第29話「街中の攻防戦」
「オレに文句があるなら、とことん言ってみろやボケがぁ!」
ピクシーの少年は、腕を組みながらアズルたちの席へ近づいてきた。
店の外を窓から見れば、他のピクシーの住民たちが、不安そうな表情で中を見つめてきている。少年はそれなりの知名度があるのだろうか。
すると最初に立ち上がったのがマートだ。
アズルが驚いたような目で見上げたが、マートは清々しい笑みを浮かべたまま、少年に近づいた。
「マートさん? 近づいたらやばくない?」
「大丈夫ですよ。彼のような性格は、私が最もよく理解しているので」
意味深な視線をアズルに向けたあと、彼は少年と向き直った。
ピクシーの少年は、怪訝そうな表情でマートを睨み付ける。
「あぁん? てめぇ誰だよ。頭の上に、気持ちわりぃヒラヒラしたもんついてやがるな」
「これはヒレですよ。私はシーマンですから」
「はーん。よくわかんねぇけど、だせー見た目だな!」
何がそんなにおかしいのか、ケラケラと笑う少年。
マートは少しも表情を変えず、挑発的な声でつぶやいた。
「失礼ですが、お金は持ち合わせていますか?」
「は? かね……?」
「マネーのことですよ。対価すら払わず、強引に店員を脅す様子。食事への感謝が微塵も感じられませんね。失礼ですが、邪魔です。今すぐ出て行ってください」
彼は声に少し力を込めた。顔を少年のギリギリまで近づける。
「お金を払わない」というワードが聞こえ、アズルは耳が強烈に痛くなった。
少年は、マートを睨み返して鬼のような形相を浮かべた。
「あぁ? てめぇ、今なんつったか?」
「出て行ってください。君のお母さんが泣いてしまいます」
「親なんていねぇよばーか! てめぇもうるせぇな。オレに指図なんかいらねぇ、腹減ってんなら自分のヒレでもしゃぶってろ」
「あんまり大人を怒らせようとしないほうがよろしいですよ」
いつの間にか火花バチバチな雰囲気になっている2名。
マートの背後でその様子を見つめていたアズルは、困惑した表情を浮かべた。
「うわぁ、最悪だよサラピ」
「暴動起こさないといいっぴけど……」
すると少年が突然、マートの胸ぐらを掴み上げる。
マートは微動だにしない。少年はニヤリと笑った。
「てめぇ、オレと戦えよ。オレに完敗と言わせてみろ。強さは正義だからな、てめぇが勝ったらオレは二度とここに来ない。オレが勝ったら……てめぇはその面下げて謝って、そうだな、そのマネーってやつを全部寄こしやがれ」
「ええっ、勝負!?」
アズルは跳ね上がるような声を出してしまった。規模がどうなるのかは勝負の内容によるが、ろくなことになる気がしない。仮にマートが負けてしまったら、無一文が増えてしまうのも問題だ。
マートはしばらく黙っていたが……やがて、少年のチョッキの胸元をグイと掴み返した。
「え……ちょっと? マートさん?」
「アズル君。私を止めないでください」
「なんで? 何するんだよ?」
「彼の出自は知りませんが……少々、態度が頂けない。私が鎮めてやります」
「は!? ちょ、落ち着けよ!」
マートはフォークを取り出すと、船の時と同様、水を形成して槍を生み出した。
それを見た少年はポカンと口を開けたが――やがて笑みを浮かべ、マートから手を放し、拳を構えた姿勢を取る。
「やるんだな? 武器持ってかっこつけやがって」
「建物の中を荒らしたくはありません。外へ出てください」
「上等だぜ。お前のヘラヘラ笑いに一撃入れて、壁にめり込ませてやるよ」
そして2人は、カフェから出て行ってしまった。
外の少し開けた場所で、マートと少年による攻防戦が繰り広げられていた。
離れたところから見守っているピクシーや野次馬たちは、ざわめきを生んでいる。アズルは泣きそうな表情で「なんでこうなるんだよ~!」と嘆いていた。
街道に沿って並ぶお菓子の家をかいくぐり、マートと少年は距離を図っていた。
少年は透明な翅を震わせ、全速力でマートに接近してくる。
「好戦的な人ですね!」
「てめぇもだろうが! ひゃっはぁ! 食らえ、俺の攻撃ぃ!」
やがて、少年がマートの目前まで飛び掛かった。
少年が放った拳は、マートの腹に向かって垂直に入り込み――
水に変化した腹へ、ドプリと沈んだ。
「!!」
手ごたえを感じられず、少年は慌てて手を引っ込める。
一瞬だけ自分の拳を見つめたが――やがて、楽しそうに笑った。
「今、何をした? 水になったよな? 暴力は効かねぇっていうのかよ!」
「その通りです」
「面白れぇ! だったらな……」
少年はマートの全身を視界に収める。
すると突然、懐へと飛び込んできた。マートはダメージ軽減のために腹を水に変えたが、少年の狙いはそこじゃない。
「うりゃあっ!」
「うぅっ!?」
少年はマートの細長い尻尾を、容赦なく引っ張った。
尻尾を水に変える暇もなく、激しい痛みが体を伝い、マートは思わず目を開ける。
「うらぁっ! 吹っ飛べゴラァ!」
次の瞬間、ひるんでいるマートの胸元に、少年が全力で蹴りを入れた。
マートは受け身を取れずに蹴り飛ばされ、菓子で出来た家に激突した。
家から出てきた主婦のような女性が悲鳴を上げる。
「ひゃはははははっ! 水になる前に攻撃しちまえばいいってことよ!」
地面に降り立った少年は、大口を開けて愉快そうに笑う。
人に暴力をふるってなお笑うその狂気を恐れると同時に、アズルはマートの安否を心配した。
「マートさん大丈夫かよ……?」
彼は崩壊したお菓子の家を見つめた。
やがてその中から、マートがゆっくりと立ち上がる。
「すみません。必ず弁償しますので」
震えて動けずにいる主婦に向かい、マートは頭を下げた。
そして少年に向き直ると、微笑しながら叫んだ。
「随分とまぁ良い気になっていますね。まだ私は実力の半分も出していないのに」
マートは少しもかすり傷を負っていない。
乱れた服装を手で叩き、ほこりを落として整えた。再び槍を構え、少年の前に立つ。
「では今度こそ君を倒す気で行きましょうか」
マートは大きく息を吸うと、今度は自ら地を蹴り上げて少年に近づいた。
少年はマートの動きをかわして空を飛ぶ。マートは家の屋根に飛び乗ったが、それでも届かなかった。
「うぉっ、そうかてめぇは空を飛べねぇんだな?」
少年は勝ち誇ったように笑うと、指でマートを誘う。
だがマートは挑発に乗ることはなく――突然、屋根から降りて、家と家の間に姿を消した。
「……んあ? どこ行った?」
少年は周囲を見回したが、マートの姿は見当たらない。
いつまで経っても現れないので、少年は段々と焦りを覚える。
低い場所まで降り、家の隙間を捜し始めた。
「……おい、どこ行ったんだよ! まさか逃げたのか!? あぁん!?」
「逃げるわけがないでしょう」
「はっ……?」
声が聞こえたのは、背後から。
「君が下へ降りてきてくれるのを、隠れて待ってたんですよ!」
「てめぇっ、オレをはめやがっ……」
少年が振り返ったが、もう攻撃をよける余裕はない。
いつの間にかそこにいたマートが、槍を振り回す。横から叩きつけるように少年の腹へ攻撃を入れ、今度は少年の体が吹っ飛んだ。
少年は先ほどのマートと同じように、違うお菓子の家へと激突してしまった。
「おぉーっ!!」
息を詰めて見守っていた人々は、少年がやられた瞬間、大きな叫び声をあげた。
「あのシーマンの人、ウェリーの野郎をぶっ飛ばしたぜ!」
「今までそんなことできる人いなかったわよね!?」
「ウェ……ウェリー??」
アズルとサラピは、聞いたことのない名前に首を傾げる。
すると傍にいたピクシーの男性が、興奮した様子で語ってくる。
「ウェリーはフェアリーキングダムの外にある森に住みついてる厄介者だよ。あいつの親は誰かわからないし、どこから現れたのか不明な奴なんだ。前に兵士があいつを取り押さえに行ったはずなんだけど、全員顔面ボコボコで帰ってきたぜ」
「えぇ……やばい奴じゃん」
「平和を愛するピクシーたちの中では、あいつは異例だよ、まったく」
アズルは怯えた目つきで少年を見つめた。
吹っ飛ばされた少年――ウェリーは、クッキーまみれの瓦礫に体を埋もれさせたまま、近づいてくるマートを見上げる。
マートは槍を左手で振り回し、静かに構えた。
「これで終わりにしましょうか」
そう勝ち誇った笑みでつぶやき、槍を高らかに上げたとき――
突然、背筋が凍り付くような悪寒を覚えた。
マートは驚いたような目でウェリーを見下ろす。
ウェリーは何もしていない。早く攻撃をしないのかと、マートの槍を睨んでいるだけだ。
だったら、このはっきりとした嫌な寒気は、何なのか――
シーマンであるマートは、体を水に変化させられる代わり、明確な弱点を持っていた。
それは――寒すぎる環境にいると、徐々に身体が凍り付いてしまうことである。
「……っ」
マートはとどめの一撃をやめ、即座に一歩下がった。
ウェリーはゆっくりと起き上がる。体に付着してしまったクリームを払い落とし、マートに強い眼光を向けた。
「……なんでやらなかった?」
「ちょっと悪寒を感じまして。私、寒いのが得意じゃないんですよ。動けなくなってしまうので」
「寒い……? こんな晴れの日に何を言ってるんだてめぇは」
ウェリーは鼻で笑う。立ち上がると、彼はこれ以上攻撃を加えようとしなかった。
周囲の視線に気づき、突然、恥ずかしそうに赤面する。
「な……なんか最後、手加減されたみてぇじゃねぇか! 気分わりぃ、こんなもん引き分けだ!」
彼は機嫌が悪そうに叫んだ。
踵を返すと、家と家の間へ走っていき、姿を消してしまう。
マートとウェリーの勝負は、非常に中途半端な形で終了してしまった。




