第22話「目指すは妖精の国」
青い屋根の家の中で、静かに試験管を見つめる男がいる。
「……アズル。君は幸せそうだね。魔物退治という偉業を成し、他者から褒められて」
紫紺の瞳を持つ医者は、繊細な表情のまま、ソファーに座っていた。
手に持つ試験管には、赤色の液体が少量入っている。アズルの血だ。ロリーゼが魔法を使った時、アズルがどこで何をしているのか、すべて把握することができる。
血液にはまるで反射するかのように、アズルが見ている景色が鮮明に映し出されている。ノアたちとの出会いやグランビットとの戦いを、ロリーゼはすべて遠隔で見つめていた。
「次は……フェアリーキングダムに向かうのかい。そうだね。そろそろこちらも手を打とう」
彼はケースの中に試験管をしまうと、荷物を整理し、家の外に出た。
時刻は7時。扉にはしっかり、「閉店」の看板がかかっている。
「相変わらず、ドレイク家はドラゴンの装飾がお気に入りのようだ」
ライトシティを北へと進み、ロリーゼは、とある巨大な城を前にして微笑した。
壁の殆どを灰色の色彩で統一させ、純白の巨大なドラゴンの像が、城の本丸にしがみつくような構造をしている。
何百年も前から変わらない外観。城の派手さといい、過去の王の目立ちたがりな性格が垣間見える。
城の周囲には、兵士の役所や貿易で得た品などを持ち入れる場所がいくつもある。
ロリーゼはそれらを抜け、城の入り口に立つと、堂々と正面の門から入った。
門番は彼に一礼をする。少しも、疑うことはなく。
「……ということだ。つまり盗賊はフェアリーキングダムに向かう可能性が非常に高い」
陽光が差しこまれる城の廊下で、ロリーゼは兵士たちと話していた。
「ただ、盗賊は今、金がない状態のようだ。数日は乗船できないと見た。だからなるべく早めに港へ向かい、捕まえてきてくれないだろうか」
「了解です!」
兵士たちは大きく返事をした後、笑顔を浮かべる。業務外の彼らは、素の表情を見せているのだ。
「それにしてもロリーゼさんの血液魔法はすごいですよね」
「探偵の仕事とかできると思います! どうやって魔法を得たんですか?」
「いや……ただの生まれつきだって」
ロリーゼは苦笑すると、まるで話題を避けるかのように違う話を持ち出した。
「昨日の夕方頃、僕が城に来ていただろう。王様にはすでに盗賊の件は伝えておいた。僕にこの件を任してくれたよ」
「おぉ! つまり、盗賊発見は基本的にロリーゼさんの指示を聞けばよいと!」
「うん。何かあったら頼む」
すると——
廊下の向かい側から、ガウンを羽織った男が歩いて来た。
大きな肩幅とがっちりした体躯の持ち主だ。頭にはドラゴンの飾りが施された王冠を被っている。髪から髭まで体中が整っており、静かながら威厳を感じさせる容姿だった。
彼が来た瞬間、兵士たちは即座に頭を下げる。
ロリーゼも手に持っていた荷物を置くと、跪き、頭を垂れた。
「……バルタザール陛下」
「昨日ぶりだな、ロリーゼ。盗賊の調査の進展が早いとのことで、様子を見に来たのだ。お前の能力は素晴らしい」
「そのようなお言葉を頂き、誠に光栄でございます」
ロリーゼは顔を上げ胸に手を置くと、恭しく笑った。
そう、ガウンを着た男こそ——この世界の国王、バルタザール・ドレイクだ。
ピクシーなどにも王が存在するが、人間として、ドレイク家の秘宝を守り続け、最終的に世界を統一するのは彼だった。
バルタザールは、大きな肩をすくめて言う。
「私も不覚だった。一週間前、まさか我がドレイク家の秘宝を盗まれるとは。あれが悪用されると、世界はどうなるかわからない」
「……」
「必ずや盗賊を捕らえるのだ」
最後に、バルタザールは力強く言い放った。
ロリーゼは少し沈黙した後、再び頭を下げて返事をする。
「……承知いたしました」
伏せられたその瞳は——欲望に満ちた眼光を放っていた。
「ほらっ! 港に着いたぞ」
船乗りの男が振り返り、アズルへそう伝えた。
港は、何艘もの船が行き来している。
乗組員が荷物を上げ下げしたり、観光客が楽しそうに歩いていく。空には鳥が飛んでいて、見晴らしの良い景色だった。
「なんか、港っていいなー。俺は今までの人生、山しか目に入ってなかったから」
「海って気持ちいいっぴよね。で、アズル、お金は?」
「うっ……」
アズルが頭を押さえて呻くと、船乗りの男も哀れむように言った。
「僕の船だったら、無銭で乗せられたかもしれないけど、あいにくフェアリーキングダム行きは僕の担当じゃないからなぁ。しかもあの便、基本的に高いやつしかないし。一番安くても、30000マネー……」
「3万マネー!? 金貨30枚もいるのかよ!?」
さすがに、ころころ手に入るような額ではない。どこかの飲食店で、バイトを数日間しないと手に入らないような値段だ。
「……アズル、これは働いて稼ぐしかないかもしれないっぴ」
「マジかよ~!!」
彼の絶叫が、港に響き渡った。
「なんとかなりませんかね!?」
「うーん……さすがに無料でチケットは渡せないな。譲れるような額じゃないし。安い便でもこれくらいの値段はねぇ……」
船に乗るチケット売り場で、アズルは懲りずに何とか係員に頼み込んでいた。
看板には、「行き先:フェアリーキングダム 運賃30000マネー」と提示されている。
「可哀そうだけどほら、あっちで荷物運びのバイトできるから。一週間くらい働けば足りるさ」
「アズル、諦めるっぴよ」
「うぅ……」
いざ行くと決めた時に、一週間も働けと言われたら誰だって嫌な気分になる。
だが他に良い方法も思いつかない。仕方なく、その場を後にしようとした時……
「ちょっと待ってください」
後ろから声をかけられ、アズルは振り返る。
そこには、奇妙な容姿の男が立っていた。
男は、20代後半くらいの容貌だ。
高級ホテルのウェイターのような服装の上に、ベージュのオーバーコートを羽織っている謎のファッション。少し青みがかった美しい紫の髪は、外ハネでアズルと同じくらいの長さ。モノクルを右目に付けており、瞳の色は目が細すぎて見えない。
何より特徴的なのは——髪からはみ出た、左側の頭部に生えている魚のヒレだった。
「……ふぇ?」
見ず知らずの男性から話しかけられ、アズルは戸惑う。
男はアズルの横から割り込むようにカウンター前へ立つと、懐から袋を取り出した。
「私も彼と同じ便を頼みます」
「え? ……あ、はぁ。なら同じく30000マネーですが……」
係員はポカンとしながら、値段を示す。
すると男は——袋をひっくり返し、大量の金貨を出した。
テーブルの上に貨幣が転がり、係員は慌てて両手でお金を掴む。
「うわ! わ、ちょいとお客さん、多くないですか!? 1、2……」
「……」
「60枚もありますよ!? 2人分の額です」
すると男は傍で立ち尽くしているアズルを見つめた。
戸惑うアズルに不敵な笑みを浮かべると、係員に言う。
「……おっと、私としたことが、払いすぎたみたいですね。だったらまぁ……この青年の分、ということにしといてください」
わざとらしい言い草だったが、男はそれ以上何も言わず、チケットだけを受け取って去って行ってしまった。
残されたアズルは、口を開けたまま係員を見る。
「……」
「う、運がいいね。お兄さん。俺はお金が手にはいりゃいいからさ。いいよ、はい、チケット」
こうしてアズルは、何故かチケットを得ることができた。
「さっきの人誰だよ!!」
船に見る直前、アズルは焦った様子で先ほどの男を捜していた。
だがどこにも見当たらない。すでに船へ乗ってしまったのだろうか。
「いや、払ってくれたのはありがたいけど……なんか逆に怖くない!? だって30000マネーだろ!?」
「アズル、もしかしたら騙されてたり……ぶっ」
「適当な冗談言うな!」
「ていうかさっきの人、シーマン(海族)だったっぴよ」
確かに、頭には魚のようなヒレがついていた。
グラスマンといい、シーマンといい、アズルは亜種族に好かれやすいのかもしれない。
ふと海の方を見ると、ちょうど少し大きめの船がやってきた。
今まで通った貿易船より、外観が美しく整えられている。
「フェアリーキングダムに向かうお客様―! ただいま案内をしております。料金を持って船へと来てくださーい!」
乗組員が威勢の良い声を張り上げている。
「チケットが手に入ったの、夢みたいだな……。でもまぁ、行けるなら……行ってみるか! フェアリーキングダムってとこ!」
「おっけーだっぴ!」
「船であの人を見かけたら、感謝しないとな……」
まだ何の情報も知らないまま、1人と1匹は新たな大地へと向かうことを決意した。
「ロリーゼさんによると、盗賊はこの港にいるらしい」
やがて、数名の兵士たちが港に到着する。
観光客や乗組員たちは、彼らの姿を見て硬直し、ひそひそとうわさ話を始めた。
兵士は港中を歩き回るが、彼らが捜している人物は見当たらない。
捜索を諦めて、兵士は係員へ声をかけた。
「おい、盗賊を見かけなかったか?」
「は? 盗賊……?」
「青い髪で、こういう顔の奴だ」
すると兵士は、手に持っていた紙を係員に見せた。
係員は少しだけ顔をしかめたが——やがて、驚いたように目を開ける。
「……あっ! この人!」
「見かけたか!? どこにいた!?」
「なんか、別の人にお金を払ってもらって、もう船に乗って行っちまったぜ。この人、盗賊だったのか?」
「なんだと!?」
兵士たちは顔を見合わせ、舌打ちをする。
「……チッ、手遅れだったか」
「最悪だ……」
「ロリーゼさんに報告しに行くぞ」
兵士たちは頷き合うと、早足で港から去って行った。




