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青二才のアズル  作者: 紫煌 みこと
第1章「青年と小鳥の旅立ち」
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第2話「生意気な小鳥」

「雨が降ると、テンション下がるっぴよね。オイラとか、鳥だから特に」


 唐突に現れた小鳥は、独り言を漏らしながら羽をついばんでいる。


 空腹のあまり、青年には幻覚が見えていた。

 雨が降る草原の中、こちらに向かって元気に飛び跳ねてくる――から揚げ。

 中枢神経が勝手に、小鳥をから揚げとして脳内で形成してしまっているのだ。

 本能が発狂する。腹が減った。目の前に食料がある。食事だ! 食事!


「ふぁああああああああああ!!」


 急にアズルは奇声を上げ、やってきた小鳥に前のめりになって近づいた。唾液がダラダラと滝になっている。

 小鳥は戦慄し、全力で後ずさる。


「え、ちょ、何、気持ち悪いっぴ、顔を離せ……」

「から揚げええええええええ!!」

「うげぇっ!」


 アズルは容赦なく、小鳥の体を両手でガシッと掴んだ。うめき声が生じたが、彼の鼓膜は微動だにしない。つまり聞こえていない。

 素晴らしい、なんてことだ。食事が自ら歩いて来た。なんだか触感がフワフワしているが、気のせいだろう。これはから揚げなのだ。田舎町での大好物だ。今すぐ食え。

 から揚げ洗脳に自ら掛かって気狂いと化しているアズルに、小鳥は必死に声を絞り出す。


「う……ぐ……お前、死にたいっぴか……放ちぇ、マジで殺す、っぴよ……!」

「いただきま――」

「死ねゴラアアアアアアアアアアアア!!」


 小鳥は怒りを露わにすると、くちばしから小さな炎の塊を吐いた。

 そしてそれはまっすぐ、アズルの顔面に直撃する。


「ギャアッ! あつっ、あつぁつぁつぁちぃっ!」


 アズルは悲鳴を上げ、小鳥を宙に投げて顔を押さえた。

 幸い、雨が降っている。炎自体はすぐに消えた。だが熱の余韻が残り、彼は顔をしかめている。


「まったく、こんなふざけた奴の前に、出てこなきゃよかったっぴ。面白そうな奴だから、近づいてみたっていうのにねぇ」


 小鳥はハァとため息を漏らした。


 アズルは少しずつ理性を取り戻す。から揚げ洗脳、完璧に砕けたり。

 目の前の個体を「小鳥」と認識し、改めて自分の行動を見直す。


「あれ……もしかして俺、小鳥を間違えて食おうとしていた? ……え、ごめん」

「ごめんで済むと思うなっぴよー! 死ぬかと思ったわ! ったく……」


 小鳥は足踏みをしながら、少しだけアズルに近づく。

 アズルは草原にしりもちをついたまま、小鳥に尋ねた。


「ていうか……なんでお前は人の言葉を話せるんだよ」

「オイラが? それはオイラが魔物だからだっぴ。そんなことも知らないっぴか? ようし、お前に自己紹介をしてやるっぴ」


 小鳥はアズルの前に立つと、赤い両翼を大きく広げた。それから右へ左へと動く奇妙な動き。からの謎の決めポーズ。なかなかに癖強い奴が現れてしまった。


「オイラはサラマンダーバードの幼体、サラピだっぴ! サラピと呼ぶっぴよ!」


 から揚げ改めサラピはドヤ顔を浮かべ、羽先でアズルを指さした。

 アズルはうなずく。


「へぇ、サラダっていうんだ」

「マジでお前ぶっ殺すっぴよ!? いつまで食事のことを考えているっぴ!?」


 あまりにも酷いアズルの食欲に、サラピはカチンときた。しかし、気にしていたらおそらくキリがないので、放っておくことにする。


 サラピは手乗りサイズほどの、琥珀の瞳を持った可愛らしい小鳥だった。顔は白いが、体は赤い。両生類のような尻尾が生えているのだが、これはサラマンダーバードという種としての特徴だろう。

 サラマンダーバードは魔物の一種だ。先ほどアズルのコンパスを盗んだ劣悪な鳥とはわけが違う。成長すれば人間ほどの背丈となり、巨大な炎を吐く。そしてこのように、人の言葉を話すことができる。天敵が多く減りやすいので、なかなか希少な魔物である。


 しかし田舎育ちのアズルは、そもそも魔物と接触したことがない。魔物という概念すら、漠然としているのだろう。魔物とは、世界中に生息している不思議な生態の生物で、人間に敵対的なものと友好的なものが存在している。


「オイラは昔からこの草原で一人で暮らしているんだっぴ。草原には餌が多くて助かるっぴからね。天敵から隠れながら生活していたんだっぴ」

「へぇ……そうなんだ?」

「でもそろそろ飽きてきたころだっぴ。大きく成長するまでこんな生活をしているのは御免だっぴよ。何か面白いことはないかなーって探していたら、ちょうどお前を見つけたんだっぴ。晴れてた時からお前を見ていたけど、本当に愉快な奴だっぴ!」

「俺って面白い奴判定なのか?」


 アズルは不満そうな顔をした。当然だ、この小鳥は、アズルのポンコツを馬鹿にして面白がっているのである。


「方向音痴、それは面白いっぴ。コンパス盗られて、道に迷う。これもまた面白いっぴ。雨に濡れて絶望、草原に座り込む。もう傑作だっぴーっ! 今まで何回もこの草原を通りかかった人間はいたけど、ここまで何もできない奴は初めて見たっぴよ。身なりもボロクソで、お前、何がしたいんだっぴ?」

「ちょっと黙っててもらえますかね!? 俺だってわざとじゃねぇのよ!」


 アズルは苛立ちを表情と声に出した。

 そしてげんなりした様子になり、ドサッと地面に尻をつける。


「なんだよ……はぁ、本当にから揚げが現れてくれりゃよかったのによ、いや、から揚げになった状態のお前が出てくればいいんだ」

「聞き捨てならない台詞っぴね……まぁいいっぴ。とにかくお前、コンパスもないのにこれからどうするっぴよ?」


 サラピに問われ、アズルはわずかに思考する。

 しかしすぐ額に手を当て、大袈裟にため息をついた。


「知らないよ……自覚しているし、方向音痴ってこと……家に帰ろうにも、無事にたどり着く自身が微塵もない。ただ都会に着きたいだけだったのに……このまま死ぬのだろうか」


 情けない声を出し、首をすくめてうずくまる。

 さっそくすべてを諦めかけているアズルを見つめ、サラピは目を細め、鼻を鳴らした。


「フン、急に面白みの欠片もないことを言い出すっぴね。そこは限界まで足掻いている方がまだマシっぴよ。ここでくたばるとおもんないっぴ」


 小ばかにするように言って、そっぽを向き――わざと聞こえるような独り言をつぶやく。


「オイラはこの草原の近くにある都会の場所、知ってるっぴけどねー」

「@#☆?÷¥※!?」


 言葉にならない悲鳴を上げ、アズルは泥だらけの地面に手と膝をつき、小さなサラピを見下ろす。


「いいいいいい今なんて」

「いや、やっぱなんでもないっぴね。意気地なしに教えることなんて何もないっぴよ。自分で頑張って都会まで向かいたまえっぴ」

「本当は諦めてなんかいないって! 絶対に都会に着きてぇんだよ! なぁ、都会の場所を教えてくれよ!」


 サラピは意地悪く笑い、ぴょこぴょこと跳ねて離れていってしまう。


「クソぉ……最低な奴だ」


 アズルは唇を噛む。

 どうすれば、サラピの気を変えることができるだろうか。

 いや、サラピが嘘をついている可能性だってある。だとしたら、こんな挑発に乗っている地点で馬鹿の極みだ。

 しかし空腹で頭がイカれかけているアズルにとって、今、頼れる相手はこの小鳥しかいない。


「……さ、サラピ、えっと……」


 いっそ土下座だ。泥にせっかくの美顔を打ち付けて、「都会まで案内してください」だ。誇りどころかクソもなくなるが、これしかない。

 そう思い、サラピがいる方を振り向いた時――




「ぎゃああああっ! なんだこいつら! 近づくなっぴ!」


 サラピが絶叫を上げ、小さな翼を動かし、慌てて宙を逃げている。


「はぁ!?」


 アズルも、目を大きく開けて驚いた。


 緑と青の汚らしい肌を持った魔物――ゴブリンが数匹、網や武器を持ってサラピを追い回しているのであった。

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