第2話「生意気な小鳥」
「雨が降ると、テンション下がるっぴよね。オイラとか、鳥だから特に」
唐突に現れた小鳥は、独り言を漏らしながら羽をついばんでいる。
空腹のあまり、青年には幻覚が見えていた。
雨が降る草原の中、こちらに向かって元気に飛び跳ねてくる――から揚げ。
中枢神経が勝手に、小鳥をから揚げとして脳内で形成してしまっているのだ。
本能が発狂する。腹が減った。目の前に食料がある。食事だ! 食事!
「ふぁああああああああああ!!」
急にアズルは奇声を上げ、やってきた小鳥に前のめりになって近づいた。唾液がダラダラと滝になっている。
小鳥は戦慄し、全力で後ずさる。
「え、ちょ、何、気持ち悪いっぴ、顔を離せ……」
「から揚げええええええええ!!」
「うげぇっ!」
アズルは容赦なく、小鳥の体を両手でガシッと掴んだ。うめき声が生じたが、彼の鼓膜は微動だにしない。つまり聞こえていない。
素晴らしい、なんてことだ。食事が自ら歩いて来た。なんだか触感がフワフワしているが、気のせいだろう。これはから揚げなのだ。田舎町での大好物だ。今すぐ食え。
から揚げ洗脳に自ら掛かって気狂いと化しているアズルに、小鳥は必死に声を絞り出す。
「う……ぐ……お前、死にたいっぴか……放ちぇ、マジで殺す、っぴよ……!」
「いただきま――」
「死ねゴラアアアアアアアアアアアア!!」
小鳥は怒りを露わにすると、くちばしから小さな炎の塊を吐いた。
そしてそれはまっすぐ、アズルの顔面に直撃する。
「ギャアッ! あつっ、あつぁつぁつぁちぃっ!」
アズルは悲鳴を上げ、小鳥を宙に投げて顔を押さえた。
幸い、雨が降っている。炎自体はすぐに消えた。だが熱の余韻が残り、彼は顔をしかめている。
「まったく、こんなふざけた奴の前に、出てこなきゃよかったっぴ。面白そうな奴だから、近づいてみたっていうのにねぇ」
小鳥はハァとため息を漏らした。
アズルは少しずつ理性を取り戻す。から揚げ洗脳、完璧に砕けたり。
目の前の個体を「小鳥」と認識し、改めて自分の行動を見直す。
「あれ……もしかして俺、小鳥を間違えて食おうとしていた? ……え、ごめん」
「ごめんで済むと思うなっぴよー! 死ぬかと思ったわ! ったく……」
小鳥は足踏みをしながら、少しだけアズルに近づく。
アズルは草原にしりもちをついたまま、小鳥に尋ねた。
「ていうか……なんでお前は人の言葉を話せるんだよ」
「オイラが? それはオイラが魔物だからだっぴ。そんなことも知らないっぴか? ようし、お前に自己紹介をしてやるっぴ」
小鳥はアズルの前に立つと、赤い両翼を大きく広げた。それから右へ左へと動く奇妙な動き。からの謎の決めポーズ。なかなかに癖強い奴が現れてしまった。
「オイラはサラマンダーバードの幼体、サラピだっぴ! サラピと呼ぶっぴよ!」
から揚げ改めサラピはドヤ顔を浮かべ、羽先でアズルを指さした。
アズルはうなずく。
「へぇ、サラダっていうんだ」
「マジでお前ぶっ殺すっぴよ!? いつまで食事のことを考えているっぴ!?」
あまりにも酷いアズルの食欲に、サラピはカチンときた。しかし、気にしていたらおそらくキリがないので、放っておくことにする。
サラピは手乗りサイズほどの、琥珀の瞳を持った可愛らしい小鳥だった。顔は白いが、体は赤い。両生類のような尻尾が生えているのだが、これはサラマンダーバードという種としての特徴だろう。
サラマンダーバードは魔物の一種だ。先ほどアズルのコンパスを盗んだ劣悪な鳥とはわけが違う。成長すれば人間ほどの背丈となり、巨大な炎を吐く。そしてこのように、人の言葉を話すことができる。天敵が多く減りやすいので、なかなか希少な魔物である。
しかし田舎育ちのアズルは、そもそも魔物と接触したことがない。魔物という概念すら、漠然としているのだろう。魔物とは、世界中に生息している不思議な生態の生物で、人間に敵対的なものと友好的なものが存在している。
「オイラは昔からこの草原で一人で暮らしているんだっぴ。草原には餌が多くて助かるっぴからね。天敵から隠れながら生活していたんだっぴ」
「へぇ……そうなんだ?」
「でもそろそろ飽きてきたころだっぴ。大きく成長するまでこんな生活をしているのは御免だっぴよ。何か面白いことはないかなーって探していたら、ちょうどお前を見つけたんだっぴ。晴れてた時からお前を見ていたけど、本当に愉快な奴だっぴ!」
「俺って面白い奴判定なのか?」
アズルは不満そうな顔をした。当然だ、この小鳥は、アズルのポンコツを馬鹿にして面白がっているのである。
「方向音痴、それは面白いっぴ。コンパス盗られて、道に迷う。これもまた面白いっぴ。雨に濡れて絶望、草原に座り込む。もう傑作だっぴーっ! 今まで何回もこの草原を通りかかった人間はいたけど、ここまで何もできない奴は初めて見たっぴよ。身なりもボロクソで、お前、何がしたいんだっぴ?」
「ちょっと黙っててもらえますかね!? 俺だってわざとじゃねぇのよ!」
アズルは苛立ちを表情と声に出した。
そしてげんなりした様子になり、ドサッと地面に尻をつける。
「なんだよ……はぁ、本当にから揚げが現れてくれりゃよかったのによ、いや、から揚げになった状態のお前が出てくればいいんだ」
「聞き捨てならない台詞っぴね……まぁいいっぴ。とにかくお前、コンパスもないのにこれからどうするっぴよ?」
サラピに問われ、アズルはわずかに思考する。
しかしすぐ額に手を当て、大袈裟にため息をついた。
「知らないよ……自覚しているし、方向音痴ってこと……家に帰ろうにも、無事にたどり着く自身が微塵もない。ただ都会に着きたいだけだったのに……このまま死ぬのだろうか」
情けない声を出し、首をすくめてうずくまる。
さっそくすべてを諦めかけているアズルを見つめ、サラピは目を細め、鼻を鳴らした。
「フン、急に面白みの欠片もないことを言い出すっぴね。そこは限界まで足掻いている方がまだマシっぴよ。ここでくたばるとおもんないっぴ」
小ばかにするように言って、そっぽを向き――わざと聞こえるような独り言をつぶやく。
「オイラはこの草原の近くにある都会の場所、知ってるっぴけどねー」
「@#☆?÷¥※!?」
言葉にならない悲鳴を上げ、アズルは泥だらけの地面に手と膝をつき、小さなサラピを見下ろす。
「いいいいいい今なんて」
「いや、やっぱなんでもないっぴね。意気地なしに教えることなんて何もないっぴよ。自分で頑張って都会まで向かいたまえっぴ」
「本当は諦めてなんかいないって! 絶対に都会に着きてぇんだよ! なぁ、都会の場所を教えてくれよ!」
サラピは意地悪く笑い、ぴょこぴょこと跳ねて離れていってしまう。
「クソぉ……最低な奴だ」
アズルは唇を噛む。
どうすれば、サラピの気を変えることができるだろうか。
いや、サラピが嘘をついている可能性だってある。だとしたら、こんな挑発に乗っている地点で馬鹿の極みだ。
しかし空腹で頭がイカれかけているアズルにとって、今、頼れる相手はこの小鳥しかいない。
「……さ、サラピ、えっと……」
いっそ土下座だ。泥にせっかくの美顔を打ち付けて、「都会まで案内してください」だ。誇りどころかクソもなくなるが、これしかない。
そう思い、サラピがいる方を振り向いた時――
「ぎゃああああっ! なんだこいつら! 近づくなっぴ!」
サラピが絶叫を上げ、小さな翼を動かし、慌てて宙を逃げている。
「はぁ!?」
アズルも、目を大きく開けて驚いた。
緑と青の汚らしい肌を持った魔物――ゴブリンが数匹、網や武器を持ってサラピを追い回しているのであった。




