第28話「最悪な常連」
アズルはどこかへ消えたサラピとマートを捜しながら、フェアリーキングダムの中を歩いていた。
どこを歩いても、漂うのは甘いお菓子の香り。ピクシーたちが陽気に踊り、観光客が楽しんでいる。
「なんか、ライトシティとは全然違うんだな~。それにしても、どうやって家とかをお菓子にしてるんだろう」
家の壁に使われているのは、とても人の手では作れないような巨大なクッキーなどだ。製造の秘密が気になって仕方がない。腐らないのも不思議である。
それぞれの街や王国にある雰囲気の違いを感じながら、アズルは悠々と歩いていた。
「ねぇ、そこのおねぇさん、初めて来たの?」
おねぇさんと呼ばれたせいか、アズルは自分を呼ばれたのだと気づかず、素通りしそうになった。
アズルに声をかけたのは、建物の前にある椅子に座っている、優し気なピクシーの青年だった。
「ちょっと、無視はひどいじゃんか」
「……えっ? 俺を呼んだの?」
「はい? 俺……?」
「えっ、えっとその」
アズルは混乱してしまい、手をあわあわと動かす。
うっかり女装していた事実を忘れてしまっていた。こんな場所で捕まったら、マートとサラピだってもはや呆れるほかないだろう。
仕方ない……アズルは覚悟を決め、なるべく体をマントで覆って縮こまった。
「そ……そうよ。観光しに来たの。ここの場所は楽しいわね」
なるべく高い声で、それっぽい話し方をしてみる。
あまりに下手すぎると思ったが――運が良いことに、青年は一切疑っていない様子だった。
「だろぉ~? 楽しいんだぜここ! なぁなぁ、僕の魔法も見てくれよ」
(なんかみんな、自分の魔法を見せびらかしたがるな……)
さっきからピクシーは、やってきた観光客に何度も魔法を披露している。観光客を呼ぶ営業なのか、単にピクシーたちがエンターテイナーなのか。
青年はその後、アズルのフードに花柄模様を入れた。恥ずかしそうに赤面するアズルを見て、愉快に笑う青年だった。
「……お前さん、ちょいと待ちな」
「何ですか?」
「あんた、指名手配されているね。見りゃわかるよ、男だろ」
「いっ!?」
突然、アズルが最も隠さなくてはならない事実をサラッと言われ、彼は心臓を押さえながら横を見た。
変な石や宝石に彩られた怪しげな店の中に、小柄なピクシーの老婆がいる。
アズルが口を魚みたくパクパクさせていると、老婆は鼻で笑った。
「別に怖がるこたぁないよ。他人に言ったところで、そいつがお前さんを捕まえたら、あたしには何の利益もないしね。ヒヒッ」
「……」
「でも気をつけな。あたしの魔法を使った占いはよく当たるんだ。お前さん、城に近づくのはやめたほうがいい」
「城?」
アズルが首をかしげると、老婆は持っていた杖で遠くを指した。
王国の中心辺りに、ほかの建物と同じくお菓子で作られた巨大な城がある。
「あそこでホーティ様が王国を治めておる。あぁ、彼女は王国のすべてをお菓子に変えるというのか」
老婆は独り言のようにつぶやき、身震いした。
「うわっ、ここにいたのかよ!!」
「やっと来ましたね」
「遅すぎて待ちくたびれたっぴ」
「遅すぎる……じゃねーだろぉぉ!! ふざけんなお前らぁ!!!」
アズルがマートとサラピを発見したのは、小さなカフェの中だった。
他の客はいない様子で、貸し切りのような状態である。
マートたちはアズルが来るのがごく自然というように、格別驚きもしない。勝手にカフェで食事を楽しんでいるマートたちを見ていると、アズル段々と腹が立ってきた。
「マートの財布は底がないっぴ! いくらでも食べられるっぴ!」
「サラピ君、底はありますよ? 持ち合わせはあと金貨70枚しかないですからね? 私が過去、どれだけ苦労してお金を貯めたと思ってるんですか」
「70000マネーもあるんなら、多少散財したって問題ないよな。じゃあ俺もメニュー頼んじゃお。うわ、たっか」
「アズル君??」
当たり前かのようにおごってもらおうとするアズル。
いつの間にか互いに親密になっており、マートは苦笑してしまった。
「……どうぞ、勝手に食べてください」
「サラピ、こいつが金払えなくなるまで食ってやろうぜ」
「マートが? 金を払えない?」
「無銭飲食の恐ろしさを教えてやるんだよ。前の俺みたいに!」
かつての自分を誇らしげに言うアズルだが、無銭飲食など、ただの恥でしかない。
楽しそうなアズルとサラピを見つめ、マートはにこやかに笑っていた。
(アズル君は優しい青年ですね……)
そして一瞬、彼は表情を曇らせる。
少しだけ開いた瞳の中で、青色の光が微かな愁いを帯びていた。
「マートさん、ちょっとこれ、思ったより量が多いよ。お前も食べて」
「はい?」
「ほら、チョコレートあげる」
皿の上に、アズルが食べているパフェの一部が雑に乗せられた。
「あんまっ! なにこれ、未知の食べ物だろっ! 牛乳と砂糖の力ってすげぇな」
「オイラは天才的な発明を思いついたっぴ! このクッキーを、オイラの炎で焼いて美味しくするっぴ! それぇっ!」
「ちょ、何やってんだ馬鹿、燃えてるって!」
アズルが慌てて出した水魔法により、燃え盛るクッキーが消火された。
「……真っ黒になったけど……」
「いいや。これもマートにあげるっぴ。オイラはもう一枚試すっぴよ」
皿の上のチョコパフェに、焦げたクッキーが追加される。
とんでもない茶番を見つめているうちに、マートは笑いをこらえ切れなくなった。
「……ぷはぁっ! アハハハハッ! アハハッ、フフ……」
「何笑ってんだよ?」
「ごめんなさい、だって君たち、愉快すぎませんか?」
マートは気が付けば、涙があふれていることに気づく。
これは笑いすぎて出てしまった涙なのか、それとも――
「失礼しました。じゃあ私も、もらったものを食べますかね」
目元をハンカチで拭いたマートは、皿にあったクッキーを適当に摘み上げ――
「……んぐっ!?」
「は?」
「ゲホッ、ゲホッ、なんですかこれ! 焦げすぎでしょ!」
「あぁそれ、サラピがミスったやつ。美食家のマートなら、汚物処理できるかなーって」
「食べ物に汚物って言わないでください! それと、私は焦げたもの処理係じゃありません!」
頬を膨らませるマートを無視して、アズルとサラピは食事を楽しんでいる。
やがてクッキーを焼いていたサラピが、急に声を上げた。
「そういえばアズル……なんでフェアリーキングダムに来たんだっけ?」
「……そうじゃん、忘れそうになってたよ! 村長さんと話しただろ。フェアリーキングダムで、夢をどうにかできる人とか、翠勇を知っている人を探すって」
すると横から、マートが会話に口を挟んできた。
「夢? すいゆう? 初耳ですね。なんですかそれ?」
「えーと、だからその……うーわ説明面倒くさい! 何度目だよ!」
「私が手伝えることがあれば、やってやらなくもないですけど」
「……なんだよその偉そうな言い方。ともかく、夢っていうのは――」
アズルが嘆息を吐きながら説明しようとした瞬間――
突然、扉を勢いよく開ける音がした。
アズルたちが思わず振り返ると、扉の前に、誰かが立っているのが見える。
「腹減ったから、いつもの食いに来たぜ」
そう言い放ったのは――粗野な雰囲気を持つ、ピクシーの少年だった。
少年の年齢は、おそらく十代後半くらい。
銀に近い白髪は、うっすらと青系統の光を帯びている。だが、まともに手入れされた様子はなく、無駄に長いサイドの髪を、顎の下あたりで一つに括っていた。
顔立ちは整っており、はっきり言えば美男子だ。高貴な印象を醸し出す容貌なのだが――それを台無しにするほど、服装と格好の乱れが酷すぎる。
引き締まった体の上から直に着ているのは、腕がすべて露出するチョッキ一枚。ぶかぶかなズボンの上にブーツを履き、肩には申し訳程度の防寒着なのか、汚い布を巻いていた。
そんなピクシーの少年は、挑戦的な笑みを浮かべたまま、遠慮なく店へと入ってきた。
突然の出来事に、アズルたちは少しも動けずに固まる。
少年はアズルたちに少しも注意を払わず、店のカウンターへと向かった。
カウンターにいた男性の店員は、少年を見た途端、青ざめた様子で叫ぶ。
「まっ、また来たのかよ、化け物め!」
「今すぐいつもの寄こせってんだ!! 出せ早く! じゃねぇと……」
少年はテーブルと大きな音で叩くと……獣のような、格別に低い声を出した。
「てめぇの鼻づらへし折ってぶち殺すぞ?」
「……わ、わかった。待ってろ、シェフに頼んでくる」
店員はすっかり怯えあがった様子で、店の裏へと入っていった。
「ふぅ~」
少年は急に上機嫌になったのか、近くの座席へ適当に座る。
そんな彼を見つめ、アズルは気が付けば冷や汗が止まらなくなっていた。
――少年の声が、聞き覚えのあるものだったからだ。
(フェアリーキングダムに入る前……森で聞いた声だ!)
森でマートが来るのを待機していた時。
その場が急に寒くなり、確かに聞いたのだ。
あの恐ろしい、威圧感がこもった脅しの声を。
すると急に、少年が振り返ってきた。美しい顔立ちに嫌悪感を露わにしている。
「……てめぇら、何ジロジロ見てやがる!」
少年は眉をひそめながら立ち上がった。




