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青二才のアズル  作者: 紫煌 みこと
第3章「お菓子な国の支配者」
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第27話「アズル、女装する」

「髪の毛はどうセットしましょうか。あなたの髪、滑らかだけどちょっと癖があるんですよね。この際、私が三つ編みにしてあげます」

「…………」

「あなたって目がわりとぱっちりしているから可愛げがありますよね。でも私に怒ると急にその目が怖くなるんだから、不思議なものです」

「ちょっと……?」





 森の中で、アズルとマートは未だに作業を続けていた。

 その内容は——アズルの髪をマートがいじくりまわすというものだ。



 マートは楽しそうな様子でアズルの髪を勝手に編み込んでいる。アズルは首を傾げた。

 そもそもマートに、今行っていることが何の目的のためなのか説明されていない。


 しかし、彼でも少しずつわかってきたことがある。それは——


「俺……なんか女みたいになってね?」

「えぇそうです。外見が女の子みたいになるように整えてるんです」

「はぁ!? なんでだよ!?」

「動かないでください。まだ編み込みが終わってないので」


 逃げようと試みたが、強引に髪を掴まれた。


「これが王国に入る手段です」

「どういうことだ?」

「女装して、私の彼女という設定で侵入するのです」

「か……か…………」


 女装して彼女のフリ。

 突拍子もないことを淡々と作戦を説明され、アズルは声が震えた。


「彼女っ!? 俺がお前の!? 嫌だ、気持ち悪い! 王国の中で、女のフリしなきゃいけないのかよ!?」

「うるさいですねー。それくらいどうってことないでしょ」

「大問題だろ! わざわざ女装する必要あるのかよ……ったく……」


 本来なら全力拒否しているところだが、アズルもアズルで、マートに文句を言えるような立場ではない。

 しぶしぶマートの施しを受けているアズルだが、胸ポケでサラピが笑いをこらえているのが癪に障る。


「アズルの三つ編みとかおもろすぎて死ぬっぴ」

「黙れ!」

「うーん、何か物足りないですね」


 アズルの服のしわを伸ばしながら、マートが考え込む。

 綺麗に編まれた髪を見つめ、感心するような嫌なような、アズルは複雑そうな表情をした。



「これ……大切なものなのですけど」


 するとマートは、バッグから——赤色のリボンを取り出した。

 それをアズルの三つ編みの先に結び付けると、静かに言う。


「……貸しますから、大事にしてください」

「え?」


 やけに小さな声で言われたので、アズルは思わず聞き逃してしまった。


「今、なんか言った? 大事にって?」

「……なんでもありませんよ。ほらそれより! 三つ編みとリボンがあれば、顔は完璧に可愛い女の子ですよ!」

「えぇぇ……」


 マートが急に、自身の腹部を水に変え、平らな水面を鏡代わりに生み出した。

 アズルの姿がそこに映る。髪はよくある女性の三つ編みなのに、顔はいくら童顔といえ、若干の凛々しさが残っている。

 中途半端な女装を見つめれば見つめるほど、アズルは気分が悪くなってきた。


「これ、可愛いのか? ちょっと無理やりすぎだろ」

「大丈夫ですよ。あとはアズル君がしゃべらなきゃバレないでしょ」

「えっ!? 俺、王国内でしゃべれないの!?」

「嘘です嘘です。もう少し工夫をしましょう」


 王国に入って女装する挙句何も話せないのは、さすがに鬼畜である。


「マントで体を覆っててください。そうすれば、体つきの違いには気づかれにくいので。あとはフードでも被れば、目立ちにくくなります。なるべく姿勢も低くして。寒がりの彼女を演じるんです」

「要望が多いんだけど??」

「これでも私はあなたに献身的ですよ。ほら、今からフードを買ってくるので、裏声練習でもして待っててください」


 マートはそう言うと、フェアリーキングダムの中へ1人で入っていく。




 残されたアズルは、地面に座り込んでため息をついた。


「……なんなのあいつ? いろいろおかしいけど、なんでこんなに俺に尽くそうとしてんの?」

「オイラはアズルの女装の意味が見いだせないっぴ。女装ってもしかして、マートの趣味だったりして……ぷふっ」

「マジでそうだったら、あいつ許さないからな……」


 一度思うと本当にマートの趣味に思えてきて、アズルは今すぐにでも整えられた髪をほどいてやろうかと考えた。

 そして言われた通り、喉を使って裏声を出そうとしてみる。


「……裏声って、どんな感じ? なんて言えばいいの?」

「はーい、アズルちゃんだよー♡ って言ってみるっぴ(笑)」

「なにそのセリフ!? ……は、はぁーい、アズルちゃん……だよ……」

「…………」

「二度とやらない」


 座った姿勢から背中を地面につき、彼はため息をついた。

 見上げた景色は、生命力あふれた葉っぱのかたまりだ。その隙間から刺し込む陽光が、地面に生い茂る草木を仄かに照らしている。

 肌で感じる温かさに、そっと包み込まれる気分だった。





 その温かさが突然、刺すような冷たさに変わった時。

 アズルは、嫌な視線を感じた。


「……なんか、寒くね?」

「なんで晴れてるのに寒くなるっぴ!!」


 小さなサラピは体を震わせ、苛立ちながら叫んだ。

 太陽はキラキラと照れている。

 なのになぜ——





「テメェ、いつまでオレの縄張りにいるつもりだ」




 背筋が凍り付くような低い声が、背後から重く響いた。

 アズルはビクッと肩を震わせる。だが、振り返ることができなかった。

 ——人を殺せそうな黄色の眼差しと、目を合わせたくなかったからだ。



「ただでさえオレは、この森を誰かが通過するのが気分わりぃんだよ。失せな」



 冷や汗が頬を伝う。

 感じたことのない威圧感を押しのけたのは、サラピだった。


「誰だっぴ! 後ろから話してないでこっち見るっぴ!」


 だが、サラピが振り返った時には——


「あれ?」


 声の主はどこかに消えていた。





「どうしたのですか?」


 青い布を持ったマートは、地面に座り込んで黙っているアズルに声をかけた。

 アズルはまるで彼の声が聞こえなかったのか、微動だにしない。

 サラピがアズルの肩に止まり、何度も頬をつつく。


「アズル、話聞いてるっぴか?」

「フード……頭に被るやつ、買ってきたのですが……」


 そう言ってマートは、青い布をアズルに渡した。

 温かい生地を渡され、アズルはやっと我に返った。


「……あっ! えっと、マートさん! 買ってきてくれたのか。ありがとう」

「さっきから何をボーっとしていたんですかね?」

「いや、さっき森の中で、ヤバそうな声聞こえたからさ……もうさっさと行こうよ、フェアリーキングダムの中に」


 先ほどの声は大袈裟ではなく、心底恐ろしかった。もう少し森にいたら、本当に殺されてしまいそうな圧を感じたのだ。多分、急に寒くなったのも恐怖を感じた要因だろう。

 一刻も早く森から離れて、フェアリーキングダムの中へ行きたいアズルだった。





 そして——


 アズルとマートが門の付近で立ち止まると、門番の兵士が笑顔を向けてきた。


「おや、お二人さん、仲良しかい? シーマンの兄さん、連れの子かわいいね」

(ふざけんな馬鹿ッ……)


 アズルは思わず怒りを表情と声に出しそうになったが、マートが手で制し、代わりに笑顔で答える。


「えぇ、そうです。今日は観光目当てにフェアリーキングダムへ来たので。入らせてもらいますね」

「いってらっしゃい。ピクシーたちの歓迎を受けろよ。あ、それと、お尋ね者いるかもしれねぇから気を付けてな」


 兵士は青髪の青年が写った手配書をひらひらと振った。

 アズルは肩を震わせたが、マートが首を振る。

ここで取り乱しては素がバレる。アズルは何とか感情を抑えて門をくぐったのであった。





「ふざけんなよっ! 本人の前で手配書見せつける奴がいるかっ!!」


 門から少し離れたところで、アズルが苛立った声を上げる。


「でもまぁ、それほどうまく変装できているわけですし」

「女である必要皆無だろーが! サラピがお前のこと女装好きとか言ってたぞ!」

「さて、何のことでしょうか。それよりほら、見てください。この景色!」


 マートは両手を広げ、正面を見た。





 太陽が輝く空の下——フェアリーキングダムは、まるで天国のような存在感を出していた。

 周囲を見るたび、目に移るのはお菓子の家。家の壁も屋根もドアノブも。穏やかに流れる川は滑らかなチョコレートで、クッキーがぷかぷかと浮いている。

 濃厚に漂う香りは、不思議と嫌な気分にはならない。もともとこの地の空気が澄んでいるのだろう。

 子どもの極楽のようにも思える景色を前に、アズルは思わず口を大きく開いた。


「うわあ……!」

「めちゃくちゃ楽しそうだっぴーっ!」


 サラピはさっそく興奮し、胸ポケから飛び出してあちこちを見回した。


 見ると、他の観光客たちも賑わった様子で歩いている。

 ただ、注目しているものはお菓子だけではないようだ。空を見上げて、アズルはしりもちを付きそうになった。


「わああっ!? 誰が飛んでるの!?」

「彼らは——ピクシーです。めったにこの王国から出ないらしいから、私も見るのは初めてです」


 マートも感激したように、宙を舞う人物を見上げた。


 飛んでいるのは、4枚の半透明な羽を生やした、美しい容姿の人々だ。

 頭に2つの綿毛のような触角がついており、耳が尖っている。ピクシーの特徴で、亜種族とは分別が大きく異なる。

 彼らは例外の、三原色の魔法以外を扱えるのだ。


「フェアリーキングダムへようこそ!」

「お菓子の街並みは素敵だろう?」

「私は魔法で花を生み出せるのよ! 見てごらん」


 観光客を楽しませるため、笑顔で振る舞うピクシーたち。

 とあるピクシーの女性が、手から七色の花々を生み出し、観光客たちに降り撒いていた。

 風に乗り、青い花が一輪、アズルの方にも飛んでくる。彼はそれを手で掴み、柔らかな笑みを浮かべた。


「すごいな……って、あれ?」



 気が付けば、サラピとマートの姿がない。

 フェアリーキングダムの魅力を堪能しようと、アズルを置いて突っ走った可能性がある。


「もぉーっ! どこ行ったんだよーっ!」


 急に叫び声を上げたので、観光客たちは一瞬だけ驚いてアズルを見た。

 アズルの外見は今、三つ編みにリボンをつけ、フードを被った小娘。

 女装をしているという大事な事実さえ忘れ、アズルは全力で街道を駆けていった。

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