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青二才のアズル  作者: 紫煌 みこと
第3章「お菓子な国の支配者」
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第31話「凍てついた王女」

「どういうことですか……?」


 マートが眉間にしわを寄せ、ピクシーの女性に尋ねた。





 女性は唇を震わせながら言う。


「その……ホーティ様が、執事のマグスさんと話していたのを、たまたま聞いてしまったんです。その時、ホーティ様はこうおっしゃっていました。『お菓子の生産量が少なくなってきているから、もっと地下の囚人たちを酷使しろ』と……」

「地下の囚人……?」

「あっ!」


 突然、傍にいた婦人が声を上げた。


「もしかして、あれかい? ホーティ様に逆らった人たち」

「それってもしかして……ホーティ様がお菓子を作っているのは嘘で、本当はその囚人たちが作ってるってこと……?」

「結論はそう……確かに、ボランティアたちはホーティ様がお菓子を生み出す瞬間を見せてもらえなかったものね……」


 マートが近くのお菓子で出来た家を見つめ、つぶやく。


「もしそうだとすれば……血の味がしたのは、囚人たちの苦しみが滲み出ている証拠です」

「うぇっ、そうなのかよ!? 食わなきゃよかった! 気持ちわりぃ!」


 ウェリーが露骨に嫌な顔をすると、舌を出しながら首を振った。


 周囲が静まり返る。

 しばらく腕を組んでいたマートが、ふと顔を上げた。


「私は会話に途中参加したので、よくわかっていませんが……ホーティ様は民を騙しているということですか?」

「うん……でも、証拠が少なすぎるよねぇ。なんのために騙しているのかもよくわからないし……」

「証拠ですか……。それがあれば、ホーティ様の悪事を暴露できるでしょうか」

「だと思うけど……それが簡単に出来たら、苦労しないと思うよ」


 婦人は大袈裟にため息をついた。他のボランティアたちも顔を見合わせ、不安げな様子を見せる。




 一方、少し離れたところから会話を見つめていたアズルは――

 難解な話についていけず、身体も思考も固まっていた。

 胸ポケのサラピが、小声でつぶやく。


「アズル……なんか、すごい面倒なことが起きてるっぴよ」

「それはわかってる。……えーと、とにかくホーティっていう王女がやばいんだよな?」

「まだ決定ではないけれど、その可能性が高いみたいだっぴ」

「うわぁ……俺、これってかかわらなきゃだめ?」


 アズルのそのつぶやきは、ピクシーたちの耳には届かなかった。

 サラピは少しだけ沈黙したが、すぐに返事を返した。


「……別に、だめとは言わないっぴよ」


 その通りだった。

 今のアズルに、スイーツパラダイスの陰謀にかかわる義務はない。

 そもそも違う目的で来たのだ。これ以上介入すると、彼まで危険な目に遭うかもしれない。


「いったん……離れようぜ、ここ」


 悪意はない。

 ただ、今のアズルにとって――王女のたくらみは、あまりに膨大で、他人事すぎた。





 結果的に、アズルとサラピは、現場から少しだけ離れたところに来てしまった。

 ベンチに座り込み、流れるように通り過ぎていく人々を見つめる。


「とは言っても……俺たちもどうする? って話だよな」

「……アズル、本当に良かったっぴか?」


 サラピが少しだけ重い口調で言う。

 アズルは少しだけ言葉に詰まったが、大きく首を振った。


「……だってあれ、俺がかかわって何とかなる問題なのか? ゴブリンを倒すとか、グランビットを倒すとかじゃなくて……相手が人じゃん。妖精の王女じゃん。厳しいだろ」

「まぁ、それもそうっぴね」


 サラピも納得し、軽い口調に戻った。


「じゃあオイラたちはどうするっぴ? もう一度、翠勇の聞き込み調査?」

「いや、もうあれ二度とやんないほうがいいだろ。でもなぁ、他になることもな……」


 アズルが首をすくめ、そうつぶやいたとき――




「てめぇ、魚野郎と一緒にいた奴だな。こんなところで何してやがる」


 荒い口調の声が聞こえたと同時に――アズルのフードが無理やりはぎ取られた。

 青色の髪が露出し、結んでもらったリボンもほどけ、アズルの手に落ちる。




 アズルが振り返ると、そこにはウェリーがいた。


「うわっ! フード、取るなっ!」

「意味ねぇって。男だって隠せているつもりだったのか? どう見てもバレバレだろーが。指名手配の奴だってバレなくて幸運だったな」

「なっ――」

「気にすんなっ。オレはそういうのクソほど興味ねぇ。ピクシーの奴らは平和ボケしてやがるから、バレたとしても、犯人を捕まえようだとか考えねぇよ」


 ウェリーは鼻で笑い、少し離れた場所を指さした。

 アズルの手配書が貼られているが、大層な額のわりには目立っていない。ピクシーたちも、あまり興味がない様子だった。


「ていうかお前、なんで勝手にどっか行きやがった。他の奴らは気づいていないぞ」

「え……?」

「魚野郎はさっきの会話に夢中だぜ。てめぇは興味ねぇのか」

「興味がないというか……俺なんかがいても、王女様をどうこうはできないだろ」


 魚野郎というのは、マートのことだろう。

 困るアズルを眺めるウェリーの表情は、やけに嬉しそうだ。


「オレは男でも女でもなー、弱そうな奴は気に入らねぇ。おい、ホーティとかいう奴をぶっ飛ばしに行くぞ」

「はぁ!? 死ぬ気かよ!?」

「オレはあの魚野郎に再戦を挑む。でもあいつが悩んでるんじゃあ戦えねぇ。さっさとホーティって奴の陰謀? を暴いちまえば、オレはあいつと戦えるんだ」

「ふざけんなよ! 無理だっ……」


 アズルが大声で言い返した瞬間――





「やっぱり素敵な街並みねぇ~! このホーティ様の最高のアイデアだわ!」


 突然、鋭く甲高い声が響き渡った。

 アズルもサラピも、肩を震わせて驚いてしまう。他の観光客も同じような様子だ。

 すると急に、ピクシーたちが早足でその場を退いていった。


「誰?」


 アズルたちは、声のした方に顔を向けた。





 やがて、観光客しかいなくなったその道を――何人ものピクシーの兵に囲まれ、優雅に歩いてくる女性の姿が見えた。

 女性――というよりは、少女という言い方がしっくりくる。およそ15歳くらいの、幼い顔立ちのピクシーだ。

 水色と桃色のメッシュが入った銀髪は、ボリューミーな三つ編みとなっている。フリルがついた豪華な紺色のドレス。キラキラと輝く王冠。手には、ステッキのように巨大なロリポップを握っている。


 全体的に華やかで、飾り付けが派手だった。

 人形のような愛らしい顔は、丸い瞳を細めて周囲に笑顔を振りまいていた。


「みんな、いいでしょ~? 私のスイーツパラダイス! 堪能してちょうだ~い」

「……なんだよ、あのガキ。ごちゃごちゃした服がムカつくぜ」

「ちょっ、ウェリー!」


 明らかに少女は高貴な立ち位置だ。それなのに、躊躇なくストレートな言葉をぶつけるウェリー。

 その言葉が耳に入ったのか、少女の視線がアズルたちに向けられた。


「あら? 何か言ったかしら?」


 ドレスの裾を掴んだ少女は、ゆっくりと歩いてくる。

 笑みを崩さないまま、ウェリーの顔を見上げた。


「あなたって、誰だったっけ……」

「オレはウェリーだ。王女なら知ってるだろボケ」

「あぁ……いたかもね、そんな奴。フェアリーキングダムの外で暮らす野生児ね」


 少女は急に冷めた顔になって、そう言い放った。


「私が愛してるのは、お菓子と観光客と兄さまだけ。あとは……私に忠実なピクシーたちだわ」


 少女はアズルを見つめる。

 アズルが戸惑っていると、少女はニコリとほほ笑んだ。


「私はこの国の王女、ホーティよ」

「あぁ……はい、こんにちは」


 アズルは小さく礼をしながらも、ホーティの姿をまじまじと見つめ、驚いていた。

 スイーツパラダイスなんていう大規模なことをする王女なのだから大人だと思い込んでいたが……まさか、子どもだったなんて。


 ということは――この、王と呼ぶには幼すぎる子どもが……ピクシーたちはおろか、観光客まで騙し、お菓子を作らせるため、地下にいる囚人を虐げているのか?

 マートたちの推理が本当だとすれば――アズルの脳裏に、恐ろしい想像が浮かぶ。


 ホーティは、首を傾げてアズルを見た。


「あなたは観光客? どっかで見たことあるような気がするけど……」

(やべっ、指名手配がばれる……!)


 アズルは焦った顔でサラピを見たが、サラピは首を振る。

 王女にばれてしまったら、いくらなんでも万事休すだ。


(サラピ、どうしよう!?)

(知らないっぴよ! とりあえず、適当な話題を上げるっぴ!)

(えぇっ!? えっとぉ……!)


 アズルは脳をぐるぐるとかき回し、何とか言い訳を思いつこうとした。

 その末に、口から出た言葉は――





「あっ……あなたが、地下で囚人に、お菓子を作らせているんですか?」



 一瞬、時が止まったように、全員の動きが硬直した。

 必死に別の話題を絞り出そうと、脳の中にあった情報を引き出した結果――ありえないことを口にしてしまった。


「……は?」


 ウェリーは乾いた声を漏らす。

 周囲の人々は一瞬だけ固まったが、すぐに戯言として片づけ、その場から去っていった。


 アズルは慌てて口を塞ぐが、言ってしまった後ではどう考えても遅い。

 ――ホーティの笑みが消えた。

 氷のような冷たい意思を目に宿し、アズルの瞳をとらえる。


「……勘が鋭い奴は嫌いよ。どこで知ったのかしら」


彼女の紅い唇から出た言葉は、凍り付いていた。



「それ以上踏み込んだら――殺すから」



 アズルは口だけが震えたまま、何も言い返せず、ひたすら恐怖に怯えている。

 するとホーティは彼の隣を横切り、町の奥へと去っていってしまった。

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