第30話「薄暗い真実の一端」
「すげぇなぁ! あのウェリーを追い払ったなんて!」
「あんなの勝ち同然だよ!」
「ああぁ……当店からあの化け物を追い払っていただき……ありがとうございます!」
「いやぁ……それほどのことはしていませんって」
ウェリーが去ったあと、寄ってたかってマートを褒めているのはピクシーたち。
その様子を離れたところからつまんなそうに見つめているのは、アズルとサラピだ。
「なんなんだよあいつ。船員と観光客の次は、妖精にまでちやほやされるのか」
「モテる男は大変っぴよね。アズルは楽だから、マートもきっと羨ましがるっぴ」
「どういう意味だっ!!」
鼻を鳴らすサラピを、アズルは怒鳴りつけた。
遠くからマートを見つめていても時間の無駄だ。そう判断したアズルは、サラピと一緒に周囲を歩き回っていた。
「ていうかもう、俺たちは俺たちのことをやらないと。翠勇について知ってたりする人、探さなきゃダメなんだから」
「じゃあ片っ端から声をかけてみるっぴよ!」
「マジで? 勇気いるなぁそれ」
「オイラも手伝うっぴよ。おーい、そこの人ー」
「勝手に呼ぶなっ!」
アズルとサラピが周囲に対して、真面目に尋ねた結果――
ピクシーや観光客たちからの返答は、ろくなものがなかった。
「翠勇? ごめん、知らない」
「いやー、私も聞いたことないなぁ」
「それって場所の名前なの?」
「うるせぇ黙れ俺に聞くなカス!」
「すいゆう? なにそれおいしーの?」
「ハッ! この俺こそ宇宙最強の戦士、翠勇だ! ……冗談だ……」
当てずっぽうに聞くのはやめたほうがよさそうである。
そう判断し、アズルはため息をついてベンチに座っていた。
「何なんだよ、もう誰も知らねぇだろ……」
「世間的に広まっている話題じゃないってことっぴよね。……ん?」
「どうしたんだ?」
「いや、どうでもいいっぴけど……あそこ、なんか面白い集団が歩いてくるっぴ」
サラピが示したのは――先ほど、マートが激突し、大きく破損してしまったお菓子の家。
家の婦人が外に出て、遠くからやってくる誰かを手招きしていた。
「なんだなんだ……って、うわぁ!?」
様子を近くまで見に行ったアズルは、思わず跳ねるような声を出してしまう。
なんと、ピクシーが数人がかりで空を飛び、協力して巨大なお菓子を運んでいたのだ。
今、運ばれているのは、家の壊れた部分であるクッキーの壁。一辺が3メートルほどありそうなクッキーが、彼らによって運ばれてきていた。
「すげぇ、こんなクッキーをどうやって作ってるんだろう……」
「ていうかマート、あのおばさんに弁償するって言ってたっぴよね」
「いや、別にいいわよ。どうせ家の修復は無料なんだから」
突然、歩いてきた婦人がアズルたちに話しかけてきた。
「お菓子で出来ている以上、壊れることは多々あるんだよ。他人の家をつまみ食いするやつだっているしさ。さすがに今回はかなり豪快に壊れたねー」
家が壊れることがごく普通というように語る婦人。そんな生活はたまったもんじゃないとアズルは思いながらも、ピクシーたちの生活に関心が深まった。
「このお菓子って、どうやって作られているんですか?」
アズルは興味本位で尋ねてみる。
すると婦人は首を傾げた。
「さぁ……? 詳しいことは知らないけど、ホーティ様が自らの魔法で作り出しているんだって」
「ホーティ……?」
「フェアリーキングダムの王女様。彼女が作り出したお菓子が用意されているから、こうやってボランティアの妖精たちが運んでくれているのさ。ちなみに私も、ボランティアの一員だよ」
せっせと手際よくクッキーを組み立てていくボランティアたち。
その中で1人――そわそわした様子で、周囲をきょろきょろしている女性のピクシーの姿があった。
(何か探したりしているのかな……?)
アズルはぼんやりとそんなことを考え、女性に声をかけてみた。
「どうしたんですか?」
「ひゃっ!?」
突然声をかけられて相当驚いたのか、女性は跳ねるような声を上げた。
「え、えっと、その……なんでもないです」
女性は首を振り、アズルから離れていってしまった。
(何だったんだろう……? 俺の思い込みだろうか)
アズルは疑問符を頭に浮かべながらも、それ以上、女性に話しかけないことにした。
「ねね、スイーツパラダイスってどうしてできたのっぴ?」
サラピが婦人に尋ねてみる。
婦人は顎に手を当てると、静かに語りだした。
「そりゃ、私たちの経済とかに関わってくるよ」
「どういうこと?」
「ピクシーはね、今まで自分の体を見世物にして観光客を呼んでいたのさ。不思議な魔法や美しい容姿、たぶん今でも、観光客に見せつけてくるピクシーはいるはずだよ」
「確かに……いたかもしれないです」
花をばら撒いていた女性や、フードに模様を描いた青年のことなどを思い出し、アズルは頷いた。
「でもそれだけじゃついに飽きられたのか、観光客も年々減ってくるようになったんだ。困っていたピクシーたちだったが……ホーティ様が数か月前、父の跡を継いで王女となったとき、彼女は現状の打開策を思いついた。それがこのスイーツパラダイスだったのさ」
アズルは顔を上げ、王国の中心に見える巨大な城を見つめた。
あそこの本丸に居座る王女ホーティは、一体、どんな性格なのか……
「でもまぁ、スイーツパラダイスのおかげで、観光客は一瞬で増加したよ。斬新なアイデアが良い……ってね。でも冷静に考えてみれば、国中がお菓子に変わるだなんて、あまりに夢物語すぎる。家が壊れやすくなるように、デメリットも大きいわけだよ。評判を良くするだけならもっと別の方法があったんじゃないかって抗議する人もいたけれどねぇ……結局は絶対王政だから、仕方ないんだよ」
「……」
「ほら、あそこ。ホーティ様が書いた紙が貼ってあるだろ?」
アズルとサラピは、掲示板に貼られた紙をまじまじと見つめていた。
――幼稚な字体で、法律に関することが書かれているらしい。
『新・妖精法
・王女に対する不満を抗議しないこと
・観光客を呼ぶ努力を怠らないこと
・王女の命令に逆らわないこと
・城の地下に侵入しようとしないこと
以上の法律を違反した際、場合によっては、“最高刑”に処す。
ホーティ王女』
「……なんか、やばくね? 書いてあること」
「オイラ、もうすでにこの国から出たいっぴ」
「実際、ホーティ様に逆らって城に閉じ込められたピクシーはあとを絶たないだとか――」
フェアリーキングダムの真実を知ってしまったアズルとサラピは震えあがる。完全に王女が中心的な、半ば強引で理不尽な法律である。
すると婦人がにっこりとした様子で答えた。
「大丈夫さ。ホーティ様は、観光客には優しいから。あんたたちは普通に楽しく観光してくれればいいんだよ」
「えぇ……そういう問題じゃ……気分悪いな」
スイーツパラダイスの裏側を知ってしまった後で、優雅に観光をするのも難しい。
どうしてよいかわからず、アズルが視線をきょろきょろさせていると、マートが歩いてきた。
「もう、私を置いていかないでくださいよ、アズル君」
「連れていく義務はねーだろ! ていうかお前も俺を置いていったし!」
呑気な様子のマートを見つめていると、いつどんな時でも調子が狂う。それでいて戦闘になるとやたら強くなるのだから、マートは色々な意味で凄い人だ。
マートは婦人の前まで歩いてくると、大きく頭を下げた。
「すみません。家を壊してしまい……って、あれ……? 確か、この家でしたよね……」
すっかり元通りになっているお菓子の家を見つめ、マートは困惑した表情を浮かべた。
すると婦人が笑顔を浮かべる。
「問題ないさ! まぁ、壊されるのは嫌だけど」
「こんな短時間で修復を終えたのですか……? 本当にお菓子で出来ているんですね」
「そういうこと。ほら、クッキーの破片でもあげるよ。ホーティ様の魔力で作られたやつね」
婦人は破損したクッキーの欠片をマートに渡した。
マートは受け取ったクッキーをジロジロと見つめると、にこやかに笑う。
「食べていいんですか? 魔法で出来たお菓子だなんて、楽しみですね……」
そう言いながら、クッキーを噛んだ瞬間——
突然、彼の表情が消えた。
「どうしたんだ、マートさん?」
「……これ、本当に魔法で出来たお菓子ですか?」
「え?」
「美食家を舐めないでください。何故か知りませんが――血の味がします」
その発言を聞いて、アズルも、近くにいたピクシーたちも驚いた。
「……ちっ……え、血!?」
「俺たちが食べても、全然感じねぇけど……」
「私は舌の感覚に関しては自信を持っています。ごく少量ですが、誰かの血が混じっているのを感じますね。ホーティ様の意図なのでしょうか?」
マートの断言には、美食家として譲れないプライドが滲み出ている。
その威圧感に周囲が押されていると――突然、家と家の隙間から誰かが飛び出してきた。
「それ、俺にも食わせろ」
「あっ!?」
マートからクッキーを奪い取ったのは、粗野な格好をしたピクシーの少年。
どこかへ去ったと思われていたウェリーだ。
「君、どこに行ってたんですか?」
「どーでもいいだろ、てめぇらの話を聞いてたんだよ。ほれっ」
ウェリーはクッキーを口に放り入れ――途端に顔をしかめた。
「うーえっ、まずっ。てめぇが言った通り、血みてーな味してやがる」
「……」
王女が作った菓子に向かってストレートな感想を突き付けるウェリー。
だが彼もマートと同じように、血の味を察知しているようだった。
「俺も舌が冴えてるのよ。舐めただけでな、そいつが毒かわかるんだぜ」
「……君の自慢話はどうでもよいですが……とりあえず、ホーティ様の作るお菓子には血が混じっているかもしれません。気を付けてください」
突然そう言われても、すぐに信じられるわけがない。ピクシーたちは互いに顔を見合わせ、困惑した顔色を見せた。
アズルとサラピも、黙ったままマートとウェリーを見つけた。お菓子に血が混じっているだなんて言われても、気を付けようがないし、ホーティが原因なのかもわからない。
すると――
「み、みなさん、聞いてください!」
突然、大きな声が響き渡る。
その場にいた全員が振り返った。声を上げたのは――アズルが見つけた、そわそわした空気感の中にいた女性だった。
女性は張り詰めた緊張感を生み出し、重々しい口調で言う。
「実は今朝……城の中でボランティア活動をしている最中、偶然、ホーティ様の会話が聞こえてしまったんです。そしてホーティ様は……」
彼女は一瞬、次の言葉をためらった。
だが、周囲の注目を浴び、彼女は覚悟を決め――震える声で言い放った。
「お菓子を作っているのは、ホーティ様ではなく……ホーティ様に逆らった結果、地下に閉じ込められたピクシーたちって言っていました!!」
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