第26話「懸賞金は現実離れ」
「どうぞどうぞ、これも召し上がってください」
「これは舌触りが良いです。エビの茹で加減がこだわられています」
「こちらはどうですか?」
「あぁ素晴らしい! 私はなんて幸せなのでしょう」
船を襲ってきた事件がひと段落ついた後——
マートは、賊を追い払った英雄のように扱われ、船内で例外だが、食事を振る舞われていた(望みを聞かれた際、彼が食事をお願いしたのだ)。
彼の周りでは冒険者などが集まっており、和気藹々と会話を盛り上げている。
キラキラと音がしそうな笑顔で食事を味わうマートを見つめ、アズルとサラピは肩をすくめていた。
「俺も……頑張ったんだけどな」
「オイラもだっぴよ……?」
「アズル君とサラピ君には、私が残したトマトのヘタを与えましょう」
「いらねぇっ!!」
アズルは反発するように言い放つと、地団太を踏んで食堂から出ていった。
「見ろっぴ、アズル! あっちに島が見えてきたっぴ!」
「マジ!? おおお!」
サラピとアズルは、船から身を乗り出しながら船の前方を見つめた。
透き通るような青い空の下に、巨大な島が見えてきた。
全体が森に包まれており、島の外観は緑一色だ。この中に妖精が暮らす王国があるだなんて信じられない。
目的地が近づいてくる興奮が沸き起こり、アズルは瞳を輝かしていた。
すると、後ろからマートが歩いてくる。
「おや、見えてきましたか。あれがフェアリーキングダムのある島ですね」
「……お前はもう一生、飯を食ってろよ」
「さすがの私も満腹です。下品に暴飲暴食をしたいわけではありませんから。さて、スイートパラダイスの概要が楽しみですね」
同じく上機嫌で風を浴びるマート。彼のセンター分けに整えられた前髪は、紫の艶を帯びながらなびいている。
そんな彼を後目に、アズルは考えた。
世の中にはマートのように、強い魔力や攻撃力を持つ者がいる。
一方で、その両方とも劣るアズルは——いずれ、感情だけでは何とかならないことに出くわすかもしれない。
その時は、どうすればいいのだろうか?
「乗客の皆さまー、間もなくフェアリーキングダムへと到着いたしまーす。荷物を忘れずにお願いしまーす」
やがて、船員の声が船へと響いた。
「運航中に発生したアクシデントにつきましては、我々が深く謝罪いたします。周囲の安全確認が怠っており、金目当ての賊の接近に気づけなかったのが要因です。大変申し訳ございませんでした」
船から下りた後、船長が深々と頭を下げていた。
一部の乗客は激しく怒りながら船長に文句を言っている。危うく死人が出るところだったのだから、当然といえば当然なのかもしれない。
アズルとサラピは、広大な森を見つめて感嘆の声を漏らしていた。
「うわぁ……俺の故郷の山も、こんな感じの森があったよ」
「オイラも実は森出身なんだっぴ」
「え、前の草原じゃないのか?」
「まぁ、詳しいこと話すと面倒っぴけど……」
サラピはアズルの胸ポケから飛び出し、森の中を見渡す。そして、怪訝そうに首を傾げた。
「……おかしいっぴよ、フェアリーキングダムっぽいのが全然見当たらないっぴ」
「そもそもフェアリーキングダムって何があるんだよ」
「フェアリーキングダムは現在、ホーティ・ピキュリート様が王女として統一なさっているそうですよ。噂によれば、彼女がスイートパラダイスの計画を実行しているそうです」
「へぇー……って、お前!?」
背後から声がしたと思えば、息がかかるほど近くにいるマート。
後ろからこっそり近づくだなんて悪趣味だと、アズルは首を振りながらマートから離れる。
「お前はお菓子食べにいくんだろ!? 俺は違う用事があるから、俺たちとはもう別行動だ!!」
実際にはこれから何をするかあまり考えていないアズルだが、マートとの同行だけは何が何でも避けたかった。
「おや残念。あなたは一緒にいると楽しい人だったのに」
「お前にそう言われてもいい気がしねぇのは何なんだろうな……!」
「では私は先行きますよ。またいつか」
軽く手を振ると、それ以上振り返ることはなく森の奥へ進むマート。
彼の姿が見えなくなったところで、アズルは少し、不思議と後悔が生まれたような気がした。
「……」
「アズル? どうしたっぴ?」
「なんでもないよ。それより、俺たちも行こうぜ。えっと、森の中を抜ければいいのか?」
「たぶんそうだと思うっぴ。ほら、他の客も森をまっすぐ行くって言ってる」
アズルとサラピは、緑が生い茂る森の中へと入っていった。
結局——
アズルたちが森を抜けるのには、1時間以上かかってしまった。
「うげぇっ……疲れたぁ」
木の枝や葉が体中に引っかかっており、それらを乱暴に外しながらアズルはため息をつく。
迷った理由は彼が方向音痴だから——というのは、もう言わなくてもわかるだろう。
うんざりしているのはサラピだ。胸ポケで休み、アズルに移動を任せたのが間違いだったのだ。途中からサラピも手伝い始めたのだが、アズルが迷走した後では時すでに遅しだった。
「遅すぎるっぴ! 絶対に無駄な動きしてたっぴよ! はぁ、最初からオイラがナビしていれば、10分経たなかったかもしれないっぴ」
「ごめんってば……でもほら、これじゃないのか?」
森を抜けた先には——見上げるほど高い円形の壁があり、中の様子が殆ど見えない。勝手に中へ入ることができない仕組みだろう。
だが、壁の中はライトシティなどとは比べ物にならないほど広いようだ。鼻をくすぐる甘い香りが、その中から漂ってきている。
「なんか、いい香りするな。初めて嗅ぐ香り。よだれが出そう……」
「アズル、早く中に入るっぴよ!」
壁の一部が入口の門になっており、そこには門番が2人、槍を構えて立っている。
アズルが軽い足取りで門まで近づこうとした時——
突然、首根っこを掴まれて森へと引きずりこまれた。
「なっ——」
「静かにしてください!」
誰かの手が、アズルの口元を押さえる。
思わず顔を上げると——そこには、険しい表情を浮かべたマートがいた。
マートが森から現れて、アズルを掴んで引っ込めたのだ。
アズルは彼の手を押しのけ、食いつくような表情で睨んだ。
「何するんだよ! ていうかお前、なんでここに!?」
「これを見てください。王国に入った時、あちこちに貼られていたんです」
「はっ——?」
マートがアズルに見せたのは、一枚の紙。
そこには、人物の似顔絵と、大きな文字が書かれている。
「WANTED。読めます?」
「ウォンテッド……?」
「そう、指名手配書。これはあなたの名前ですよね?」
紙には、「Azul」という名前が書かれており、その下部に「生死問わず 懸賞金1000000マネー」と記載されている。
「1000000マネー……? 百万!?」
アズルは目を白黒させた。
指名手配は、おそらく盗賊の件だろうが——まさか、これほどぶっ飛んだ額が自分に懸けられていただなんて。
「金貨……いや、白金貨100枚に相当する額ですよ。わかってます? この状況。今、王国に入ったらあなた……終わりますよ?」
マートはそう言うと、森から少し顔を出して門番を指さす。
よく見ると、門番の手には同じような紙が握られていた。マートに止められずあのまま王国に入っていれば、速攻で捕らえられ、アズルの人生は終わっていた可能性が高い。
「私は優しいですからね。あなたの手配書を見かけて、あなたを気にかけていたんですよ? だからこうやってあなたを助けて——」
「俺の顔下手くそすぎだろ! 誰だよ手配書の似顔絵書いた奴!!」
「この赤いかたまりみたいなやつって、もしかしてオイラ……? 許せないっぴ!!」
「……」
恩着せがましいマートの話を全力で無視し、手配書の絵師へ苦情を入れるアズルたち。
しかしアズルは顔を上げ、マートをしっかりと見つめた。
アズルがたどり着く1時間、彼のことを思い、自身の時間を削って、ここでずっと待っていてくれたのかもしれない。
お金を負担し、アズルをこのフェアリーキングダムに行けるようにしてくれたのもマート。
そう思うと、彼が少しだけいい奴に思えてきた。
「……ありがとな。マートさんのお陰で助かった」
「え?」
マートはひっくり返ったような声を出す。
一瞬だけ、本当に驚いたかのような顔を浮かべた彼だが——次の瞬間には、ヘラヘラと胡散臭い笑い方をしていた。
「あなたにそう言われるのは、意外ですねぇ」
「だって事実だろ……。でも、このあとどうしよう」
「アズル、さすがに王国へ入ったらまずいっぴよ」
「だよな~! でも……帰れなくね?」
頭を抱え、アズルは地べたにしゃがみ込んだ。
残念ながら、往復分の金額を考慮していなかったアズル。帰るには再び30000マネーが必要だが、さすがのマートも二度も払ってくれるようなことはしない。
解決案が思いつかずに嘆いていると——マートがふと、人差し指を立てた。
「私に良い考えがあります。よかったら、一緒に王国の中へ入りませんか?」
「……?」
瞳に疑問を浮かべた表情で、アズルはそっと顔を上げる。
アズルを見下ろしたマートは、怪しい笑みをニヤリと浮かべたのだった。




