第24話「来襲」
「おやぁ! 奇遇ですね、あなたは私に会いたくて食堂に来たのですか?」
「……」
「正面失礼します」
誰も「いいよ」とは返していないが、無遠慮な美食家は堂々と青年の前に座った。
アズルが船の外でマートと会話を終えた後——
彼もまた、お腹が空き始めていた。
だが、すぐに行くと再びマートに会ってしまう予感がする。もう一度ダル絡みをされると嫌だったので、2時間ずらして食堂へ向かうことに決めていた。
さすがに2時間も経てばいなくなっているだろうと、油断しながら食堂へ向かったアズルたちだが——
食堂にいたのは、最後まで残って雑談をしている冒険者たちだけ。
そして配膳場所では、マートが嬉しそうにおかわりを受け取っていた。
「……」
アズルはマートに存在が気づかれないよう動こうと試みる。せっかく美味しそうな料理を、気分を害して台無しにしたくなかったからだ。
こっそりと食事を貰って、部屋の隅で食べようとしたが……
案の定、秒でバレた。
「もう2時間もいるよな……? ずっと食べてるのか?」
アズルはジトっとした目をしながら質問する。
まさかこんな長い時間、滞在しているとは思わないだろう。周囲の客も少ないためか、殆ど誰もいない部屋にマートと直面という、最悪な状況になってしまった。
マートは紙を取り出し、何かを書きながら答える。
「いますよ、2時間。ずっとおかわりしていただけです。せっかくなら、全種類の総菜を食べようと思いまして」
「……何書いてるんだ?」
「食べる前に、食事の映え度をメモしているだけですよ」
そう言いながら、目の前に盛られた食事をあちこちから見回して、嬉しそうな様子のマート。純粋な笑顔を一切隠さない。
アズルにはこの瞬間、彼が心から幸せであるように見えた。
(いや……んなわけないか。ただの変人食事マニアだ)
楽しそうなのは何よりだが、同じ世界にはまり込んでは危険な気がする。
アズルはマートを無視して、フォークを手にした。
「ちょっと! いただきますを言いなさいよ」
「……」
急にマートが書く手を止め、アズルを注意してきた。
唐突な切り替えが少し神経に障ったが、確かに挨拶なしで食べるのはマナーが悪い。アズルは不機嫌な様子で手を合わせた。
「……いただきます」
「はい、よくできました。おや、サラピ君も挨拶しなきゃ駄目ですよ?」
「ぴぎゃーっ! バレたっぴーっ!」
マートに文句を言われたくなかったのか、サラピは身を縮めてこっそり食事をしていたが……この美食家の異常な観察眼は騙せない。
するとマートが腰下げバッグから、鉄製のスプーンとフォークを取り出した。
その様子を見た時は、さすがのアズルもギョッとする。
「……えっ?」
「どうしました?」
「フォークとスプーン……船のやつ使わないのか?」
自分用のものを持参している人など見たことがない。
するとマートは、しばらく無表情で黙り込み——
「えぇ。これ、お気に入りのやつですから」
子どものように握り、微笑んだ。
「ここのシェフも素晴らしいですね。私は満足しました」
食事を終えた後、船内の細長い椅子にマートとアズルは腰掛けていた。
アズルはこの男から逃げることを諦める。現地に着いたら、目的も違うしどうせ離れるのだから。
「私たちは食事を通じて幸せを共に感じることができます」
突然、マートが少し神妙な様子で話し出した。
「多くの人が気づかないほど些細な、それでも当たり前じゃない大きな幸福を……皆さんには感じてほしいと願っています」
「……?」
「それに、誰にも不幸にはならないでほしい」
今までの軽快な様子とはまるで違う言葉だった。
何か特別な意味でもあるのかと、アズルが真面目に思考し始めた時——
「なーんて、真に受けました? これは、どっかの病んでるおばさんがぼやいていた独り言ですよ」
「なんだよ! 意味がないなら言うな!」
頭を押さえるアズルを見て、マートはケラケラと笑う。
何がしたいのだろう、この男は。掴みどころのないマートという存在に、もどかしさを感じる。
こういう不思議な人物が世の中にはいるのだと、そう思った時——
ガラスの割れる音が、外から聞こえた。
同時に船が大きく揺れる。
「わっ!」
「きゃっ!?」
近くの客たちは悲鳴を上げて、柱や扉にしがみついた。
アズルたちも思わずバランスを崩し、床に倒れそうになる。
「な、なんだよ今の!?」
「アズル! 外を見ろっぴ!」
「外ぉ……? って、うわああああっ!?」
アズルが大声で叫ぶのも、無理はなかった。
船の甲板には——武装した男たちが何人も、船に乗り込んできていたのだ。
「金を出せ!!」
「じゃないと全員海へぶち落すぞ!!」
「武器を持つ奴は全員殺せ!!」
男たちは手にナイフなどを持つと、走って船内へと侵入してくる。
投げられた武器が宙を舞うように飛び、壁に突き刺さる。
乗客たちは悲鳴を上げながら逃げるが、攻撃を避けきれず、少しずつ怪我人が出てきた。
「あっ!」
「痛っ……!」
逃げていた乗客やシェフが、傷ついた体を押さえ始める。
アズルは驚いて逃げ出す。騒ぎの中で、マートの姿はわからなくなってしまった。
しかし今優先すべきは自分の命だ。逃げていると、船を運航していた乗組員が走っていた。
「ふ、船の背後からこっそり、賊が侵入していたみたいです! 戦える冒険者さん、いませんか!?」
「任せろ!!」
騒ぎをかき消すような声を出して走って来たのは、大柄な体で巨大な武器を持った者たちだ。
彼らは人々を襲う賊の前に立つと、各自持っていた武器を使ったり、魔法を放ったりして、賊たちに対抗し始めた。
「す……すげぇ」
アズルはもはや介入する場を見つけられず、離れたところからポカンとした様子で戦いを見つめていた。ベテランの冒険者たちは、このようなハプニングにも慣れているのだろうか。
だが、そんな余裕を持っている暇はない。アズルが気づいていない左側から、賊の1人が襲い掛かろうとしていた。
そのことに気づいたサラピが、慌てた様子で大声を上げる。
「アズル! 左!!」
「え? なに?」
「右じゃなくて左だっぴ!」
「はぁ!? わぁっ!!」
間一髪、アズルは前のめりにかわして、男のナイフを喰らわずに済んだ。あと少し遅れていたら、彼の胸にナイフが突き刺さっていたはずだ。
「死ね!!」
「ヤバい、待って……ふざけんなこいつ!!」
アズルは背中から剣を抜くと、男のナイフと交差させる。
単純な力勝負だ。だが、アズルはナイフよりは大きい片手剣であるうえ、力のかけ方も上から。圧倒的に有利である。
そのまま力を込め続けると、男のナイフが地面に叩きつけられた。
「!!」
男は目を丸くすると、アズルの攻撃を喰らう前に一歩下がる。
舌打ちをすると、船内から出て行ってしまった。
いくらなんでも、人と全力で対面をしたのは初めてだ。気を抜くと殺されるかもしれない。
大きく深呼吸を繰り返していると、サラピが笑顔で言った。
「アズル、ナイスだっぴ!」
「危ねぇ~……ていうか、マートさんは? あいつどこ行った?」
賊の男たちは、冒険者が返り討ちに遭わせているので、数が段々と減ってきた。
周囲も落ち着きだしているのに、マートの姿はどこにも見当たらない。
気にかけるほどでもないが……もしものことがあれば、誰であろうと一大事だ。
「俺、ちょっと外を見てくる」
「おい、ちょっとお前! 危ないだろ!」
背後で冒険者から止められたような気がしたが、アズルは無視して外へ出た。
甲板に出たアズルは、強風に吹かれながらマートを捜す。
「あいつどこに行ったんだよ!」
「外はまだ賊がいるかもしれないっぴ! 外に出ると危険だっぴよ!」
「うわ、やべっ。ていうかそれなら外にいるわけがないか」
すると、冒険者たちが怒りを露わにしてアズルを引き戻しに来た。
「お前、外に出たら危ないだろ! 船内で待ってろ!」
「うっ……すみません」
考えを改め、再び船内に引き返そうとしたとき——
「お前ら、武器を捨てろ!! こいつがどうなってもいいのか!!」
甲板の奥から怒声が聞こえ、アズルは思わず振り返り——
「えええええっ!?」
残っていた賊の1人が、男を強引に連れてアズルの前に現れた。
その男はマートだ。彼は賊に羽交い絞めにされ——首元にナイフを当てられていた。




