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青二才のアズル  作者: 紫煌 みこと
第3章「お菓子な国の支配者」
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第25話「水流の使者」

「もぉぉ! 何やってんのあいつ……?」




 アズルは驚きつつも、半ば呆れたような声を出してしまった。

 賊はマートの両腕を掴んで放さないまま、じりじりと少しだけ前進する。



「おい、いいんだな!? こいつがどうなっても! 嫌なら武器を置けよ!」

「くっそっ……」


 アズルも他の冒険者も、人質を取られては手が出せない。

 だが、賊の方もこれ以上動けない様子だ。マートは無表情のままアズルを見ると、困ったような顔をした。


「……あぁ、私これ迷惑かけてますよね。すみません、船内を移動してる間にこうなってしまいました」


 申し訳なさそうに謝るマートだが……少しも取り乱さず、ハァとため息をついている。

 その余裕綽々な態度が、賊を下手に刺激してしまった。


「お前、喋るんじゃねぇ!」

「アズル君、私のことは気にせずに賊を倒してください」


 首元の凶器に屈せず呑気に言うマートに、アズルや冒険者たちは戸惑う。

 倒してよいとは言われたが、賊を襲ったらマートは死ぬのだ。いくらなんでも手を出せる者はここにはいなかった。


「そ……それだとマートさんが死んじゃう……」

「大丈夫です。そう簡単に死にませんから」


 マートは軽々しく笑うと、賊を見て、挑発的な声をかける。


「ほら、殺せるものなら斬ってみなさい」

「やめろ! お前!」


 他の冒険者が止めようとしたが——すでに遅かった。

 賊はすでに追い詰められた状況で、精神が不安定だ。この状態で煽られたら、まともな判断力を保っていられなかった。


「……やっ……やってやるよ! 死ねぇーっ!!」


 次の瞬間——

 マートの喉元をナイフが裂き、液体が勢い良く噴き出た。





「きゃあああああっ!!」


 目撃者の悲鳴が飛び交う。

 しかし、マートの首からあふれ出たのは——



 血ではなく、純粋な水だった。





「……は?」


 賊は恐る恐るマートの顔を見る。

 彼の喉は深く抉られるようになくなっているが、明らかに切り傷ではない。

 手ごたえがなかった。

 まるで水の中に刃物を突き立てたようだ。今、何が起こったのか。


「フッ……」


 マートは怪し気に微笑すると、今度は、彼の肩に変化が生じた。

 羽交い絞めにして掴まれていた腕が——突然、水になって賊の腕をすり抜けたのだ。


「うっ……わああああああああああっ!?」


 体が水に変化していくマートが恐ろしくなり、賊は手を放してしまった。

 マートはそのまま地面に落ちると、体全体が水へと変化した。船の甲板に大きな水たまりができる。


 それが生き物のように地を動き、空中に凝縮され——水のかたまりがマートに変化した。


「き、気持ち悪いっ! なんだ今の魔法は!?」


 賊は手でナイフを構え、マートに向ける。

 マートは乱れた服を直しながら淡々と答えた。


「魔法ではありませんよ」

「み……水系の魔法じゃないのか?」

「私は確かに水魔法を使えますが、今のは違います。……それに、気持ち悪いだなんて失礼ですね」


 マートは何歩か後退し、アズルの前まで来た。アズルは今起こった現象が信じられず、表情を固まらせている。


「……マートさん、今何したの?」

「私が亜種族として持つ能力を使っただけです」


 すると後ろにいた冒険者の1人が、マートの容姿を見て声を上げた。


「あっ! お前、魚のヒレ……シーマンか!」

「そう。シーマンの能力は、体を自由自在に水にできること。物理的な攻撃は効きません」


 再びマートは、先ほどの賊を見つめた。


「さて……早いこと船から下りてくれませんか? 今すぐ去ればこれ以上のことはしません」

「……ちょ、調子に乗るなよっ……!!」


 追い詰められた賊は、マートの言葉に逆上する。

 彼は首にぶら下げていた笛を甲高く鳴らした。

 すると——船全体から、まだ生き残っていた賊たちが集まってくる。


「どうだ! 8人もいたら勝てねぇだろ!」


 仲間を呼んだ賊は、優越感を全開にしながら叫んだ。

 冒険者たちは、武器を持って身構える。アズルも思わず前に出ようとしたところで、マートが片手でサッと制した。


「マート……!?」

「ハァ。物理攻撃は効かないと言ったばかりなのですが。仕方がないですね」


 マートは船内の方をチラリと見る。

 中では乗客たちが、息を呑んで外の様子を見つめていた。その中でマートは、腕に怪我を負った料理人の姿を見つける。


 彼は賊に向き直ると、少しだけ眉をひそめた。


「腕を怪我したら、美味しい料理が作れないじゃないですか」

「は? 何を言って——」

「私が怪我をしないからかもしれませんが——私は、人が怪我をすることが嫌いです。あなたたちは無差別に攻撃を繰り返した。少々イラついたので……」


 彼は一歩踏み出し、少し力んだ声で言い放った。


「私1人で、あなたたちを追い出させていただきます」





 マートは、バッグからスプーンとフォークを取り出し、荷物をすべて投げ出した。

 その奇妙な行動に、その場の全員が口を開く。


「……え?」

「フォークとスプーン……?」


 途端に、賊たちが爆笑し始めた。


「ギャハハハハハッ!! お前、それで戦うつもりかよ!!」

「カッコよさ終わってるぜ!!」


 笑ってはいないが、アズルや冒険者でさえも「正気かよ?」と言いながら見つめている。


 賊たちが嘲る中、マートは右手にフォーク、左手にスプーンを握ったまま、まっすぐに立った。

 両手を下に広げ、握る手に魔力を込める。



「私の水魔法を披露しましょう。その名も『アクアフォーメーション』です」




 すると——

 マートが持っていた2本の鉄に変化が生じた。

 空中に生み出された水は、彼の手の先に吸い寄せられて形を成す。やがて水は意思を持つように集まり、巨大なスプーンとフォークの形になった。


 つまり、彼が持っていた小さな2本は——1.5メートルはある、巨大な水の槍となったのだ。




「なっ……!?」


 急に武器らしいものを構えたマートを見て、賊たちはたじろぐ。

 マートは手首を回して器用にフォークの槍を握ると、足幅を広げて姿勢を取る。


「調理を始めますよ!」


 次の瞬間、甲板が大きく揺れるような衝撃が走った。

 飛ぶように床を蹴ったマートは、1人目の賊に襲い掛かる。フォークの槍を向け、薙ぎ払うように振った。


「ぐあっ!!」


 吹き飛ばされた賊は、あっけなく海へと落下してしまった。


「くそっ! こいつを海に落とせ!」


 他の賊たちが次々と襲い掛かるが、マートは一切取り乱さない。

 一度に7人の動きを見て、的確に攻撃をかわす。そのたびに、スプーンで叩きつけたり、フォークで敵を弾き飛ばした。


「す……すげぇ! なんだあれ!」

「オイラも初めて見たっぴよ!」


 アズルとサラピは気が付けば興奮し、離れたところから戦闘を見守っていた。

 スプーンとフォークで戦うなど聞いたことがないが、水で形成された槍は、柔らかいながらも丈夫らしい。敵に当たる瞬間、ダメージが入るよう一気に強度が増しているように見える。

 他の冒険者たちも、見惚れたように立ち尽くしている状態だ。


 今までの陽気さからは想像もつかないしなやかな動きに、思わず感心してしまいそうだった。





 しかし、次の瞬間——

 マートが持っていた巨大なスプーンが弾き飛ばされ、離れた床に落ちた。


「!!」


 驚くマートだが、即座に動きを安定させる。

 いくら強くても、相手は7人。多方からの攻撃により、手からスプーンが吹っ飛んでしまったのだ。

 武器を片方失ったマートは拾いに行く余裕すらなく、フォーク1本で敵の攻撃を防ぐのが精一杯となってしまった。


「えっ、なんかスプーンが飛んできて……」

「アズル、拾わないとヤバいっぴよ!」


 サラピが焦らすので、思わず走り出してスプーンを拾ったアズル。

 掴んでいるのは水の感覚だ。ギリギリ形を保ってる液体、というようなイメージで、意識しないと落としてしまいそうだ。どういう物理法則で手に持てているのかは不明である。


「わっ、あっ」


 アズルは何とかスプーンを握り、戦闘に介入しようとするが、他の冒険者に止められた。


「今、あの人が戦っているんだぞ! 適当に入ったら足手まといだ!」

「いいです、来てください!」


 その会話を遮ったのは、戦っているマート本人だ。


「アズル君、早くそれで戦って!」

「えっ!? あっ、えぇ!?」


 スプーンを使ってどう戦えというのか。よくわからないが、アズルは今までのマートの動きを真似することにした。

 両手で柄を掴んで突進すると、目の前にした賊2人に、スプーンの丸い部分を全力で叩きつける。


「おらあっ!!」


 すると、彼が思っているよりも威力が出た。

 賊は2人まとめて吹っ飛び、壁に叩きつけられた。




「オイラも戦うっぴーっ!」

「おい、俺たちもやるぞ!!」


 アズルの胸ポケからサラピが飛び出し、小さな炎をいくつも吐く。

 冒険者たちも傍観をやめ、各自の武器を持って加勢し始める。


「熱いっ! あちちっ!」

「おい、卑怯だぞお前ら! 急に人数を足しやがって!」


 賊が屁理屈を叫ぶが、いよいよ劣勢だ。

 最後にたたみかけるように、マートが槍を振った。


「はぁぁっ!」


 流水がうねる、不規則な動き。

 彼は一気にすべての賊へと攻撃を入れる。


「うわああっ!!」


 賊たちは悲鳴を上げると——全員、深い海へと落ちた。





 船内は誰も話さず、静まり返った。

 槍を片手に、マートは微笑し、恭しく頭を下げる。


「これにて披露は終了です」


 その瞬間、溢れ出るような歓声が船全体から響き渡った。

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