第35話「新たな脅威」
城に忍び込んだアズルたちは、薄暗い廊下を静かに進んでいた。
月明かりがさした廊下には誰もいない。今のところ、アズルたちは兵士や執事たちに、誰にも遭遇していなかった。
「マートさん、これからどこ行けばいいんだよ?」
アズルが小声で尋ねると、マートが小さな声でつぶやいた。
「地下室で囚人たちがお菓子を作らされているという証拠が得られれば良い話です。でもまずはそれが真実なのか、私たちが実際に見に行った方がよいでしょうね」
「だよな。だってまだ、誰もその光景を見たわけじゃないんだし」
「それか、ホーティ様などから決定的な証拠を得られればそれでよいです。あまり無茶しすぎないで行きましょう」
「はぁーっ。ダルいぜ、こういう静かな作業!」
ウェリーが無駄に大きな声を出すので、マートが注意した。
ただ、誰も城にいないわけがない。
アズルが廊下の角を曲がった瞬間――兵士の一人に、たまたま遭遇してしまった。
「やべっ!」
「お前っ――」
アズルは顔面蒼白になる。
だが次の瞬間、兵士が悲鳴を上げるより先に、ウェリーが飛び出して彼の顔に肘打ちを当てた。
「!!」
兵士はよろけ、そのまま廊下に倒れて気絶する。
その様子を見たアズルは目を丸くして、ウェリーの顔を見上げた。
「はっ? 何してんだよ!?」
「これくらい、別にやっても問題ねぇだろ」
「……ほら、喋ってないで早く行きますよ! これがばれる前に!」
マートにせかされ、アズルたちは素早く廊下を駆けて行った。
「おかしいですね……」
「何がだ?」
廊下をそっと移動しながら、マートが小さくつぶやく。
すでに彼らは見つけた階段を降り始め、広い地下へと侵入をしていた。
「ここまで警備が少ないと、なにかおかしい。だってスイーツパラダイスの秘密を隠している地下の警戒を、こんなに疎かにするわけがないじゃないですか」
「しーらねっ。住民が言ってた通り、みんな外の見回りにいってんじゃねぇの?」
「それにしても不自然です。まさか……誘いこまれてる?」
その言葉を聞き、アズルは心臓が大きく鳴るのを感じた。
今まで生きてきた人生の中で、策略や政略。そんな言葉を耳にする機会はなかった。
ただの弱くて素朴な青年が、下手をすれば国をも巻き込むような陰謀にかかわっている……そう思うと、自分が今ここにいる不思議さを、感じられずにはいられなかった。
「しかし、やはり固まって動いてしまうと非効率ですね……」
「えっ、まさかバラバラで行動するとか言わないよね?」
「そのまさか、です。手分けして、地下にあるお菓子を作っている光景を探しましょう」
淡々と言葉にしたマート。
アズルは心底から恐怖に襲われ、マートの肩を揺らした。
「俺だけ唯一弱いんだけど! もし兵士に出くわしたら死ぬじゃん!」
「大丈夫ですよ。あなたにはサラピ君もいるじゃないですか」
「……オイラ、戦力外だけど大丈夫そう?」
「何かあったらすぐに伝えてください」
あくまでもマートは早いこと証拠を得て、この城から出たいらしい。
確かに、アズルは1人ではない。胸ポケにはサラピがいるのだ。
マートとウェリーはそれぞれ別方向へと走り去っていった。残されたアズルは、まっすぐに続く廊下を歩きだす。
「……で、俺はなにすればいいの」
「とりあえず、城をどんどん探索するっぴよ。マートやウェリーより先に、証拠を探し出すっぴ!」
「マジかよ。そうだな、とりあえずはまっすぐ行くか」
兵士たちに出会ってしまったら笑えないので、アズルは曲がり角で注意をしながら先に進んだ。
「あそこからさらに地下まで降りられそうだぞ」
「よし、アズル! もっと下まで行くっぴ!」
数分間迷った後、アズルはたまたま、さらに地下への階段を見つけた。
奥へ行けば行くほど、ホーティの隠し事があるのでは。そう思ったアズルとサラピは、即座に下へ行く決断をするが……
突然、地下なのにものすごい突風が吹いた。
「ぎゃあっ!」
「なに!?」
アズルとサラピは顔を押さえ、必死に踏みとどまる。
熱を含んだ激しい風だった。気を抜いたら、人の体なんて一瞬にして飛ばされてしまいそうだ。
アズルが目を開けたそこには――
手に真っ赤な炎を灯した老人が、優雅な立ち振る舞いをしていた。
漆黒のタキシードに身を包み、長い銀髪を丁寧に束ねた、背の高い老人だ。
だが、背中には透明の羽、そして頭には触覚がある。間違いなくピクシーだった。
彼は揃えられた口髭を指でつまみ、紳士的な雰囲気を醸し出している。
彼はアズルを見つめ、小さく微笑した。
「……あなたが、侵入者ですね。スイーツパラダイスの裏事情でも探りに来たのですか?」
「なっ、どうしてそれを……」
思わずつぶやいてしまい、慌てて口を押さえるアズル。
老人は目を細めて笑った後、指で音を鳴らし、空中に大量の火玉を出現させた。
「あなた自身がお嬢様に口走ったのでしょう?」
「……」
「失礼、申し遅れました。わたくしはホーティ様の執事、マグスという者です。あなた方が来るのをお待ちしておりましたよ」
「どういうことだ……?」
「城に兵士がいない理由……それは、あなた方のような存在は、わたくし一人で対処できるからです。兵士たちには、外での異端者を探すことに専念させています」
マグスは咳払いをし、炎を構える。
「あなた方が探求しているスイーツパラダイスの陰謀……わたくしがなんと言おうが、あなたたちには証拠が必要だ。でも、証拠を与えるわけにはいきませんからね。心苦しいですが、あなたたちには地下の労働者として働いてもらいましょう」
「やっぱり、お前ら……!」
「いきますよ!」
マグスはアズルの言葉を遮ると、突然、宙に浮かばせていた火の玉を、アズル目掛けて飛ばしてきた。
「わあっ!」
アズルは慌てて攻撃をかわす。火の玉は地面や壁に当たり、直撃した部分が黒く染まっていた。
マグスは容赦なく、次の炎の玉を手から生み出している。
「サラピ、どうしよう!? あの執事さん、急に攻撃してきてヤバいんだけど!!」
「そう言われてもオイラは困るっぴ! 何とかして倒すっぴよぉ!」
「はぁー!?」
いくら何でも相手は人。ピクシーだけど、人。
戦い慣れていないアズルは、剣を向けることすら躊躇してしまう。
その様子を見たマグスは、小さく苦笑した。
「その程度ですか? あなたのような弱者に、お嬢様の心境を知る価値はありません」
「やめてっ! マジでっ……」
だが、やめろと言われて攻撃をやめる相手ではない。マグスは冷徹に、あくまでアズルが生きてさえいればよいと思っている。
手を抜けば、必ずや重傷を負うことになるだろう。
「くそっ。どうするか……」
「アズル! オイラはマートたちを呼んでくるっぴ! それまで、攻撃を耐えるっぴ!」
サラピはアズルの胸ポケを飛び出すと、大急ぎで飛んで行った。
アズルはマグスを睨み、ゆっくりと剣を抜く。
人相手に、本気で剣を振りたくなかった。それでも、ここは手を抜くと、アズルがやられてしまう。
「やるぞ……俺だって、もう何もできないわけじゃない」
ゴブリンともグランビットとも戦った。何度も、命を失うかもしれない修羅場は潜り抜けてきたのだ。
するとマグスは、目を大きく見開きながらアズルを見下ろす。
「剣を抜きましたか……。さぁ来なさい。わたくしがお相手いたしましょう」
真夜中の静かな城の中で、アズルとマグスの戦いが始まった。




