撃とは桁違いの威力だ。
涙が滲む。一撃喰らっただけで、膝をついたまま動けなくなってしまった。
「この程度で終わるのですか?」
マグスが冷笑しながら、鞭を振り回した。
「くぅっ……!」
アズルはよろけた姿勢で立ち上がる。
マートも、ウェリーも、自分を守れるほどの戦闘力があるのだ。
そんな中でアズルだけが守られる存在なのは、彼自身が許せなかった。
「俺はウサギ100匹以上を相手したことあるんだぞ。お前くらい……」
「わたくしは子ウサギではありません。ウサギ10000匹を相手していると思ってください」
マグスは素早く鞭を振り回す。
アズルは剣を取り出し、鞭を刀身で受け止めようと試みた。だが、炎という物質で出来た鞭は、アズルの剣をすり抜ける。なのに、身体に当たるとちゃんと熱いのだ。
「熱っ……!」
腕に鞭が当たり、思わず剣を取り落としてしまった。
「その程度なんですか? あなたのような者が城に入ってくるなんて、驚きですね」
「……」
体力を失い、アズルは脳がくらくらとした。
マグスは攻撃を加えるのをやめ、アズルが立ち上がるのを静かに待っていた。
耐えがたい屈辱に襲われる。生死の恐怖と、完全に見下されている恥が身体を蝕んだ。
(嘘だろ……俺、こんなに弱かったのか……?)
自分の実力を信じられず、呆然としたとき――
「アズル、生きてるっぴかーっ! マートを連れてきたっぴ!」
「アズル君!」
突然、別の廊下から足音が聞こえた。
アズルが思わず振り返ったそこには、サラピが連れてきたマートが、水で出来たフォークの槍を掴んで走ってきている。
「仲間が来ましたか……」
マグスは冷静につぶやくと、鞭を下げ、火の玉をマート目掛けて放った。
しかし、マートはアズルと比べ、経験も判断力も桁違いである。素早く攻撃を見極め、火の玉をすべてかわした。
サラピはウェリーを捜すため、再び飛び去って行く。
「城の警備が弱いのは、この執事がいるからですか……」
「あなたはシーマンですね? 彼よりは実力があるように見えますが」
「アズル君……大丈夫ですか」
マートがアズルに目をやり、心配そうな表情をした。
アズルがうなだれたまま頷くと、彼はまっすぐにマグスを睨む。単なる美食家とは思えぬ威圧感に、マグスは一歩下がった。
「突然ですが、スイーツパラダイスに関するお菓子の製造方法について何か知らないでしょうか」
「……それなら、ホーティ様が魔法で……」
「マートさん、そいつ地下について知ってるぞ!」
アズルが大声で叫んだ。
それを聞いたマートは頷き、槍を構えて戦闘態勢に入った。
「自らお話ししてもらえると楽だったのですが、どうやら一筋縄で何とかなる相手ではないようですね。手加減はしませんよ!」
マートは体の一部を水に変化させると、流水のように素早くマグスへと襲い掛かった。
「若者は誰も彼もが好戦的ですね……老人を疲れさせないでください」
マグスはため息と同時に言い放ち、炎の玉をいくつも出現させた。
マートを包囲するように動き、次々に当たる。だが、水化したマートに、炎魔法など一切効かなかった。
そのまま、マートの槍がマグスに直撃する。
マグスの身体が勢いよく飛ばされ、廊下の壁に叩きつけられた。
「す、すげぇ……」
思わず口を開けてしまうアズル。
格上と格上の対峙は、到底自分がたどり着けない領域に思えた。
やがて、マグスが立ち上がった。
タキシードについたほこりを払い、前髪から覗く眼光をマートに向ける。
「……あなた、かなりのやり手ですな。そこで倒れている青年とは違って」
「アズル君を並べないでください。強さは他人と比べるものではない」
「……ところで、アズルアズルと聞いていて、思い出しました。今朝、兵士たちがとある人間の手配書を王国中に貼り回っていましたが、彼のことでしたか。王家の宝を盗んだとのこと……本当に彼なんですかね? この弱者が盗賊と言われても、にわかに信じられません」
マグスは肩をすくめた。
振り返ったマートに、アズルは必死で首を振る。
「私もよくわかりませんが……アズル君は、そんなことをする人間ではないと思いますよ。弱さではなく、人として」
「……」
「さて、戦いは終わってません。まだやりますか?」
マートは再び槍を構える。
するとマグスが、少しだけ口角を上げた。
「わたくし、以前にもシーマンの方にお会いしたことがあるので、知っているのですよ」
「……?」
「体を水化させるには、身体に酸素を取り込む必要がある……つまり、息をしなくてはいけないのでしょう?」
「なっ――」
マートが動揺した声を上げた瞬間――
目にも留まらぬ速度で、マグスが持っていた炎の鞭が、マートに襲い掛かった。
紐状の炎はマートの首に巻き付き、一気に膨張して締め上げた。
「……ぐっ!」
「マートさん!」
アズルが悲鳴に近い声を上げる。
マートは体を水に変えて逃げようと試みるが、息を吸えず、段々と苦しそうな表情を浮かべ始めた。
「……あ、がっ」
「さて。わたくしも本気を出しましょう」
マグスは勝ち誇った笑みを浮かべたのだった。




