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青二才のアズル  作者: 紫煌 みこと
第3章「お菓子な国の支配者」
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第23話「変わり者の美食家」

「ひゃあああああああああああああああああああああああ!!」





 ……冒頭から奇声が目障りで申し訳ないところだが……

 今のはアズルが絞り出した喜びの表現である。


「船すげぇ! 海の景色綺麗! うわぁ、楽しい! 最高!」

「アズル、声がデカいっぴ! オイラまで恥ずかしいから黙ってろっぴよ!」


 胸ポケのサラピが頬を膨らませて文句を言った。

 田舎育ちのアズルは、初めての乗船に興奮し、5歳児みたいな発言をさっきから繰り返している。船の部屋から外に出て、髪が逆さになるほど風をいっぱいに浴びていた。

 不格好な大人が馬鹿みたいに騒いでるよ、という風に他の乗客たちは彼から離れていった。



「陸が離れてゆく……そしてまた新たな陸にたどり着く……」

「ねぇアズル。浮かれているとこ悪いけど、さすがにそろそろ目立ちすぎるのはやめた方がいいっぴよ」

「え?」


 キョトンとした表情を浮かべたアズルに、サラピはため息をついた。


「……そろそろ兵士が指名手配を始めてもおかしくないっぴからね」

「うわああっ! そうだった! 指名て——」

「大声で言うなっぴ!」


 慌てて口をつむぐアズル。

 そう——アズルは「王家の宝泥棒」という、国家レベルの濡れ衣を着せられている。ここまでバレなかったのはまだ2日すら経っていないからだ。そろそろ噂が流出し、全国で指名手配が始まっても違和感はない。


「この格好だとバレるとか? 服装変えた方がいいかな」

「顔も変えないとだっぴ」

「面倒だなぁ! ……ていうか、改めて少し考えたいんだけど」


 アズルは船の端に寄りかかりながらつぶやいた。


「ロリーゼ……あいつマジで何がしたいの?」

「え?」

「だってさ、俺は盗賊じゃない。ということは別に本物の盗賊がいるわけだろ。そいつがもし現れたら……ロリーゼは嘘をついてたってことになるじゃん」

「確かに。でも、そんなリスクがあることぐらい、誰だってわかるっぴよ。だとしたら……」


 サラピは少し考えた後——急に大声を出した。


「そうか、わかったっぴ!」

「なにが?」

「そう……ロリーゼが盗賊なんだっぴー!!」




 ……しばらく虚無の時間が流れ、サラピは慌てて口を閉じた。



「……今の、誰も聞いていないっぴよね? オイラ殺される?」

「お前こそ大声出すなよっ! でも、確かにそれはあり得るかも」


 ロリーゼ本人が盗賊だとすれば、他人に罪を擦り付ける動機も理解できる。

 だが、問題は……


「じゃあなんでわざわざ俺にやったんだよ」


 王家の宝が盗まれたのは、一週間も前らしい。

 もしロリーゼが本当に盗賊なのだとしたら、自分が怪しまれる前に、もっと早く誰かに濡れ衣を着させていたはずだ。


「知―らねっぴ。アズルが服装ボロくて怪しくてちょうどよい奴だったからじゃない?」

「うわ、何も嬉しくない」


 

 アズルが嘆息を出した途端——





「なんだか、楽しそうな会話をしていますね~。私も混ぜてくださいよ」


 陽気な声が聞こえ、アズルが思わず振り返ると……

 いつの間にかそこには、オーバーコートを着た男が立っていた。





 謎の衣服、胡散臭い表情。紫の髪、その頭についた魚のヒレのようなパーツ。

 間違いなく、アズルの代わりに運賃を負担した男だった。

 音もなく背後に現れたため、アズルは思わずのけ反り、船から転落しそうになる。


「わっ、びっくりしたぁ!」

「私は連れもいなくて暇なんですよ。話し相手になってください。ねぇ、ロリーゼって誰ですか?」


 男は急にグイと顔を寄せると、アズルに距離を詰めてきた。

 アズルが一歩下がると、男は一歩進む。異常なまでの距離感に、彼は悪寒を覚えた。


「い、いつから話を聞いていたんですか!?」

「えぇ、ずっと前から。ロリーゼって誰ですか?」

「マジでやめてください。来ないでください」

「私のこと忘れましたか?」


 男は舌なめずりをすると、顎に指を添えて笑った。


「あなたの運賃を払ってあげたのですよ。少しくらい私の要望を聞いてくれないと、私には何の見返りもないじゃないですか」

「あれって利益目的だったのかよ!? やっぱりなんか、俺を騙したりしてる!?」

「いえいえ、単にあなたがあまりに惨めで憐れだったので、余裕に持っていたお金で助けてあげただけですよ。ところで、ロリーゼって誰ですか?」


 独特な雰囲気を醸し出している男だが、敵意があるようには見えない。

 だが……どう見ても怪しいのは、見た目と言動から十分に伝わる。

 アズルが返答をためらっていると、胸ポケのサラピが小声で彼に言った。


(アズル、こういう頭がイカれた奴に絡まれたら、諦めろっぴ)

(嘘だろぉ……?)


 確かに、この男がいなければ今頃、アズルは船に乗れず嘆いているところだっただろう。

 アズルはため息をついて、近くにあった椅子に座った。

 すると男は満足したような表情を浮かべ、壁に寄りかかってアズルを見下ろす。


「ロリーゼは……有名な医者の名前」

「へぇ! 私は知らなかったです。で、その人は盗賊なんですか?」

「違う違う違う違う違うっぴーっ!!!」


 急にサラピが大声を上げて否定した。


「それはオイラの暫定だっぴ! 忘れて! この発言が周りにバレたら死ぬ!」

「なるほど……。じゃああなたが盗賊なんですか?」

「違うって! もー! こいつウザい!!」


 あまりの苛立ちに耐えられず、誤って本人の前で悪口を言ってしまったアズル。だが、男は少しも気にしていない様子だ。


「あなたの名前は何ですか?」

「知りたがりすぎだろ……俺はアズル」

「オイラはサラマンダーバードのサラピだっぴ!」


 もはや敬語を使うに値しないと判断し、アズルは面倒くさそうに答えた。田舎でもこんなに強烈な個性を持つ者には会ったことがない。



 男の下半身をよく見ると、細長い尻尾が生えており、先端にも魚のヒレがついていた。

 そんな彼を見つめながら、今度はアズルが目を細めて質問する。


「もういいだろ! そろそろこっちに質問させろよな」

「えぇ、もちろん。アズル君」


 さっそく君呼び名前で呼んでくる距離感に驚きながら、アズルは聞いた。


「名前は?」


 すると男は胸を張り、モノクルの位置を直して堂々と言った。


「私はマート。この通り、シーマンの者です」

「シーマンって、三大亜種族なんだっけ?」

「その通り。そして私は世界中を旅する美食家! 食べ物をこよなく愛しているのです」


 両腕を大きく広げ、いちいち自己主張が激しいマート。


「美食家ぁ……?」


 アズルにとっては聞き慣れない言葉だった。

 世界中の珍味でも食べて、食レポでも書いているのだろうか。


「マートもフェアリーキングダムに向かってるのか?」

「えぇ。最近、ご当地観光で有名な『スイートパラダイス』の概要が気になったので。お菓子の天国だなんて聞いたら、美食家が黙っているわけがないじゃないですか!」

「すいーとぱらだいす??」


 アズルとサラピは、フェアリーキングダムについて何も調べないまま来てしまった。ピクシーがいるという情報しか聞いておらず、観光や政治に関しての情報は無知である。

 するとマートが、驚いたように口を軽く開けた。


「観光目的で来たのに、知らないのですか?」

「いや、俺は観光っていうか……まぁいいや。うん、知らない」

「今、フェアリーキングダムでは国中の建物をお菓子に変えるプロジェクトを行っているそうですよ。いつでもどこでも甘いスイーツに囲まれる、という賛否両論ありそうな大規模な企画ですね。私は今日、それをこの目で確かめに行こうと思います」




 マートがそうつぶやいた瞬間……

 その場に、小さな腹の音が響いた。


 アズルではない。目の前に立っているマートの音だ。だが彼はまったく恥ずかしい素振りを見せず、腹をさすって苦笑した。


「おや、私の腹の音が昼食時を示していますね。いくらクールな私でも、本能的食欲には抗えないのが玉にキズです」

「く……クール……?」

「この船のシェフの腕前を確かめるとしましょう。では私は食事に向かいますので、また後で」


 そう言うと、マートは分厚い素材のオーバーコートをひるがえし、優雅に船内へと戻って行く。

 この別れに「また今度」と返したら、再び遭遇する気がするので、無視をすることにした。





「……何だったんだ? あの人。正直ロリーゼより変な奴だと思った」

「やたら自信過剰で癖強い奴だったっぴね」


 アズルたちに謎の執着を持って話しかけてくる男性、マート。

 彼の真意は謎に包まれたままだが——アズルはもう関わりたくないと思っていた。


「でも、あの人が言ってたスイートパラダイス……っていうのは気になるかも。俺、お菓子とか殆ど食べたことないんだよな」

「オイラだって魔物だから、少しも食べたことないっぴ」

「アメとかチョコレートとか聞いたことあるけど、都会の高級菓子だって。そういうのもあるのかなぁ……?」


 フェアリーキングダム。国中をお菓子にするという計画を行っている妖精の世界。

 一体、どんな国なのだろうか……。

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