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青二才のアズル  作者: 紫煌 みこと
第3章「お菓子な国の支配者」
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第22話「目指すは妖精の国」

 青い屋根の家の中で、静かに試験管を見つめる男がいる。




「……アズル。君は幸せそうだね。魔物退治という偉業を成し、他者から褒められて」


 紫紺の瞳を持つ医者は、繊細な表情のまま、ソファーに座っていた。

 手に持つ試験管には、赤色の液体が少量入っている。アズルの血だ。ロリーゼが魔法を使った時、アズルがどこで何をしているのか、すべて把握することができる。


 血液にはまるで反射するかのように、アズルが見ている景色が鮮明に映し出されている。ノアたちとの出会いやグランビットとの戦いを、ロリーゼはすべて遠隔で見つめていた。


「次は……フェアリーキングダムに向かうのかい。そうだね。そろそろこちらも手を打とう」


 彼はケースの中に試験管をしまうと、荷物を整理し、家の外に出た。

 時刻は7時。扉にはしっかり、「閉店」の看板がかかっている。





「相変わらず、ドレイク家はドラゴンの装飾がお気に入りのようだ」


 ライトシティを北へと進み、ロリーゼは、とある巨大な城を前にして微笑した。

 壁の殆どを灰色の色彩で統一させ、純白の巨大なドラゴンの像が、城の本丸にしがみつくような構造をしている。

 何百年も前から変わらない外観。城の派手さといい、過去の王の目立ちたがりな性格が垣間見える。


 城の周囲には、兵士の役所や貿易で得た品などを持ち入れる場所がいくつもある。

 ロリーゼはそれらを抜け、城の入り口に立つと、堂々と正面の門から入った。

 門番は彼に一礼をする。少しも、疑うことはなく。





「……ということだ。つまり盗賊はフェアリーキングダムに向かう可能性が非常に高い」


 陽光が差しこまれる城の廊下で、ロリーゼは兵士たちと話していた。


「ただ、盗賊は今、金がない状態のようだ。数日は乗船できないと見た。だからなるべく早めに港へ向かい、捕まえてきてくれないだろうか」

「了解です!」


 兵士たちは大きく返事をした後、笑顔を浮かべる。業務外の彼らは、素の表情を見せているのだ。


「それにしてもロリーゼさんの血液魔法はすごいですよね」

「探偵の仕事とかできると思います! どうやって魔法を得たんですか?」

「いや……ただの生まれつきだって」


 ロリーゼは苦笑すると、まるで話題を避けるかのように違う話を持ち出した。


「昨日の夕方頃、僕が城に来ていただろう。王様にはすでに盗賊の件は伝えておいた。僕にこの件を任してくれたよ」

「おぉ! つまり、盗賊発見は基本的にロリーゼさんの指示を聞けばよいと!」

「うん。何かあったら頼む」




 すると——

 廊下の向かい側から、ガウンを羽織った男が歩いて来た。

 大きな肩幅とがっちりした体躯の持ち主だ。頭にはドラゴンの飾りが施された王冠を被っている。髪から髭まで体中が整っており、静かながら威厳を感じさせる容姿だった。


 彼が来た瞬間、兵士たちは即座に頭を下げる。

 ロリーゼも手に持っていた荷物を置くと、跪き、頭を垂れた。


「……バルタザール陛下」

「昨日ぶりだな、ロリーゼ。盗賊の調査の進展が早いとのことで、様子を見に来たのだ。お前の能力は素晴らしい」

「そのようなお言葉を頂き、誠に光栄でございます」


 ロリーゼは顔を上げ胸に手を置くと、恭しく笑った。

 そう、ガウンを着た男こそ——この世界の国王、バルタザール・ドレイクだ。

 ピクシーなどにも王が存在するが、人間として、ドレイク家の秘宝を守り続け、最終的に世界を統一するのは彼だった。


 バルタザールは、大きな肩をすくめて言う。


「私も不覚だった。一週間前、まさか我がドレイク家の秘宝を盗まれるとは。あれが悪用されると、世界はどうなるかわからない」

「……」

「必ずや盗賊を捕らえるのだ」


 最後に、バルタザールは力強く言い放った。

 ロリーゼは少し沈黙した後、再び頭を下げて返事をする。


「……承知いたしました」


 伏せられたその瞳は——欲望に満ちた眼光を放っていた。





「ほらっ! 港に着いたぞ」


 船乗りの男が振り返り、アズルへそう伝えた。



 港は、何艘もの船が行き来している。

 乗組員が荷物を上げ下げしたり、観光客が楽しそうに歩いていく。空には鳥が飛んでいて、見晴らしの良い景色だった。


「なんか、港っていいなー。俺は今までの人生、山しか目に入ってなかったから」

「海って気持ちいいっぴよね。で、アズル、お金は?」

「うっ……」


 アズルが頭を押さえて呻くと、船乗りの男も哀れむように言った。


「僕の船だったら、無銭で乗せられたかもしれないけど、あいにくフェアリーキングダム行きは僕の担当じゃないからなぁ。しかもあの便、基本的に高いやつしかないし。一番安くても、30000マネー……」

「3万マネー!? 金貨30枚もいるのかよ!?」


 さすがに、ころころ手に入るような額ではない。どこかの飲食店で、バイトを数日間しないと手に入らないような値段だ。


「……アズル、これは働いて稼ぐしかないかもしれないっぴ」

「マジかよ~!!」


 彼の絶叫が、港に響き渡った。





「なんとかなりませんかね!?」

「うーん……さすがに無料でチケットは渡せないな。譲れるような額じゃないし。安い便でもこれくらいの値段はねぇ……」


 船に乗るチケット売り場で、アズルは懲りずに何とか係員に頼み込んでいた。

 看板には、「行き先:フェアリーキングダム 運賃30000マネー」と提示されている。


「可哀そうだけどほら、あっちで荷物運びのバイトできるから。一週間くらい働けば足りるさ」

「アズル、諦めるっぴよ」

「うぅ……」


 いざ行くと決めた時に、一週間も働けと言われたら誰だって嫌な気分になる。

 だが他に良い方法も思いつかない。仕方なく、その場を後にしようとした時……




「ちょっと待ってください」



 後ろから声をかけられ、アズルは振り返る。

 そこには、奇妙な容姿の男が立っていた。


 男は、20代後半くらいの容貌だ。

 高級ホテルのウェイターのような服装の上に、ベージュのオーバーコートを羽織っている謎のファッション。少し青みがかった美しい紫の髪は、外ハネでアズルと同じくらいの長さ。モノクルを右目に付けており、瞳の色は目が細すぎて見えない。


 何より特徴的なのは——髪からはみ出た、左側の頭部に生えている魚のヒレだった。


「……ふぇ?」


 見ず知らずの男性から話しかけられ、アズルは戸惑う。

 男はアズルの横から割り込むようにカウンター前へ立つと、懐から袋を取り出した。


「私も彼と同じ便を頼みます」

「え? ……あ、はぁ。なら同じく30000マネーですが……」


 係員はポカンとしながら、値段を示す。

 すると男は——袋をひっくり返し、大量の金貨を出した。

 テーブルの上に貨幣が転がり、係員は慌てて両手でお金を掴む。


「うわ! わ、ちょいとお客さん、多くないですか!? 1、2……」

「……」

「60枚もありますよ!? 2人分の額です」


 すると男は傍で立ち尽くしているアズルを見つめた。

 戸惑うアズルに不敵な笑みを浮かべると、係員に言う。


「……おっと、私としたことが、払いすぎたみたいですね。だったらまぁ……この青年の分、ということにしといてください」


 わざとらしい言い草だったが、男はそれ以上何も言わず、チケットだけを受け取って去って行ってしまった。

 残されたアズルは、口を開けたまま係員を見る。


「……」

「う、運がいいね。お兄さん。俺はお金が手にはいりゃいいからさ。いいよ、はい、チケット」



 こうしてアズルは、何故かチケットを得ることができた。





「さっきの人誰だよ!!」


 船に見る直前、アズルは焦った様子で先ほどの男を捜していた。

 だがどこにも見当たらない。すでに船へ乗ってしまったのだろうか。


「いや、払ってくれたのはありがたいけど……なんか逆に怖くない!? だって30000マネーだろ!?」

「アズル、もしかしたら騙されてたり……ぶっ」

「適当な冗談言うな!」

「ていうかさっきの人、シーマン(海族(うみぞく))だったっぴよ」


 確かに、頭には魚のようなヒレがついていた。

 グラスマンといい、シーマンといい、アズルは亜種族に好かれやすいのかもしれない。





 ふと海の方を見ると、ちょうど少し大きめの船がやってきた。

 今まで通った貿易船より、外観が美しく整えられている。


「フェアリーキングダムに向かうお客様―! ただいま案内をしております。料金を持って船へと来てくださーい!」


 乗組員が威勢の良い声を張り上げている。


「チケットが手に入ったの、夢みたいだな……。でもまぁ、行けるなら……行ってみるか! フェアリーキングダムってとこ!」

「おっけーだっぴ!」

「船であの人を見かけたら、感謝しないとな……」


 まだ何の情報も知らないまま、1人と1匹は新たな大地へと向かうことを決意した。





「ロリーゼさんによると、盗賊はこの港にいるらしい」


 やがて、数名の兵士たちが港に到着する。

 観光客や乗組員たちは、彼らの姿を見て硬直し、ひそひそとうわさ話を始めた。


 兵士は港中を歩き回るが、彼らが捜している人物は見当たらない。

 捜索を諦めて、兵士は係員へ声をかけた。


「おい、盗賊を見かけなかったか?」

「は? 盗賊……?」

「青い髪で、こういう顔の奴だ」


 すると兵士は、手に持っていた紙を係員に見せた。

 係員は少しだけ顔をしかめたが——やがて、驚いたように目を開ける。


「……あっ! この人!」

「見かけたか!? どこにいた!?」

「なんか、別の人にお金を払ってもらって、もう船に乗って行っちまったぜ。この人、盗賊だったのか?」

「なんだと!?」


 兵士たちは顔を見合わせ、舌打ちをする。


「……チッ、手遅れだったか」

「最悪だ……」

「ロリーゼさんに報告しに行くぞ」


 兵士たちは頷き合うと、早足で港から去って行った。

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