第34話「侵入開始」
「ねぇ、マグス」
「……いかがなさいましたか」
「まだ……見つからないの?」
城の中にある、幼稚な装飾が施された部屋はホーティの自室だ。
ベッドに座り込んだホーティは、日が沈んでゆく窓の外を眺めていた。
マグスは彼女の背中を見つめながら、静かに俯く。
「……申し訳ございませんが、未だに見つかっておりません」
「……そう」
ホーティは小さく返事をした。
マグスは自身のタキシードを整える。一瞬だけ、彼は言葉を口にすることを躊躇した。
「お嬢様。あなた様がどれほど、ぼっちゃまの身を案じておられるのかは、わたくしも深く心得ております。ですが……ぼっちゃまはもう……」
「やめて、マグス! 私は信じてるもん!」
突然、ホーティが振り返り、大きな声を出した。
「あんなことをされたって……兄さまは大丈夫だわ。兄さまは強いから。必ず生きているもの」
「……」
「お願い、マグス。スイーツパラダイスをもっと進めないと」
彼女は上目遣いでマグスを見上げる。
彼は少しの間、無言でホーティを見つめたが――やがて、頷いた。
「……先ほどの無礼な発言、深くお詫び致します」
「いいわ、大丈夫……。それより、侵入者がこないか、ちゃんと見てて。もし来たら捕まえて、地下の労働者に含めちゃっていいわ」
「承知いたしました」
マグスは深く一礼をすると、部屋からそっと出ていく。
廊下を歩いている途中、マグスは一人のメイドに話しかけられた。
「王女様とは普段、何を話しているのですか?」
「……」
マグスは堅い表情を崩さなかった。
スイーツパラダイスの真相も。本当の目的も。ぼっちゃまのことも。
すべて、お嬢様とだけの秘密である。
「……くだらない雑談を繰り返しておりますよ」
「そうなんですね……」
メイドは手に持ったお菓子を見つめながら、小さな声でつぶやく。
「私、心配なんです。ホーティ様のことが……。お菓子を持って行っても、元気がないから。心に負担をかけすぎだと思います」
「……何故にそう思われるのですか」
「だって、ホーティ様は家族を全員なくしているじゃないですか。王様も女王様も、病気で……。唯一の兄妹である王子様だって……」
「それはわたくしも十分理解しております」
マグスは耐えかねたのか、遮るように言った。
「でも……仕方ないのです。王族は今、お嬢様だけです」
「ホーティ様は可哀そうだけど、そんなホーティ様がめちゃくちゃしすぎるから、民たちも大変ですよ! 絶対王政の法律だとか、スイーツパラダイスによる負担だとか……!」
「それらはすべて、ホーティ様のお考えによるものです。あなたたちは、本当の目的など知りえないでしょう」
マグスは冷淡に言い放つ。
彼と王女以外は知らないはずだ。誰がお菓子を作っているのかを。スイーツパラダイスを行う、その真の理由を。
「私は、古くから国王様に仕えた執事として、お嬢様を守り抜かなくてはなりません。……たとえそれが、国を裏切る行為であるとしても」
そうはっきりと告げると、メイドはもはや何も言い返せなくなっていた。
マグスは険しい表情のまま、メイドの傍らをすれ違い、廊下を歩いて行った。
「んまっ。これうまっ!」
「すげぇ、マートさんって料理うまいんだな!」
「私は世界中の食事を追求してきたのですよ? この程度、私にかかれば朝飯前です」
小屋の中にあるテーブルに並べられたのは、肉や野菜が存分に使われた数々の料理。
カラフルで美味しそうに見える反面、栄養素にもこだわりを感じる食材のチョイスだ。だが、マートが買ってきた食材はそこまで多くはない。少ない材料で美味しいものを作る、まさに調理のテクニックである。
ウェリーは料理を前にすると、表情をケロッと変化させ、机にかじりつく勢いでやってきた。彼に犬の尾があれば、目障りなほど左右に揺れていただろう。
あながちアズルより酷い食欲である。サラピは3人トリオを見渡し、ため息をついた。
「……なんか、こんなに食いしん坊3人が揃うことって、すごいっぴね」
「サラピ、そいつは違うぜ。3人と1匹だ。お前も十分食い意地張ってるだろうが」
「はぁー!? 黙れっぴオイラは魔物としての本能的な食欲を――」
くだらない喧嘩が始まろうとしたところを、マートが止めた。
「見苦しいのでやめなさい。さ、今夜はよく動きますから、ちゃんと食べておいてくださいよ。緊張するでしょうし」
「……」
彼が言うことはもっともだ。
城の中に忍び込むだなんて、冷静に考えてみれば無謀すぎる。
アズルとウェリーは顔を見合した後、静かに残りの食事を食べ始めた。
そして、太陽が完全に沈んだ真夜中。
「ねぇやっぱりデカいってこの城! どっから入るの!」
「うるせぇ黙れ! 入る場所がねぇならぶっ壊す!」
「2人とも、声が大きい!」
3人と1匹は、ホーティが暮らす城の庭に隠れながら、忍び込む場所を探していた。
アズルは初めて見る巨大な城に圧倒され、今更ながら震えている。ウェリーは真正面からホーティを殴り倒す気満々で、マートがそれをたしなめていた。
普段なら警戒心の強い兵士たちは、城外の見回りへ向かったので、今は警備が手薄である。
マートはアズルの胸ポケにいるサラピへ笑いかける。
「サラピさん、さっき買い物に行ったとき、ついでに城へ忍び込める場所、調べてきてくれましたよね」
「もちろんだっぴーっ!」
「えっ、サラピ、いつの間にそんなことをしてたのか?」
「オイラだって、何もしない小鳥じゃないっぴよっ!!」
サラピは跳ねたような声を上げ、パタパタと羽を小刻みに羽ばたかせた。
赤い鳥は、夜の空でもよく目立つ。アズルたちはなるべく目立たないよう気を付けながら、サラピについていった。
「ここだっぴ」
サラピが示したのは、高い花壇の奥にあった小さな扉。
アズルは扉を見つめ、首を傾げた。
「なにここ?」
「これは城の非常口の一つらしいですよ。サラピさんが発見してくれました」
開けてみようとドアノブを回したが、当然ながら鍵が掛かっている。
「閉まってるけど、どうやって中に入るんだよ?」
「どけぇ! アズル!」
「うわっ!」
突然、アズルを押しのけてウェリーが顔を出した。
ドアノブを掴むと、強引に捻ろうとする。
彼の馬鹿力では、鍵穴がねじ曲がって開かなくなることもあり得る。マートが慌ててウェリーを引きはがそうとした。
「やめてください、ウェリー! 鍵は丁寧に――」
しかし次の瞬間、ウェリーが片足で扉を強く蹴り、脆い木材の扉を割ってしまった。
「うぉっ。ぶっ壊れたぜ」
「……」
「行くぞおめぇら! ホーティをぶっ潰せー!」
「違います! ホーティ様には会いません! こっそり行くんですよ、あ、こら!」
なりふり構わず走り出したウェリーを追いかけるマート。
「はは……俺らって今、王女様の城に侵入してるんだよな?」
「そうっぴよ」
「全然やってる実感ねぇ……」
いざ死ぬかもしれない場で茶番を見せられると、様子がおかしくなりそうだ。
アズルはサラピを胸ポケに戻し、静かに2人の後を追った。




